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2012年02月10日16:17

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1・24日本武道館 FINAL

「SONGS」は予想以上のインパクトがあった。
録画を観た翌日、瞳さんにメールをした。
生意気にも日記に書いた感想と同じ内容を送ってしまった。
『有難う。』の返事が着たのは会議で食事をしている時だった。
会議のメンバーには、前に書いたとおり、瞳さんの教え子がいる。
彼に向かって『人見先生からメールが着たよ。』と、はしゃぐ58歳の爺であった。

いよいよ当日になった。
妻の友人は約束の時間より30分以上早く来たので少し慌てた。
でも後で考えると、彼女が自分だけだったらもっと早く行って、
武道館の建物を見ながら、41年前に思いをはせ、喜びをかみしめていただろうに。
頼む時には何も考えていなかったが、終わってみると当時の感覚が戻ってきて、
いろいろな事を思い出し気付く事があり、気の毒な事をしてしまった。

雪が若干残る道をいざ日本武道館へ!

車中に流すのは、もちろん「ザ・タイガース」…では当たり前だったので、GSヒットパレード。
10年位前に図書館にあるGSのCDを根こそぎ借りてきて、
それらをダブりのないようにCD-Rにコピーして、ヒット全集みたいなものを作った。
パープルシャドウズやスイングウエストなど、同じ曲でもシングルとLPやコンパクト盤では
演奏が微妙に違うものもあるので、それぞれ入れた。
(違うといっても「青い鳥」ほどは違わない)
苦労して作ったが、現在数枚が行方不明。あろう事かタイガースのが一枚も見当たらない。
それを聴きながら、気分は昭和時代…中居くんではない(爆)。

初めて車で行く武道館、竹橋方面から上がっていったが、
北の丸公園の入口を見事に通過してしまい(爆)、
次の信号が赤なのをいい事に、おきて破りのUターン(笑)。
え〜い、こちとら急いでんだよ!

武道館の屋根が見えてきた。凄い人の多さだ!
途中、車を降りて係員に『車椅子なんですが、駐車場は?』と
何回も聞きながら進んで行った。
ここまできたら、もう事故は起こせない。慎重に慎重に向かうのだった。
慎重にとは言いながらも、ワクワクしてくる気持ちは、押さえようがなかった。

駐車場に着き、外に降りた瞬間に感じた。
この一帯の空気が明らかに違う。
大勢の人の波から漂ってくるのは、41年の時空を超えた人の感情。
これから起こるであろう空前の感動劇を予感する胸いっぱいに膨らんだ期待。
おそらく一万三千人分のそれぞれの気持ちが作り出すオーラなのかもしれない。
車のハッチを開け、リフトで妻を降ろしながら、僕の目からはすでに大粒の涙が落ちていた。
嬉しい、嬉しい、本当に嬉しい!
このような日がくるなんて、例え太陽が西から昇るような事があっても、
ありえない事だと諦め、気持ちを埋めてしまったのに…。

いやいや、取り乱している場合などではない。
妻を無事武道館の中へ、そして用意された席へ連れて行くのが、
今の僕に与えられた使命であるはずだ。
ここで友人とは終演後に落ち合うことを約束して別々の方向へ。
ここでも何人もの係員に『車椅子はどこへ行けばいいですか?』と聞きながら、
大勢の人の中をゆっくりゆっくり進んで行く。
しかし難儀だったのは、武道館の石畳。
凸凹の路面を少し進むたびにガタガタする。
その振動で車椅子のステップに載っている妻の足が落ちてしまうのだ。
自分では動かせないので、そのまま進むと足が絡まって、最悪骨折してしまう。
何回も止まって、足を直し、亀のような鈍さで進んでいくのだった。
「バリアフリー」などという言葉がまだない時代にできた施設だからな〜。
緊張のためか妻の足もステップの上で激しく上下している。
もとより覚悟の上だったが、やはり簡単には中へ入らせてくれないな。
やっと入口に着いたら、後はスタッフの人が丁寧に席まで案内してくれた。
1階の南だった。ステージ下手からの直線上という感じだ。
そこにはすでに車椅子の方が5人ほどいた。
後は僕のような付き添いの方が数名。
ここでは場所の問題が厄介だった。
普通だと視界が開けてよく見える場所が良いのだが、
妻の場合は平衡感覚が欠如しているので、それでは逆に恐怖で身体が硬直してしまう。
周りの方に移動をお願いして、前と左右に人がいる状態で、場所の決定をした。
ここに至るまで、正直僕も緊張と焦りで、結構しんどかった。
まだ緊張している妻の様子が気になって、
『ちょっと無理させてしまったかな?』と僕も気分がまだ晴れない。
やがて周りの雰囲気になれて、やっと落ち着いてきたようなので、
僕はステージに目をやり、想いを40数年前にはせた。

