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『バックステージ』コミュの無料体験レッスンのおしらせ

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東京・池袋にある俳優・声優養成所 ヴォイス&アクターズ道場では
現在演技レッスンを求めていらっしゃる方を対象に
毎週木、土、日のレッスンをワークショップとして無料体験していただいています。
1レッスン4時間、と聞くと驚く方も多いですが、
専用の稽古場と音声ブースを使い、発声等のウォーミングアップからはじまり
初見に強くなるための対策、オーディションに有効な自己PR講座、
エチュードによる即興性の解放や、緻密な場面演技(シーンスタディ)など
盛りだくさんの内容の濃密なレッスンで短く感じたと感想をいただいています。

プロとして活躍中の表現者が気軽に自分のスキルをメンテナンスするための、
また、経験少ない初心者でも大らかに演じる喜びを体感し、
具体的に自分を進化させるための場として池袋駅徒歩10分の稽古場で
毎週レッスンをしています。
http://yuichisato.com/

オーディション対策って実際にはどうすれば良いの?
セリフ術のテクニックって何だろう?
心を籠もってる籠ってないって何で判断されるの?
演技はやるほどに不思議で面白く、自分と向き合える挑戦です。
レッスンでは「何か違うな」とか「なんとなく」という言葉は聞かれません。
「ここをこうしたら」、「この理由で演技がイメージに追いつかなかったのでは」と
具体的な言葉で自分が納得できるまで何度も演技に挑戦、自分を磨けます。 
レッスンをぜひ無料体験してみてください。

木曜・日曜 9:00〜19:00、
土曜    11:00〜21:00
上記時間帯内の無料体験レッスンを受付中です。
yuiyui1573@gmail.com
まで、お気軽にお問合せください。

                                           主宰 佐藤祐一


ヴォイス&アクターズ道場
〒1700011
東京都豊島区池袋1-16-27 川田ビル2F
tel.03-3984-3563
URL http://yuichisato.com/

コメント(44)

ウォーミングアップや発声練習から始まる通常のレッスンの合間に、
ナレーション・台詞術の補講レッスンの時間も毎回取っています。
結果、レッスン日僕の実働時間は10時間半。
途中15分の昼食時間を取る以外はほぼずっとレッスンしています。
継続は何とやら。10時間半レッスン後帰宅すると、以前は放心したりしてましたが、
今ではレッスンメンバーから「今日は何時までしかいられません。」と
事前に云われた時間まで演技レッスンし続けてももっとやりたい!
余力が残ってもっともっとと感じています。

無料体験レッスンは、現在演技レッスンをお探しの方に
当養成所の通常レッスンに丸々参加していただき、
僕のレッスンの質と量が価値のあるものか直接判断していただきたく開催しています。
通常のレッスンそのままですので、シーンスタディの後半、あらかじめ覚えてきた台詞の応酬や
演技を練り上げる回などだと、どうしても体験参加者は見学中心になってしまいますが
(そんな回でもウォーミングアップや発声練習は丸々体験していただけます)、
ナレーション・台詞術レッスンでは必ず実際の演技参加してもらうようにしています。

台詞術、ナレーション術というのが具体的に何を指すのか分からない方でも
普段、芸能を見聞していて、なんか台詞に心が籠っているなぁ、
なんかナレーションが聴きやすいなぁと感じたことはあるはず。
その「なんか」の部分、ヒトが人の声を聞いて心が動く要素・ポイントを
僕はこう考えています、というのを具体的に説明するようにしています。
テキストはこちらで用意していますが、お好きなものを持ち込まれても構いません。
どんなテキストをその場で渡されても、僕が伝えたい
演技が人の心を動かす要素・ポイントは同じです。
僕のセンス、テクニックが必ずしも絶対だとは思わないけれど、
人間は比較の対象がないと、なかなか自分のセンスを言葉にしづらいものです。
僕の演技のセンス、テクニックを無料体験してもらうことで
ご自分がどんな演技を求めているのかを認識してもらいたいと思っています。
長くやり続けていると、いろいろ相談されることがあります。
「漫画家になりたいんですけど、道具はどこで買ったら良いんですか?」
という質問にはさすがに絶句しましたが(なぜ僕に訊く・爆)、
演技に関係する相談には極力真摯に聞き答えるようにしています。
僕自身、東京に出てくる前は、出てきた後もずっと、自分が演技修業を始めたくても
何をどうしたら良いのかまるで分からず、何一つアイディアも浮かばず不安で不安で
文字通り雲を掴む思いでした。あの頃の怯えて怖がってばかりの自分を忘れません。

僕の耳に入ってくるのは数か月に一度の頻度なのだけれど、実際世の中には
こういうケースがゴロゴロしているのかも・・・と思わされることがあります。
「ウチの所属タレントにしてあげるから幾らいくら払え。」と云われたんですけど・・・というハナシ。
僕が10代の頃から(もっと前からも)ありました・・・・・

僕は今所属しているプロダクションにも、他にマネージメントをしてもらった事務所にも
1円もこちらからはお金を支払ったことはありません。それが当然だと思っています。
誰かが僕の表現に対してギャラを支払ってくれる場合、それには消費税が付きます。
僕の話す姿を、僕の表現を「買ってもらった」んです。売り物なんです。
商品なのだから買われてなんぼ。もらってなんぼです。だからこそちゃんと仕事をします。
責任を持ちます。

演技に対する評価って、業界の中でもきちんと言葉にすることができなくて
漠然と誉める、というのがまかり通っているせいもあるのだろうけれど、
いいねいいねいいねと持ち上げて、ウチでぜひ貴方を売らせてほしいと云っておいて
「じゃあ何十万のお金を納めてください。」っていうの・・・・・ヘンだと思いませんか?
本当に貴方を売りたいのなら貴方自身からお金は取らないのがスジでしょう。
HPにプロフィールを掲載するのにもお金を取り、その事務所を辞めたいと言えば
またそれでお金を取り、HP上のプロフィール削除料と称してまたお金を取る・・・

HP上のプロフィールを一つ削除するのにどうして大金がかかるのか・・・
契約時何も聞かされていない支払が派生して派生して・・・
実際には何一つマネージメントしてもらえなかった。そんな話しを実によく聞きます。
どうしたら俳優・声優・タレントになれるのか・・・自分の夢への対処法が見当つかない人の
足元見て理不尽に金銭を要求された話しを聞くと、本当に腹が立ちます。
「ピーターブルックの世界一受けたいお稽古」を観ました。
演出家の演技レッスンを収録したドキュメンタリー。
東京での上映最終日の最終回、自分の本番が終わってダッシュ、
滑り込み間に合って嬉しかったです(その後予定変更して
ロングラン上映に切り替わったそうで、素晴らしい!)。

演技表現のための、という枠では収まりきらない、むしろ「生きていくための」
綺羅星のごとく問いかけられ語りかけられ続ける珠玉の言葉たちを
浴びるように聴き酔いしれました。
「マハーバーラタ」、「テンペスト」、「桜の園」などの来日公演を
観に行って受けた衝撃や感銘がありありと甦ってくる幸福な時間でした。
銀座セゾン劇場のジーンズシート・・・懐かしいなぁ。
パリに行った時、ピーターブルックの本拠地案内してもらって、
シーズンではなかったので作品の上演は観られなかったのだけれど
「その場にいる」だけでしばらく動けなくなるほど感激したことも思い出しつつ・・・

