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シュワシュワなんとか知事

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詳細 2013年1月3日 05:11更新

アーノルド・アロイス・シュワルツェネッガー(Arnold Alois Schwarzenegger, 1947年~1947年7月30日 - )は、オーストリア生まれでアメリカ人の俳優、ボディービルダー、政治家および実業家。身長187cm。2003年8月にカリフォルニア州知事のグレイ・デービスがリコールされたことを受け知事選へ出馬し、10月7日にカリフォルニア州知事に選出された。

「オーストリアン・オーク」の愛称で呼ばれた彼は、最近はその出演作から「ガバナーター」「コナン・ザ・リパブリカン」などと呼ばれる。その青年時代は成功したボディビルダーとして名を広く知られ、続くハリウッド時代の経歴で世界中に名を知られるようになった。彼の最も成功した主演作は『ターミネーター』『プレデター』『コナン・ザ・グレート』『トゥルーライズ』『コマンドー』などが挙げられる。数々の映画で築いたその資産は数百億円と見積もられている。

日本でもシュワちゃんという愛称で親しまれており、数度の来日でバラエティ番組や各種のCMに出演した。

なお、「シュワルツェネッガー」は英語形である。元の出身である、オーストリアはドイツ語圏であるため原語では「(アルノルト/アーノルト・)シュヴァルツェネッガー」となる。

日本では、「シュワちゃんの吹き替え」と言われればすぐに頭に浮かぶ玄田哲章が知られている。


生い立ち
シュワルツェネッガーはオーストリアのシュタイアーマルク州の州都グラーツから6km離れた地のタール・バイ・グラーツ Thal bei Graz で、警官のグスタフ・シュヴァルツェネッガー(1907 - 1972)と、アウレーリア・ヤドルニー Aurelia Jadrny(1922 〜 1998)の間に生まれた。 彼の父がナチス党員(突撃隊員)であったことが判明し、論議を呼んだこともあった。

シュワルツェネッガーは1968年にアメリカ合衆国に移り住む。彼は英語が流暢でなく、その所持金は僅か20ドルであった。彼は1983年にアメリカ合衆国に帰化したが、オーストリアの国籍も保持している。1979年にウィスコンシン大学から国際市場と経営管理に関してB.A.を得た。

1971年に彼の兄弟マインハルトは自動車事故で死亡した。また、父親のグスタフは翌年死亡した。1977年に彼は自叙伝『Arnold: The Education of a Body-Builder』を出版している。1986年にはケネディ元大統領の姪でテレビ・ジャーナリストのマリア・シュライヴァーと結婚した。2人の間には4人の子供(キャサリン、クリスティーナ、パトリック、クリストファー)がいる。

彼はその話し言葉のアクセントをしばしば物真似され、そこから「Ah-nuld」と呼ばれた。

ボディービルダーとしての経歴
シュワルツェネッガーはボディービルダーとしてその名が広く知られるようになった。その鍛え抜かれた肉体は「オーストリアン・オーク(オーストリアの樫の木)」の愛称をもたらし、ジュニア・ミスター・ヨーロッパ、ミスター・ワールド、五回のミスター・ユニバース、七回のミスター・オリンピア(ボディビルディングの世界最高峰)のタイトルを得ることとなった。7度のミスター・オリンピアの受賞は1980年に達成した記録であった。その記録はリー・ヘイニーが1991年に8度目のミスター・オリンピアを受賞するまで破られなかった。彼はボディービルの歴史に於いて重要な人物と見なされ、その業績は毎年開催されるアーノルド・クラシック・ボディービル大会で称えられる。現在もマッスルアンドフィットネス等、フィットネス関連の雑誌にトレーニング理論の記事を執筆中。

