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物書き・もの描き交流所。コミュの基本的に思いついたこと、違和感をもったことなどについてしつこく、考えること、書くことが好きだ、理屈っぽい、学校で体系的に勉強していないのであくまで、直感だけの野良学問である、すべてを自分語におきかえること、これが目下のところの、思想的作業である、どうも実生活でもネットでもメインストリームではない少数派である、、機械畑を転々としてきた、最最終的な経歴は機械設計、はじめは機械工作からはじめた、現場と独学で必要な機械工学、電気工学を学んだ、仕事について考えるのはすきな方で、人間(労働)解放と会社、社会、組合、と現役時代書いたり、勉強してきた。趣味は音楽、映画、オーディオ、美術品収集、釣り。現在下流老人まっしぐらだ、結構極端な考え方をしていて、殆んど考え方だけでいえばゴリゴリの「絶対的自由原理主義者」だ、その意味で言えば、頑固ものだ、自由はいかなる権威、権力にも譲らない、納得することだけをやりやい、しかし、基本には「人の繋がりを大切に、ひとに愛と優しさを」が社会、他人にたいする基本テーゼである、さて下手の横好きが昂じてはじめてしまった「釣り具、釣り場文化史研究」、工場労働と人間、労働における他者の発見から、社会、共同体意識というものを架橋して、社会変革までを眺望すべくはじめた「マルクス」「サルトル」研究(労働からの解放)。、直接民主主義、個人の対等平等、合意の意思決定機構に基づく連合体をベースとする、アナキズム社会の研究、定時制高校時代関わった、都立代々木高校定時制生徒の生活と意見を描いた「奪還そして解放」製作上映運動、中学生の時からもともと集団生活に馴染めず、引きこもりがちの生活を送っていた、偶々炭労、大正鉱行動隊の人と巡りあい、谷川雁さんを知った、詩集、著作を読んで感動した、社会とかかわる必要を感じ、心機一転、仕事、学校に行くことを決意した、しかし、結局、夜ふかし生活がたたって遅刻常習となって、職場と学校を転々とすることのなってしまった。しかし、ものづくり自体は好きだったので、工場勤めなら何でもやった、自動車修理工(板金修理見習い)、自転車修理業、、包丁研ぎを請負でやった、ラジオ組み立て修理、機械組み立て、製缶、罫書き、旋盤、研磨研削、(弱電)配線、油空圧回路設計、配管、機械制御リレー回路設計、テクニカルイラスト、取り説ライター、液晶製造装置、半導体製造装置、産業ロボット等の設計といろいろやった、今から思うに、ある特殊な条件下だったとはいえ、ものづくりということ、卑近なところで、例えば、ボール盤を使った、穴明け作業ひとつをとってみても、それはそれで含蓄もあった、一枚の図面から、全体の作業の流れを読み、段取りを考え、また加工相手によってはドリルの食い付き角度(チゼル角)をかえるために工具顕微鏡とにらめっこでドリル尖端のグラインダーがけをしたり、これはこれで熟練が必要だった、また例えば大径ドリルで穴開けをする場合、予め小径のドリルで下穴を開けることも多いが、但しこの場合でも大径ドリルについては、食い付きを悪くしておかないと、固定バイスごとぶん回されることもしばしばだった、、また特に真鍮などは食い付き角度を鈍角にしておかないと,バイスごともってゆかれることが往々にしてあった、一般的に加工難材としては18−8ステンレスが一番厄介で、どんな機械加工においても、熱伝道、加工熱逃がしが難しく、いきおいドリルやバイト(はもの)が自家熱で刃こぼれすることも多かった、従ってそれにあわせて、そのつど、ハイスや超硬などにドリル材質を変更をする必要があった、また、作業上、製品形状にあわせた、固定冶具を事前に作る必要があった(製品が作業用万力(バイス)に納まりきるとは限らないため、あえてそれを9、考えたり、簡単な図面をひいたりで、これ自体も経験知がものをいう作業工程であった、従ってボール盤作業ひとつとっても、全体としては結構奥が深いものであった、考えようによってはスリリングで知的好奇心さを満足させるものであった、それはビラ作りなどに覚える遣り甲斐と同質のものだ、仕事全体を把握し、