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【新】鈴木そ○子の心霊怪奇話コミュの第85話『シュレッダー』

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 私は昔なら誰もがうらやましがったであろう大手企業のOLだ。この巨大企業はかつて我が世の春を謳歌した恐竜と同じく、今、滅びようとしていた。退職一時金上乗せをエサにした早期退職制度も、そのターゲットとなる人間よりも有能な人材ほどそれを利用して会社を去っていった。話ではそう言う人は皆、退職金を手にしつつ、かつてのこの会社と同等、もしくはもっと給料のいい職場に転職していったそうだ。
 大幅な賃金カットと人員削減、いわゆるリストラ効果で業績をV字回復した会社だったけど、有能な人材が去り、いつ首を切られるかと疑心暗鬼な社員ばかりの状態ではまた巨額の赤字を出すことは時間の問題だった。
 私は入社して以来ずっと経理部門に所属しているので少しは会社の経営状況が分かる。入社十年目なので、普通だったらジワジワと自己都合退職に追い込まれるところだけど、役員候補であった経理部長が会社を見限って去り、その際に彼の部下のうち特に優秀だった者たちも同じく退職していったので、経理部門は極度な人材不足に陥った。それで私にも重要業務が割り当てられることになった。
 私はそれまで簡単な出納業務ぐらいしか与えられていなかったけど、密かに勉強していたのでなんとか与えられた業務をこなせた。そのお陰で私は昇進して給料も上がった。
 新しい経理部長はメインバンクから送り込まれてきた男で、偉そうなことを言っているけど全然仕事の出来ない男だった。社内情報を銀行に報告する情報屋に過ぎない。
 私の仕事に実害がなければどんな男が上司になろうと関係ないのだけれど、そいつは最悪のセクハラオヤジだった。

