人間の行動は運命に支配されているという考え方があるらしい。
それは心理学では「人間の行動はすべて条件付けで説明できる」と、
また物理学では「初期条件を設定すればその後のすべての現象が物理法則にしたがって動く」と。
かつてオーストリアの心理学者フランクルはこう言った。
「空を見上げれば無数の星がきらめくこの宇宙。どこまでも続くこの果てしない宇宙の中 で、今、この時代、この時、この地球の、この国の、この場所に、なぜかこの「私」が置き与えられている。
一見単なる偶然に見えるこの事実。しかし、考えてみれば果てしなく続くこの時間と空間の中で、他のいつでもない今、この時代、この時、他の何処でもないこの国のこの場所に、自分が置き与えられているということにはやはり意味がある。
自分で選び取ったのではなく、気付いた時には選択の余地なくそこに定め置かれていたからこそ、この事にはただそれだけで意味があると思わないではいられないのだ。
私たちは何をしてもいいし、何もしなくてもかまわないような存在ではない。
ここにいてもいなくてもかまわない。そのようなただ放り出されているだけの存在ではない。
私たち一人ひとりには「なすべきこと」、「充たすべき意味」が与えられている。そしてそれと共に、今、ここに定め置かれている。そしてその「何か」は、私たちによって発見され実現されるのを「待っている」。私たちは常にこの「何か」によって必要とされ、それを発見し実現するのを待たれている、そういう存在なのだ。」と。
自分の存在、そこにある価値、生きる意味を考えることは簡単なことなようで感じる事は難しい。
皆こういった問題を考え、悩み、決断する事で立派な大人になっていくのだろうか。
自分がもう少し利口だったらこんなちっぽけな事で悩むことも無いんだろう。
さぁ、心のピースをはめる場所を探すのはもうやめて。
そっとここに置いてみて下さい。
きっと…、そのピースが全ての始まりになるでしょう(^_^)