■コミュ説明
最澄に少しでも関心のある方のコミュニティーです。
■最澄 ( さいちょう ) 767〜822
以下、http://
神護景雲 元年8月18日 〜 弘仁13年6月4日(822.6.26)。
平安時代の僧。日本の天台宗を開く。
近江国滋賀郡古市郷(現 滋賀県大津市)に生れる。
俗名は三津首広野(ミツノ オビト ヒロノ)。
・12歳 近江国分寺に入り 行表(ギョウヒョウ)の弟子となる。
・14歳 国分寺僧補欠として得度し名を最澄と改めた。
・19歳 (785年(延暦4年))東大寺で具足戒を受ける。
同年7月 比叡山に登り山林修行に入り 大蔵経を読破。
・797年 内供奉(ナイグブ)十禅師。
・802年 高雄山寺(神護寺)法華会(ホッケエ)講師。
入唐求法(ニットウグホウ)還学生(ゲンガクショウ 短期留学生)
に選ばれる。
★804年7月 通訳に門弟の義真を連れ
空海とおなじく九州を出発。9月明州に到着。
天台山に登り 湛然の弟子の道邃(ドウズイ)と
行満(ギョウマン)について天台教学を学ぶ。
更に道邃に大乗菩薩戒を受け
翛然(シュクネン)から禅、
順暁(ジュンギョウ)から密教 を相承する。
・805年5月 遣唐使とともに帰国し 7月上洛。
滞在中に書写した経典類は230部460巻。
帰国当時 桓武天皇は病床にあり
宮中で天皇の病気平癒を祈る。
★806年1月 最澄の上表により
天台業2人が年分度者となる
(止観(シカン)業1人・遮那(シャナ)業1人)。
これは南都六宗に準じる。
これが日本の天台宗の開宗である。
このころ 空海から
真言・悉曇(シッタン、梵字)・華厳(ケゴン) の典籍を借り
研究する。
★812年冬 弟子の 泰範・円澄・光定(コウジョウ)らと
高雄山寺におもむき 空海から灌頂(カンヂョウ)を受ける。
★813年11月 最澄が 「理趣釈経」の借用を 申し出たが
空海は 「文章修行ではなく実践修行によって得られる」
との見解を示して拒絶。以後交流は相入れなかった。
・815年 和気氏の要請で大安寺で講説。
南都の学僧と論争。その後東国へ旅立つ。
関東で 鑑真ゆかりの
上野の緑野(ミトノ)寺・下野の小野寺
を拠点に伝道を展開する。
・818年 みずから具足戒を破棄。
『山家学生式』(サンゲガクショウシキ)を定め
天台宗の年分度者は比叡山において
大乗戒を受けて菩薩僧となり
12年間山中で修行することを義務づける。
・822年6月26日(弘仁13年6月4日) 比叡山の中道院で没。
没後7日目 大乗戒壇設立は
弟子の光定と、藤原冬嗣・良岑安世の斡旋により勅許。
・866年(貞観8年)伝教大師の諡号(シゴウ)が贈られた。
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