俳優としての経歴
全米ボディビルダーで優勝を飾った後、専門のボディービルダーとして皆に飽きられることから「どうにもならない」と考えた彼は俳優への転身を図る。彼の筋肉質の体格は、幾つかの役割をもたらすこととなった。最初の映画出演は1970年の『SF超人ヘラクレス』でのヘラクレス役である。同作で彼はアーノルド・ストロングとクレジットされ、そのアクセントが強かったため台詞はアフレコがなされた。その後『ロング・グッドバイ』『ステイ・ハングリー』に出演後、1977年にドキュメンタリー『鋼鉄の男』に出演する。1991年に彼はこの映画を政界進出の障害と見なし、映画の権利、未使用フィルム、スチール写真を購入した[1]。シュワルツェネッガーはこの映画に関しての議論を拒絶しているが、批評家は写真を根拠に彼は目とあごに少なくとも一回の美容整形手術を行っていると主張する[2]。

映画俳優としての成功の糸口は、1982年の『コナン・ザ・グレート』への出演であった。続いてジェームズ・キャメロンのサイボーグ・スリラー、『ターミネーター』(1984)に出演し、彼は「ターミネーター」として最も有名になる。シュワルツェネッガーの演技力は多くのジョークの元となった。彼は役として求められない場合でも強いオーストリア訛りで話した。しかしながら彼の作品のファンのほとんどはそのことを気にかけないでいる。彼はまた自らの演技の幅に、アクションものだけでなくコメディのセンスを取り入れることに成功し、それまでのアクション俳優にない「知的」な印象を持つ俳優として人気が出始め、ハリウッドスターとしての地位を確立した。

彼は『コマンドー』(1985)、『ゴリラ』(1986)、『バトルランナー』(1987)、『レッド・ブル』(1988)といった多くの成功作に出演した。『プレデター』(1987)にはミネソタ州知事ジェシー・ヴェンチュラ(『バトルランナー』にも出演)とケンタッキー州知事ソニー・ランダムが出演している。ダニー・デビートとの『ツインズ』(1988)は気分転換のコメディであった。『トータル・リコール』(1990)は当時最も制作費が費やされた映画で、同作は広く賞賛され、シュワルツェネッガーに1,000万ドルの収入をもたらした。『キンダガートン・コップ』(1990)はもう一つのコメディであった。彼の出世作である『ターミネーター』の続編『ターミネーター2』では、悪役から善役へと変わり更に人気を拡大、全世界で興行収入5億6千万ドルを超え、俳優としての地位を不動のものにした。ちなみにこの映画のワンシーンの台詞が決め台詞となり、来日した際や日本のマスメディアのインタビューの際には必ずこの台詞を発言している。『ターミネーター3』(2003)以降、下記のカルフォルニア州知事選などの政治活動をメインに行うため俳優業を暫くの間休業することになる。『ターミネーター4』の主演で映画復帰予定である。

心理学者によって、米国各地で起きたハイスクールにおける高校生の銃乱射事件が、コマンドーなどの乱射シーンの影響によるものではないかとする見解が示され、以後、同様の内容の作品への出演を控えている。


政治経歴

リベラルな風土で知られるカリフォルニアで、保守政党である共和党からの立候補だったが、投票者の約半数の支持を受けて当選した。一部の民主党支持者の票や、ヒスパニック系の有権者の票をも獲得しての当選であったとされる。これはシュワルツネッガーの立場(同性愛者の権利や妊娠中絶などについての考え方)が民主党のそれに近いこと、彼が移民であること、などから部分的には説明されたが、同時に民主党候補、ヒスパニック系の候補から票を奪う形での成功だったとも言われる。当選した際、「当選したからには私に休みはない。24時間、州知事だ」と声明した。

カリフォルニア電力危機などによって60億ドルにも上る負債を抱えた州の財政をどう再建するか、経済をどのように活性化させるかが特に重要とされ、シュワルツネッガーは増税なき財政再建を掲げたことで注目された。と同時に、その公約を裏打ちするだけの具体的な政策がないことを指摘、批判する声もあった。

