【「神州正氣の會」について】
最近更新が止まっています。申し訳ないです。
雑誌「正論」の講演会情報に載っていました「神州正氣の會」へ行ってみました。 名前からして相当ウヨクかと思って恐る恐るでした。 結果やはり民族派。 しかしご老人がほとんど。 日本に熱き思いを持つ人々の集まりでした。
この会では講師をお呼びしての講演会、勉強会として真面目に歴史や政治に学んでおられる。 街宣車でがなりたてている行動右翼とはまったく違う。
しかし国歌「君が代」斉唱、教育勅語拝読、天皇陛下万歳などが行われるので、初めてきた人はフリーズして次回から来ない人もいるようです。
しかし戦前生まれの人にとって当たり前のようにされていた国民儀礼をそのまま踏襲しておられるのには感心します。 このようにされているところは日本でもほとんどないのではと思います。
私はケアの立場から日本の伝統と文化を継承されているこの会を応援したいと思って、1年ほど前から参加しています。
このような愛国の気持ちを持って参加される人を募り、応援したいと思い、このコミュニティを立ち上げました。
この例会の講演要旨を掲載することしか今は出来ませんが、これを読んでいただいて日本の歴史と伝統、文化に目覚めていただくだけでも意味があると思います。
基本的に毎月第2日曜日の13時半から16時半まで開催。
2年前から以下の会場に変わりました。
大阪護国神社儀式殿会議室6681-2372
(神社境内奥の住之江会館のその奥、地・四ツ橋線住之江公園駅?番出口すぐ)
千円 神州正氣の会080-3785-9500井上氏
司会 大圓(井上氏と隔月交代)
「神州正氣の会
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大阪護国神社
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以下は神州正氣の會の月報「温故知新」に掲載されている本会の目的です。
【失われたる「国家精神」再興の目標を共有する有志が相集い、連携・協調して伝統に基づく民族精神を発揚して、とりわけ尊王意識を高めて普及・実践することを目的とする】
【会名の由来=平成4年富士山麓の「青年の家」の会合で、藤田東湖先生の「文天祥の正氣の歌に和す」を吟唱した時、当該会合の主催者・酒田利行先生の命名で、初句「天地正大の氣、粹然として神州に鐘(あつ)まる」によるもの】
また例会の前の10時から会場の大阪護国神社境内で清掃奉仕をしています。 いつも数人で行なっていますが、ここは皇居や靖国神社にもつながっているとの思いで、清掃奉仕させていただいています。
皇居や靖国神社の清掃をする奉仕団が全国から東京に向かっています。 私たちもせめて日本の心の故郷である神社を掃き清める奉仕活動をさせていただいて、自らも心を浄めたいと思っています。
日本を愛し行動する尊王の志士の皆様のご参加をお待ち申しております。
【管理人の私としては、別の活動として「いのちの風」通信の発信などもしています。 これは生老病死のいのち、野宿者問題、そして愛国的な問題意識で毎週書いています】
【リンクのホームページ】
【1】 通信仲間の紫陽花さんがご自分の「縁の花」のホームページに私の通信の古いものを載せていただいています。
全部は載っていませんが、パソコンになってからのもの95%は載っています。 また新しい通信がその都度少し経ってから掲載されます。 お時間がありましたらご覧ください。
なお内容が見られない古い? のものがありますが、その分は私に直接ご請求下さい。 送信いたします。
「縁の花」は本物情報をもつ方々の紹介や、精神世界、歴史や科学などの大変な量の情報配信を長い間されています。 ぜひ見る価値がありますのでご紹介いたします。
大圓情報 「縁の花」支縁サイト
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【2】 昨年東京の友人を通じてご縁をいただいた方の霊園会社のホームページに、私の体験談を載せていただいています。
美原ロイヤル・ニュース (平成16年冬季号 VOL.8の3ページ目) 「【シリーズ】別離の哀しみを乗り越えて 人と人との魂の絆に気づいて 野宿者救済運動を始める」 釜が崎の炊き出しの写真とともに私の体験と考えが掲載されています。 http://
(上記【2】の内容を短くまとめて、あるロータリークラブの月報に載せてもらったのが以下です。
『私は大阪・船場で父の代からの衣料卸業を営んでいました。 しかし平成元年に五歳の次男を、9年に妻を49歳でともにガンで亡くすという転機が次々訪れました。 その後会社を縮小して商店街の事務局の仕事に関わるようになってから、数々の社会活動が始まりました。
