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「いいね!ミュンヘン」コミュの発行から4年たって

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今年は、ワールドカップの年。もう、「いいね!ミュンヘン」から4年もたってしまったんですね。ここで、当時を振り返って出版までのいきさつを書いてみたいと思いました。

そもそも、私が単行本を書くはめになったのは、ここのコミュの参加者でもあり、マイミクでもある 出版社パピルス アイの 寅さん と eryさんのお二人が私をそそのかしたことにあります。 お二人とは出版関係者の集まり、特に「本の会」「仮面の会」などで35年くらい前からの付き合い。eryさんにいたっては、偶然高校時代の先輩というような縁がありました。

出版関係の集まりに学生だったり、百貨店の販売員だったわたしがなぜ顔をだしていたかというと、仕事をしながら大学院にも通いつつ、将来は学者になる自信もないし、かといって、小説とか物書きで食べて行く才能はもっとないし、できれば出版関係の仕事をしたいなどと当時はいたって漠然と思っていたのです。本の会はいまでも続いていますが、数ある業界者の集まりの中で当時唯一、「出版社編集者」「執筆者」に加えて「読者」も参加できる非常に門戸の広い集まりで、「本」を中心にレクチャーとそのあとの飲み会がまたたまらなく魅力でありました。そんな環境の中で、自分としてはかなり具体的に「ヨーロッパの美術や建築を紹介するようなきちっとした旅行案内の本を作りたい」という目標もありました。(この部分は、フリーペーパーのk.press で自己満足を満たし、その後、商業誌への記事掲載や旅行ガイド本の執筆でかなり達成されたので、自分で出版する必要がなくなったのですが)

本の会で知り合った出版関係の方に、ほかの集まりも紹介していただいて、月に2つとか3つの集まりに仕事の合間に行くような日々が87年まで続きました。その間にパピルスアイのお二人とも顔を合わせると話をするという関係が出来上がっていて、寅さんは特に日本の歴史や社会問題に詳しい方なので、ことあるごとに「ドイツはどう」と声をかけてくださいました。一時期は「ドイツ文学の旅」とかそういうお題をいただいたのですが、文化のなかで「文学」というジャンルが一番苦手なので、辞退申し上げて、代案で図像とか別のテーマでキリスト教関係の冊子に駄文を掲載していただいたこともあります。

95−97年の日本滞在後、ドイツにほぼ定住して、仕事もミュンヘンで進める方向で97年以降も年に2回くらいのペースで一時帰国していました。日本に滞在している期間に、必ず出版関係の集まりが1つか2つはヒットするので、マメに顔をだしていたところ、やはり寅さんからまたまた「ドイツはどう」のような引き合いがあって、2003年に「せっかく来年はワールドカップで盛り上がっているから」ということで一冊の本にする企画がもちあがりました。

ネタは普段からネット上などでもいろいろ書いているので、サッカーの話題からはじまって、生活や文化を紹介するようないろいろな場面、断片の描写などはすぐに思いつき、全体の目次的な構想をたてたところ、ほぼ全部OK。というのか、ほとんどほったらかしで、書きたいことを書かせてもらいました。もともと文章になると饒舌に拍車がかかって、たくさん書いてしまう方なので、逆にページ数が増えてしまうのではないかと心配でしたが、そうやってブレーキをかけてしまうと案外書けなくなることもあるのだと気がつきましたね。

2003年の12月あたりちょっとスランプで、年末年始のスキー場でみんながスキーしているときもホテルで書いていたことを思い出します。本当は、年内にすべて書き上げて、1月末に一時帰国で、「初校」を見るつもりだったのですが、そんなわけで、「ゲラ」しか見ることができず、書きなおしや書き足したいこと、資料や写真の収集などもおせおせになってしまいました。それが、あの文字の間違い、綴りの間違いなどの元凶です。2月にドイツにもどってから、後がない状態で、原稿訂正やなにやら、最後は文字化けもあるので、ファックスで、 「XX ページ YY行の ○○ ー> A の上に二つ点々 アー ウムラウト」 などとかいて訂正しました。