映画で特に印象的だったのは、日本の俳優ヨシ笈田さんの軽やかと重厚さ。
即興演技中、ブルックのダメ出しに演技を全捨てしてスタート地点に戻る
足取りに演出家への尊敬を一瞬で感じ、真摯なユーモアとでも呼びたくなる
稽古場での「居方」が素晴らしい。創造のためにそこにいる。
演技が始まれば重厚な存在感で、清水をもう一度濾過して鮮度を求めるような
余分なものを足さない、必要なもののため引き算していくような動きと
丹田から響くような声のリアリティ。演出家の発言を逃さず受け止めようとする
聴く姿勢の開かれたたたずまいの軽さと演技中の重厚さの対比が印象的でした。
緩急自在というか静動自在というか・・・「自在」という言葉がふさわしい。
素晴らしいです。著書「俳優漂流」の内容そのままに、
やるべきことのため、ただそこに自然に存在している。
眼福の時間。
たった今、ここで起きたことを、自分の心の中に何が起こったかを
言葉で説明することによって相手と共有する。
自分自身にも言葉にすることで再体感できるようインプットしてやる
大切さを目の当たりにしました。
イメージを具体化したいけれど出来ない。
と言うか、どうしたら良いか分からない。
演技が上手くいくいかないの前に、何をどうしたら
自分の「こうしたい」イメージに近づけるのか、
途方に暮れている方が多いのを感じます。

それは演技者だけでなく演出する側も同じで、
「なんか違うんだよなぁ」の何が違うのか具体的には
演出家から云ってもらえないことがほとんどです。
僕が今まで実際に現場で云われた演出の言葉に
「今より5%幸せそうにして」、「もっとガァーーーッって演技して」、
「今の台詞がピンク色だとしたら朱色の言い方に変えて」、
「この場面だけ原始人みたいにして」、などなどいろいろありました(遠い目)。

演技は気持ちでやることが大事。でも気持ちがどんなにあっても
「出し方」が分からないと伝わりづらいもの。
だからと言って技術ばかり目につく演技もイヤらしい。
心と技術両方のバランスが必要で、
どっちかだけの演技は淋しい印象を残したりします。
難しいですね。永遠の課題だけれど、演技の「技術」の中には
心をそこに持っていく、不確かな「感情」を使うことも技術の内だからこそ
演技表現に人は魅せられるのだと思います。

理論は必要で基礎知識ももちろん大事だけれど、
体感出来なければ絵に描いた餅になってしまう。
上記のようなダメ出しをされた時、僕の場合はどうしたか、
その方法が貴方には有効かどうか、分かるように再現するのも
レッスンの常になっています。
僕の伝えることを鵜呑みする必要はなく、共感出来るかどうか
比較対象を持つことで自分のセンスについて考え掘り下げて、
自分のイメージを具体化出来るようになってほしいからです。
16(日)は10時〜19時のオープンクラスで倉持一裕氏による
「俳優のためのアレクサンダーテクニック」レッスンを開催しました。
基本、倉持氏のレッスンは、あらかじめ用意したカリキュラムに
参加者をはめ込むのではなく、参加者自身の望みを聞いて
じゃあ今すぐこれをやってみよう、という臨機応変柔軟なスタイル。
毎回好評なレッスンなので当たり前のようにやってもらっていますが、
誰にでもできるスタイルではないです!

アレクサンダーテクニックのレッスンが初めての方は、
自分が何を望んでいるのかそれ自体を言語化できない可能性があるので
僕も9時間のレッスンに参加。船頭多くしてはマイナスなので
いざという時のフォロー役のつもりで稽古場の後方にいました。

各人の身体のメンテナンスから今取り組んでいるシーンスタディの
演技中起こる「なんかしっくりいかない」を改善するレッスン。
深いのにシンプルで何より分かりやすい指導で
アレクサンダーテクニックが初めてのメンバーへの危惧は不要でした。

僕自身、演技講師としてどう振る舞うべきか個人レッスンを受けていて
聞いた発想や説明が、今回より分かりやすく自分に沁みました。
倉持講師の伝えたいことは揺るぎなく変わらなくても
伝え方に、より相手の理解度を確認しながら進行していく余裕が感じられ
その「ハンドルの遊び」がアレクサンダーテクニックの本質と重なり
レッスンの受けやすい空気感を作り出していました。
以前受けたレッスンよりも大きな船に乗っているような印象。
それと同時に、若干伝え方は違ってもほぼ同じことを聞いているのに
前の自分とは響き方が違うのを実感。
人は自分が準備出来た分だけ進めるものだと、昔云われた言葉を思い出しました。
9時間が短かったです。
僕が道場のレッスンをやり続けて良かったと思える大きな一つは
自分が辿ってきた道を振り返れて、後悔や反省にも意義を見出せることです。
自分で書くのも何だけど、赤っ恥いっぱい掻いてきたし、
不必要に傷付いたり凹んだり・・・やり直せるものなら、ばかりです。

俳優を志す人の辿る道、もちろん個々人ごとに違うし
全てのケースがレアケースではあるけれど、いろいろな方の
「今の悩み」を聞いていると、あぁ自分もそうだった、極似の体験をしたと
膝を打つことが実に多いです。てか、毎回膝打ちまくり!
でも悩みを打ち明けてくれるレッスンメンバーの言葉が
逐一自分の身に沁みて、自分が特に無理をしなくても
我が事のように真摯に聞いて何を今言えるだろうと考えられる、
その為にもしかしたら、今まで自分はたくさん失敗をしてきたのではないか、
反省や後悔も無駄ではなかったのではと思えるのが
僕自身にとってレッスンをしていて一番のフィードバックなのかもしれません。

他所でのレッスンや現場での演出家からのダメ出しの内容が
人格否定の類のもので、真面目な人ほどその言葉を正面で受け止め
言葉を自分の中で育ててしまい、自分は駄目な、価値のない人間なんだと
いつしか自己暗示に陥ってしまう相談も、実に頻繁に聞きます。
「実に頻繁に」という言葉をあえて使ったのは、
聞かされることにウンザリしているからではなく、
これを読んだ今悩んでいる誰かが「私だけじゃないんだ。」と
考えるきっかけになればと思うからです。

僕自身、人格否定的な言葉に稽古場や現場で傷付き、塞ぐ自分が余計に情けなくて
結果、演技がドンドン悪くなっていった思い出がそれこそ山のようにあります。
どこが良くないとその演出家が感じたのか、それを具体的に言葉にできず、
人間性がどう、人格がどうこうという話しに持っていってしまうのは
はっきり言ってその演出家サイドの力量不足です。

確かに演技というのは技術だけでない、「心」という自分自身でもどうしようもない
漠然としたものも使ってこそ成立する表現で、演技術・テクニックの中には
自分で自分の心をどこへ持っていくか、という技術も含まれていますが、
結局、演技者も演出家もお客様に観て聴いてもらえるのは結果だけ。
ひどい本番を披露した後、「いやでも私たち人間性は良いんですよ。」と言い訳したところで
誰も何も喜ばないのが現実なのなら、レッスン、稽古の段階でも演出家は結果重視、
結果の具体性をどうこう言うべきでしょう。
人格、人間性の話しになったら誰にも、その演技者はもちろん演出家にだって
人間性の何たるか本当のところは一生掴めない実体の無いものなのだから。

正解が一つでないことを追い求めるからこそ、演技の場では具体的な言葉が必須です。

どこにも出口の無い悩みの種を、ただ感情的に俳優に、それも若い俳優にぶつけるのは
能力ある演出家のやることではないと思います。
演出家のダメ出しの言葉を真摯に受け止め考える、それは美徳ですが、
演出家だってピンキリ。仮に素晴らしい演出家だって人間なのだから時に間違えることだってあるでしょう。
出口の無い命題を悩み続けて萎縮して、自分で自分を追い詰めないでほしい。
その日良い演技ができなかったのは、その日良い演技ができなかっただけのこと。
それ以上でもそれ以下のことでもありません。
「一生じゃ足りない」

