
最近、本当に面白い夢をたくさん見るので、思い切って"夢日記"にしました。
かなり笑えます。。。
面白い夢を見た日にゃあ、一日中、見た夢のことを考えてニコニコしてます。
明日どんな夢なんかな。。。
↓ ついでに今まで書きためたエッセイもどうぞ、
・・・という感じなのか・・・これは・・・
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2004年12月23日、夢を見た。
私が旅の最初に訪れた上海の『豫園』という観光名所の風景に似ているような気もするけれど、記憶が変形してどこかちょっと違っているような感じもする。
池の真ん中には、水に浮かぶように作られた休憩所のような小さな小屋があって、岸から小屋へは階段を横から見たような形に作られた橋があって。
私は、体の大きな友達二人に挟まれて、橋の真中に立っていて、一緒にいる友達はなんとなくドイツ人みたいな感じもした。左側に続いている橋の先には小屋があって、右手には橋の袂から池の周りに沿って歩ける道。右手前方には、土が露になった水辺に下る道、その後ろには芝生のひろがる小高い丘と、さらに遠くの方に緑の山がある。
橋の下の水は本当にきれいに透き通っていて、水の下の深い深い底は、薄茶色の砂まで見えていた。
両隣にいる人たちは景色を指差して何か一生懸命に話しているものの、私自身は身に纏いすぎた自分の持ち物が気になって、あんまり話に集中していない感じ・・・。
そこへ、突然、風が吹いてきた。
荷物が飛ばされそうになって、とっさに頭にかぶっているお気に入りのポールスミスの帽子を左手で押さえたら、それと同時に右肩にかけていたバッグが肩からスルッと抜け落ちて、水の中に落ちていった。日本から旅立った時に自分の荷物を一式入れていた、昔チャイハネで買った青い布製のバック。
あっと息を呑む暇もなく、池の中へ落ちていった。
下を覗くと、それはそれは透き通った水が揺れている。
バックはさらにゆっくりゆっくり沈んでいく。でも、
「落ちてしまったものは仕方がない・・・」
と、半分あきらめていた。手を伸ばしても棒で試しても、残念ながら到底届かないだろうということを一瞬にして悟ったけど、そうしているうちにもバッグはゆっくりゆっくり水の底へ落ちていく。
両隣の友達は全然気付いてくれず、遠くの景色について一生懸命何かを話していて、私も合わせて相槌を打っているけど、内心はすごくショックで、
「もう手が届かないんだ・・・。」
と、なんとか諦めようとした。
彼らは心の置ける友達だというしたたかな安心感が感じられるけど、私は二人の話に割って入ることができず、
「これは私だけの問題なんだ」
と、この思いを心に留めることにした。
話の間にバッグの事を打ち明けようかと思ったけど、話が切れた瞬間に私から別の話をくりだして、右手に見える丘の方で一休みしようと提案して橋を降りていった。
水の中に落ちていく、とてもきれいに見えるバック。
お気に入りのものがたくさん入っていることはわかる。私は中に入っているそのお気に入りの物は本当に失ってもいいものか考えながら、バッグが透き通った池の底深く静かに沈んでいった光景を瞼の裏に思い浮かべていた。
橋を降りて観光客とすれ違いながら道を歩いて着いた水辺に腰を下ろそうとしているけど、私は半分バッグに気をとられ、これからどうしようか、と考えていた
・・・ところで目が覚めた。
あれからずっと、今の今でも
「あれは、どういう意味だったんだろう?」
と考えている。
私の旅を象徴するバック、お気に入りの物の数々・・・。
それに、夢の中で感じた、一緒にいた人への妙な安心感とぬくもりは、私がベルリンで知り合った心許せる友達への気持ちにも似ていた。
そういえば、日本を出てから7年。
いくら英語が話せるといっても、旅行や買い物の一般的な用が足りる程度で、自分の思ったことや感じたことを言うには、とてももどかしい思いをする事が多い。
「こうこうこうして、その時こう思ったよ・・・」とかいう自分の気持ちを説明するには、今までに見てきたもの、育ってきた環境が違いすぎて、まず文化の違いを具体的に説明しなきゃいけない。それが、結構大変で、自分の事を話すよりその場を楽しんでしまうことがよくあった。
子供の時、
「青い目の人は、見える世界も青がかっているのかな・・・」
と真剣に考えてたことがある。
小さい田舎町で育った私にとって、そのくらい外国人は未知だった。
それなのに、一緒に住んでいた私の周りの友達は、なぜか、不思議に私の事を理解してくれていた。
言葉の足りない感覚を、みんな本当に分かってくれて、心が裸になれた。
気嫌の悪い時も、問題が起こった時も、みんなで素直に話し合って、前世で家族だったかのような心地よさだった。
それでも、言い足りない事がどれだけあっただろう。
思った事の何パーセントをみんなに話せただろうか。
とりあえず、私の旅やベルリンの生活でのんきに思ったことや私の日本観、そして、みんなへの感謝の気持ち。
いろんな事が渦中だったので、ゆっくり話したことがないかもしれない。
それで、今までいろいろ助けてくれたお友達や今までこんなにやりたい放題を許してくれているお父さんとお母さんに、感謝の思いを込めて、
それから・・・、
「今まで何してたの?」
という疑問に答えるがごとく、ここに長い一筆を書くことにしました。
7年という月日は、調度良い周期なのかもしれません。
今でも、あの夢で見た絵をもう一度頭で思い浮かべる度に、夢の中のバッグは日に日にきれいな色になっていきます。
このエッセイは、箇所、個人的にはなりますが、個人的な文章しか書けません。
「自分の目で見たものと自分で体験したものしか事実として信じたくない」という性格は、ドイツ人気質に感染されてしまったのか、こういう性格だからドイツに合うのか。
「ベルリンに来よう」という感が当たっていたというのか、ふんばっていたために道が開けつつあるというのか。
もしかしたらこの旅は直感というのではなく、やりたいようにしていただけなのかもしれません。
とにかく7年経った今、べルリンでこうしていられることに感謝しています。こんなお粗末な文章を読んでくださるみなさまに愛を込めて。
Love & Peace
Kazue
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