采配し、主体的に取り組める仕事は楽しかった、第二次産業とりわけ、工場から始まった現在の行きすぎたQC運動「生産性向上運動」の結果としての作業の平準化、マニュアル化は労働者から労働への自主性、全体性把握の力を奪ってしまった、生産、労働のモチベーションが生産管理が提示する「想定標準時間」だけに納めることがそれじたいの至上目標になってしまったためだ、現場の裁量権はなくなった、仕事の意味、ノウハウ、全体性は労働者の手を離れ、会社側生産管理職に移行してしまった、会社が個別用途に合わせた専用工具、冶具を図面と共に労働者に「支給」し、労働者はそれを所定時間内に仕上げ、こなすだけの存在になりさがってしまったのだ、労働者は既に労働の主人公ではなくなった、彼の労働の目的は労賃をえるためにだけにしぼられた、生産の目的、全体性に関与できなくなったためだ、労働者は己がただの労働力商品であることの厳しいリアリティに向き合わざるを得なくなった、資本に買われた奴隷に過ぎないこと、それが社会のシステム、歯車であることを受忍せざるをえなくなった。彼の労働は彼にとってよそよそしい、拘束時間中は彼は資本に組織された、奴隷、ロボットに過ぎない、むかしは確かにこのような労働者の生産における主人公性、裁量権にみあった、職能集団的な自律共同体、そしてそこから組み立てられる、労働組合の基礎的人間関係もあったようにおもう、労働者としての類的存在様式の再生産の場としての「家族」その基礎である「マイホーム」「持ち家」制度も、このような労働者の生産関与に裏付けられたライフサイクルのうちにあった、しかしこれが労働、仕事のドラスチックな変化によって瓦解してしまった喪失感は確かに大きい、労働の意味、地域共同体、職場での共同体意識の崩壊となってあらわれた、同時に仕事そのものの無人化傾向を促進し、人間を直接生産現場から排除した、熟練不要、ノウハウのいらない補助労働に人間を再組織した、代替可能な受け皿作りの成功はとりもなおさず、低賃金労働の蔓延を促し、工場から社会全体への広がりのうちに総貧困社会を齎した。他方物流現場でもこの傾向は顕著だ、ピッキング作業において、アマゾンみたいに必要作業行動範囲すら行動学的に分析されて、最適経路まではじき出されている。従って労働者は労働の場面においてさえ分断されていて、仕事の目標はコンピュータどおりの経路を取って、最小時間で集荷することである。戦うべきは抽象的時間であり、雑談する仲間のいない、ひとりぼっち環境でどこまでいっても孤独である、こんな仕事がおもしろいはずはない、物流ロボットと同じ扱いである、最近はサービス、接客業にまでこの方法が持ち込まれ、(生産性向上、作業者によらない作業標準化)の掛け声のもとに、挨拶の仕方までマニュアル化されているという、ぶすったれることすら許されない、ますます仕事は地獄になる、、大学は立正大学文学部(英文科)を学生運動の都合で一年で除籍、退学。元全国金属,分会長。定年後、脱原発、風力発電所、メガソーラー反対運動、ホームレス問題研究、助け合い実践活動、ほかにお笑いコント作家をめざしている。まじめな政治評論や社会についてあれこれかくことより、自己マンのお笑いコントを書いているほうが楽しい、滑りまくりだが、それはそれとして楽しいのだからしかたがない、駄文は楽し、ご他聞にもれず、「付録組合消滅、工場労働が変わってしまった、!!工場日記2「工場合理化の波、工作機械へん、当初工作機械の合理化は記憶ではNCボール盤の導入からだったと記憶している、ツールチェンジャーは機械のそもそも使い方かからはじからついていたとおもう、はじめは、ワークをセットする人間と、鑽孔テープやフロッピーなどに作業内容を指示するための専用言語を理解しているプログラマーがいた、このいふたりが複数台のNCボール盤をうごかしていた、ややがてプログラム言語が高度かして簡易になった、プログラムは誰でもできるようになった、専門のプログラマーは不要になった、人員削減が行われた,、ひとりで何台ものオペレートをまかさるようになった。