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埼玉西武 森内壽春スコアラー

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詳細 2024年3月4日 18:54更新

社会人野球・JR東日本東北で活躍し都市対抗野球で史上2人目の完全試合を達成し北海道日本ハムファイターズに入団。
トミー・ジョン手術からの復活を目指す森内投手のコミュニティです。
森内投手の魅力など何でも語り合いましょう!
社会人野球からプロ入りした選手をきちんと応援できないあるいは暴言を吐く方はお断りしております。
過去に私へ暴言を吐いた方もお断りしております。

森内 壽春(もりうち としはる、1985年1月2日- )は、北海道日本ハムファイターズに所属するプロ野球選手(投手)。

経歴
プロ入り前
青森県青森市生まれ。
油川小学校で2年生の時にリトルリーグで野球を始めている。
油川中学ではシニアリーグに所属して内野手と投手を兼任。
八戸工大一高では3年時にダブルエースの一人となり、春季東北大会ではベスト8に進出。3年夏の県大会では準々決勝で先発し、同点の9回2死で2ストライクまで追い込んだ状況から決勝タイムリーを打たれて光星学院に敗れた。
2003年に青森大学へ進学し、時にはブルペンで400球以上投げ込むなどの練習を積み精神面も鍛えられた。野球部(北東北大学野球連盟加盟)では2年春のリーグ戦からベンチ入りして同年秋に初勝利を挙げる。4年生になると最速140km/h台後半の速球や5種類の変化球を武器にエースとなり、春季リーグ戦では八戸工業大学を相手にリーグタイ記録となる17奪三振を挙げるなどの活躍で6季ぶりのリーグ優勝に貢献し、MVPを受賞。同年は春秋の両リーグ戦でベストナインを獲得し、準優勝した6月の東北地区選手権では敢闘賞に選ばれ、全日本大学野球選手権にも出場。大学では通算13勝を挙げた。
大学卒業後はJR東日本へ入社し、東北野球部に所属。1年目の2007年は日本選手権の準々決勝で先発を任されて勝利投手になり、大会優秀選手に選ばれる。
2008年はTDKの補強選手として都市対抗に出場し、初戦で2回途中からロングリリーフしてチームは敗れたものの好投を見せる。先輩の攝津正がプロ入りした2009年以降はチームのエースとなり、チームも3年ぶりに都市対抗に出場。
2010年の日本選手権の東北予選では七十七銀行の小林敦と延長17回を投げ合い、お互いに完投して0対0で引き分け再試合となった。この試合で215球を投げたが、さらに翌日の再試合でもリリーフ登板してチームを日本選手権出場に導いている。2011年は東日本大震災の後およそ2ヶ月は社業に専念し、その後は代行バスの案内業務の合間などに練習を続けた。同年の第82回都市対抗野球大会では、プロ野球ドラフト会議直前に行われた1回戦の対三菱重工横浜(現・三菱日立パワーシステムズ横浜)戦(10月24日)で史上2人目となる完全試合を達成しドラフト候補に急浮上。
2011年のプロ野球ドラフト会議で北海道日本ハムファイターズより5位指名を受け入団。
プロ入り後
2012年
オープン戦、好成績で開幕一軍の座をつかむと、4月3日のオリックス・バファローズ1回戦(札幌ドーム)でプロ初登板。
テンポの良い投球で次第に使われる場面が増え、4月・5月は防御率0点台と大活躍。その後8月中旬までは安定感ある投球で46試合の登板で防御率1.91と好調だったが、夏場に入ると疲れからか打ち込まれることが増え、最終的には防御率4点台で終了。9月17日のオリックス戦(札幌ドーム)ではプロ初先発も経験。
2013年
先発投手への本格転向を視野に、春季キャンプから調整。チームの事情で2年連続の開幕一軍こそならなかったものの、4月6日にシーズン初の一軍登録を果たした。しかし、一軍の公式戦では先発の機会を得られず、中継ぎで5試合の登板に終わった。
2014年
春季キャンプ前の1月に、JR東日本東北時代の先輩投手・攝津正(福岡ソフトバンクホークス)との合同自主トレーニングを敢行。春季キャンプからオープン戦の終盤まで一軍に帯同していたが、シーズン最初の一軍登録は4月19日にまで持ち越し。登録後は、公式戦4試合に救援で登板するとともに、無失点を続けていた。しかし、5月10日のオリックス戦(ほっともっとフィールド神戸)で6回裏の途中から登板したところ、右肘の違和感を訴えて緊急降板。降板後の精密検査で右肘内側側副靱帯の損傷が判明、戦列を離れたうえで、患部の再建手術(トミー・ジョン手術)を受けることに。
プレースタイル・人物
攝津正を参考にしたリリースポイントが前方にある投球フォームで投げ、コントロールには定評がある。カーブやスライダー、チェンジアップなどの変化球で追い込み、平均球速約137km/h、最速146km/hの速球でストライクを取る投球が持ち味。
ドラフト指名後の夜に5年半交際した女性にプロポーズし、2012年1月6日に結婚した。
出生から大学卒業までの22年間を青森県内で過ごしたからか、標準語を喋る際にも津軽訛りが出る。
ファンからはテンポよく投げ込む様子が同姓の将棋棋士で永世名人の森内俊之に例えられ、「(森内)名人」と呼ばれている。

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参加メンバー 7人

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開設日
2014年9月19日

3560日間運営

カテゴリ
スポーツ
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