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東京音楽祭コミュの亡くなった出演者・珍出演者

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グランプリ歌手でお亡くなりになってる方が3組もいる。
第2回グランプリ、ミッキー・ニューベリー。
第13回グランプリ、ローラ・ブラニガン。
第18回グランプリ、オフラ・ハザ。

ホンコンから出場のアニタ・ムイ、レスリー・チャンも死亡している。
さらに第11回グランプリ、ジョン・オバニオンが2007年のバレンタインに亡くなりました。ご冥福をお祈り申し上げます。

コメント(6)

第13回のグランプリが「ラッキー・ワン」 ローラ・ブラニガン。
Laura Branigan
お亡くなりになっております。安らかに。
2004年行われた欧州議会選挙で当選した78人のイタリア人議員の中にアレッサンドラ・ムッソリーニ(41)がいる。彼女はローマ大学医学部卒業の国会議員であり、女優としてもちょっと知られた存在だ。

 しかし、彼女が何といっても有名なのは、ファシスト党創設の独裁者ムッソリーニ(1883−1945年)の孫であるからだ。父親はムッソリーニの三男ロマーノ、母親は女優ソフィア・ローレンの妹である。

そして彼女は歌手として第11回大会に参加。曲は「love is love」。
谷村新司談。
僕がレスリーと初めて会ったのは、20年ぐらい前の東京音楽祭にゲストとして出演してくれたときでした。谷村のアジア公演にもレスリーが出てくれて、広島平和音楽祭でも会い、最近ではレスリーの東京コンサートに行きました。そのときもレスリーは「谷村はくるのか?」と気にしていてくれていました。
初対面での彼の印象は、威張ったところがなく、普通のやさしい青年だったので、すごく新鮮でした。以来、ふたりの間に共通の友人がいたので、お互いに情報を交換し、会える時は会おうと言ってました。
レスリーの最後のキラキラとしたステージをよく覚えています。最後に東京国際フォーラムの楽屋でハグしたとき、なにか特別な感じがしました。あのとき何か訴えたいことがあったのか?と思い返したりしています。アーティストはいつも真剣の刃の上をバランスをとりながら歩いているようなもので、なにかあったら反対側に落ちてしまいます。そんな状態だったのかな、と……。そこまで悩み続けていたのに、少しでもその悩みを減らしてあげられなかったことが悔しいです。
ファンの皆さんに報告したいことがあります。レスリーは死んだ日から3日間、僕のステージを見にきてくれていました。僕には分かったんです。ある歌を歌いながら「もう心配しなくで、安心して」と念じて歌いました。今は空の上にあがっているのでご心配なく。
レスリーのことを忘れてもいいと思うんです。何かのときフッと思い出せば、レスリーはにっこりしてくれます。自分の人生に彼に出会えたことは素敵な出来事でした。皆さんにとってもいい出来事でしたでしょう。素敵な思い出として心の中に残してあげてください。いま彼はハッピーですから心配しなくていいと思います。
訃報:John O'Banionのご冥福をお祈り致します。

80年代を代表するAORシンガーのひとり,John O'Banionが2007年2月14日にご逝去されたとの悲しいニュースが入りました。John O'BanionといえばJoey Carbone/Richie Zitoのプロデュースで81年にセルフタイトルデビューアルバムからシングルカットされた「僕のラブ・ソング」(原題:Love You Like I Never Loved Before)が日米ともに大ヒット、1982年春に東京音楽祭世界大会で「きみだけのバラード」(原題:I Don't Want To Loose Your Love)がグランプリを見事に獲得したことで知られます。彼は2nd アルバム"Danger"(この前に日本先行で"Close Up"という"Danger"に収録の7曲にライブ3曲を加えたアルバムあり)をリリース後、日本では勢いにのって,角川映画「里美八犬伝」のサウンドトラック・コンセプト・アルバムをリリースしました。その後、AOR不遇の時代に彼の名前は暫く耳にすることはありませんでしたが,95年に日本オンリーのAOR系名曲カバーを中心に新曲を1曲、そして「僕のラブ・ソング」のセルフリメークを加えた"Hearts"をリリース,99年には同タイトルのコンピCDに収録された"When I'm Dreaming"という曲をリリースして健在ぶりをアピールしていました。
 ここ数年は,これといった活動の噂も聞くことはありませんでしたが,今朝、Joey Carboneから訃報を伝えるメールを頂戴しました。2月16日に60歳の誕生日を迎えることなく,バレンタインデーに亡くなったとのことで,まさかという感じでした。謹んでご冥福をお祈り致します。

※AORブログからの記事です。
そうですね、ドナサマー、アンディウィリアムスとゲストシンガーが相次いで他界されました。
11回大会の元モンキーズ、デイビージョーンズも2月に亡くなりましたね。

フィリピンから参加の6回大会金賞ディディットライエス、11回リックセグレト、途中棄権した第3回ソビエトのムスリムマガマエフも既に亡くなっております。

日本からは柳ジョージさん、ザ・ピーナッツ、尾崎紀世彦さんと訃報続きでした。
東京音楽祭の名指揮者・長洲忠彦先生も。かつて先生のサイトの掲示板が賑わいました。よき思い出です。

ご冥福をお祈りいたします。

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