知事就任後は民主党主導の議会や労組との対立に苦しみ、目立った治績を上げられていないのが実情である。

2005年11月、シュワルツェネッガーは財政改革のための州憲法改正など、4項目を問う住民投票を行ったが、4項目とも大差で否決されてしまった。これにより、シュワルツェネッガーの政治力低下は避けられないという指摘もされている。

また2005年12月13日にはスタンリー・ウィリアムズに対し死刑執行命令書のサインを行った。スタンリー・ウィリアムズは4人を殺害した元ギャングの死刑囚で、収監後に模範囚となり反ギャング活動を行いノーベル賞候補とまで言われ、多数の減刑嘆願書が出されていた。

これに伴い、2005年12月27日までに同氏の出身地であるオーストリア南部のグラーツで、1997年に改名されたサッカー競技場アーノルト・シュヴァルツェネッガー・スタジアムから同氏の名前が撤去された。オーストリアでは1950年に死刑制度を廃止し、今回の同氏の死刑執行命令に批判が高まっていた。


交通事故
2006年1月8日午後(太平洋標準時)、カリフォルニア州ロサンゼルスの路上で、大型オートバイを運転中に乗用車と衝突事故を起こし、唇を15針縫うけがを負った。 さらに10日、今回の事故はサイドカー付きのオートバイであり、同州では自動車の運転免許で運転できるが、米国での二輪免許の取得歴がなく、これまでの映画やTV中でのシーンはもとより、現在に至るまでの二輪車の運転は全て無免許運転であったことが発覚した。 しかし11日、ロサンゼルス市警は審議の結果、警察官が運転を現認しておらず、処罰は困難との結論に至ったため、知事を処罰しない方針を決めた。 尚、シュワルツェネッガー知事は、2001年12月にもオートバイで事故を起こし肋骨を6本折るケガをしている。因みに、ヨーロッパでの二輪免許は取得している。

主な出演作
『SF超人ヘラクレス』 - Hercules in New York (1970)
『ロング・グッドバイ』 - The Long Goodbye (1973)
『ステイ・ハングリー』 - Stay Hungry (1976)
『鋼鉄の男』 - Pumping Iron (1977) (documentary)
『サボテン・ジャック』 - The Villain (1979)
『愛しのジェーン・マンスフィールド』 - The Jayne Mansfield Story (1980)
『鋼鉄の肉体/カムバック』 - The Comeback (1980) (documentary)
『コナン・ザ・グレート』 - Conan the Barbarian (1982)
『キング・オブ・デストロイヤー/コナンPart2』 - Conan the Destroyer (1984)
『ターミネーター』 - The Terminator (1984)
『レッドソニア』 - Red Sonja (1985)
『コマンドー』 - Commando (1985)
『ゴリラ』 - Raw Deal (1986)
『プレデター』 - Predator (1987)
『バトルランナー』 - The Running Man (1987)
『レッドブル』 - Red Heat (1988)
『ツインズ』 - Twins (1988)
『トータル・リコール』 - Total Recall (1990)
『キンダガートン・コップ』 - Kindergarten Cop (1990)
『ターミネーター2』 - Terminator 2: Judgment Day (1991)
『ラスト・アクション・ヒーロー』 - Last Action Hero (1993)
『ゴリラ2』 - Beretta's Island (1994)
『トゥルーライズ』 - True Lies (1994)
『ジュニア』 - Junior (1994)
『イレイザー』 - Eraser (1996)
『ジングル・オール・ザ・ウェイ』 - Jingle All the Way (1996)
『バットマン&ロビン Mr.フリーズの逆襲』 - Batman & Robin (1997)
『エンド・オブ・デイズ』 - End of Days (1999)
『シックス・デイ』 - The 6th Day (2000)
『コラテラル・ダメージ』 - Collateral Damage (2002)
『ターミネーター3』 - Terminator 3: Rise of the Machines (2003)
『ターミネーター4』 - Terminator 4

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カテゴリ
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