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作家の卵達『落ガキ』コミュの新説「狼少年」

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 昔々、といってもそんなに過去でもなく、かといって、ついニ、三ヶ月前とか言ったほど最近でもない昔。ある国の、ある小さな村に、少年がいました。
 少年は、羊飼いで、村はずれの丘の上に住んでいました。
 羊飼いの仕事は、それはもう単調で、遊びたい盛りの少年にとっては、極めてつまらないものでした。
 あるとき、少年は考えました。
「こりゃ、もう嘘でもついて、村人達を騙くらかしてやるしかないわい」
 こうなると、根がいたずらっ子の少年は止まりません。
 ああだ、こうだと考えた結果、狼が来た、と村中叫びまわるのが一番刺激的だ、という事になりました。
 そして、ある晴れた、のどかな土曜日。
「ぎゃあ、こりゃいかん、狼が出よりましたぞぉ」
 そう叫びまわる少年がいました。
 こんなしょうもない嘘に誰がひっかかるのか、そう考える人もいるでしょう。しかし、基本的にのどかな村人達は、信じられない事に、完全にひっかかりました。手に手に、斧や、鍬なんかをもって、家から飛び出したのです。
 「狼はどこだ!」
 「えらいこっちゃ」
「女子供は家に入れ!」
 口々にそう叫び、必死になって狼を探す村人達を見て、少年は、
「あっ、こりゃ、えらいこっちゃ……」
と、若干びびりました。
 村人達は、狼が来たと吹聴していた少年に、狼はどこだと尋ねました。
 もう引っ込みがつかなくなってしまった少年は、適当な方角をを指差し、
「あっち」
というのが精一杯でした。
 あっち、と指差された方角に村人達は駆けていきましたが、狼なんぞがいるはずもありません。程なくして、
「狼なんぞおらんかったぞ」
「我々が行くまえに逃げよったか」
「むむむむ……」
と、村人達は帰ってきました。
 そんな村人達を見て少年は、なんだかゾクゾクするものを感じました。もちろん、期せずして、えらい事になってしまった事に対する恐怖感もありましたが、騙くらかす楽しみの方が少し多かったのです。
 根がいたずらっ子の少年が、また同じ事をしたというのは、言うまでも無い事でしょう。
 次の土曜日も、その次も、村の男共が休日で、家族サービスなんかを期待されている土曜日に限り、少年は狼が来たと叫びまわりました。そして、村人も信じられない事に、いちいち騙されました。たぶん村人も馬鹿だったのでしょう。
 
 村にはもちろん村長がいます。
 村長の家は、その村で一際大きく、村全体が見える少し小高いところに建っていました。
 村長には一人娘がいました。
 一人娘は、毎週土曜日に、村人がてんやわんやしているのを、家の窓から見ていて気が付いていました。
 しかし、不思議な事に、娘は狼が来ていないのが、それはもう完全に判っていました。少年の嘘を彼女だけが見破る事できたのです。
 娘は、退屈していました。
 村長の一人娘です。これはもう、必然的にいわゆる「箱入り娘」にならざるを得ず、この箱入り娘というものが厄介な物で、とりわけこの娘は、燃えるような恋がしたいというようなカテゴリーの気性を持つ、童話に登場するヒロインとして、かなり「ベタ」といわざるを得ない、箱入り娘の性格をしていました。根は活発だと言い換えても良いかもしれません。
 そして土曜日、娘は思い立ちました。村の入り口で、嘘をつきにくる少年を待ち伏せたのです。なぜ嘘をつくのか、少年を問いただそうと思ったのです。だからといって、少年を批難するつもりがあったわけではありません。ただただ単純に疑問だったからです。
 
 少年はやってきました。それも、これからまたしても嘘をつくということにワクワクしている様子でした。
「シメシメ、今日もやったるわい」
それくらい呟いていたかもしれません。
 ウキウキした足取りで、村の入り口に差し掛かった、そのとき、
「ちょっと、あなた」
と自分を呼び止める声が聞こえました。
 少年は驚き、辺りを見回してみると、娘が一人立っていました。
「あら、これは村長の一人娘さん、こんにちは、こんなところで何をしでかしているんですか」
 少年が尋ねました。娘はそんなことは意にも介さず、畳み掛けました。
「あなが、毎週毎週、嘘をつきにきていることは知っているわ。ええ、知っている。村の人達は気付いていないみたいだけど、私にはわかるの。いいえ、私に嘘をついてもダメよ。本当にあなたの嘘を私は見破れるのよ。そうね、でもあなたを批難するつもりでここにいるわけじゃないわ。ただ不思議に思っただけ、なぜそんな嘘をつくのか。理由を教えてくれないかしら」
 そう一気にまくし立てると、娘は少年の目をジッと見つめました。いまさらですが、娘は大層美人で、そんな美人に、そして澄んだ瞳に見つめられて、少年は大層困り果てました。しかも、なぜと聞かれて、ただ退屈だったから、などと答えてよいものかどうか。ほとほと困り果てましたが、娘が少年の嘘を見破れるというのは本当のようで、ここで嘘をついても仕方が無い、と決めました。
「それは……ただ退屈だったのさ。判らないかもしれないけど、羊飼いというのは本当に退屈なんだ。それにほら、僕は村はずれの丘に一人で住んでいるだろ。だから余計に誰かにかまってほしかったのかもしれないな」
 話すうちに、少年は、本当に誰かに構ってもらいたかっただけかもしれないと思うようになりました。娘も黙って、少年の言う事を聞いていましたが、おもむろに、切り出しました。
「そうね、退屈はとても嫌なものね。私も退屈って嫌いよ。そうだわ、お互い退屈している者同士友達なったらいいのよ」
 そういう事で、娘のなかば強引な申し出を少年は受け入れ、二人は友達になりました。
 それから、少年は嘘をつかなくなりました。少女は時々家を抜け出すようになり、そんなときは、二人で少年の牧場で、昼食にサンドウィッチを食べたり、コーラを飲みながら、語り合いました。
 娘は博識でした。数学や、英語、それに、天体などについて、ある時は、「カメラ」という機械を持ってきて、その使い方や、機構を教え、二人で写真を撮ったりしました。少年は、羊の生態や、飼い方を教えました。それはとても楽しいひと時で、当然のように二人は惹かれあいました。少年はどう考えていたかわかりませんが、娘は、少年と結婚して、この牧場で、二人で羊飼いをしながら過ごしたいと考えていました。