 決算業務で残業していると私の携帯がブルった。取り出してみるとレイジからだった。私は席を立ってトイレに入ってから電話に出た。
「タカコ、週末は会えるのかよ」
 レイジの声は不満に満ちていた。それが私をいら立たせた。
「前にも言ったように今、決算なの。二十日までは休みなんてないわ」
「あ〜あ、やんなるよなぁ。浮気しちゃおうかなぁ……」
「したければどうぞお好きに」
 私はそう言って一方的に切った。
 事務所に戻ると部長のカシワバラがいつものようにからんできた。
「おいおい、ヤマモト君、皆遅くまで仕事してる時に男と電話かね。もう少し……」
 私はカシワバラの言葉を遮って言った。
「仕事中失礼しました。でも電話は母からでした。毎日遅いので心配してかけてきたんです」
「そ、そうかね。だがね、君も課長補佐なんだから、残業ぐらい当然じゃないか。その辺をお母さんに……」
「仕事がまだ残ってますからまたお話は別の機会にお願いします」
 私がきっぱりそう言うとカシワバラは沈黙した。
 定年間近のサカガミ課長は黙々と仕事を続けていた。員数合わせで最近他の部署から移ってきた、私より若い課長補佐のアマミヤは聞き耳を立てていたようだが仕事に戻った。もう一人の資金担当のアサカワ課長は書類に目を落としていたけど仕事をしていないのは分かっていた。彼はカシワバラが来る前、銀行に社内情報を報告する役目に就いていた男だった。彼も定年間近で今となっては会社にとって存在価値はないに等しいけど無理矢理会社にしがみついていた。今はカシワバラの腰ぎんちゃくだ。カシワバラも自分に従順な部下がやはり欲しいのだろう。アサカワを切ろうとはしなかった。
 今、本社経理部にいるのはこの五人だけだ。工場にも経理部門があり、原価計算などはそちらで行っていた。各部署から上がってきた数字を本社でまとめているのだけど、カシワバラは論外として、アマミヤもアサカワも戦力外なので実質サカガミ課長と私の二人で決算業務を行っていた。
 はっきり言って人材不足だ。数より質なんだけど、人がいないのだからしょうがない。
 アマミヤが切った伝票が間違っていたせいで訂正伝票を入れるはめになった。そのせいでさっき出したばかりの帳簿が単なるゴミと化してしまった。ゴミではあるけど、会社の経理情報がのっているのでそのままごみ箱には捨てられない。それで私がシュレッダーにかけに行くことになった。アマミヤも同じ課長補佐なんだけど、私が女だと言うことでこういう雑務は私がすることになっていた。ほとんど仕事の出来ないアマミヤがシュレッダーにかけに行ったほうが全体の仕事は捗るはずだけど男尊女卑が未だにまかりとおるのが企業社会というものだ。
 私はシュレッダーが書類を細かく裁断していく音を聞きながら思った。アマミヤは私が課長補佐だからうちに来るにあたって釣り合いをとるために課長補佐になったんだなと。くだらない。もしかすると管理職にしたのは残業代を払わなくてもいいようにということなのかもしれない。そう思ったとき背後に嫌な気配を感じた。
「ヤマモト君は結婚しないのかね」
 カシワバラだった。
「そのうちしますよ」
 私は早く残りの書類を処理してしまおうと思った。最近シュレッダーの機種が更新されて大型で高速になったので以前よりは早く裁断できるけど、まだ書類の束はかなりあった。
「結婚したら辞めるのかね」
 大きなお世話だ。
「どうですかね。彼は辞めて欲しいみたいですけど……」
「辞めなくてもいいじゃないか。いや辞めてもらうと困るよ」
 カシワバラが私を評価してるのかと一瞬思ったがそれは間違いだった。
「僕はヤマモト君が好きだ。なんというのかな熟成されたシングルモルトの逸品ような良さが君にはある」
 カシワバラの言うことは良く分からなかった。
 書類を機械に入れる手を休めて振り向いて見るとカシワバラの眼差しは異常だった。
「……ぜひ一度味わってみたいと以前から思っているんだ……」
 シュレッダーのある場所は事務所を出て廊下を挟んだ場所にあるのだが社内には変わりない。声をちょっと出せば誰かに聞こえるはずだ。
 なのにカシワバラは私に抱きついてきた。
「止めてください」
 私はきっぱり言ってカシワバラの腕から逃れようとした。
「いいじゃないか。君だって寂しいんだろう」
 私は頭に来て
「冗談はいい加減にしてください。そうでないと人を呼びますよ」
と言い放った。
「いいじゃないか。そんな堅いことを言わなくても」
 そう言ってキスしようとしてきたカシワバラの息は酒臭かった。
 こんなセクハラオヤジは生理的に絶対拒絶だ。
 私はカシワバラの腕を振りほどきシュレッダーの方に奴を押しやった。
 するとシュレッダーの裁断口が横に大きく広がって、カシワバラはその中に吸い込まれていった。
 巨大化した裁断口のギザギサの歯が鋭く光ったかと思うと、カシワバラは肉片と化していった。飛び散る血と断末魔のカシワバラの叫びが耳に残った。
 シュレッダーが裁断後の回転の余韻を残して止まった。
 気がついてみると壁に飛び散っていたはずの血痕はなく、シュレッダーもカシワバラを粉砕したとは思えない、それどころか新規に設置されたばかりのようにピカピカに光っていた。
 私は軽いめまいを覚え、少しの間意識を失った。すぐに意識は戻ったが、シュレッダーはさっきと同じで新たな裁断書類を待っているように見えるだけだった。さっきのはなんだったんだろう。疲れているので幻覚でも見たのかもしれない。
 書類の処理が終わったので私は事務所に戻った。
 仕事の続きに取り掛かるときカシワバラの机を見ると不在だった。カシワバラのことだから十時のスポーツニュースに間に合うよう帰ったのだろう。
 私は残りの仕事を片づけるために作業に集中した。

 翌朝、仕事をしていてふとカシワバラの机を見て驚いた。経理部長ともあろうものが決算の真っ最中に出社してきてなかったのだ。実質的な業務はしないにしても少なくとも勤務時間は責任者として普通いるものだろう。まったくあきれてものが言えなかった。