本番の現場でも稽古場でも毎週たくさんの方に会うのが常ですが
この時期、体調を崩している方が特に多い気がします。
健康には留意したいですね。

立て続けになってしまいましたが今週、
僕はお世話になった方お二人のために喪服を着ます。
訃報に接するたび、目をかけてもらい大変お世話になったのに
どうしてお元気なうちにもっと会っておかなかったのだろうと
後悔ばかりです。
現在一日仕事が休みになる日が二週間に一日くらいの割合で、
その休日も結局は仕事しているカンジなので、
また会いたい話したいリストは溜まる一方。
こうして人生がドンドン過ぎていってしまうことに
手も足も出ない毎日なのですが。

仕事がとにかく遣り甲斐あり充実していることと
最後にその方に直接お会い出来た時の思い出に慰められています。
自分と向き合ってかけてくれた言葉が声と共に甦ります。
励ましてもらいました。お世話になりました。

表現の道に生きる先人たちの言葉、
若い時聞いた言葉が今、大きな実感を持って不意に胸に響くことが多いです。
葛飾北斎は百歳を超えた頃の日記に
「今、画の描き方を学んでいる。」と書いたそうですが、
実感であり事実でもあったのでしょう。
「八十歳を超えてやっと少し分かってきた。」
「一生じゃ足りない。せめて二生欲しい。」
心の飛躍に身体が追い付かない、
生きていたいイコール表現していたい、叫びのようなものを感じています。
「1レッスンのボリューム」

現在、ヴォイス&アクターズ道場では
木曜 9:00〜13:30、13:45〜14:45、15:00〜19:30
土曜 11:00〜15:30、15:45〜16:45、17:00〜21:30
日曜 9:00〜13:30、13:45〜14:45、15:00〜19:30
の時間帯でレッスンを開催しています。

最初、例えば木曜なら前半のレッスンは9:30開始、後半のレッスンは19:00終わりと
していたのですが、参加メンバーが自主的に30分早くウォーミングアップを始めるのが通例になり、
後半はレッスンが乗ってきて「じゃ、最後にもう1回通して演じてみよう!」な展開が通例になり、
今では毎週、少なくとも一週間30時間はレッスンをしています。

どんな少人数、先日も風邪などで欠席が多く、なんと1対1での4時間半レッスンでしたが、
稽古場で試してほしいこと、こちらが伝えたいことはそれこそ山ほどあるので、
時間が余ることなどありませんでした。演技レッスンは心底楽しいです。

実質4時間半の1レッスンですが、例えば場面演技(シーンスタディ)では
全員がたっぷりの台詞量と様々な感情表現を求められる役であることを前提に
基本的に二組、多くても三組しか作らず、30分間前後の場面の演技をレッスンしています。
喜怒哀楽を出せない役はカウントしません。
毎レッスン喜怒哀楽の幅の大きさを体感してもらいます。

僕自身がこれまで様々な演技レッスンを受けてきて、演じる場面の短さや
役柄の演じ甲斐の不公平さが不満だった思い出が多く、あれこれ試して
今のこのスタイルを実行しています。
最初の30分は体操・発声練習などのウォーミングアップですが、その後の4時間、
演技をやっては見てまたやっては見てどうすれば良いか考えてまたやっては見て・・・
ひたすら演技し続け、考え続け試していきます。
レッスン案内のチラシには、「1レッスン中、一人あたり最低90分は演技し続けられる」と
控え目に書きましたが、実際にはそれ以上です。

同じだけやる気のある人なら、何度も自分の表現を試せる場に身を置いた方が成長が早い。
その実感から、これからもこのレッスンのボリュームは守っていこうと思っています。

http://yuichisato.com/
「シーンスタディ仕上げの前夜に」

シーンスタディ(場面演技)のレッスンで使うテキスト選びには
いつもたっぷりと時間をかけます。不公平感が無く、
どの役も感情の起伏を幅広く求められ、たっぷりの台詞と格闘できる役。
たいてい約30分間のシーンを繰り返し繰り返し演じますが、
その為の台本を選びながら自分一人で音読。全員の台詞の数と量も数えます。
「自分だけ演り甲斐の無い役を振られた。」
そう思われるのは絶対に避けたいからです。

木曜午前のクラスのシーンスタディは現在、井上ひさし作「太鼓たたいて笛ふいて」をやっています。
今年初めて台詞を覚えるという行為に挑戦し始めたばかりのメンバーもいるクラスで
ハードルの高さを懸念しましたが、そんな心配は無用でした。
初見でいきなり立ち稽古を始めた時は、各々が文字面を追うだけで手いっぱいでしたが
翌週からの立ち稽古では早くも言い回しに思いを籠める実験がそこかしこに見られ、
台詞に意識が向くとアイコンタクトが疎かになりがち、相手役との交流に身を任せると
台詞のタイミングがずれていく・・・こうしたいというイメージに自分の表現が追い付かないジレンマに
彼ら自身が苛立って、凹んで、そこからもう一回、もう一回と演技を何度も試みる様子は
見ていて清々しかったです。

長台詞との格闘も、ざっくり概念を掴む段階から今は一字一句、作家の要求通り
句読点で気持ちを変化させることにもこだわり、言葉言葉言葉に取り組んでいます。
改めて井上氏の紡いだ言葉の美しいチカラと共に、レッスンをやる楽しさを感じています。
そんな今回のこのテキストのシーンスタディ・レッスンも明日で多分終わり
(多分と書いたのは、演技の出来次第だから。必要あればもっと掘り下げます)。
初めの頃と明らかに変わった彼らそれぞれの役の姿が見られなくなる寂しさを感じています。
  
明日は朝9時から19:30まで、ウォーミングアップからシーンスタディ、ラジオドラマ収録、
台詞・ナレーション術、殺陣、時代劇の初立ち稽古と続き、
その全部に新潟から参加、10時間半レッスンした後22時まで自主練するメンバーもいます。
自分を変えたい向上させようとする思いを、モノの例えではなく本当に「熱」として稽古場で感じます。
その思いに応えたいし、また彼らが望むスキルを自分が持っていることを嬉しく思います。
明日はどんなレッスンになるだろう、こうしようああしようと考えるこんな時間が楽しく、
いつも通り明朝も稽古場に行きたくてウズウズしながら目が覚めそうです。

http://yuichisato.com/
「2月11日アトリエ公演」

道場は池袋駅徒歩10分に専用稽古場を持っています。

時間を気にせず演技がたっぷり出来るのも専用稽古場に依るところが大きいです。
本来のレッスンスタート時間の30分前には自主的に集まって、
ウォーミングアップ・発声をスタートさせるのが常になりました
(HP情報やチラシ、作り直さなくちゃ・笑)。

レッスン時間以外に、自主練をしたり、僕も参加して
レッスンとは違う台本に取り組んだり、メンバーが今度やる本番や
挑戦するオーディションの課題に一緒に取り組めるのも
気兼ねなく使える専用稽古場があればこそです。

