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原始仏典コミュの五集 五逆の大罪

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「五逆」「五逆罪」、五逆の大罪の記述です。




増支部経典>五集>第十三 病品

「   第九 救いようがない

129.比丘たちよ、これら五は悪趣に行く者・地獄に行く者・救いようがない者・治しようがない者である。何が五か。
 母の命を奪う者、父の命を奪う者、阿羅漢の命を奪う者、悪意の心をもって如来に血を出させる者、サンガを分裂させる者。
 比丘たちよ、これら五は悪趣に行く者・地獄に行く者・救いようがない者・治しようがない者である。


 註 救いようがない パリクッパ parikuppa 
    クッパは「動揺の、不安の、怒り」、パリで「遍く」
    不動心解脱の「不動」はこの否定形のアクッパ
    パリクッパはこの逆の意で遍く動揺する
    ゆえに文脈も考えて「救いようがない」と訳しました。
   治しようがない atekiccha 治療できない、癒せない、治せない」

   『南伝大蔵経19 増支部経典3』大蔵出版 P204−205 に相当


増支部経典>一集>第十五 無処品

「271.比丘たちよ、この処はなく機会もない。
 即ち、見具足の人が母の命を奪うということ。この処は知られない。
 比丘たちよ、しかしこの処は知られる。
 即ち、凡夫が母の命を奪うということ。この処は知られる。
272.比丘たちよ、この処はなく機会もない。
 即ち、見具足の人が父の命を奪うということ。この処は知られない。
 比丘たちよ、しかしこの処は知られる。
 即ち、凡夫が父の命を奪うということ。この処は知られる。
273.比丘たちよ、この処はなく機会もない。
 即ち、見具足の人が阿羅漢の命を奪うということ。この処は知られない。
 比丘たちよ、しかしこの処は知られる。
 即ち、凡夫が阿羅漢の命を奪うということ。この処は知られる。
274.比丘たちよ、この処はなく機会もない。
 即ち、見具足の人が邪悪な心によって如来の血を出させるということ。この処は知られない。
 比丘たちよ、しかしこの処は知られる。
 即ち、凡夫が邪悪な心によって如来の血を出させるということ。この処は知られる。
275.比丘たちよ、この処はなく機会もない。
 即ち、見具足の人がサンガを破るということ。この処は知られない。
 比丘たちよ、しかしこの処は知られる。
 即ち、凡夫がサンガを破るということ。この処は知られる。
276.比丘たちよ、この処はなく機会もない。
 即ち、見具足の人が他の師に就くということ。この処は知られない。
 比丘たちよ、しかしこの処は知られる。
 即ち、凡夫が他の師に就くということ。この処は知られる。
277.比丘たちよ、この処はなく機会もない。 」

 ・増支部経典 一集 3 
  http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=34030804&comm_id=951429





増支部経典>六集>第九 清涼品

「   第三 奪う

87.比丘たちよ、六法を成就する者は正法を聞いても善法において正しく決定し入ることはできない。何が六か。
 母の命を奪うこと、父の命を奪うこと、阿羅漢の命を奪うこと、悪意の心をもって如来に血を出させること、サンガを分裂させること、無慧にして痴呆であり聾で唖であること。
 比丘たちよ、これらの六法を成就する者は正法を聞いても善法において正しく決定し入ることはできない。

 比丘たちよ、六法を成就する者は正法を聞いても善法において正しく決定し入ることができる。
 母の命を奪わず、父の命を奪わず、阿羅漢の命を奪わず、悪意の心をもって如来に血を出させず、サンガを分裂させず、智慧があり痴呆でなく聾でも唖でもない。
 比丘たちよ、これらの六法を成就する者は正法を聞いても善法において正しく決定し入ることができる。

 ・・・・・・


   第十 あり得ない処

94.比丘たちよ、これらの六はあり得ない処である。何が六か。
 見具足の人が母の命を奪うことはあり得ない。
 見具足の人が父の命を奪うことはあり得ない。
 見具足の人が阿羅漢の命を奪うことはあり得ない。
 見具足の人が悪意をもって如来に血を出させることはあり得ない。
 見具足の人がサンガを分裂させることはあり得ない。
 見具足の人が他の師に就くことはあり得ない。
 比丘たちよ、これらの六はあり得ない処である。

 註 他の師 aññaṃ satthāra
   就く  uddisita 指定する、関して、ついて、対して」

   『南伝大蔵経20 増支部経典4』大蔵出版 P207−211 に相当



見具足(けんぐそく)とは正見の具足であり、預流果を実証して流れに入った人のことです。
確信しているわけではないですがこのように思っています。

見具足の人は母の命を奪うことに不利益しか見ないからあり得ない。
見具足の人は父の命を奪うことに不利益しか見ないからあり得ない。
見具足の人は阿羅漢の命を奪うことに不利益しか見ないからあり得ない。
見具足の人は悪意をもって如来に血を出させることに不利益しか見ないからあり得ない。
見具足の人はサンガを分裂させることに不利益しか見ないからあり得ない。
見具足の人は他の師に就くことに不利益しか見ないからあり得ない。


自分が損するとわかっていることはしないことと同じだと思います。五逆は大罪ですが、仏教以外の教えを信奉することは自由です。ただ正見を具足した人が四諦以外の教えを信奉することはあり得ないというだけです。

「五逆」とか「五逆罪」とか「五逆の大罪」という単語は原始仏典にはありません。原始仏典にはない単語ですが、問題ない名称なので使用しています。実際、如来に血を出させて、破僧をしたデーヴァダッタは一劫地獄で煮られて、それが事実なら今も地獄で煮られていてまだ先は長いですから、相当な大罪だと思いますから、「五逆の大罪」というタイトルにしました。

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