今日4/7/06からついに始まりました、
「太田光の私が総理大臣になったら・・・秘書田中」
毎日欠かさず見ます!
このコミュで毎週テレビでやったのと同じテーマを皆さんで討論しましょう!
でも皆様太田さんの理想通り、僕の理想通り、「平和」に行きましょうね。
熱くなったり、中傷的なコメントはしないでくださいね^^
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【太田光】
ベタさと奇抜さを織り交ぜたボケが特徴。
興に乗れば絶え間なくボケ続け、しばしば非常な毒に満ちたものとなることもあるが、それも太田の魅力の一つである。
しかし、一歩間違えれば暴言になる危険性も含まれている。
中学時代、「ビートたけしのオールナイトニッポン」の放送開始。
サザンオールスターズの「ザ・ベストテン」初登場。
松田優作主演「探偵物語」を立て続けに体験、大きなカルチャーショックを受ける。
高校時代は友達が一人もいなかったが、「陰口を言われるのが嫌」という理由で学校を休まず皆勤賞を取った。
またその反動で、大学時代は初対面の学生にもハイテンションに振舞い、友達を作ろうと必死であった。
こうした少年期・青年期のエピソードは、番組やエッセイのなかでしばしば語られる。
1988年3月、日本大学芸術学部演劇学科で知り合った田中と「爆笑問題」を結成。
身長170cmと大して長身ではないが、田中の身長が154cmと低い為、「爆笑問題の高い方」とも言われている。
田中と意見が合うことは少ない、と言うよりも意識的に田中と意見を合わせないようにしているらしい。
田中が「しいたけ嫌い」だったというだけの理由で、自らの「しいたけ嫌い」を克服するなど、その徹底ぶりは苦笑を誘う。
中でも「サザン・佐野元春論争」はファンの間ではあまりにも有名。
相方の田中のツッコミを「間が悪い」「お笑いをわかっていない」と酷評する一方で、
くりぃむしちゅーの上田晋也とネプチューンの名倉潤の2人を「関東のお笑い界の2大ツッコミ」と評価している。
しかし太田の無軌道なボケにもきちんと対応する田中は、太田にとって貴重な存在でもある。
実際に太田は尊敬する落語家の立川談志から「(相方の)田中だけは切るなよ」
「(コンビを)別れなさんな」と忠告され、これを守っている。
立川談志は他にも、曰く、
「自分の言いたい事が唯一わかるのは太田だ」
と、一貫して太田を評価しており、「太田は俺が他の女と作った息子だ」という冗談を言ったこともある。
妻の太田光代は元タレント(モノマネ芸人)で、現在は所属事務所の「有限会社タイタン」社長。
光代はかなり豪快な人物で、彼女との奇妙な結婚生活はエピソードに事欠かない。
大変な読書家で、多忙にもかかわらず年100冊を超えるペースで本を読む。
敬愛する作家にヴォネガット、アーヴィング、サリンジャー、カポーティ、太宰治、宮沢賢治、向田邦子など。
青年時代の愛読書は亀井勝一郎、島崎藤村。
ヴォネガット・ファンとして有名で、
事務所の名前「タイタン」や飼っていたオカメインコの名前「キルゴア」はヴォネガットの作品に由来するもの。
アーヴィングとは対談を行ったこともある。
NHK教育テレビ番組「知るを楽しむ・私のこだわり人物伝」では、向田邦子と『阿修羅の如く』を語った。
「女と男の情景」と題した講義を担当し、
2006年元日には村松友視とお互いの講義した人物について語る特別番組が放送された。
また、1997年12月号の小説新潮に近未来SF短編「終末のコメディ」が掲載された。
敬愛する映画監督にチャップリン、ウディ・アレン、ジョージ・ロイ・ヒル、テリー・ギリアム、黒澤明など。
いつかはマーズアタックのようなガチャガチャなコメディ映画を撮りたいという願望がある。
その事を北野武に相談した時に、「映画を作るなら初めに当てろ。」
「コメディ作るなら金をかけろ」と言われた。(日曜日の秘密基地にて)
サザンオールスターズの大ファン。
他に好きな歌手はジャニス・ジョプリン、スティーヴィー・ワンダー、谷村新司など。
ニューミュージック、洋楽も好んで聴く。
