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2014年11月27日12:21

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神功皇后の話をします。

子の名前に「巫」の字 可能に
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&from=diary&id=3159049

や、いいんですけどね。
当て字でも。
巫女かわいいとかわけのわからん方向性でも。

巫の字自体は単体では「ふ」と読み、
みこと読むのは和名への当て字です。
「み」自体に「神の」「上位の」という意味があり、
たとえば雷の神様で有名な「たけ【み】かづち」さんの場合も、
まあ前後のつながりもありますが尊称の意味が込められています。
巫女(みこ)とは神様の子、ですね。

歴史的な巫女というと、古代に二人(三人)います。
1人は、卑弥呼。卑弥呼は中国からの当て字なので、
推測ですが日の巫女(天照大神とのつながりを感じる人も)か、
ひのくに(肥前、肥後の「ひ」)の皇女(みこ、ひめのみこと)、だろうと言う人もいます。
(三人)の一人は卑弥呼の後継者と言われるトヨなのですが、
この人も「とよのくに」つまり豊前豊後の「とよ」と一定の関連があるでしょうけれども省略。

で、もう一人。神功皇后です。
この人の周辺はたいへんうさんくさい。
第13代の仲哀天皇の嫁なんですが、武闘派大臣武内宿禰と3人でいるときに、
仲哀天皇が急死します。
それだけなら良くある話(?)なんですが、その数ヶ月前、
仲哀天皇は神功皇后による「外国を征伐せよ」という神託を
「なに阿呆なこと言ってんだ」と拒否しています。
しかもわざわざ山の上まで上がって
「どこに見えるんだそんな国、ぺっぺけぺー」
ぐらいの勢いで馬鹿にしてますが、いみじくも一国の長で、
「皇族だからといって誰でもなれる訳ではない」天皇様なので、
絶対に隣国の状況くらいは知っていたと考えられ、たぶん神功皇后らによるでっち上げです。

夫並みに仲のいい武闘派の大臣、
武闘派の大臣と外国征伐の神託、
神様を馬鹿にしたから天罰でも仕方ないよね的な展開、
3人でいるときに急死…。
しかも、2人で喋ってて「気付いたら死んでました」。

もうこれだけでもほぼ真っ黒くろすけなのですが、
神功皇后はこのあと「出産を遅らせる」伝説を持っています。
「仲哀天皇の子供なんだけど、外国征伐をしなきゃいけないから、
 石で冷やして出産を遅らせたの><。つらいわー。
 あたしがんばる。」

いやそれ仲哀天皇が死んだ後にあいつとやった子だろ。

と、言ってはいけません。祟られても知りませんよ。
天皇家は2000年の歴史を持つ祭司の家ですからね。
並の呪いや祟りとはワケが違います。

たぶん当時の国内でもすんなりとは納得しなかったんだろうなーという証拠に、
神功皇后が外国征伐から帰ってくるころには国内で他の皇族が反乱を起こし、
武闘派大臣と二人で鎮圧することになります。

神功皇后、卑弥呼、トヨは関係があるのかないのか微妙なラインがあり、
神功皇后=卑弥呼(もしくはそのモデル)と言う人もいます。
神功皇后の妹が「豊姫(とよひめ)」なんですね。
その一方で、神功皇后は外国征伐の前に「九州で女の部族長を殺した」と書いてあり、
この女の部族長=卑弥呼か?という人もいます。

古代史最大のハレンチ巫女、神功皇后のお話でした。
…最近思うんですが、あんまりこのノリで古代史の話をしてると天皇家に祟られそうな気がします。
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