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ユニバーサルフォーラム討論コミュの「絶えず変化する均衡と平衡」

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「絶えず変化する均衡と平衡」 DYNAMIC EQUILIBRIUM AND EQUIPOISE
というサーカーのスピーチの途中から(分かる部分)を紹介します。

Equilibrium「平衡」 と equipoise「均衡」 を合わせた意味が プラマです。

 プラマは、個人の生活に不可欠であり、集団の生活においても不可欠です。
社会構造の卓越性、優秀さ、人々のコミュニティの文化、文明は、
その個人の生活と集団の生活で、そのコミュニティが達成するプラマの程度に由来します。

約100万年前地上に現れ、1万5000年前に文明を築いた人類が、
これまで個人と集団の生活における三つの領域で完全なバランスすなわちプラマを実現できなかった
ということは幾分か妙なことです。
そしてよりいっそう妙なことは、人間が個人と集団の生活において
このプラマを確立する必要を感じさえしなかったことです。

たとえば、西洋世界はある物質的な進歩を成し遂げ、
物的身体的世界ではある程度のプラマをもたらそうと試みましたが、
過去には精神世界ではプラマを確立するための真剣な努力は
なされませんでしたし、現在もそのような努力はなされていません。

もちろん、西洋世界は、ある知的発展をもらたすことによって心理的領域にプラマをもらす努力をしました。

インドは、少なくとも精神的領域にプラマをもたすためのある努力がなされた世界で唯一の国です。
しかし、それは完全な状態には達しませんでした。

.西洋のように、インドも心理的領域でプラマを確立するためのいくらかの試みをしました。
しかしその試みに著しい成果はありませんでした。

世界中の様々な国の歴史を分析すると、
その巨大な物的身体的、知的心理的、精神的な潜在的可能性にもかかわらず、
個人と集団生活にプラマを確立すべき機会を活用しなかったことに気づきます。

それは、その欠陥のある考えと行いとその間違った社会経済システムのためでした。
彼らは、知識の多様な分岐を発展させることで、
文化と文明を進化させることで、知的な進歩、精神的な進歩をもたらすことで、人間的な社会を強化できませんでした。
プラマがないことで彼らは人間社会に対して十分に可能であった貢献をすることができませんでした。

それは、知識の様々の分岐を発達させ、文化と文明の水準を向上させ、知力と直観のレベルを向上させることが可能にします。

コメント(4)

「絶えず変化する均衡と平衡」というスピーチの二回目です。

物的身体的領域physical、知的心理的領域psychiic(intellect、mind)スピリット(spirit)の領域における
多様な側面でのバランス(プラマ)の確立を訴えたスピーチです。

今回は、物的身体的領域におけるプラマに言及したところを紹介します。



その前に、サンスクリット語のプラマの意味についてのサーカーの説明をみてみましょう。

「語源的な意味ではプラマpramaは『均衡"balance"』を意味します」が
「Equilibrium『平衡』 と equipoise『均衡』 を合わせた意味が プラマ」なんだと述べています。

では平衡と均衡とはどういう意味なのかサーカーの説明をみてましょう。

「英語のequilibrium『平衡』" と"equipoise 『均衡』という二つの言葉は、この意味で使われています。
しかしこの二つの言葉にはいくつかの実際的な違いがあります。 "Equilibrium"「均衡」 は強さのバランスの意味で使われます。
そして"equipoise"「平衡」 は重さのバランスの意味で使われいます。

二つの党の間に主導権争いがあるとしましょう。
もし、両方の党が同じように強く、どちらの党も他の党をそれ自身にの方に引き寄せることができません。
すなわち、それが二つの党のequilibrium 「均衡」です。

もう一つの別のケースをあげましょう。
秤りの側に一キロの重りがあり、他方の側に一キロの穀物があります。
両方の側が等しい重さなので、秤は丁度、釣り合っています。
重さのバランスがとれた状態を"equipoise"「平衡」 と呼びます。

