アジアの大砲ことダエイ古谷(初代代表)が2002年に創設して以来、サッカー同○会、フー○バル、カント○ーズなどと共に中央大学の歴史を牽引する代表的なサッカーサークル。
週2回、大学のサッカーコートで初心者、経験者ともに和気藹々と、でもマジメに練習しています。
新入生大歓迎N.R.!!
だれか引き継げN.R.!!
【沿革】
2002
当時の経理研の仲間内で創設される。初代代表にダエイ古谷。
2003
当時の活動を裏付ける記述が残っておらず詳細不明。
2004
のちに伝説となる二人、雨の植田、怪我の笠井が入学。当時の代表、“小野さん”が失踪したため、若き二人を中心にチームの再建を図る。
2005
植田、笠井の再建努力の結果、部員数が10倍となり、一気に中規模サークルと化す。しかし、同時に失ったものも多く、“社長”の辞任(事実上の解任ともいえる)を始め何名かが方向性の違いから退部(フェードアウト)。「『こんなはずじゃなかったのに』騒動」と呼ばれるこの一件で、新生N.R.が幕を開ける。
2006
大会合宿、飲み会、追いコンとサークルに必要とされるステータスを次々に取り込み一気にその名を大学(のミニサッカー場)に轟かせる中、植田、笠井両氏が名誉職に就き、後任に、10点差からの『まだ負けてねぇよ!』発言で注目を浴びた、なんちゃって帰国子女KJが就任。部員を大幅に減らすと同時にN.R.の暗黒の時代が幕を開ける。
2007
大幅に減少した部員数の影響もあり、活躍の場をフットサル、ソサイチ(7人制サッカー)に移す。これが吉となり、徐々に成績が向上。ついにグリーンカップで優勝を飾るものの、人材不足による経営悪化の責任をとり、KJが辞任。(『膝が治らない』を理由に名誉職を辞退。)劣悪な環境の中で着実に力をつけてきた若手のホープ、ホーリーが新代表となる。
2008
ムダを排除した『小さなサークル』路線を継続したホーリー政権だったが、リーマンブラザーズの破たん、それに伴う不況、さらには毎週雨という不運も重なりスタートダッシュに失敗。しかしその後は、既存メンバーとの結びつきを重視した友愛路線に切り替え、その流れを組んだbantaku(または、たくまろ)が新代表となる。華の05年入学組も卒業となり、第二次N.R.体制が本格的にスタート。
2009
メーリスを中心としたマーケティング戦略を武器に新入部員を増やし、復活の兆しを見せる。しかし、学内には部内の膿ともいえる05年入学の留年組が依然大学に在籍するなど懸念点も多い。
2010、そして未来へ。
今後のキーとなるのは、部内に残るshynessのアイデンティティを取り除いた上で、女性の活用、新入部員の勧誘だろう。現在は中小規模のサークルに留まっているが、持ち前の頭脳を生かし、中央大学の顔となるようなサッカーサークルに変化を遂げてくれれば幸いである。
大丈夫、君たちにはできる。
我々が輩出した偉大なOB、KJ元キャプテンはこんな言葉を残している。
『まだ負けてねぇよ!』
※10点差で負けている状況で。