 昼休みが終わってもカシワバラは出社していなかった。
 私はアマミヤに
「部長はどうされたのかしら」
と尋ねた。
 するとアマミヤは不審な顔をして言った。
「何言ってるんですか。部長職はここずっと空席でしょ」
 アマミヤもカシワバラの事をあまり良く思っていないので、はじめは冗談かと思った。
「嘘でしょ? カシワバラ部長が昨日までいたじゃない」
「なんで僕が嘘つかないといけないんですか。カシワバラって誰です? ヤマモトさん変ですよ」
 周りを見回すと、サカガミ課長もアサカワ課長もアマミヤと同じく私を変なものを見るような目で見ていた。
 カシワバラはいなかったことになっている? そう思うのが正しいようだった。いなかったことになっているじゃなく、周囲の人間にとっては事実存在しなかったのだろう。
 驚いたことに、この事実を私はすんなりと受け入れた。元々いてもいなくても業務上問題ない男だったし、あのねばっこいセクハラのことを思えば消えてくれてありがたいぐらいだった。
 そう思うとなんの疑問のなく私は仕事を続けられた。

 今日も残業だった。あと一週間はこんな日が続く。今日はレイジから電話はなかった。
「ヤマモトさん、ちょっと」
 自分の作業が一段落したからかアマミヤが私に声をかけてきた。
 私は面倒な賞与引当金の計算結果の検証をしている最中だったので短く
「何?」
と応えた。
「ちょっとここでは……」
「なんでここでは言えないのよ」
「重要なことなんですよ、ヤマモトさんにとって」
 アマミヤは妙に引っかかる言い方をした。
 私は諦めて先に席を立ったアマミヤについて事務所を出た。
 アマミヤはシュレッダーやコピーの置いてある部屋に入っていった。
 私は一瞬だけどカシワバラの事が頭によぎった。
「で、なんなのよ」
「カシワバラ部長のことなんですけど……」
 昼間は知らないといったくせに一体何を言い出すのだろうか?
 私が黙っているとアマミヤはバツの悪そうな顔をした。まるで夕食の準備中におかずの刺身を一切れ盗んで食べたのを叱られた時の猫のような顔だ。
「昼間はみんなの手前ああ言いましたけど、僕もカシワバラ部長の件は気になっているんです」
 そう言ってアマミヤは振り返ってシュレッダーを指さした。
「こいつが何だか知ってますか?」
「シュレッダーでしょ」
「ただのシュレッダーじゃありません。こいつはリストラシュレッダーなんです。こいつに粉砕された人間はいなかったことになってしまって、会社としては非常に好都合に人員削減出来るという代物です」
「なんであなたがそんなこと知ってるのよ」
「それは……」
 リストラシュレッダー……。私は不意にアマミヤをこいつにかけてしまおうと思った。
「あなたも会社に不要な人間だから、私がシュレッダーにかけてあげる」
 そう言って私はアマミヤをシュレッダーに押しやった。
 シュレッダーはぎゅぉぉぉぉぉんと嬉しそうな回転音をあげると、鋭い牙が光る大きな口を開けアマミヤを吸い込み、バリベリガリゴリゴリゴルガルガリという音を立てながらあっという間に彼を肉片にしてしまった。
 回転が止まると、血の臭いも血痕も消え去り、何事もなかったかのようにシュレッダーは鎮座していた。
 私はこうすることが自分の使命のような気がしてきた。早くアサカワもシュレッダーにかけないと。
 私は事務所に戻ると、アマミヤが私にしたのと同じ手口でアサカワを呼び出して、カシワバラやアマミヤと同様にしてやった。
 肉片と化す無能者の姿は私に安らぎをもたらした。こいつらが足を引っ張らなくなると思うと心の底からすっとするのだった。

 翌日、人事課長が経理部にやってきてまだ三〇半ばに見える男を紹介した。
「彼はヒロカワシュンスケ君だ。人員削減が至上命令の昨今であるが、経理は会社の中枢である。その経理の弱体化を補うためにヘッドハンティングしてきた人材だ。前歴は大手自動車メーカーの経理課長だ。この若さで、それもあのH社で経理課長だったんだよ。きっとヒロカワ君は我が社の強力な戦力になってくれるはずだ……」
 相変わらず人事課長の話は長かった。長くて中身がない。この男ももう少し簡潔に話せるようになれば出世するかも知れないと私は思いながら、ヒロカワの顔を見た。確かに理知的で締まった顔つきをしていた。仕事の出来いかんによってはカミソリとあだ名しよう。
 私がそんな事を思っているとヒロカワは私を見てにっこりと笑った。嫌みのない笑顔だった。
「……で、ヒロカワ君は空席だった部長職についてもらうことにした。ではヒロカワ君、いやヒロカワ部長ご挨拶をお願いします」
 長かった話の最後の最後でちょっとした爆弾発言だった。サカガミ課長をさしおいて若輩者のヒロカワを部長に据えるとは。うちの人事としては異例中の異例なことだ。給与カットなどのためにマイナスをつけることに実績主義を持ち出すことはあっても、プラスの評価にそれを採用したことはまずない。私が課長補佐になったのだって異例中異例だったのだ。それが年功序列を崩してのこの人事。この会社もやっと本当の実力主義になったのだろうか。
 だけどそれはヒロカワ部長が本当に出来る人間かどうかで判断すべきだろう。