Equilibrium「均衡」 と equipoise「平衡」 を合わせた意味が プラマです。」

サーカーの哲学によると宇宙創造の段階から三つの方向の力の三角が生じ、その三っつの力のアンバランスが生じ、その三つの方向の力の展開の中でこの宇宙がとどまることなく展開しています。

この三つの力の「均衡」と「平衡」(プラマ)を保ちながら、社会が変化、運動してゆくならば、私たちは安定した生活ができます。

しかし、プラマを確立せずに、社会が進展してゆくならば、苦しい生活を送る人々を生み出しながら、社会進歩を遂げるわけです。

アメリカ中心の新自由主義的経済と言われる今日の資本主義が地方の人々の生活苦、下層の人々の生活苦をひきおこしています。

そして資本主義を克服するという理念の中国でも
都市部の発展に対して、地方の人々の暮らしはひどいものになっています。
プラマが欠けているのです。



ではサーカーの論を見てましょう。



物的身体的領域におけるプラマの欠落

自然は世界のあらゆる地域で豊かでした。
そして地表でも地下でも莫大な富を私たちに与えてきました。

実際、世界の様々の地域は農業、鉱業、水産業、医学、森林などの資源に満ちています。

にもかかわらず、世界の多くの経済的地域において貧困、低い生活水準、文化と産業の後進性があります。
物質科学が急速な発展をとげたことを自称している20世紀の今日ですら、
結果として、教育設備の不足だけでなく、食料、衣服、住居の切実な不足にのろわれて、

数百万人の人々がその身体的生存のために苦闘しています。

自然の恵みのおかげで、いかなる経済的地域にも物的資源の不足はありません。しかし、優しい性向の欠落のゆえ、
これらの資源は、社会と経済の発展に活用されてきませんでした。
したがって 人々の基本的な物的身体的な必要性( 食物、衣服、居住、医療、教育) は満たされることができませんでした。

明らかに、物的身体的領域にひどいプラマの欠落があります。


ラーラ Ra'r'h の例をとりあげましょう。
自然は、ラーラの丘陵地に莫大な資源を提供しました。
古い固い岩石の様々の層には、
金、銀、銅、水銀、雲母、マンガンなどの鉱物があります。
大規模な石英の層と堅い火成岩の層には様々の種類の価値ある鉱物があります。
良質の石炭と砂が古代の沖積の岩の層にあります。
西ラールは鉱物資源に富んでいます。
東ラールの土壌は、元海底でしたが、比較的新しいものです。
とくに古代に海草に覆われていた地域からは鉱石が採れる大きな可能性があります。
東ラールは西ラールが地下の財に富んでいるのと同じく地表の財に富んでいます。
バルドワンBurdwan、フーグリーHooghly,、ハウラーHowrah,、東ミドナプルMidnapore 、カンディKandi区域 に見いだされる
豊かな肥沃な土地は、世界でも極めて稀です。
その理由は、ダモダルDamodar,、アジャイ Ajay、マユラクシMayuraksi、カングサヴァティKangsavati、スヴァルナレカ Suvarnareka、ヴァクレシュワルVakreshwar、コパイKopai,、シラヴァティ Shilavati 、ヒングロHingloのようなラールの川が、カルシウムや様々の鉱物資源を東ラールに運んで堆積させ、その地表を非常に豊かにしたからです。

その豊かな土壌では、稲、小麦、砂糖、サトウキビ、豆類、綿花、桑と非桑の絹などの多くの農産物の豊富な収穫が可能です。
ラールのラテライトの土壌はカルシウムを含んで大変肥沃なので良質のリンゴ、ナシ、オレンジ、パパイヤ、グアバ、ブドウ、カスタードアップルなどの果物が豊富に採れます。

様々の種類の灌漑システムを導入することによって( 小規模の灌漑、揚水灌漑、ため池の掘削など)果樹園を育てたり、
米を年に三回収穫( 初秋、冬、夏) することもできるかもしれません。
大きな農業生産の潜在的可能性があることから、
数多くの農業前工業と農業後工業をラールに設立することができます。

