プエルトリコで生まれの名二塁手。1968年2月5日生
右投両打 183センチ 84キロ
1985年、パドレスとマイナー契約を結び、プロの世界へ。1988年のメジャーリーグのスプリングキャンプに呼ばれる。開幕メジャーこそ逃したが、4月22日にはメジャーへ初昇格。その後、2度とマイナーで野球することはなかった。
メジャー3年目となる1990年にショートへコンバート。愛着あるセカンドへの復帰を嘆願したが、受け入れてもらえず、シーズン終了後にはブルージェイズに移籍する。ブルージェイズに移籍しての1年目から大活躍を見せ、この年トロントのスカイドームで行われたオールスターゲームにファン投票で選出。
翌92年は開幕から絶好調で、打率.310、8HR、76打点、49盗塁を記録。チームも順当に勝ち進み、ブレーブスとのワールドシリーズでも勝利を収め、カナダに本拠を置くチームの初めての世界一に貢献した。さらに93年にもフィリーズを敗り、世界一に輝く。
1995年オフにFA宣言し、オリオールズを選んだ。この時のオリオールズには連続試合出場を続けるカル・リプケン・ジュニアがおり、2人で二遊間コンビを組む。
1998年からFAでインディアンズに移籍することが決定。この年のオールスターではMVPを獲得。インディアンズではショートを守るオマー・ビスケルと二遊間のコンビを組むことになった。毎試合、好プレーを見せる2人は注目の的で、多くのファンを魅了した。2001年、セカンドとして10度目のゴールドグラブ賞を獲得し、ライン・サンドバーグの持っていた9回受賞の記録を塗り替えた。
通算2724安打 210本塁打 474盗塁 打率.300
オールスター12回出場 (1989〜2000)
ゴールドグラブ賞10回(1991〜96,98〜2001)
シルバースラッガー賞4回(1992,96.99,2000)
困ったときには