 確かにヒロカワ部長は出来る人間だった。チェックを漏れなくこなすだけでなく、私とサカガミ課長の業務を自ら肩代わりしてこなしていった。その処理能力は私たち二人分以上で、みるみる伝票が片づいていった。この調子なら今日明日中に締まりそうだ。

 今日も残業だったけど、それも先が見えてきたせいで気持ちも軽く、いつも以上に捗った。
 すいすい進む業務に我ながら酔っていると携帯がブルった。
 私は席を立ってトイレに向かった。
 個室に入って電話に出るとレイジからだった。
「がんばってるか?」
「うん、がんばってるよ」
 いつもより優しいレイジの言葉に私も同じような気持ちになれた。仕事が捗ってるせいもあって気持ちに余裕が出たせいもあるだろう。
「今週末はやっぱりダメかな」
「うーん、まだ確定じゃないけど、大丈夫だと思う」
「ホントか!?」
「うん」
 レイジと久しぶりに恋人同士のちょっと甘い会話を楽しんでから事務所に戻ろうとすると、途中で呼び止められた。
「ヤマモト君、ちょっとこっちに来なさい」
 ヒロカワ部長だった。彼はシュレッダールームに私を呼び込んだ。
「なんでしょうか?」
 私は無防備にそう聞いた。
「決算のラストスパートの時に男と電話かね」
 カシワバラと同じようなことを部長は言った。でもカシワバラと違い有能な上司の言葉だったので反論できなかった。
「まぁそれはプライベートなことだからいい。だけど、これを見てもらおうか」
 手にしていた何枚かの補助元帳のプリントアウトをヒラヒラとさせて部長は言った。
「これは全てヤマモト君が切った伝票にかかる帳簿だ。君にはがっかりだよ。ことごとく間違っている」
 私は渡された補助元帳を見た。確かに彼の言うとおりだった。ケアレスミスだった。
「すみません、すぐに直します」
「いや、その必要はない」
「何故ですか」
「この最終局面に置いてこのようなミスを連発する人間は当社には不必要だ」
 不必要。そんなことを言われるとは思っても見なかった。
「もう分かってるだろ? 自分の運命は」
 そう言ってヒロカワは昼間とは違って冷酷な笑みを浮かべると私の腕を引っ張りシュレッダーの方に突き飛ばした。
 シュレッダーが大きく口を開けた。

 私って無用な人間だったんだ。明日には誰からも忘れられてしまうんだ。

 無力感が全身を襲った。私はフラフラとシュレッダーの大きな口に吸い込まれていった。

 待って、私、週末にレイジと久しぶりに逢うの。こんなところで処分されてたまるもんですか。

 私はすんでの所で立ち止まって振り返った。
「ヤマモト君、人を処分する時はなんの迷いもなかったくせに、往生際が悪いね。ほら、ごらん、みんなが君を待ってるよ」
 シュレッダーの方に振り向くと血まみれのカシワバラとアマミヤとアサカワが不気味な笑みを浮かべてシュレッダーの口の中にいた。
 彼らは六本の腕で私の腕をつかむとシュレッダーの中に引きずり込もうとした。
 いや、私はあんたたちと違って無用な人間じゃない。助けて……。
 シュレッダーが嬉しそうな回転音を立てて動き始めた。

コメント(2)

その子の独り言

『ワタシのオフィスのフュレッダーみたいね・・・・。』
職場での人間関係って疲れますよね(;´д`)

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