Jimmy Somerville/ジミー・ソマーヴィル/BRONSKI BEAT/ブロンスキ・ビート/COMMUNARDS/コミュナーズ好きな方のコミュです。
■デペッシュ モードやOMD、ヒューマンリーグをはじめとする80年代のエレポップ。その中でも日本でも大括りながらも“NEW WAVE”としてパンク以後カオスさながらの様相であった。
?アンチヒーロー系(アバンギャルド、ノイズ系)
・TrobbingGristle、CabaretVoltaire、SPK、PIL
?ニューロマンチック系(シンセ使ってメイクしてる)
・JAPAN、DURAN DURAN、Ultravox、Spandau Ballet
?ゲイパワー系(カミングアウトしている)
・Frankie Goes To Hollywood 、BRONSKI BEAT、SOFT CELL
そのほかにB-52'sやDEVO、SPECIALS等多々ひしめいていた。
グラスゴー出身のジミーはゲイである。生まれ育った町を出てロンドンに渡った彼は84年にブロンスキ ビートとしてデビューを果たす。メンバー全員がゲイという特異なバンドだったためスキャンダラスなイメージが先行していたが、ジミーのファルセットボイスと哀愁漂う美しい旋律がクラブでも評判となり、出すシングルはヒットを重ねることになる。85年にブロンスキビートを脱退したジミーはリチャード コールと共にコミュナーズを結成する。より美しさと妖しさを増したサウンドは86年の「ディス ウェイ」で全英NO.1を獲得する。一つのピークを迎えたコミュナーズも89年にはなし崩し的に解散。ジミーはソロとして活動を再開させる。90年の事である。
私的には 最初の出会いの曲は「WHY」で、隠すこと無くゲイのせつなさ、苦しみをその伸びやかなファルセットヴォイスで歌いあげるこの曲は生理にはまりました。
すぐシングルを買ってからアルバム(TheAgeOfConsent)も購入しIra Gershwin & George Gershwin の1935年のフォーク・オペラ『Porgy And Bess』の曲のカバー“It Ain't Necessarily So”が極めて意味ありげで深い世界に引き込まれ、ドナサマーのカバー“I Feel Love”では当時クラブで掛かって10代の俺は踊り狂いました。
忘れた頃にやはり“Don't Leave Me This Way”をクラブで聴きそれがあのジミ・ブロンスキの新しいブループCOMMUNARDSと知りそして最高傑作の名高い『Red』(これは赤ジャケ白ジャケどちらも買った、中身は同じなんだけどプレス国が違う)このアルバムのヒットと言えば“Never Can Say Goodbye”だが、自分はアルバムとしてトータル高評価をしております。
HP
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