むかしはボール盤一台に作業員がひとりいた、それと穴あけの目しるしをつけポンチうつ罫書きやさんがいた、これがグループをつくっって穴あけ作業をおこなっていた、自動位置きめNCは罫書きやさんを追い出し、穴あけ作業員をへらした、そしてファクトリーオートメーショんンの名の下数値データの一元化、CADデータウォそのまま、工作機械の数値データとリンクさせることによってデータ入力オペレータを失職させた、ボール盤、や他の工作機械もNCかされていたのでそれの作業者も工場からいなくなった、ただ、ワークをマシンにせっとするにんげけが工場に残った。専門工ではなくだれにでもできる補助 労動者である、アルバイト学生、主婦のだけの職場になった、従って従来職能的労働組細は姿を消した、当然全国金属系の組合も存続根拠をなくしてきえていった、工場がかわった、工場から人がきえていった、のこったのは低賃金パート労働者だけである、組合はすでなない、職人さんたちはどこへいったのか_雁行的に他産業でもはやいおそいのちがいはあれ各職場からひとがきえいぇいった、補助労働のパートだけがのこった、余剰労働者の一部は路上にあふれた、」設計」の変遷m¥、エンジニアがいなくなった!バネの計算もできない設計屋が職場に中心になった!!「 · 設計業務の合理化の旗首として時代から歓迎され職場に入り込んでいったCADである、はじめは清書道具として導入された、従来、烏口などを使ったトレース業務の合理化として導入されたようだ。この点はワープロなどとおなじだ、トレース作業を設計業もから放逐した。以後トレース作業は印刷に於ける版下作りに活路をみいだした、そもそも設計業無は製品をJIS規格に合わせる必要から、オリジンナルな新規設計する事はすくない。強度計算や構造計算をされた物を類推計算することが殆んどだった、そもそも部品の強度起算なりがある理想モデルにもととずいた計算によるもものだったので、そのつど補正係数などを経験から代入される場合がおおかった、したがて、流用可能性が本質的にあったわけだ、そして設計業務に訪れた第二の合理化はコピー技術の進化によってもたらされた、第二原図利用のななである。これによってさらに流用設計が盛んになった。形状のパターン化、数値だけを修正液を使ってなおすだけが設業務の主要作業になった、以前は使いまわしを前提したフォーマット化された図面を予め作っておいて数値だけを書き込むだけでいい図面作りが主流だった、ここでも設計業務の合理化、製品の標準化に寄与した意味は大きい、第二原図のあと続いた合理化の目玉のOSがウィンドウズ95になった、新しい廉価の登場がCAD利用層の拡大の寄与した意味はおおきい、従来500万程度した専用CADが50万ていどのなったのでsる、このことがCADを中小企業にまで普及させた、この意味は物作りの世界にとっても大きい、一品料理物が多い中小企業に標準化、パターン化をもたらした、この波CADの低価格かとあいまって中小企業におしよせたのである、CADそのものの特徴であるコピペが盛んにつかわれるようになった、ズ目呼び出しやすい用に部品yブロックがアイコンによる管理になったコピペがしやすくなった、部品やブロックの流用が一層促進され標準化が進んだ。生産現場の情報一元化 流用設計が仕事の中心になって来た、CADペレータでも仕事ができるようになってきた、機械知識が無くとも設計ができるようになった仕事がコピペ中心になった デデジタル化は工場の工作機械の数値制御化とリンクし工場の合理化、無人化を促進させた(つずく 相互扶助、相互存在承認、近代抽象的人間観(市民社会)批判、代議制民主主義批判、近代科学技術批判から原発批判、劇場化する政治とメディア批判、国民国家意識に傾斜する政治状況に見合った形で、保守主義の台頭、対米自立の掛け声のもとに進む国民意識統合、そして、そのかていで、新たな「象徴天皇制」象が求められていると、見ている。リクエストはどなたでも歓迎いたします、政治信条による差別はいたしません、私と見解の違う方も歓迎致します、ご自由にリクエストしてください、気持ちのいい、お付き合いをさせていただきたいと思っております、、仕事の分析、現在工場から始まった生産合理化と貧困問題、共同体の変質、、設計現場合理化とCADの席巻の関係について自宅にて研究中、ジャズ、即興性と場のダイアローグ論

