人類が女性器を開拓してはや2千年。
世の中は混沌の様相を呈している。
現代社会に必要なものは何なのだろうか。
―我思う故に我あり―
思意しない世界は存在しない世界、すなわち無に等しい。
ということは、非童貞は意識の範疇外のものである。
では非童貞に一体何の意味があるのだろうか。
自己肯定とはすなわち童貞の許容、拡大である。
他人のためではない。
自分のための陰茎海綿体の充血拡張が重要なのである。
処女膜を貫くことよりも自分の価値を貫き通すことの方が重要だとは思わないか。
そして、先祖代々受け継がれてきた歴史を我々で断ち切ろうではないか。
自分が無知であることを知らないのは恥ずべきことやもしれない。
しかし、知らないということは可能性が無限大であることを、人類は再認しなければならないのである。
「童貞は非童貞になることが出来る。しかし、非童貞は童貞にはなれないのである」