◆城島健司が好きな方。
◆マリナーズに行っても、阪神に行っても城島健司が大好きだという方。
◆どこに行っても城島健司は佐世保の城島健司だという方。
◆芝草宇宙が今でも許せない方。
◆礒部公一とタフィ・ローズに嫌悪感を覚える方。
◆好きな言葉は「国士無双」だという方。
◆釣りをする城島健司が好きな方。
◆麻雀が強い城島健司が好きな方。
◆ノムさんに言い返す城島健司が好きな方。
城島健司とは↓
別府大学付属高等学校(現・明豊高等学校)時代は1年の時から4番を打ち、高校通算70本塁打を記録。
1997年開幕より一軍のレギュラー捕手に定着。
同年オールスターファン投票では、戦後生まれでは最年少となる21歳45日で捕手部門1位選出。
この年打率.308(プロ野球歴代捕手史上最年少3割)、15本塁打、68打点。
1999年には初の全試合出場を果たし、チーム唯一の打率3割をマークするなど、球団初のリーグ優勝・日本一に大きく貢献。
またリーグ優勝のとき、号泣する。
2003年には自ら「スーパーキャッチャー」のキャッチフレーズを掲げ、野村克也以来史上二人目となる捕手としての全140試合フルイニング出場を宣言、見事に達成した。
7月27日のオリックス・ブルーウェーブ戦では1試合6安打を放ち、仰木彬(西鉄)と並ぶリーグタイ記録をマークするなど、打っては打率.330、34本塁打、119打点と打撃3部門全てで自己最高の数字を記録。
松中、井口、ペドロ・バルデスとともにプロ野球史上初の100打点カルテットを形成したダイハード打線の5番打者としてチームの3年ぶりのリーグ優勝に貢献した。
また捕手としても斉藤和巳ら若手投手陣を引っ張り、MVPに選出された。
日本シリーズでは2000年の日本シリーズに続き、長嶋茂雄以来史上二人目となるシリーズ2度目の4本塁打を放つなど大舞台での強さを見せ、チームの日本一に大きく貢献した。
2004年はアテネオリンピック野球日本代表に選ばれ、4番打者、正捕手として活躍。チームは銅メダルを獲得した。
2006年4月3日の開幕戦対ロサンゼルス・エンゼルス戦(セーフコ・フィールド)に7番捕手として初出場。
バートロ・コロンから第2打席にメジャー移籍後初安打を初本塁打で記録(同時に初打点)。
日本人史上2人目となるデビュー戦本塁打を放つ。続く4月4日の開幕2試合目の対エンゼルス戦では、日本人史上初となる開幕から2試合連続本塁打を記録。
2007年、守備率(863守備機会で.998<規定試合以上>)と盗塁阻止率(.465<規定試合以上>)で、MLB全体トップを記録。
2007 This Year in Baseball Award のDefensive Player部門に捕手で唯一ノミネートされた。
城島はプロ野球捕手にしては珍しい闘志剥き出し型タイプである。
そのためプロ野球OBの評論家に一目置かれる存在でもある。
また当時近鉄に所属していた高村祐から死球を受け、猛ダッシュで7歳年上の相手に暴行したことがある(ちなみにその前年は死球の数が両リーグで一番多く、「死球が多いのは自分が生意気だからかもしれないけど、このままでは自分の身が持たないから、次ぶつけられたら殴りに行こうと決めていた」と言っている)。
また有名なものとしては、普通の現役選手なら顔を見ただけでそそくさと逃げ出すほど口の悪いことで知られる豊田泰光が、スポーツ紙で城島を酷評。
それを読んだ城島は、その記事を寮の天井に貼り付けて「いつかきっと、これを書いた奴を見返してやる」と発奮した。
後に豊田泰光は自らの著書に「城島を今の一流スターにしたのは自分だ」と誇示していたが、城島は1999年の福岡ダイエーホークスの春季キャンプを取材していた豊田に「俺のことをボロクソに書くなこのヤロー!!」と怒鳴っている。
尊敬する選手はかつては野村克也であった。
しかし攻守ともに一流と認められるようになった後も野村は城島に対しては厳しい評価をすることが多い。
2003年野村が「すぽると」のゲストで日本シリーズ直前の解説をした際、矢野輝弘と比べ「確かに打者としては素晴らしいが、捕手としてなら矢野のほうが格段に上」と発言した(その後ダイエーが日本一になった際、城島が「すぽると」にゲスト出演し、野村に対して苦言を呈した)。
野球界有数の海釣り(特に磯釣り)好きとして知られ、腕前はプロ級である。
シーズンオフはおろかシーズン中でも暇を見つけては釣りに出かけるほどで、某釣舟屋のサイトに、釣果の大きなチヌを手に写った写真が掲載されたこともあるほど。
地元の新聞の釣りコーナーや釣り雑誌にも「ホークスの城島選手」ではなく「佐世保市の城島さん」として掲載されたことがある。
FBSの夢空間スポーツのコーナー内のインタビューにて「(選手として)バリバリの状態で福岡に戻りたい」、「今の自分があるのはホークスのおかげであり、ユニフォームを脱ぐ時は福岡でホークスのユニフォームを脱ぎたい」と語った。
球団側も復帰の際には獲得に意欲を見せており、背番号2を欠番としている。
現在、三児の父。
ヘルメットに貼られた息子の写真を見、首に吊るした結婚指輪にキスをして、さらにはネクストバッターズサークルにて、バットで家族のイニシャルを描くしぐさをしてから打席に立つ。
写真
[シアトルマリナーズ]
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[佐世保自主トレ]
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困ったときには