およそ2500年前に釈迦牟尼仏陀によって覚とられた世の中の真理法則は、「縁起」であったと言われています。
縁起とは、
すべての物質的精神的な存在は、直接間接の原因(因縁)の結果として生じている。
と言うもので、因果とも言います。
ある時点のある存在は、さまざまな原因の結果として生じたもので、絶えず変化し続け、また、他と関係する事によって、なんらかの因となる。
このような相関関係によって世間は成り立っていて、一つとして独立しているものはありません。
今ここにいる私自身も、言うまでも無く例外ではありません。
自分も含めた一切の存在は縁起によって生じ変化しているもので、縁起から独立した固定的恒常的な存在というものは在りません。
「つねによく気をつけ、自我に固執する見解をうち破って、世界を空なりと観ぜよ。」
釈尊の教え「仏教」は時間的空間的広がりの中で多種多様な教えが生まれ、多くの内容が含まれてきましたが、根底にある「縁起」「無我」ということを再確認することは、現代の仏教全般の理解にもつながるとともに、最終的には解脱に至るものではないかと思います。