MOTHERの大ファンであり、糸井重里の「ほぼ日刊イトイ新聞」でも糸井との対談が掲載された。
初めて感動したアニメは「うる星やつら2 ビューティフルドリーマー」(脚本・監督押井守)。
『宿題』というものを一度もこなしたことがないからか計算が大の苦手。
二桁の足し算の暗算すらまともにできないという。
かつてアルバイトでレジ係をしていた事があったが、釣り銭を適当に渡していたのがばれ、すぐにクビになった。
動物好きとしても有名で、猫を数匹とオウムを飼っている。
オウムは太田が帰宅すると「バイバーイ」と言うらしい。
ちなみにオウムは寿命が長い(80年くらい生きる)ため、自分よりも長生きするのではないか?と内心冷や冷やしているとか。
テレビ番組やライブでの登場時、岡本太郎の「芸術は、爆発だ!」や、
オレたちひょうきん族「タケちゃんマン」にて明石家さんま扮するパーデンネンの「パァ〜」を髣髴させるような、両手を広げたおどけたポーズをとる。歌舞伎の形態模写。
1999年4月より子供番組「ポンキッキーズ」にネズミの着ぐるみキャラクター「爆チュー問題」の「おおたぴかり」としてレギュラー出演。
オリジナルの一発ギャグはもたなかったが、2005年には(中指と人差し指を額につけ、相手に向けて)「ピップ」というギャグを推し、「爆笑問題カーボーイ」でもコーナーをつくって、リスナーに流行させようとした。
当人はこのギャグで流行語大賞を狙っていたようだが、入賞はおろかノミネートすらされなかった。
父親は太宰治の弟子、母方の祖父は島崎藤村の書生、母は永井一郎と昔つきあっていたとか、妻は松永久秀の子孫であるなど、家族についてもかなり語っている。
「爆笑問題カーボーイ」の「太田はこう思う」や雑誌上の連載エッセイでは、自らの政治的信条に関わる話をすることも辞さない。
イラクで拉致された日本人3人について「彼らこそ日本の英雄だと思う」
と発言するなど、その姿勢は総じてかなりラディカル、平和主義的であり、理想論者である。
デビュー間もない1990年、ビートたけしの代打で「ビートたけしのオールナイトニッポン」に出演した際ギャグで、
「たけしは風邪をこじらせて死にました」と発言し、以後しばらくのあいだニッポン放送を出入り禁止になった。
【著書】
【単著】
爆笑問題名義の書籍の多くは太田ひとりによって書かれている(原稿料は田中にも配分されている)。
『カラス』(1999年10月、34歳までの人生をインタビュー形式で振り返る虚実入り乱れた自伝、小学館)
『爆笑問題太田光自伝』(2001年7月、『カラス』を改題・文庫化、小学館文庫)
『ザ・ロングインタビュー(4) 人は、なぜ笑うのか?』(2001年12月、BSフジの番組「ザ・ロングインタビュー」を再構成、扶桑社)
『パラレルな世紀への跳躍』(2003年12月、ダイヤモンド社)
『天下御免の向こう見ず』(2004年6月、爆笑問題名義の単行本から太田のエッセイのみを選抜き文庫化、幻冬舎)
『ヒレハレ草』(2004年8月、同上、幻冬舎)
『三三七拍子』(2004年10月、同上、幻冬舎)
『私のこだわり人物伝』(2005年5月、日本放送出版協会)
【編集】
小沢友紀子『チビカミ』(2004年10月、爆笑問題のススメの企画から誕生、フィールドワイ)
【ドラマ】
世にも奇妙な物語「不幸の伝説」(1992年、フジテレビ)
悪いこと「確率」(1993年、脚本兼任、フジテレビ)
【映画】
【出演】
『バカヤロー!2 幸せになりたいー第2話「こわいお客がイヤだ」』(1989年)
『おいしい結婚』(1991年) - マネー・トランジットセブンの店員A役
『草の上の仕事』(1993年)
『たどんとちくわ』(1998年) - タクシーの乗客役
『模倣犯』(2002年) - 太田光役
『アイス・エイジ』(2002年、日本語吹き替え) - シド役
【監督】
『バカヤロー!4 YOU!お前のことだよー第1話「泊ったら最後」』(1991年)
【音楽】
アラレ!パラレ!(フジテレビ系テレビアニメドクタース
ランプオープニングテーマ、作詞)
飲茶楼で、めちゃうまかろう(JT・清涼飲料水CM曲、作詞)
(Wikipediaより抜粋)