ハイスクール卒業後、マンハッタンへ。ウェイトレスなどをしながらチャンスを待っていた。その後、ブレンダ・K・スターのバックコーラスとなり、ブレンダ・K・スターにつれられて訪れたパーティー会場でCBSレコード(コロンビアレーベル、現:ソニーBMG・ミュージックエンタテインメント)のトミー・モトーラ社長へブレンダ・K・スターがデモテープを渡したことがきっかけとなり1990年に"Vision Of Love"でデビュー。(しかし、ブレンダ・K・スターは現在「マライアが成功できたのは私のおかげなのに、恩知らず」などと発言しているもののマライア自身は資金援助などもしており「あの頃すでにワーナーとも契約を結びそうだったのよ」と反発している。)このシンデレラストーリーとデビュー直前にNBAs All Starで「America the Beautiful」を熱唱し話題になったことから大ブレイクした。なおモトーラとは1993年に結婚したが、音楽的主観の違いや極度に制限を言いつけるファッション(スカートやパンツはロングじゃないとダメなど)にマライアが嫌気がさし1997年に離婚している。そのため、離婚後はあのような半露出狂状態となった。
デビュー当時から7オクターブの声域を持つ歌姫と言われている(実際は5オクターブとも言われている)。 声域をいっぱいにまで使った曲はデビューから数年によく見られる。最も高い声を出す人としてギネスに認定されている。アルバム「Music Box」(1993年)、「Daydream」(1995年)は全世界で各2000万枚を超える大ヒットとなった。Boyz II Menとのデュエット曲「One Sweet Day」は1995年から1996年にかけてビルボードのHOT 100で16週連続No.1を獲得。この最長記録は2006年5月現在も破られていない。