ファンジオ『ファンジオ自伝』より
私が引退を決意したことが知れわたると、たくさんの人たちがその理由を尋ねた。ジャントーネだけは何も聞かなかった。彼には分かっていたのだ。
引退を責める声は多かった。特にアルゼンティンではそうだった。裏切り者呼ばわりしかねない人もいた。
しかし、事故が恐ろしくてレースをやめたとしたら、誰も私を責めたりはしないと思う。しかし、私は事故がこわくてやめたのではない。私のように長い間レースをしていると、不憫の惨事に対しても心構えができてくるものである。
それは私が引退した理由ではない。
1958年には、ピーター・コリンズがニュルブルクリングで死に、カステロッティがモデナで死に、そしてルイージ・ムッソがランスで死んだ。しかし、私が引退を決意したのは、そのショックと悲しみのせいではない。
年をとりすぎたとは思っていなかったし、盛りをすぎたとも思っていなかった。若いドライバーを相手に走るのがこわくなったのでもない。私はまだ勝てると思っていた。ルイ・シロンの輝かしい例を見れば分かるように、私もまた何年もレースを続けるつもりでいた。
下り坂になるのが恐ろしかったからでもなかった。
それでは、本当の理由は何か?
自分でその理由がようやく分かった時、私は引退したのが正しかったと思った。他に方法はなかった。
私は野心を抱き、ついにそれを現実のものとした。初め、世界チャンピオンになることが私の夢であった。それから2度目を狙った。すると3度目に挑戦することになった。4度目の世界タイトルもとった。5度目をとった時、これなら運がよかったとばかりはいえなくなった。
そして、もうやめる時だと思った。私は目標に到達し、野望を達成したのだ。これ以上続ける理由がどこにあろうか。もう1度世界チャンピオンになって、私にとって何の価値があるというのだ。
私は、レースを愛し、人生の最盛期をレースに注ぎこんだ。私は頂点に達した。今こそ消える時である。
しかし、分かっていただきたい。これは簡単なことではないのだ。
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