 そんな二人の事を村長たる、娘の父が知らないわけがありませんでした。
「むむむ、これはいかん、娘をあんな小汚い、貧乏くさい羊飼いに嫁がせるわけにはいかん」
 父親としては当然の心配だったのかもしれません。
 村長は、考えた挙句、となり街のお金持ちの倅との縁組を決めてきました。
 ある日、牧場から帰ってきた娘に、村長は言いました。
「お前も、もう年頃だ。そろそろと思ってな、結婚の相手を探してきてやったぞ。あの隣町のお金持ちの倅が、お前の相手だ」
と言って、一枚の写真を渡しました。そこには、なかなかの美しい顔立ちで、しかし、どこか甘やかされて育ったという印象を与える青年が写っていました。
「ちょっと待って、お父さん。私は、こんな隣町のお金持ちの倅なんかと結婚なんてしないわ。私には好きな人がいるの」
と娘は反発しました。
「あの羊飼いの小僧の事か。わしはあんな小汚いやつとお前が結婚するなど絶対にゆるさんぞ。ゆるさんったらゆるさん!いいか、お前は、このお金持ちの倅と結婚する事に決まったんだ!」
 もう村長たる父は、有無を言わせませんでした。親が娘の結婚相手を決める、そんな時代でした。娘はこれ以上、村長たる父と話し合おうとは思いませんでした。娘は決めました。
「駆け落ちしかないわ……」
 娘は、何かを決断するときの癖でしょうか、首に掛けている金色のロケットを握り締めました。

 そんな事になっているとは露知らず、その夜少年は、牧場の端にある家でロッキンチェアーなんかに揺られながら、考え事をしていました。
 娘は、自分の事を好いていてくれている、いや、愛してくれている。そして、自分も娘を心から愛している。結婚したいと考えている。しかし、果たしてそれは叶うだろうか。自分はしがない羊飼い、一方、娘は村長の一人娘。どう考えてもつり合うはずがない。いや、待て待て、そもそも娘は本当に愛してくれているだろうか。自分だけの妄想じゃなかろうか。娘は遊びのつもりかもしれない。いや、そうに違いない。そんな事を堂々巡りに考えていました。

ドンドンドン

 扉を叩く音がして、少年は驚き椅子から飛び上がりました。
 こんな夜更けに誰だろう、と扉に近づき、
「誰ですかー」
と、間抜けな聞き方をしました。

「私よ、一人娘よ。扉を開けてちょうだい」
 少年は、またしても驚き、またしても飛び上がりました。
 扉を開くと、ここまで駆けてきたのでしょう、娘が肩で息をしながら立っていました。
「こんな夜更けにどうしたんだい。お父さんが心配するじゃないか」
と少年は声を掛けながら、娘を家へ招き入れました。
 娘は言いました。
「私を連れて、どこか遠くに行って。もちろん羊達もつれて」
 少年は瞬時に理解しました。娘の縁組が決まったのだと。それも、やんごとない筋の男との縁組であろうことも。なにせ、村長の一人娘ですから。

 少年の決断が、正解だったのか、間違いだったのか、今となってはどうでもいいことなのかもしれません。
 少年は言いました。
「なぜ、僕がキミを連れてどこかに行かないといけないんだい。僕はこの牧場が気に入っているし、ここを離れるつもりはない。もしキミが、僕がキミの事を愛している、と考えているなら、大きな間違いだ」
 娘が、少年の嘘を見破ったのかどうか、今となってはどうでいいことなのかもしれません。
 娘は一瞬、雷に打たれような表情をし、そしてそのまま何も言わずに帰っていきました。

 扉が閉まる音で、少年は正気に戻ったように、娘の後を追いかけようと、外に出ました。娘は案外早く走れるようで、その背中は、はるか彼方でした。それでも追いかけようかどうか逡巡しているとき、扉の取っ手に何かが掛かっているのに気に付きました。それは、娘が首から掛けていた金色のロケットでした。
 
 ロケットを開けると、そこには二人が始めて一緒に撮った、二人の写っている写真がありました。


 月日は流れました。その少年と、娘がどうなったかなんて、誰も知りません。

 こんな噂があります。
 ある国の、ある小さな村に、毎週土曜日になると、「狼が来た」と叫びまわるおじさんがいるらしいと。
 そのおじさんの胸には金色のロケットが輝いているらしいと。


    おしまい

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