リチャード・ダッドは広く主題を求め、非常に細密な筆致で美しい絵画を描き上げる一方、
私生活では実父を殺害するなど奇行やぶさかない人物だったようです。
=========== 以下、ウィキペディアより抜粋===========
1817年イギリス、ケント州で生まれたダッドは13歳から絵を描きはじめ、
20歳でロイヤル・アカデミー美術学校に入る。
その年に『眠るティターニア』と『パック』が評価された。
1842年7月、弁護士であるサー・トーマス・フィリップの旅行の同伴画家となり、
ヨーロッパや中東を回る。この旅行中の同年12月頃に精神に異常をきたしはじめる。
当初は日射病によるものと思われていたが、
「自分はエジプトの神、オシリスの使者であり、同行者には悪いものが憑りついているので
殺さねばならない」
などの妄想が激しくなり狂暴になっていった。
翌年の1843年の春、家族の勧めでケント州郊外コブハムにて療養する。
同年8月に父親と公園を散歩中に「中にいる悪魔を殺すために」
ナイフで父親を殺害。
フランスに逃亡しパリで観光客を殺害しようとしたところで逮捕される。
正常な状態ではないと判断されたためフランスの精神病院に10ヶ月ほど収容された後、
イギリスに戻されたダッドは、王立ベスレム病院(ベドラム)に収容された。
20年後の1864年7月に収容者過剰のためにバークシャーのクローソーンにある
ブロードムーア病院へ転院し、生涯を終えるまでを過ごした。
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有名な話としては、クイーンのセカンドアルバム「クイーン?」に収録されている
「THE FAIRY FELLER'S MASTER-STOKE」(邦題 フェアリー・フェラーの神技)
は、フレディー・マーキュリーがロンドン、テートギャラリーに通い、ダッドの代表作を見て
触発されて作ったとの事です。
絵の和題は「お伽の樵の入神の一撃」です。
以下、初代管理人さんのコミュニティ説明ですので、残しておきます。
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父親を殺し、ガラスを食べ、見えないものと会話する。