☆【障害者】という呼称は【障対者】に変えちゃいましょう!というコミュです。
みなさん、【障害者】という呼称、おかしいと思いませんか? 非常に差別的な言葉だと思いませんか? 【者】が付かない【障害】という言葉はOKです、使い方もOKです。しかし、【障害者】という言葉と使い方はおかしいと思うわけです。
【障害】という言葉はそれに続く言葉(状態、程度の説明)がなければほとんど意味をなさない言葉です。だからOKなんです。しかし【障害者】という言葉はそれ単独で何かしら固定の意味(それも非常にネガティブな)をおびてしまう。そしてひと括りにされてしまう。【障害者】は「障害者」と呼ばれた時点で、障害の内容などは一切無視され【障害者】としてひと括りにされてしまう…。
いろいろな、いわゆる【障害者】がいます。種類、程度、肉体的な問題なのか、精神的な問題なのか、はたまた社会的な問題なのか、…それをひと括りにして呼ぶのは、そうした方が彼らを差別する側(彼らを一般社会の外側においておきたいといった人々)にとって便利だからだろうと思うわけです。少なくとも、そこで思考を停止してしまえるだろうというのは事実ではないでしょうか。
【障害】という言葉は、それ自体を【障害】と認識させます。そして、たとえば【障害物】という言葉です。【障害物】という言葉は【障害となる物】を指す言葉であると思いますが(たとえば「障害物競争」という言葉を連想してください)、それであればで【障害者】という言葉は【障害のある者】というより【障害となる者】になってしまいます!
そして非常に残念なことですが、多くの人の【障害者】に対する実際的な認識は【障害となる者】なのです。
人の心から差別心を除くことは不可能です。しかし【障害者】という言葉は【障害】と、それに向き合っている人たちに対する差別心を増長させているように思えてなりません。
そこでわたしは【障害者】にかわる言葉として【障対者】という造語を提唱します。意味は【障害】と【対峙】している【者】です。自分自身の肉体的、あるいは精神的な【障害】、また世間の偏見による【障害】(無意味な偏見さえなければごくごく普通に暮らせる、といった障害)等々と向き合っている、対峙している人たちの総称。
この【障対者】という言葉であれば、【障害者】という言葉とは違い、『それであなたはどんな【障害】と対峙しているのですか?』とごく自然にその人の心に耳を傾けることが出来るわけです。
【障対者】は、【障害】には無縁な人には見えていないものが見えてる、感じている人たちです。だから、変な言い方ですが、偉い、人たちなのです。みんなが住みよい社会に招待してくれている人たちなのです。
そんなこんなではじめるコミュです。【障対者】という言葉に賛同してくださる方、あるいはもっと適切な言葉があるよ、といった方々、よろしくお願い致します。
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