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基本的に思いついたこと、違和感をもったことなどについてしつこく、考えること、書くことが好きだ、理屈っぽい、学校で体系的に勉強していないのであくまで、直感だけの野良学問である、すべてを自分語におきかえること、これが目下のところの、思想的作業である、どうも実生活でもネットでもメインストリームではない少数派である、、機械畑を転々としてきた、最最終的な経歴は機械設計、はじめは機械工作からはじめた、現場と独学で必要な機械工学、電気工学を学んだ、仕事について考えるのはすきな方で、人間(労働)解放と会社、社会、組合、と現役時代書いたり、勉強してきた。趣味は音楽、映画、オーディオ、美術品収集、釣り。現在下流老人まっしぐらだ、結構極端な考え方をしていて、殆んど考え方だけでいえばゴリゴリの「絶対的自由原理主義者」だ、その意味で言えば、頑固ものだ、自由はいかなる権威、権力にも譲らない、納得することだけをやりやい、しかし、基本には「人の繋がりを大切に、ひとに愛と優しさを」が社会、他人にたいする基本テーゼである、さて下手の横好きが昂じてはじめてしまった「釣り具、釣り場文化史研究」、工場労働と人間、労働における他者の発見から、社会、共同体意識というものを架橋して、社会変革までを眺望すべくはじめた「マルクス」「サルトル」研究(労働からの解放)。、直接民主主義、個人の対等平等、合意の意思決定機構に基づく連合体をベースとする、アナキズム社会の研究、定時制高校時代関わった、都立代々木高校定時制生徒の生活と意見を描いた「奪還そして解放」製作上映運動、中学生の時からもともと集団生活に馴染めず、引きこもりがちの生活を送っていた、偶々炭労、大正鉱行動隊の人と巡りあい、谷川雁さんを知った、詩集、著作を読んで感動した、社会とかかわる必要を感じ、心機一転、仕事、学校に行くことを決意した、しかし、結局、夜ふかし生活がたたって遅刻常習となって、職場と学校を転々とすることのなってしまった。しかし、ものづくり自体は好きだったので、工場勤めなら何でもやった、自動車修理工(板金修理見習い)、自転車修理業、、包丁研ぎを請負でやった、ラジオ組み立て修理、機械組み立て、製缶、罫書き、旋盤、研磨研削、(弱電)配線、油空圧回路設計、配管、機械制御リレー回路設計、テクニカルイラスト、取り説ライター、液晶製造装置、半導体製造装置、産業ロボット等の設計といろいろやった、今から思うに、ある特殊な条件下だったとはいえ、ものづくりということ、卑近なところで、例えば、ボール盤を使った、穴明け作業ひとつをとってみても、それはそれで含蓄もあった、一枚の図面から、全体の作業の流れを読み、段取りを考え、また加工相手によってはドリルの食い付き角度(チゼル角)をかえるために工具顕微鏡とにらめっこでドリル尖端のグラインダーがけをしたり、これはこれで熟練が必要だった、また例えば大径ドリルで穴開けをする場合、予め小径のドリルで下穴を開けることも多いが、但しこの場合でも大径ドリルについては、食い付きを悪くしておかないと、固定バイスごとぶん回されることもしばしばだった、、また特に真鍮などは食い付き角度を鈍角にしておかないと,バイスごともってゆかれることが往々にしてあった、一般的に加工難材としては18−8ステンレスが一番厄介で、どんな機械加工においても、熱伝道、加工熱逃がしが難しく、いきおいドリルやバイト(はもの)が自家熱で刃こぼれすることも多かった、従ってそれにあわせて、そのつど、ハイスや超硬などにドリル材質を変更をする必要があった、また、作業上、製品形状にあわせた、固定冶具を事前に作る必要があった(製品が作業用万力(バイス)に納まりきるとは限らないため、あえてそれを9、考えたり、簡単な図面をひいたりで、これ自体も経験知がものをいう作業工程であった、従ってボール盤作業ひとつとっても、全体としては結構奥が深いものであった、考えようによってはスリリングで知的好奇心さを満足させるものであった、それはビラ作りなどに覚える遣り甲斐と同質のものだ、仕事全体を把握し、采配し、主体的に