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戦国関東甲信越城郭研究会コミュの上州古城紀行 中山城

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岩櫃から沼田に向かう国道145号線沿いなので、すごくわかりやすい。街道沿いに、ゆうに十台は止められる駐車スペースまである。
この城の縄張りには、際立った技巧は感じられないが、見事な堀と土塁が各所に残されており、見応え十分である。残された古文書から、この城は、明らかに北条家の手になるものであり、その大胆で思い切りのいい堀や土塁の造りから、鉢形城あたりを思い出させる。やはり、巨大資本の城はいい(笑)。妙に遠慮して、小さくまとまっていないところが、なんとも言えずうれしい。さすが、末期北条氏の手になる城郭である。氏政の性格はちまちましていても、城は豪快なところが、北条氏らしい。鉢形並みとはいかないまでも、「北条氏の攻略限界点の城のひとつ」として、もっと注目してもいい城である。
 この城の縄張りは、稲荷城に似ている。一辺60mの土塁に囲まれた方形の曲輪が本丸で、その周囲に、本曲輪を守るように、各曲輪がめぐらされている。さらに、外辺部には、大き目の外郭が広がり、大兵力の駐屯も可能である。そこから考えると、発想の転換で、稲荷城は、岩櫃の出城ではなく、岩櫃攻めのための中山城の前衛陣地として考えられなくもない。まあ、そこまで妄想を発展させることもないか(笑)。
発展過程を推察すると、土豪の館城を補強したようにも感じられる。ここには、児玉党中山氏という土豪がいたらしいので、中山古城が詰城で、ここが居館と考えられないこともない。いずれにしても、原形を留めないほど、北条氏の手が入っているであろうことは、確かである。
 この城では、素敵な再会があった。かつての「お城めぐりML」仲間のHALさんが、偶然、縄張り図を書いていたのだ。私はもちろん、うもちゃん、ちえちゃん、鷹取さんご夫妻全員が、HALさんとは、過去にいろいろなオフ会に行っている間柄なので、盛り上がった。昔からの仲間が、今でも趣味を変えずに城めぐりを楽しんでいる姿を見ると、この趣味の底知れぬ魅力に、今更ながら驚いてしまう。HALさんは、午前に行った中山古城で、新しい堀を発見していたと言って興奮していた。それを聞いているこちらも、とてもうれしくなってきた。

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