道場では希望者に会場として貸し出し、アトリエ公演(稽古場公演)もやっています。
2月11日(水・祝)12時、16時開演で、
昨年から道場レッスンを始めたメンバーたちの自主公演をします。
作品選びからワークショップ、本番まで全て自主性に任せました。
口も手も出したくなるのを我慢しつつ。
萎縮させたくないので、レッスン後みんなが自主稽古を始めると
邪魔にならないようにそそくさと稽古場を後にしていました。
気兼ねなく使える場があって、いざとなればサポート出来る環境だからこそ、
自由にやってほしいと思いました。
壁にぶち当たったり思うような演技が出来ずイライラすることも含めて
自分にたっぷり時間をかけて楽しんでほしい。

昨日僕は、レッスン後稽古場の個室で、実際の仕事に取り組むメンバーの
演技コーチをしていたのですが、聞こえてくる稽古の声を耳にして
その演技の出来栄えと目指すところに嬉しい気持ちになりました。
アトリエ公演をもっとやりやすい環境を作っていきます。

2月11日、ご都合つかれたらぜひいらしてください。
http://yuichisato.com/



*ヴォイス&アクターズ道場アトリエ公演*
'14年同期と同期だけで創り上げていく同期との初舞台。はじめの一歩を踏み出します。

'14年同期公演...
「はじめの一歩」

【日時】
2015/2/11(水)祝
12:00
16:00

【場所】
ヴォイス&アクターズ道場
(池袋駅北口より徒歩約15分)

【布団から始まる】
脚本:あくまきち
演出:玉腰裕紀

いのいみーこ
牛腸侑志
清水めいり
福田あやこ
森広高

【不動産を相続する姉妹】
脚本:田辺剛
演出:いのいみーこ、清水めいり

玉腰裕紀
福田あやこ
くりはらさちこ

前売り当日共に\300

今回はオムニバスとなっておりますので、両時間とも2本立てでお送りします。

ご予約、お問い合わせは
yuiyui1573@gmail.com
までお願い致します。

皆様のご来場を心よりお待ちしております。
「楽園」

26日はヴォイス&アクターズ道場を創設された先輩・亀山助清さんの命日でした。
三回忌。会えなくなって二年という時間が自分にとって
あまりにもいろいろなことがあり過ぎて、もう二年、まだ二年、
どちらでもありどちらの言い方もピッタリとは来ない、感覚が麻痺している気がします。

楽園を作りたいと聞きました。

助清さんと飲む時はたいてい道場生や事務所の俳優、共通の友人が一緒で
案外二人きりで飲む機会は少なかったです。
吉祥寺シアターでの観劇後、駅前の居酒屋で二人で乾杯。
助清さんはディズニーのくまのプーさんの吹き替えも評判が良く、まさに脂が乗っていました。
後輩としてうらやましく話しを振ると、意外や演技のこと、道場のことなど
抱え込んでいらっしゃる悩みを率直に、実に真剣に話してくれました。

僕もこの時助清さんに打ち明けた話しは、未だに他の誰にも話していません。
僕にとって貴重な時間でした。

気軽に、自由に、でも本格的に、演技に励める楽園を作りたい
そう話してくれました。
「楽園」という言葉がその時の僕には突拍子なく聞こえましたが、
助清さんが真剣に話す熱に引き込まれました。
・演技を始めようと思っても、システム的に、金銭的に、気軽には始められない人が多い。
・演技を楽しむことは続けていきたくても、期限の制約、条件の縛りなどであきらめてしまう人も多い。
・プロになったからこそ、プロで居続ける為に、
 芸を磨いていなければいけないのに、その環境を持てない人が多過ぎる。

そんな「演技したいのに思うようにならない」あれもこれもを引き受けられる場を作れないか、
それが助清さんの云う演技の「楽園」でした。

あれからまだ数年しか経っていないのに、もう助清さんは旅立ち、二年も経ってしまった。
人間は人の声を思い出すというのは五感の記憶の中でも最も苦手だそうだけれど、
僕はあの時の助清さんの声を今でもアリアリと耳の奥で聴くことが出来ます。
「楽園」
やる気ある人なら誰でも受け入れられて、その人の夢・目的に合った楽しみ方が出来、
仕事や学業と両立出来ながらも、ここに来た時にはいつでもガッツリ演技が出来、成果を挙げられる。
夢みたいな話しだけれど、不可能な夢じゃない。
二年かかったけれど、それははっきりと分かりました。
僕は今毎週、人の夢と向き合っているのだ。光栄だ。僕も楽園を目指したい。
「はじめの一歩」

今週のヴォイス&アクターズ道場は通常のレッスンにプラスして、
11(水・祝)のアトリエ公演の稽古、レッスン生それぞれが出演する
三公演の報告やアドバイスの求めを受けて、実際の台詞のクリア出来ない点を
時間外に見て試行を繰り返したり、ナレーションのお仕事の案件に
レッスン生が挑戦したりで、なんだか一週間が5日しかないような週でした。
でも、こういう時特に、時間を気にせず演技し続けられる専用稽古場がある喜びを感じます。「
時間には追われ続けていても、ずっとずっと演技に集中していると、
本当に時を忘れる程です。

11(水・祝)12時、16時開演でアトリエ公演
「はじめの一歩」二本立て公演を行います。

「はじめの一歩」組には、僕は自分のスケジュールの空けられるところは全部伝えて、
要望があるのを待つ、というスタイルを取りました。
自分たちでやりたいという意思を活かしたいと思いました。

僕の経験値から言えることはたくさんあるけれど、それは最小限にして
自由に使える稽古場を活用して、僕がいれば10分で済むところを
30分も40分もかけて、ああでもないこうでもないと試行錯誤する・・・
それ自体が贅沢な経験に(きっとその時はそう思う余裕もないだろうけど)
なると考えました。
そんな環境で試行錯誤出来ること自体、珍しい。
それを知っているから、自分が若い時、こんな場があったら・・・を
これからも続けていきたいです。

'14年同期公演
「はじめの一歩」

【日時】
2015/2/11(水)祝
12:00
16:00

【場所】
ヴォイス&アクターズ道場
(池袋駅北口より徒歩約15分)

【布団から始まる】
脚本:あくまきち
演出:玉腰裕紀

いのいみーこ
牛腸侑志
清水めいり
福田あやこ
森広高

【不動産を相続する姉妹】
脚本:田辺剛
演出:いのいみーこ、清水めいり

玉腰裕紀
福田あやこ
くりはらさちこ

前売り当日共に\300

今回はオムニバスとなっておりますので、両時間とも2本立てでお送りします。



お時間ございましたら、ぜひご覧ください。僕も両回とも、会場でお待ちしています。

http://yuichisato.com/


「新稽古場の基準」

稽古場を会場にしてのアトリエ公演「はじめの一歩」
無事打ち上げました。
企画からバラシまで、メンバーの自由意思と自主性にまかせた公演。
創作のときめきも制作の苦労も両方味わえた公演。
サポート入るからねとは言いましたが、結局僕は離れた場所で待機ばかりで
彼ら自身でなんとかしようとし、実際実現出来て大変頼もしく感じました。
面白おかしいだけじゃない、苦しいことも含めて「演技の喜び」です。
それを体感出来る場の大切さを再認識しました。
 
ヴォイス&アクターズ道場は、現稽古場のあるビルの
老朽化による取り壊しに伴い、今年4月から
池袋駅より徒歩4分、今より1.8倍の広さの新稽古場に場所を移します。

亀山助清さんが開いた、好きなだけ演技を楽しめるこの稽古場を、
この環境を無くしたくない一心で、急逝された時継続を決心したのが
まだほんの二年前。まさか二年で老朽化により取り壊しが避けられない
状況になるとは夢にも思いませんでした。
道場というのは、場所のことを指すのでなく
そこに集う人の念、思い、精神のことを指して助清さんは名付けたのですが、
それでも、開いたその場所そのものが無くなるのは申し訳ない気持ちでいっぱいで、
移転の諸々に忙殺されることよりも、精神的にやりきれない気持ちに捕らわれたまま
12月はじめから現在まで過ごしてきました。