2人の死に直面して、「2人の人生は何だったのか」「2人の苦しみは何か意味があったのか」「次の世で2人は元気に暮らしているのか」など問いがかけめぐりました。
2人の早すぎる死、そして私たちの人生の意味を求めて学びつづけました。 私の体験が社会の人々の役に立つようにと、天王寺区下寺町の應典院で「いのちと出会う会」という「生と死を考える会」も立ち上げました。
また生老病死のいのちや野宿者支援、そして愛国の思いを綴った「いのちの風」通信も毎週知人200人に送信して日本再生をめざしています。 ここに到るまでには亡き2人の導きがあった、2人は死んではいなくて、今も私の中で生きて働いてくれていると感謝しています。
平成11年春のある夜、商店街の路上でオヤジ狩りに会いました。 殺されるかと思いましたが、その後の左肩の打撲痛の方がひどく半年間苦しみつづけました。 ある日その痛みがふと取れていると感じた時に、どっと涙があふれました。
痛みのないのが「当たり前」のように暮らしてきた。 その前の痛みのない日々がどれだけ「恵み」に満ちたものだったことか。 妻子がそばにいることが、この腕が動くこと、毎日食事ができること、仕事があること、当然のことと思っていたことが「当たり前」ではなく、「天から恵み」そのものであると知ったのです。 それらがなくなった時どれだけつらい思いになるか。
妻子を亡くし、腕の痛みを体験してから学んだものは、人間の本質とは霊であり、人間だけでなく生きとし生けるものすべてに魂があり、お互いに結び付けられている。 神と人は一体であり、宇宙のすべてとも心の底でつながっている。 この考え方は日本の古来からの伝承にもあり、日本人の魂の復興にもつながる考え方と思いました。 そしてこれこそ生老病死に苦しむ人々の心が救われる福音(うれしい知らせ)だと考えたのです。
その学んだ福音とは。
「人は死んでも終わりではない。 人はこの人生でのすべての出来事を起こるべくして起こるように、前世で設計して生まれてきた。 だから偶然というものは人生にはない。 人生はすべて思い通りでないからこそ価値がある。 どのような苦しみにも意味があり、無意味な人生はない。 そして多くの試練を経験することにより、人は心の修行をして魂の向上をはかり、最後はもといた次の世界へ旅立つ。 人は自分で父母を選んで生まれ、生まれる日も死ぬ日も選んでくる。 死は不運でもなく突然来るものでもなく、自分の選んだ日に予定通りにやって来る」。
今、大阪で1年間に200人のおもに野宿者が路上で亡くなっています。 それを聞いた時、妻子の姿と重なりすぐに動きました。 5年ほど前から野宿者支援にかかわっています。 釜が崎に出入りして炊き出しを手伝い、今は毎週月曜夜9時から大阪駅前南口でおにぎりや衣類を野宿者に配っています。 真冬にはカンパで集まった金で寝袋を買い、大阪市内の冷たい路上で寝ている人々へ寝袋を届けています。 4年間で約4000個配ることができました。
当たり前のように恵まれて暮らさせてもらっている陰には恵まれない人々がいます。 闘病していた、かっての私たち家族もそうでした。 妻が亡くなる5日前の日記に震える手で「元気になったら、お世話になった方々に恩返しをしていくんだ!」とありました。 私の活動は2人が生きている間にいただいていた、この恵みへの恩返しを本人だけでなく他の人々へも、妻子に代わって行なっていくものなのです』
【別に立ち上げているコミュニティ】
「いのちと出会う会」
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「いのちの風」
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「野宿者・炊き出し・釜が崎・清掃」
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「伊藤博文」(管理人交代の後を継ぎました)
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【お勧めコミュニティ】
「ラジオ深夜便(こころの時代)」
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「應典院ファン倶楽部」
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「キリストの幕屋」
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