しかし、不幸にもこの可能性はずっと利用されてきませんでした。

ラールの森林も資源が豊富です。
そこには、サルsal(沙羅双樹)、ビヤサルpiyasal(紫檀)、ヒザル hizal ,パラシュ palash(ハナモツヤクの木)、アショク ashok(無憂樹)、クスムkusum(セイロンオーク), ジャムja'm(ムラサキフトモモ) 、ジャックフルーツなどの樹木が豊富です。

そのようにラールには様々のタイプの莫大な天然資源があるにもかからわらず、
地域の人々は、栄養不良で、半裸で、貧しい住居に住み、文字が読めず、病気に悩んでいます。

(同じ論点で、オリッサ地方が大きな潜在的可能性を持つにかかわらず、救いがたい貧困の中にあることが書かれていますが、、省略します)



ラールとオリッサだけを挙げましたが、

世界中、ほとんどすべての国が、プラマが欠けているために、
同じような種類の経済的危機に直面しています。
「絶えず変化する均衡と平衡」というスピーチの三回目です。

あらゆる領域で「プラマ(均衡とバランス)」を確立しようというのは、いい考えだなあと思います。
今回は、知的心理的領域におけるプラマに言及したところを紹介します。

知的心理的領域におけるプラマの欠落

人間の心は二つの主な機能を持っています。
思考と記憶です。

人間は主として知的心理的な存在です。
だから、人間の偉大さと優秀さは
その思考能力と知的な繊細さと輝かしさと賢明さにあります。

人間は、その創造的な能力の表現の過程で、
心理的な世界の変化に富む多彩な考えを外在化します。

それは、色と筆でキャンバスの上に、
ペンの筆致で詩や文学に、
ハンマーやノミの精妙な使用による彫刻など
様々の方法でなされます。

人間の哲学思想、科学的発見や実験、知識の様々の分岐の研究と分析は、
知的心理的領域の黄金の収穫として
心の中の知的心理的な分野の内部にあります。

しかし、もし、知的心理的分野にプラマが欠落するならば、
多くの手抜かりの過ちや失敗やが、
その芸術、建築、文学、哲学、科学、
またその他の人間の知識の分岐に必ず入りこみます。

踊りは、そのリズムを失い、
絵画はプロボーションを失い、
音楽はそのメロディとリズムのハーモニーを失うかもしれません。
そして文学の様々のジャンルにおいては、
未熟な表現の雑草が過剰に生い茂るでしょう。

画家が小さな池の絵を描いているとしましょう。
その池は満開の蓮を咲かせている美しい透き通った水に満ちています。
池は、一平方インチの場所を占めているとしましょう。

ところがその蓮の花びら は二平方インチの場所を占めています。
この場合、画家は明らかに全体の均整についての基本的センスを失ってしまいます。
そして芸術の創造におけるプラマの原理を侵害してしまいます。
もちろん、プラマがないならば、芸術的創造は、均整のとれたものであることはできません。

詩の場合をとりあげてみましょう。
すぐれた詩は、考え、言葉、韻と表現の美しさのバランスのとれたブレンドです。
しかし、もし、詩人が言葉のセンスのよさと思想の深さのみを持っていて、
韻のリズムをふむ技巧がなく、
その創作に精妙な美しさを持ち込みことができないならば、
その詩はプラマを失います。
プラマの欠けている詩は高いレベルの作品にはなりません。

同様に、歌は、考え、言葉、メロディ、リズムの隠れたブレンドです。
その四つのいずれかが欠けていると、
プラマに欠け、歌はその魅力と美しさを失います。
それは、生気のない数行のでたらめの創作以外の何物でもなくなるでしょう。

哲学は、遠い過去に創造の神秘を理解するための努力の中で現れました。
人間の知識の様々の分野で多くの学者たちが、
それぞれの時代に多様な哲学の学派を打ち立ててきました。
そのあるものは理想主義的で、あるものは物質主義的でした。