取り組める仕事は楽しかった、第二次産業とりわけ、工場から始まった現在の行きすぎたQC運動「生産性向上運動」の結果としての作業の平準化、マニュアル化は労働者から労働への自主性、全体性把握の力を奪ってしまった、生産、労働のモチベーションが生産管理が提示する「想定標準時間」だけに納めることがそれじたいの至上目標になってしまったためだ、現場の裁量権はなくなった、仕事の意味、ノウハウ、全体性は労働者の手を離れ、会社側生産管理職に移行してしまった、会社が個別用途に合わせた専用工具、冶具を図面と共に労働者に「支給」し、労働者はそれを所定時間内に仕上げ、こなすだけの存在になりさがってしまったのだ、労働者は既に労働の主人公ではなくなった、彼の労働の目的は労賃をえるためにだけにしぼられた、生産の目的、全体性に関与できなくなったためだ、労働者は己がただの労働力商品であることの厳しいリアリティに向き合わざるを得なくなった、資本に買われた奴隷に過ぎないこと、それが社会のシステム、歯車であることを受忍せざるをえなくなった。彼の労働は彼にとってよそよそしい、拘束時間中は彼は資本に組織された、奴隷、ロボットに過ぎない、むかしは確かにこのような労働者の生産における主人公性、裁量権にみあった、職能集団的な自律共同体、そしてそこから組み立てられる、労働組合の基礎的人間関係もあったようにおもう、労働者としての類的存在様式の再生産の場としての「家族」その基礎である「マイホーム」「持ち家」制度も、このような労働者の生産関与に裏付けられたライフサイクルのうちにあった、しかしこれが労働、仕事のドラスチックな変化によって瓦解してしまった喪失感は確かに大きい、労働の意味、地域共同体、職場での共同体意識の崩壊となってあらわれた、同時に仕事そのものの無人化傾向を促進し、人間を直接生産現場から排除した、熟練不要、ノウハウのいらない補助労働に人間を再組織した、代替可能な受け皿作りの成功はとりもなおさず、低賃金労働の蔓延を促し、工場から社会全体への広がりのうちに総貧困社会を齎した。他方物流現場でもこの傾向は顕著だ、ピッキング作業において、アマゾンみたいに必要作業行動範囲すら行動学的に分析されて、最適経路まではじき出されている。従って労働者は労働の場面においてさえ分断されていて、仕事の目標はコンピュータどおりの経路を取って、最小時間で集荷することである。戦うべきは抽象的時間であり、雑談する仲間のいない、ひとりぼっち環境でどこまでいっても孤独である、こんな仕事がおもしろいはずはない、物流ロボットと同じ扱いである、最近はサービス、接客業にまでこの方法が持ち込まれ、(生産性向上、作業者によらない作業標準化)の掛け声のもとに、挨拶の仕方までマニュアル化されているという、ぶすったれることすら許されない、ますます仕事は地獄になる、、大学は立正大学文学部(英文科)を学生運動の都合で一年で除籍、退学。元全国金属,分会長。定年後、脱原発、風力発電所、メガソーラー反対運動、ホームレス問題研究、助け合い実践活動、ほかにお笑いコント作家をめざしている。まじめな政治評論や社会についてあれこれかくことより、自己マンのお笑いコントを書いているほうが楽しい、滑りまくりだが、それはそれとして楽しいのだからしかたがない、駄文は楽し、ご他聞にもれず、「付録組合消滅、工場労働が変わってしまった、!!工場日記2「工場合理化の波、工作機械へん、当初工作機械の合理化は記憶ではNCボール盤の導入からだったと記憶している、ツールチェンジャーは機械のそもそも使い方かからはじからついていたとおもう、はじめは、ワークをセットする人間と、鑽孔テープやフロッピーなどに作業内容を指示するための専用言語を理解しているプログラマーがいた、このいふたりが複数台のNCボール盤をうごかしていた、ややがてプログラム言語が高度かして簡易になった、プログラムは誰でもできるようになった、専門のプログラマーは不要になった、人員削減が行われた,、ひとりで何台ものオペレートをまかさるようになった。むかしはボール盤一台に作業員がひとりいた、それと穴あけの目しるしをつけポンチうつ罫書きやさんがいた、これがグループをつくっって穴あけ作業をおこなっていた、自動位置きめNCは罫書きやさんを追い出し、穴あけ作業員をへらした、そしてファクトリーオートメーショんンの名の下数値データの一元化、CADデータウォそのまま、工作機械の数値データとリンクさせることによってデータ入力オペレータを失職させた、ボール盤、や他の工作機械もNCかされていたのでそれの作業者も工場からいなくなった、ただ、ワークをマシンにせっとするにんげけが工場に残った。専門工ではなくだれにでもできる補助
