手島右卿(ゆうけい)(本名・南海巍(なみき))は、 明治34年(1901)安芸市に生まれる。
大正4年(1915)14歳の年、川谷尚亭の門をたたき、師逝去の後は昭和10年に上京比田井天来の門下となる。
その後、大日本書道院第1回展では天来翁の単独審査を手伝うなど、次第に頭角を現し、以後、日展の参事や審査員、文部省指導書編集委員、独立書人団代表とめざましい活躍をする。
常々、「書は人間の霊知の所産である」として、東洋的な精神性と現代感覚を融合した「象書」を創始。
昭和33年(1958)、ブリュッセル万国博「近代美術の50年展」に日本代表として富岡鉄斎、梅原龍三郎、井上有一とともに指定出品された「抱牛」は、最高殊勲金星を受け、一躍世界の注目を集め、書道芸術の国際的評価を高めるきっかけとなった。
昭和60年、中国・北京革命歴史博物館にて「日本手島右卿書法展」を開催、観客11万人を数える。
昭和62年(1987)没、享年86歳。高知県名誉文化賞・安芸市名誉市民・文化功労者。