3月は例年研修会や見本市などイベントが重なって、出張の合間に一時着地するようにミュンヘンにいるだけなので、その時期はネットもままならず、当時はまだフロッピーもあったので、最後は自分のPC(日本語)でフロッピーに書き込んだものをネットカフェから送信しようとしたところ、ネットカフェのPCにはスリットだけあって、FDのドライバーが入ってなかった。わたしがFDドライバーの入り口だと思ったスリットは本当にただの穴で、入れたFDはすとんんとPCのタワーの中に落ちてしまった。それを取り出そうとしてあたふたしてたら、ネットカフェの人(これが間違いなく怪しげなアラブ系の人たち)がでてきて、「だめだ、だめだ」と身振り手振りで怒られる。しょうがなく、eryさんに電話したら「しらさかぁー、そりゃだめだよ。あきらめな」と言われて、ミュンヘンにもどってから送信することにした。

などなど、最後の2ヶ月がきちんとしてなかったため、あとがきとか謝辞に多量のスペルミスなどが発生してしまった。対談では、環境問題のスペシャリストとのやりとりもあったのに、それは長過ぎる(ほかの箇所とのボリュームの関係)ということで、なくなく不掲載。その原稿はほかで使ってもらえるということだったのだけど、まだ、企画がもちあがっていない。

と反省点を残しつつ発行に至りました。なにしろ出版記念パーティの日程だけはしっかり決まっていて、本当に後がなかった。ワールドカップは6月開催だから、遅くとも2、3ヶ月前には書店に並ばないと売りのがす。ただでさえも、雑誌などの特集では、ドイツが一番うれない、と言われているのだから、単行本で無名な著者のドイツものがこの期をのがしたら売れるわけがない。

Mixi に参加したのも、この出版記念会のために一時帰国したとき、ドイツな仲間とのオフ会で、建築プロデューサーさんに紹介していただいたのがきっかけです。

おかげさまで、書店さんからもときどきは注文が入るそうです。日本の出版事情は流通が非常におもしろいことになっているので、出版社は、実際の販売部数を正確に把握することができないそうです。しかし、出版社の棚にある在庫は確実に「売れてない」本なので、その在庫を減らすことが当面の目標と心得ています。こんど一時帰国したら、ぜひそのあたりもう一度パピルスアイさんに伺いたいと思っています。

コメント(4)

今後については、、、

いろんないきさつもあって、ミスプリントや書き直したいことも多いし、、、、情報もだんだんと変わって来ているので、刷り直しができたらなぁと思っていたのですが、4年たって、どうもその見込みはもうなさそう。

考えているのは、せめて地球に生きるのシリーズだけでも第2弾へと進んでもらいたいというようなことです。

 まいどm(__)m

 自分もこの原稿一部手伝ったのでよく覚えています。そういえばドイツワールドカップの前でしたねぇ。あれから4年。自分には全く進歩がないのが悲しいです(涙)。

 ではでは(^^)/~~~
おりさん
その節はお世話になりました。ワールドカップねらいの企画だったので、最初はぜったいサッカーネタじゃないと、と思ったのだけど、わたしにとっては、あの大騒ぎする土曜日午後の地下鉄とか、路上で吠えているひとたちと、とどろきスタジアムに行ったときの静かなバスや後ろにすわって解説者のようにすばらしいコメントをなさっていたノーブルなご夫人方とかとのコントラストが信じられなくてね。

サッカーがどうのというより、市民とファンの温度差とかそういうの受け入れちゃう日本と階級社会が徹底しているドイツのコントラストも描きたくて。

ある方がネット上で旅行関係の書籍の分析なさっていて、「ブログみたな文章」とか、「サッカーのこともほとんど知人(=おりさん)の話」とかコナクソに批判していました。まさに、ブログでしかないのは認めますが。もうそういう文体しか書けない人間になっている>自分。

おりさんはあれから飛躍的に活躍しているじゃないですかぁ。
 白坂さん、まいど(^_-)-☆レスありがとうございますm(__)m

> おりさんはあれから飛躍的に活躍しているじゃないですかぁ。

 うーん、それはどうかと?あまり進歩してないように自分は感じます(笑)。
 ではでは(^^)/~~~

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