「はじめの一歩」公演に接して、自分の中で勢いが付いた気がします。
ヴォイス&アクターズ道場は今17年目。
助清さんの魂にも付いてきてもらい、新稽古場をOPENさせます。

俳優・声優養成所としては贅沢な設備を整えて、
やる気ある方が毎回それこそお腹いっぱい演技を楽しめる環境を今以上に発展させていきます。
「自分が若い時、こういう場が欲しかった。」を基準に。

http://yuichisato.com/
「のど声の向こうに」

本当の声って何だろう。

僕自身、若い頃演技をしていて
「声を作らないで。」、「それは君の本当の声じゃないよ。」
云われ続けてきました。
こんなに一生懸命演っているのになぜ?
繰り返すほどにいつの間にか、用意した言い方、セットされた声と共に、
感情までただ「なぞる」だけになってしまう悪循環。

・一人ひとりに手取り足取り時間をかけられない、
・アドバイスも抽象的な言葉しか投げかけない、
・繰り返し演技し変化を感じる時間的余裕がない、
一般的な演技レッスンのシステムでは上記状況が派生しやすく、
当時の僕も「上手くなりたければ自分で這い上がって来い。」なレッスンに
自分でなんとかしようと思い無我夢中で結果、
出口のない同じところをグルグル回るだけのような稽古に陥っていました。

上手くなりたければ自分で這い上がるしかない、それは事実だけれど、
這い上がりやすくなる為のサポートはもっと出来るのではないか。
若い頃、自分が遠回りをした経験から、
「あの時、こうしてもらえてたら」が僕のレッスンのいつもテーマです。

あの頃の共演者たちには申し訳ないことをしました。
演りづらかったと思う。
あの頃の自分の声、演技をどうすべきだったか今なら分かります。

道場で演技レッスンを始めた方にも、
演技するイコールのど声になりがちなことに悩んでいるメンバーがいます。
自分がまさに通ってきた道なので、ジレンマが痛い程分かります。
周りに気を遣うことが自分の中で標準になっていたり、
真面目に物事を考えるタイプに多い傾向。
相手への配慮が声に乗ること自体は、社会人として大いにプラスな長所です。
ただ、その発声が習慣化してしまい、「考えた声」がいつの間にか自分の地声だと思い込み生活をしてしまっている。
繰り返しますが、声で気遣いを感じさせること自体は美徳です。
ただ、弾けたり狂ったり自分本位な声もしっかり持っていてほしい。
ニュートラルな、何も考えていない時の自分の声の再現がいつでも出来る人でいてほしくてレッスンしています
(この項続きます)。

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「のど声の向こうに」2

同じ表現者でもダンサーや歌手と、俳優・声優が決定的に違う点があります。
・駄目な部分をさらけ出すことが求められる

基本、ダンサーや歌手は自分の「出来ること」を人前で披露するのが仕事です。
俳優・声優もそれは同じなのですが、違うのは我々に要求されるのは
自分の劣っている部分、イヤだと思っている部分も隠さず、盛らず、
等身大でさらけ出す(人間味を感じさせる)点です。

配慮のない態度、遠慮のない声、無愛想な顔、底意地悪い言動、
一般的な社会生活では疎んじられ、マイナスの評価に繋がる面、
自分の性格の好かない部分もさらけ出す。等身大で。
ダンスのターンや歌のビブラート等に比べると、それは分かりづらく、
リアルであればあるほどテクニックを感じさせず、ただその俳優が
本当にそういう人間であるように見えるだけの状態。
演技表現が教えづらいと云われるのも、上手くなればなるほど
技術を前に出さない、感じさせない性質があるからです。

ダンサーや歌手が出来ることだけを本番で披露するのに対し、
俳優は時に出来ないことをそのまま出すことが武器になる。
それにはまず自分の声の種類を知り、自分のどの声・どの話し方が
親しい人たちが聞いて「貴方らしい声・話し方」だと感じているかを知る必要があります。

それは人それぞれで、ここで一言で「こうだ。」と言い切れるものではなく、
だからこそ僕は「相手役のいる個人レッスン」を実践しているわけです。
自分自身が長い間、周りを気にした声、配慮を感じさせる声が
自分の地声だと思っていた経験とそれからくる身体性の特徴を詳しく説明、
その方の「演技用の声」の発声時チカラが入っているパーツに
実際に僕もチカラを入れて話して聞かせ、徐々にチカラを抜き、僕の普段の話し声に
近づいていく様子を体感してもらいます(すみませんまだ続きます)。

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「のど声の向こうに 3」

(つづき)では、のど声演技にはまっている方に具体的にどんなレッスンをすべきか。
十把一絡げに決めつけることは出来ないししたくもありませんが、
実践していることがいくつかあります。

自分の本当の声を探してもらう為に、あえてわざと〇〇に演じてもらうこと。
〇〇に入る言葉は毎回違います。
自分自身のど声で話すイコール演技だという、いつの間にか沁み付いてしまった
感覚の呪縛が長かったので、表現というのがプラスしていくもの、
普段の自分をさらけ出すのではなくどこか変えたものを見せるもの、という
刷り込みを自身に課してしまっている辛さが分かります。

人が聞いて「本音で話している」と感じる声を探してもらう為に
あえて〇〇風に演じてもらいます。ゲームのように。
アニメ声で演じるのが無意識のクセになっている方には
いっそのこともっともっとアニメ声で。
変身ヒロイン的声を作ることでそこから先
→その声を地声としてそこから喜怒哀楽さまざまな感情に声が飛ぶ。
そこには行けず、ただ作ったのど声の同じトーンで
「嬉しい」「悲しい」「淋しい」「アタマにくる」
日本語が分からない人が聞いたら同じ感情に聞こえてしまう
同じ声、同じ話し方の音の波を繰り返すことに無自覚だったり、
自覚してもどうしたら良いか分からない方に、
あえてもっと過剰に、のど声でやりたいように演技してもらう。

やりながら、さっきのテイクと今のテイクでその方の肩や首の緊張、
喉の締め付け方がどう違うか、僕自身の声と身体でやってみせて
違いを実感してもらいます。
僕が、その方の物真似をするのではなく、その方が演技している時の
身体と声の状態の物真似をするのです。
性別や年齢が違っても、テイクによる身体の変化が声にどう影響するかを
つぶさに感じてもらうことによって、それを合間に挟みながら
時に即興も交えながら、今よりもっと過剰なのど声演技を試みて、
その揺り戻しで、同じ場面をリラックスして演じる楽しさへと繋げていきます。

実際のオーディションやリハーサルでも、演技が上手くいかない俳優に演出サイドが
「今よりも30歳年齢が上のつもりで演ってみて」
「歌舞伎風に話してみて」など揺さぶりをかけることがよくあります。
僕自身、昨年のある撮影でも
「本当は死んでいるのだけれど、自分が死者であることに気が付いていないような
話し方で(同じ台詞を)話して」と監督に云われました。
そういう時、役者は燃えます(笑)。

