山中商会の山中定次郎でございます。
明治から昭和初期にかけて、東洋古美術に関しては世界一であった。
明治期日本の美術マーケットを作った人物でありました。大阪を本拠。明治27年にニューヨーク。各地に支店網で、世界規模で古美術界を席巻した本丸でございます。
特に、明治六年のウィーン万博博覧会日本が参加した契機に、瀕死の状態に陥っていた日本の美術市場は、山中商会によってテコ入れされた。評価は別れますが、未成熟の部分に光を当てたという点で数寄者です!
主力商品は日本の古美術品であり顧客は長期滞在のお雇い外国人たちであった。アメリカ人のモース、フェノロサ・・・彼らに触発されたビゲローなどであった。
山中商会の略式の沿革:明治三十三年 合名会社に組織を改編 ロンドンに支店を開設(英国王室御用達の証明紋章を獲得)
明治四十五年 清朝の恭親王のコレクション買い上げ(購入システムは丸く言えば、スーパーマーケットシステム:ロンドン向き、ニューヨーク向き、中国向きと品物の選別を目的としました)
困ったときには