久しぶりの武道館だ。
ビューティフル・コンサートは行けなかったので、
タイガースの武道館コンサートは1968年12月以来だ。
明治製菓企画で抽選に当たったコンサート。お菓子付き(笑)。
これの前の国技館は普通に行った結果、席が遠かったので、
この時は気合い一発、寒空の中、始発電車に乗り、
武道館で開演まで長時間並んだものだ。
そのおかげでアリーナ。サリーの正面で10列目くらいだったろうか、
メンバーの生声が届いてきそうだった。
みんなアメリカ帰りだった。衣装は全身黒の例のやつ。
あの時はひげを蓄えたトッポがいた。
アメリカから羽田に着き、ひげのトッポがテロップを降りてきた時は物議をかもした。
当時中学3年生の僕は、たまに日記を書いていた。
それに『ひげのどこが悪いんだ!本人の自由だろ!大人はすぐに悪者扱いをする!』
…みたいな事を書いた記憶がある。
細かい事を言うと前座は「アダムス」だった(笑)。←何故笑う。
さらに細かい事を言うと、
ステージ上に並ぶギターアンプは、憧れの「TEISCO King-2000」。
このアンプの旧型を高校の時に使っていた。高額なので新品ではなく中古品。
この中古品は寺内タケシが使用していて、日劇ウエスタンカーニバルの舞台に立った物。
これが寺内タケシの弟子経由で僕の手元に来たのだ。
昔話はすぐに脱線する上に、長くなるのでこの辺で話を元に戻す(;^ω^)。
1m半くらいの縦長のスピーカーBOX2基をまたいでアンプが乗せられている。
これが同じ位の高さの壇上に乗った瞳さんのドラムセットを挟んで、
下手からサリー用2台、トッポ用1台、タロー用2台と
計5台が整然と並んでいる姿には興奮した。
まるで要塞のようだった。
当時ひとバンドでこれだけのシステムを組むのは、
タイガース以外にはいなかったのではないだろうか。
マイクはAKB…?…違った(笑)AKG。メンバーごとに色が違う。

そのような事を思い出しながら、開演を待った。

ところで僕の席の脇は通路階段だったが、
突然視界の中に可愛い顔をした女性が入ってきた。
ここは男なら目が行くのは当然。
…、うぉ〜、松たか子じゃ〜、顔小さい、肌綺麗、目がパッチリ、(*´ェ`*)ポッ
なお落ち着いてきた妻は、谷村新司も僕の脇を通ったのに気付いたらしいが、
僕は男には反応しないので気付かなかった(爆)。
この日は相当数の超大物芸能人が来ていたのではないかと思う。
でもそういう人達と同じスペースに居られるなんて…。

少しだけ、少しだけ、思った事は、妻が喋れたら、
こんな時ワイワイ騒ぎながら、はしゃぎ合っていたんだろうなって…。
日劇で最後のジュリーのコンサートも子供がいない頃で二人で行ったもんな〜。
いや、いや、瞳さんのおかげでこうして来られた感謝の気持ちを忘れず、
今の状態で目いっぱい楽しんで帰るんだ!

やがて場内が暗くなり、「G・S・アイ・ラヴ・ユー」流れる。

キャハ━━━━(#゚ロ゚#)━━━━ッ!!…歓声が沸き起こる。

いよいよ開演だ!

(…続く)
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