僕はのど声演技を否定しません。それが求められる時も有効な時も大いにあるからです。
のど声演技が有効な時は、それ以外の声からのど声に演者が飛べる時です。
非常に多くの場合、演者の声が変わるからお客様は演者の心が変わったと感じます。
少人数で、一人あたり1レッスンでどんなに少なくても100分間は
一人の人間が演技をし続けられるシステムだからこそ、あえて寄り道回り道で
わざとらしい方向の演技を掘り下げてみる。
寄り道が近道になることも多々あり、演技コーチの面白さと難しさを毎週痛感しています。

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「変わり続けるから変わらずに見えるもの」

今年も3月11日が近づいてきて、当日までの間
いたたまれない気持ちを反芻していました。
あの頃の自分がどんなだったか上手く思い出せない。
見聞きした様々な事の詳細は事細かに甦るのに
その時自分の心がどうだったかは今でもピンときません。
毎日目先の事にはきちんと対応しようとしていたけれど、
現実を、どこかビニールのシート越しに見ていたような気がします。

2011年3月11日からの二年間が自分の人生で最悪の時期でした。
たくさんの方を失いそこに順位など付けられないけれど、
自分が生きていて、いつでも泣きつき安心して頼れた方々を
続けて亡くした時間でした。

もっと伝えておけば良かった。
僕自身が嫌いだったりコンプレックスに感じている僕の「部分」を
貴方が受け入れ認め面白がってくれたおかげで
どれだけ僕が、生きることが楽になったかを
生きてくれているうちにもっと伝えておけば良かったです。

貴方のことを思い出す度に、つっかえ棒のように
僕がその言葉に今でも何度でも新しく支え直してもらっていること、
届いていれば良いなと思います。
もう頼れないし、見守ってくれなくてもいい、
大丈夫だと伝えたいです。

15日の日曜に「助清さんを偲ぶ会」を開きました。
三回忌の今年も70名を超える方々が集まってくださり感無量でした。
ご遺族や助清さんとお仕事をされた方々に今のこの、あの頃と変わらぬ
稽古場を見てもらえて嬉しかったです。見納めになります。
助清さんが亡くなられた時、あまりにも惜しくて人と場所の両方を守りたいと思いました。
生きてきてあんなに途方に暮れたことはなかったけれど、
守りたいという一点で自分を持ち堪えていた気がします。

場所に関しては結果、二年しか守れませんでした。
ビル老朽化による取り壊しとはいえ、不甲斐無く心苦しいです。
やりきれない気持ちを、移転する新しい稽古場の環境を整え、
先々結果的には移転して良かったと思ってもらえるようにするしかありません。
そうしなければと改めて思いました。

「道場というのは場所のことじゃなく、そこに集まる人たちの思いのことなんだ。」
以前、助清さんが話していたそうです。
変わらざるを得ないものもあるけれど、
それでも変わらずにいる。
変わり続けているから変わらずに見えるものもあると集まってくださった方々から教わりました。

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「自己PRの季節に」

僕自身普段から毎週誰かしらに自己紹介・自己PRを
し続ける生活を送っていますが、年が明けてから2月〜4月上旬まで、
特に自己PRに特化したレッスンを依頼されることが多いです。

映画・舞台等企画のオーディションの為、
プロダクション・養成所合格の為、
就活活動の為、
新管理職デビューで部下を抱えることになった方の対策の為等
理由は様々ですが、芸能界、社会人だからと違いはなく、
有効な自己紹介・自己PRの方向性は一緒だと僕は感じています。

僕自身、長い期間、仕事で自己PRをする側と聞く側両方を
それこそ毎週ミルフィーユのように交互にし続けているからこそ
見えている、見えてきたものが多いです。

ヴォイス&アクターズ道場は専用稽古場があるので、この時期特に
時間外の個人レッスンを多く入れています。
定額月謝制なので、もちろん追加料金は派生しません。
僕も稽古場も良い意味で自由に「いいように利用して」ほしいと思っています。

今週は通常のレッスン以外、
月曜火曜水曜金曜と自分の本番の合間や後に連日個人追加レッスンをしていました。
通常レッスンでも毎回補講や終了後の時間を使ってレッスンしていますが、
今週のように、お互い合う時間帯を合わせ、こちらが19時本番終了後、
レッスン生が22時までリハーサル後の22:40に稽古場に集合して
そのままレッスン生の集電まで
(僕自身はこういう時の為に稽古場から二分のところに越しました・笑)、
1対1でレッスンしていると、自分の本番後だという肉体的疲れとは別に
精神的高揚を大きく感じます。

僕はかつて自分自身の演技の向上の為だけに、勉強もしたしどんな経験からも
何かしら学ぼうとし続けてきました。
そこに迷いは無かったのですが、自分の加齢と共に求められるものや意識に変化が出て
現在は自分が得た知識や経験を、他の方の表現力向上に役立てられることに
大いなる遣り甲斐を感じています。自分でもビックリするくらい遣り甲斐を感じています。
自分の稽古場があり、自分の指導を欲してくれる方がいる喜びは僕には格別なものです。
時を忘れます。

具体性、恥、同性・同世代からの支持と嫌悪、ヒトが相手に共感する5つの要素等
キーワードやポイントはたくさんあるのですが、大事なのは個々の実状や個性に対応すること。
レッスン内容は一言でこうすれば必ず良い!と一般論で言いきれるものではなく
全てのケースがレアケースです。
通常レッスンも「相手役のいる個人レッスン」を実践しているので
自己PRの個別レッスンは更にそれを推し進めるのが自分自身への課題です。
自分自身の伸びしろをまだまだ感じられるのが一番の原動力になっている気がします。

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「細部と全体像」

ヴォイス&アクターズ道場では、レッスン生がレッスンで感じたことを出したい時、
日記の形でアップしています。
強制ではないので書かない方もいますが、自分が何を感じているか、
自分の心境の変化を言葉にするのはとても良いことで、お勧めしています。

毎回の演技レッスンは一生懸命やればやるほど、
自分のイメージと実際の表現のギャップに凹み、漠然と自身を責めてしまう人が多いです。
僕自身そうでした。
あっちぶつかりこっちでドツボにはまり・・・ジグザグデコボコばかりの人生だった気がします。
でも、不思議と今振り返ると、真っ平とはいかずとも、思ったより真っすぐな道に見えるから生きているのは楽しいです。
自分でも自分が分からないことが多いからこそ楽しい。
その時々の自分への不満も言葉にしておくと、自分が何をしたいのかが見えやすくなるし、
自分の発した言葉が、忘れた頃自分を励ましてくれることも少なくありません。
夢に向かっているのだから思うようにいかないのも落ち込むことが多いのも当たり前です。
意味のある凹み方を手に入れ、自分への励まし方も上手くなってほしいと思っています。

日記を書いてくれたメンバーには僕から必ずひとことを添えています。
まぁ一言ですまないのが僕の悪いクセなのですが(汗)。
ひとつやり取りを紹介します。よかったら読んでください。




「いじめないこと」(いのいみーこ)
おはようございます。月組のいのいみーこです。

わからないからこそ、自分の演技を漠然とダメだと判断してしまう。これは自分を自分でいじめている行為だと教わりました。

近年、録音や録画を気軽に出来る機械がたくさんあります。道場では自分の演技を録音、録画して、あとで振り返るという作業を推進しています。

録音や録画をすることによって、より鮮明に自分の演技を振り返れます。
そこで、細かく自分の演技の良かった点、悪かった点をみつけて、どうすればより良くできるのか考えるのが、効率的な反省の仕方だと教わりました。

実際に私は漠然とセンスがないことに悩んでいました。しかし、センスは磨くもの。
この一年間でいつの間にか磨かれていました。
初見の台本で何度か同じ語尾が続くものがありました。それを無意識にすべての語尾の置き方を変えようとしていたみたいで、祐一さんに褒められて初めて気がつきました。

このように今は他人の演技を真似することしかできなかったとしても、それがいつの間にか自分の中に染み付いて、自分のものになっています。
それに気づけて、少しだけ自分を認めることができました。
これからもたくさんの作品に触れて、センスを磨いていきたいです!



