検見川送信所の設計は東京中央郵便局、大阪中央郵便局などを手がけた”日本の逓信建築の父”吉田鉄郎氏。1926年(大正15年)の完成当時は「白亜の局舎」と言われ、検見川のランドマークだった。千葉市は太平洋戦争末期、2度の大規模空襲によって全土が消失し、現在、このような大正末期のコンクリート建築はほとんど残っていません。
コールサインは日本の無線史の第1歩であることを示すJ 1AA。初の純国産無線機を開発するなど日本の無線技術の発展に大きく貢献。1930年(昭和5年)10月27日夜には、ロンドン海軍軍縮条約締結を記念した浜口雄幸首相の”平和演説”をロンドン、サンフランシスコに届けました。これが日本初の本格的な国際放送となり、検見川の名前を世界に知らしめたのです。
送信所は、そんな貴重な文化遺産、近代化遺産ですが、近い将来、取り壊しが決まっています…。知っていましたか?
関連サイト
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楽天ブログ「検見川送信所J1AA」
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「検見川送信所 保存計画」HP
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