労動者である、アルバイト学生、主婦のだけの職場になった、従って従来職能的労働組細は姿を消した、当然全国金属系の組合も存続根拠をなくしてきえていった、工場がかわった、工場から人がきえていった、のこったのは低賃金パート労働者だけである、組合はすでなない、職人さんたちはどこへいったのか_雁行的に他産業でもはやいおそいのちがいはあれ各職場からひとがきえいぇいった、補助労働のパートだけがのこった、余剰労働者の一部は路上にあふれた、」設計」の変遷m¥、エンジニアがいなくなった!バネの計算もできない設計屋が職場に中心になった!!「 ·
設計業務の合理化の旗首として時代から歓迎され職場に入り込んでいったCADである、はじめは清書道具として導入された、従来、烏口などを使ったトレース業務の合理化として導入されたようだ。この点はワープロなどとおなじだ、トレース作業を設計業もから放逐した。以後トレース作業は印刷に於ける版下作りに活路をみいだした、そもそも設計業無は製品をJIS規格に合わせる必要から、オリジンナルな新規設計する事はすくない。強度計算や構造計算をされた物を類推計算することが殆んどだった、そもそも部品の強度起算なりがある理想モデルにもととずいた計算によるもものだったので、そのつど補正係数などを経験から代入される場合がおおかった、したがて、流用可能性が本質的にあったわけだ、そして設計業務に訪れた第二の合理化はコピー技術の進化によってもたらされた、第二原図利用のななである。これによってさらに流用設計が盛んになった。形状のパターン化、数値だけを修正液を使ってなおすだけが設業務の主要作業になった、以前は使いまわしを前提したフォーマット化された図面を予め作っておいて数値だけを書き込むだけでいい図面作りが主流だった、ここでも設計業務の合理化、製品の標準化に寄与した意味は大きい、第二原図のあと続いた合理化の目玉のOSがウィンドウズ95になった、新しい廉価の登場がCAD利用層の拡大の寄与した意味はおおきい、従来500万程度した専用CADが50万ていどのなったのでsる、このことがCADを中小企業にまで普及させた、この意味は物作りの世界にとっても大きい、一品料理物が多い中小企業に標準化、パターン化をもたらした、この波CADの低価格かとあいまって中小企業におしよせたのである、CADそのものの特徴であるコピペが盛んにつかわれるようになった、ズ目呼び出しやすい用に部品yブロックがアイコンによる管理になったコピペがしやすくなった、部品やブロックの流用が一層促進され標準化が進んだ。生産現場の情報一元化
流用設計が仕事の中心になって来た、CADペレータでも仕事ができるようになってきた、機械知識が無くとも設計ができるようになった仕事がコピペ中心になった

デデジタル化は工場の工作機械の数値制御化とリンクし工場の合理化、無人化を促進させた(つずく

相互扶助、相互存在承認、近代抽象的人間観(市民社会)批判、代議制民主主義批判、近代科学技術批判から原発批判、劇場化する政治とメディア批判、国民国家意識に傾斜する政治状況に見合った形で、保守主義の台頭、対米自立の掛け声のもとに進む国民意識統合、そして、そのかていで、新たな「象徴天皇制」象が求められていると、見ている。リクエストはどなたでも歓迎いたします、政治信条による差別はいたしません、私と見解の違う方も歓迎致します、ご自由にリクエストしてください、気持ちのいい、お付き合いをさせていただきたいと思っております、、仕事の分析、現在工場から始まった生産合理化と貧困問題、共同体の変質、、設計現場合理化とCADの席巻の関係について自宅にて研究中、ジャズ、即興性と場のダイアローグ論