1942年生まれ。父はニューヨーク、ユーティカでビンゴパーラーを経営。
63年、ペンシルベニア大学を卒業。
ウィンと妻のイレインがラスベガスにやって来たのは67年のこと。
相談役のパリー・トーマス(ラスベガス銀行創始者)の力を借りてダウンタウンのゴールデン・ナゲットで初めてカジノを営む。
80年にアトランティック・シティにゴールデン・ナゲット、89年にはラスベガスにミラージュホテルを建設。
90年代に入り、ウィンはミラージュの隣りに2つの「夢」を建てた。
これが今のTIとベラージオである。だが後にMGMミラージュの企業買収により、そのオーナーの座を退くことになる。
知られざる顔
私生活では2人の娘の父親でもある。1993年7月のある暑い夜、娘のケビンが身代金目的で誘拐された。事件発生から2時間後、ウィンは約1億5000万ドルを犯人に支払ったという。ケビンはマッキャラン空港で引渡され、車の後部座席に縛られた姿で発見されたが外傷もなく無事だった。犯人は愛車フェラーリの支払いに追われていたとのこと。約25年の懲役が課せられた。事件後、ウィンは家族を守るためにノースラスベガスの名門ゴルフコース内に大邸宅を建てた。この経験からか自宅に人を招待するのは極めて稀らしい。
スティーブ・ウィンの発想はとても大胆で、いままで誰も成し得なかったテーマパーク型の破天荒なホテルの計画案でラスベガスストリップの繁栄に貢献したホテルオーナーの1人である。
ミラージュ・ベラ−ジオ(他にも多数)をラスベガスにもち、そしてアジアのラスベガスことマカオに巨額(3000億ドル)を投じたホテルWynnをつくりあげました。明らかに前のホテルと違うコンセプトである『ベラージオ』。
これは、いくらファミリーを呼び込んでもカジノに金を落とさない。しかもそういうホテルはもう作った。
それなら、ハイローラー(高額のお金をカジノに落とす人)が満足するホテルを作ってみよう。
もう一度ラスベガスのホテルを大人の楽しむものに変えよう。と、考えた彼でした。
そして作戦は、見事に的中。
その後ラスベガスに作られたホテルも このコンセプトを模倣して建設された物が多いです。
そうです。彼が新しいホテルを作るたびにラスベガスのトレンドが変わっていったと言っても過言ではありません。
世界一のサーカス集団、シルク・ドゥ・ソレイユまでもミラージュの中でおこなっています。
こんなかっこええ男、現在64歳のスティーブ・ウィンが好きな方あつまれ。かっこええスティーブについて話しましょう。カジノ好き!!シルク・ドゥ・ソレイユ好き!!ラスベガス好き!!マカオ好き!!な方もどうぞ♪あつく語りましょう☆★
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シルク・ドゥ・ソレイユ