【祐一からひとこと】

日記ありがとう。
演技の到達点て、唯一のゴールなどないものだし、
元々上手くなりたくて精進しているのだから、自分には点を辛くしがちだし、またそうあるべきです。
ただ、漠然と振り返ると、やみくもにいたずらに自分をダメだダメだと責めるばかりになってしまい生産性が落ちます。

反省するなら
「あそこでもっとブレスをちゃんと取れば、その後の台詞を一気に言えて感情を爆発させやすくなる、間も生きる。」、
「台詞『〇〇のところを〜』の部分、母音が『お』の音が続くから滑舌が悪くなりがち。『ところ』の『と』の音が特に流れやすいから、言い直す意識を持とう。」
など、具体的に具体的に振り返り、そこをピンポイントで直していけば結果、演技全体を良くすることが出来ます。

一生懸命やっているのは間違いないことだし、事実上手くいっているところもいっぱいある!
漠然と全体を反省すると出口の無い袋小路で、ただ自分を責めるだけの時間になってしまう。
上手くいっているところまで一緒くたに自分をいじめないでくださいね。

細部にこだわることで必ず全体像が変わっていきます。
昔より気軽に録音・録画が出来る時代だから活用するのは良いことです。
プリクラの機械普及後、集合写真でシャッターの瞬間、自分だけまばたきしちゃう子が極端に減ったといいます。
機械の発達は一般の人たちの映る意識も変えました。
彼らの芸能に対する要求も確実に上がったんです。
ちょうど、カラオケが普及する前にいた「歌が極端に下手なアイドル」が
今では、少なくともピンでは決してデビュー出来なくなったのと同じです。
便利になった分、観客の要求も高くなる。

自分の良いところは大いに認めて、「もっとこうしたい!」を具体的に持ち続けてくださいね。



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「新稽古場移転OPENしました」

今までの稽古場ビルの老朽化による取り壊しに伴い、
池袋駅徒歩4分の新稽古場に移転OPENしました。
ヴォイス&アクターズ道場が出来て17年。
その大半の時間を刻んだ稽古場を離れるのは強烈に淋しく。
音声ブース移築も終わり、文字通りガランと空の状態になった稽古場に
時間も忘れて立ち尽くしていました。
2013年1月に設立者の亀山助清氏は亡くなってしまいましたが、
4月末、新稽古場への移転が完了した時、
僕の中で改めて、というか多分初めて
助清さんの死を受け入れた気がしました。
もちろん助清さんと道場はこれからも一体で

新稽古場でも、全体を見渡せる場所で見守り続けてもらいたいです
。



僕は演技という表現に魅せられ、自分の演技を磨きたく訓練と経験を積んできました。
自分の為だけに勉強、吸収してきたこと
が、他の方の夢の為の役にも立つことを知り、
今はそれを求めてくれる方たちにじっくりレッスンすることにより、演技が目に見えて変わり
オーディションに通りやすくなり、活躍の場が広がっていくことに大きな喜びを感じています。
それは、今まで生きてきて一番の喜びです。ごく自然にレッスンの度毎回そう感じています。
新しい稽古場になり、良いレッスンをしていこうと改めて強く思っています。
新稽古場は池袋駅東口(西武やPARCOのある方です)から徒歩4分、
豊島区役所のすぐ近くです。
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アフレコやオーディオドラマの音声ブース稽古場の二つの専用稽古場があります。
シーンスタディ用稽古場は天井をぶち抜き、バトンを這わして
アトリエ公演がやりやすい環境にしました。
4間×3間半の演技エリアが実寸で取れます。
東京の劇場で言うとシアターサンモールクラスの舞台面になります。


新稽古場でそれぞれがどんな演技を見せてくれるのか、
自分の中に眠っている声や表情を解放してくれるのか
楽しみで楽しみで堪りません。
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「挙手制の効果」

ヴォイス&アクターズ道場は、特に入所の季節を限定していません。
仕事や生活の都合は人それぞれで、入所時期を限定することで
せっかくやる気になった気持ちが削がれるのを避けたいのと、
入所時期を同じくして一律の指導をせずとも、
各人の経験値や進行具合に合わせた指導が出来る
少人数制レッスンを維持しているからです。

全くの初心者の方にはそれこそ
「なぜ発声練習が必要なのか」から説明し実践していきますが、
同時進行で、普通初心者にはやらせない質と量の台本・役も
用意するようにしています。

・これから演る表現がどんな印象を周りに与えるかを自分で選べること
・その選択した演技を何度でも新鮮に繰り返せること
この二つを目指してのレッスンですが、人には伸び時というものがあり、
スタートダッシュで「演じることに慣れる」ことも大切だと感じています。

その際、真面目な方ほど、思うように台詞が覚えられない、
台詞を話すと動けなくなる、感情を一定の幅しか出せない・・・など
壁にぶつかる自分を責めがちです。
いたずらに追いつめるべきでないので、基礎訓練と併行して
なぜいきなり実際の台本演技をやらせるのか説明しています。

シーンスタディのレッスンでは
初見本読み→半立ち(台本を持ったまま演技する稽古スタイル)の翌週には
台本を離し立ち稽古に入ります。
一般的な演技レッスンでやらせる短いテキストに比べて、三倍はボリュームのある台本、
感情の大きなアップダウンが必ずある役を演じてもらいます。
そんなの初体験の方は当然覚えきれません。それで良いのです。

一週間の間、自分で自分にどれだけの質と量の手間暇をかけてやったかは
その方自身にしか分かりません。大事なのは
「このくらいの手間暇を自分にかけてやると、人前でこのくらいのことが出来る」
現在の自分の基準を早く掴むことです。
だから、立ち稽古で台詞を忘れても、本人が思い出せそうなら待ちます。
相手役も集中を切らずに待つこと自体、良いことだと思っています。
仕事で演技する時、台詞が出てこない俳優にはプロンプ(台詞を教えること)が
飛びますが、ウチの稽古場のレッスンでは、プロンプは挙手制。
覚えたはずの台詞が出てこなくても、ストーリーのアウトラインは分かっているはずだから
アドリブやそれらしい即興ででもなんとかして場面を繋ぐ。
いきなりの荒修行ですが、演技が停まっても誰も怒りません。
思うように台詞が出てこないジレンマは誰より本人が感じていることだから。
度胸試しの効果もあり、そうやってなんとか物語の中に入り、相手役とコンタクトを取ることで、
役の人物の次の感情がだんだんと出やすくなっていきます。
気持ちの折れを感じる最短距離として、このレッスンは有効だと感じています。


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「スナフキンの手紙」


俳優の西本裕行さんが旅立たれてしまった。

4月23日初日の舞台の稽古も大詰めの19日。
そして6月にもご公演を控えていらした。
責任感の強い西本さんだから、きっと関係者に申し訳ない思いを
抱きながら旅立たれたのではと、無念に胸が痛むが、
88歳で出演作が目白押しの、まさに現役として俳優人生を全うされたのは
なんという幸福な一生だろうとも心から思う。

