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【新】鈴木そ○子の心霊怪奇話コミュの第63話 老犬

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 その犬は、老いていた。
いや、別に僕は犬の専門家じゃないし、その犬に白髪があった訳でもない。
 ただ、その茶色の犬は老いて見えた。
とても、老いて。



 町中で野良犬を見かけることも少なくなった昨今、僕が数年振りにそれを見つけたのは二週間ぐらい前のことだ。
 大きな身体に茶色の毛並み。
薄汚れ、疲れ果てたのが表情から判るから、奇妙なものだ。
 その老犬は公園のベンチの上で寝ていた。小さな公園の古ぼけたベンチとは言え、それは人間の領域のはずなのに、老犬は堂々と寝そべっていた。
 まあ、どうせたまにしか人の来ない小さな公園のことなので、構わないだろう。
僕だって、駅までの近道に通るだけで、遊んだり休んだりするためにここを通っている訳ではないから、態々その老犬を追い立てるような真似はせず、ただ久しぶりに見た野良犬を物珍しげに見ながら、その場を通り過ぎた。
 老犬は一度僕の方を見ると、退屈そうな眼で欠伸をし、また眠り込んだ。
そのとき一瞬だけ視線が合ったのだけれど、僕はその意外な程に人間臭い表情に驚いたことを覚えている。
 けれど、そのときは何事もなく、僕は公園を出た。

 二度目は最初の日から二日程した頃だったろうか。
老犬はまたいた。
 ただ、その前のときと違うのは、若い女性が何か餌をやっていたことだ。
老犬は物憂げな表情をしてはいたが、それでもお義理のつもりか、それとも体力がなくて自然とそうなってしまうのか、ゆっくりと尻尾を振りながらその女性を見上げ、彼女が差し出したパンか何かを、ゆっくりと咀嚼していた。
 女性は犬好きらしく、老犬の汚さなど全く気にした風もなく、しきりに頭を撫でたりしていた。
 名は知らないが、見知った女性だったから、僕は軽く会釈して通り過ぎた。
女性も会釈した。
お互い、同じ町に住んでいるのに名を知らない。寂しい話かもしれないが、そんなものだろう。



 あの老犬を三度目に見たのは、先週。
時間はかなり遅くだったが、また、あの公園のベンチに座っていた。
どうやら、そこが余程気に入ったらしい。
 何を食べているのか、何処から見つけて来た食料か知らないが、老犬は食事中だった。 老犬は僕に気づき、こちらを睨んで鼻先に皺を寄せて低い声で唸った。
食事中の動物に近寄ってはいけないことを昔祖母から教わっていた僕は、
「別に取りゃしないよ」
と伝わるはずもない事を言って、早々にその場を立ち去った。

 四度目も矢張り公園でだった。
まあ、老犬の方はそこに住み着いているのだから、出会うのは当然かもしれないが、その晩はまたあの女性がいた。
 ビニール袋を片手に老犬と同じベンチに座り、袋から出した何かを老犬に与えていた。
 ぴちゃぴちゃ
くちゃくちゃ
かりかり
ぼりぼり
と聞こえたから、骨付きの肉でもやっているのだろうと考え、太っ腹な女性だと思った。
 別段僕は足音を殺していた訳ではないが、どうやら女性の方は僕の接近に気づかなかったらしく、老犬が顔を上げて初めて僕に気づき、酷く驚いた様子で立ち上がると、そのまま足早に公園を出て行った。
 老犬は、また僕を見て低く唸り始める。
僕も早々にその場を後にした。



 次に老犬を見たのは、四日前だ。
今度は昼間であり、僕はその姿に驚いた。
老犬はいつものベンチに寝そべり、こともあろうに雑誌を読んでいた。
 いや、犬が雑誌を読むはずもない。
ただ寝そべった顔の先に、雑誌が広げて捨てられていただけなのだろう。
僕はそう思いつつも雑誌を覗き込もうと近づいた。
 すると、老犬は僕の方を見やり、
読むかい?
とでも言うように、にやりと笑った。
以前から人間臭い所のある犬だったのだけれど、その時の笑みは人間臭いなんてものじゃなかった。
まさに、人間のそれだった。
 だから、僕は犬相手に驚き、狼狽し、気味の悪いものを感じて公園を出た。

 夜、近所の本屋に行った帰り、偶然に例の女性に行き会った。
手には、黒ビニールを持っていた。
彼女は顔色を失う程に驚いたが、何故そんなに驚くのか僕には心当たりがなかった。
だから、
「また餌をやるんですか?」
と尋ねたのにも、他意はない。
「え、ええ。今日で、最後ですけど」
彼女は吃りながら答え、急ぎ足で公園の方へ向かった。
 僕も一緒に行こうかとも思ったが、何故か彼女が僕を恐がっているようでもあったし、買った本を早く読みたくもあったので、僕はそのまま帰路についた。



 彼女の死体が見つかったのは、昨日のことだ。
自宅にて、喉笛を咬み切られ、彼女は死んでいたと言う。
現場には、茶色の犬の毛が落ちていたと新聞にはあった。
そして、彼女の内縁の夫が暫く前から行方不明であることも、ついでのように報じてあった。

 最後に老犬を見たのは、雨の夜だった。
帰りの遅くなった僕が公園を抜けると、老犬は公園出口に座っていた。
そして、僕の顔を見ると、にやり、と笑った。その口許の毛が赤く染まっていたのは意外ではなかったが、問題は、彼女が老犬に一体何をやっていたのか、だ。
 骨付きの肉。
そう、あれは僕が最初に思った通り骨付きの肉だったのかもしれない。
しかし、捕食者に食料となったものの恨みや人格が乗り移るなどということがあるのだろうか。
 あるんだよ、とでも言いたかったのだろうか。
老犬は、ひっひっひっ、と弱った気管支が立てる呼吸音とも笑い声ともつかぬ音を出しながら、僕に背を向けた。
 以来、僕は老犬を見ていない。
何処へ行ったのかも知らない。
ただ、僕の胃は肉類を受け付けなくなった。
牛や豚の恨みが、僕の中に入り込みそうで。

コメント(2)

その子の独り言

『ワタシのわんちゃん…かも。』

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