哲学の目的は何でしょうか。
その目的は、創造主と創造物の間の明白なリンクを発見することです。
しかし、哲学者たちは、その誠実な努力にもかかわらず、
相対的な世界と絶対的な世界の間に橋をかけることはできませんでした。
哲学者たちは形而上学の迷宮の中に迷ってしまったように思えます。
哲学者たちの不完全な結論は、
各々の哲学の学派を単にドグマの知的なショーにしてしまっただけでした。

この種の哲学に関して、シヴァ神は言いました。
「ローカヴィヤーモーハカーラカLokavya'mohaka'raka.」
「彼らは心の病の原因である」と。
「絶えず変化する均衡と平衡」というスピーチの4回目です。



スピリチュアリティの領域におけるプラマの欠如


スピリチュアリティの主な目的は、
すべての人間存在の中に静かに横たわっている
プラマ・シヴァを発見することです。
そして大宇宙と小宇宙の間の、
宇宙存在と人間存在の間の一体性を打ち立てることです。

真のスピリチュアリティを無視する宗教的ドグマに導かれて、
しばしば人々は巡礼地への長期の危険な旅をしました。
時には家や耕地などのこの世の財産を売却してまで旅にその旅をしました。

聖なる川に身を浸すという善行を積むことを望む人々がいます。
これは、エネルギー、時間、お金の無駄であるばかりでなく、
多くのトラブルを引き起こし、
精神的に何も得るものがないことは言うまでもありません。

これがスピリチュアリティの領域におけるプラマの欠落の一例です。


コメント

スピリチュアリティに領域におけるプラマーの欠落も私たちのまわりにたくさんみかけます。

たとえば、〇〇学会員が△△党の選挙に駆り立てられていること
自分の財産投げ出して出家させる宗教団体
救いを求めて、多額のお金を寄付させられる宗教団体の信者

「宇宙存在と人間存在の間の一体性を打ち立てる」
というスピリチュアリティの本質とは
無縁のことを宗教的ドグマによってさせられて
スピリチュアルな領域におけるプラマーを失っています。
「絶えず変化する均衡と平衡」というスピーチの5回目です。



身体、心、スピリットの三つのレベルにおける
同時並行のアプローチの重要性を説いていると思います。



人間の存在の三つの領域のすべてで
プラマーがきわめて重要であると述べました。


(1)プラマー・サムヴリッディ Prama' Sam'vrddhi,

物的身体的進歩は、人間の知的心理的な発達、スピリチュアルな発達に深く関連しています。
物的身体的発達のバランスのとれた状態が、最高の高みに到達して、
個人と集団の知的心理的、スピリチュアルな向上との適切な調整を維持する時、
それは、プラマー・サムヴリッディと呼ばれます。

(2)プラマー・リディ Prama' Rddhi 、

同様に、知的心理的領域でのバランスのとれた発達がその頂点に達し、
個人と集団の物的身体的進歩、スピリチュアルな進歩との調整を維持する時、
プラマー・リディがおこります。

プラマー・リディの状態では、
心のエクトプラズムの材料の粉が降りかかります。
それは量的に多いだけでなく、
心の鋭い洞察力を実現するために
知的心理的な調整を維持しながら
知性(agrya'buddhi) の頂点にむけて動きます。

(3)プラマ・シッディ Prama' Siddhi

最終的なプラマ・シッディとは、
心が、心理領域とスピリットの領域を越えて
スピリチュアルな進歩における頂点すなわち絶対的な平衡を達成し、
同時に、個人と集団の物的身体的、知的心理的発展との調整を維持している状態です。

コメント

サーカーは、物的身体的領域のバランスのある進歩も、知的心理的領域のバランスある進歩も重視していることに注目してほしいです。
スピリチュアルな発達だけを説いている聖者ではないことに注目してください。

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