衣更着信(1920-2004)
「荒地」同人
香川三本松にて高校の英語教師をしながら詩作をつづけた
本名、鎌田進
「とびうおの歌」
うねりの下にうねりよりも青く生きていた
線条のような柔らかな骨は
プランクトンと潮が作るしなやかな肉ぐるみしなった
撃ちこまれた鉛のようにはやく沈んだ
しぶきをあげて悲しいかもめの啼き声を拒否した
胸びれにはげしく風をはらんで
危険な空気のなかにしばらくとどまった
星にはつづかぬ旅 紡錘形のけなげな不幸
白いぬれた胸に叫びをつめて
燃えつきる蠟燭のように横腹にきらめく太陽
追われ追われて追われることに
つきとおされた嘘のように慣れっこになっていた
死んだとき血も脂肪もなかった
「初雪」
身のひきしまる歌のようなものが降ってきて
汚れや不幸が徐々に消し去られ
美しい とりすました嘘の世界になった
古い 色あせた写真が哀切な封建の苦しみを隠すように
悲哀をおもてに浮かべることもできず
家や野はひっそりと動物のように静まっている
子どもらしい抵抗を抛棄して
太陽は自然の片すみに退いている
単純にわきあがる変奏曲
灰色の内心の声 湿った違和
技巧のない連禱 おびただしい死
絶望的な和声進行のなかに
No more heavenly music ! という
女の涙声が聞こえている
『衣更着信詩集』(現代詩文庫89)より
「荒地のいちばんいいところは、いま考えてみると、衣更着信や野田理一にあるんじゃないかな、という気がする」鮎川信夫
トピックは気楽に立ててください
トピックがないと消滅しますので、まあ、無難な文章をトピック代わりに立てておきました