客席から羨望の眼差しで拝見するばかりだった西本さんを、
初めて舞台や画面以外でお見かけしたのは1991年の早稲田銅羅魔館の客席、
撮影中亡くなってしまった俳優を追悼する芝居を食い入るように見つめられていた。
靴を脱いで上がる小劇場の客席空間に、黒づくめのファッションでいらした西本さんは
終演後若い出演者に率直に感想を語られる謙虚な振舞いとは別に
立ち姿に場を制するような空気感があり、
あんなに普通に、むしろ静かにおとなしく振る舞われているのにと
存在感の大きさに圧倒された。

1999年のこまつ座「雪やこんこん」ご出演を控え、
和物の所作を習いたいと根布谷舞踊研修所へ足繁く通われた。
稽古場で「新入りでございます。」と深々と頭を下げられた。
稽古後、着替え談笑しながらふと見ると、西本さんが黙々と
雑巾がけモップがけの掃除をなさっていた。
やらせてくださいとおっしゃる西本さんの手から
トンでもないとモップを引き剥がす引っ張り合いの手の感触を今でも覚えている。
演技について、今思うと冷や汗どころではすまない拙い質問をたくさんしたが、
いつも真摯にまっすぐ答えてくださった。
僕が演技をなぜ続けていくべきかを語ってくださった言葉を忘れない。
西本さんが、僕に分不相応な言葉をかけてくれたことが今でも心の大きな支えです。

演技に臨む豊かな背中を見せてくれるだけでなく、びっくりするほど真正面から向き合っていただいた。
指針となるような大切なことをたくさん示していただいた。

素晴らしい演技の数々、挙げはじめたらそれこそキリがないが、
ソーントン・ワイルダーの「わが町」三幕の息子の思い出を語る台詞。
ほんの数行の台詞があんなにもたくさんの情報を与えてくれ、芳醇な時間が
観終わった後も胸の中で育つ思いを体験させてくれた。後で台本を読んで、
優れた演技に触れられた感動と実際の台詞量の少なさとのギャップに
俳優の魅力をまざまざと魅せられた衝撃。
あれからもこの先も同作品観劇のあの場面で僕の心はタイムスリップし続けるだろう。

作家への尊敬、演出への信頼、相手役と共に活きるとはどういうことなのか。
物語を伝える、作品に奉仕する、俳優の魅力を教えていただいた。
何より西本さんの、普通でいることの格好良さにこれからも憧れ続けていきたい。合掌。


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「ピッチとテンション」1

映像でも舞台でも声の仕事でも、
リハーサルで演出家が出演者にリクエストする時、
こんな風に演ってほしいと口立てで演出家自らが声を出し
演じてみせることがよくあります。
たいてい上手いです。
こう演じてほしいというイメージを演出家自身が声にしているせいもありますが、
相手役や台詞細部への配慮、正確性など俳優の演技の足をすくう要素に気を取られず、
自分のタイミングで自分の生理で、断片を演じているので上手に見えるのは当然です。
自分が演出の現場で、俳優への演出時名演技を見せる演出家が
他者の演出下、どんな役でも演じられるわけではない理由がそれです。

自分がこうしてほしい「理想」を口立てで伝えるのは、
音でも聞ける分わかりやすく有効ですが落とし穴もあります。
云われた俳優側に、演出家の真意を読み取る日本語のロジックがないと、
単なる口真似になってしまい、演出家の話すクセまでもコピーしてしまいます。

台詞の届け方には、ザックリ分けて
ピッチ・アクセントとテンション・アクセントと呼ばれる話法があります。

テンション・アクセントは英語での演技レッスンでは「アタック」と呼ばれることもある話法で
(細かく言うと「違う」のですが、まぁザックリと言えば、です)
語頭に勢いを持たせて声を張る、相手の台詞に食い気味で入る、
語尾を力むことで感情を入れる・・・等が特徴です。

ピッチ・アクセントは言葉の抑揚をコントロールすることで
台詞の真意や俳優の解釈のニュアンスを滲ませ、感情を感じさせる話法を指します(この項つづきます)。


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「ピッチとテンション」2

(つづきです)僕自身、若い頃はテンション上げ上げで、上げたテンションの吐き出し方として、
勢い勝負の力任せの台詞ばかり繰り出していた気がします。

舞台観劇をしていて、出演者が大声でまくし立てていて、
音量的には興奮してもおかしくないはずなのに
なぜかあっという間に眠気に襲われてしまったことはありませんか?
あんなに一生懸命、台詞を言っているのに申し訳ないなと思いながら、大声でまくし立てる話術だからこそ
声の高低の幅が狭められ、音量も大きい同レベルが続き、感情の起伏や台詞に作家が込めた思いとは別の
短い間隔で、つまり俳優自身の肉体の都合重視でブレスを取る・・・その悪循環が
「テンションの高い棒読み」と呼べてしまうような単調な演技のリズムを作ってしまい、
汗や唾を撒き散らしながらの熱演であるにも関わらず、観客席との温度差が広がってしまい、
お客様が置いてけぼりを食うような演技を多く観てきました。
自分自身もそんな本番を現場に置いてきてしまったことがあり、今でも反省しています。

熱演が悪いと言っているのでは決してありません。逆です。
俳優に熱があって初めて観客に届くものがあると思います。
ただ、熱演の「熱」を「力み」と混同させ、コントロールなしでただ力任せに勢いを押し付けては
ニュアンスが飛んでしまい、俳優の解釈や感性が届きにくくなってしまう。それが惜しくて惜しくて堪りません。
どんなに練習したピアニストでも、一曲丸々全部フォルテッシモで弾いてしまっては
その音楽の素晴らしさよりも演奏家のある種の痛々しさが先に伝わってしまうのに似ているかもしれません。
時に、演技を大きくする小さくする作業を声の大小のことだと実行する俳優がいますが、
演技のベースになる音量全体を上げてしまっても、演者の体力の消耗ほど、観客の印象は変わりません。
あんなに一生懸命演じているのに勿体無い・・・かつての自分を見るようで客席で胸が痛むことがあります。

一度の短時間で大勢を相手にするレッスンでは、講師も各個人が熱演モードに入った時に、
それぞれの肉体やメンタルのどこにスイッチが入るか入りやすいかをつぶさに考察、情報を本人と共有して
次のテイクではここをこうしてみよう、ああしてみよう、繰り返し熱演のスイッチの入れ方の違いを試す余裕はありません。
僕が少人数制の時間がたっぷりあるレッスン方法に可能性を感じるのもそんな理由が大きいです。

先日出演したテレビのトーク番組でも、この
熱演の質や演技を大きく・小さくするって具体的にどういうことなのかを
実演を交えて話させてもらい楽しかったのですが、
オンエアではカットされていてちょっと残念でした(仕方ないことなのですが)。
出演者だけでなく、スタジオの観客席でも大きく頷く顔が多く見えたのがとても嬉しかったです。

俳優が演技レッスンをする利点として、演出家が行うような「こうしてほしい例」だけでなく、
なぜ今のテイクの演技が上手くいなかったのかのポイントを再生して見せて、
「本人がこうするつもりじゃなかったポイント」も具体的に見せられることが挙げられます。
これからも論理よりも実際に体感出来るレッスンを続けていきたいです。
演技は楽しいし、伝わるって嬉しいです。


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「五人が選ばれて」

ヴォイス&アクターズ道場では、レッスンしながら
希望者は芸能活動の案件にも挑戦出来ます。
もちろんほとんどの場合オーディションがあり、それを突破しなければ
本番にはなりませんが、それはプロとしてデビューした後も同じです。
レッスン期間に関わらず、受けられるチャンスにはドンドン参加してほしいと
いつも思っています。

オーディション会場での挑戦もありますが、1、2テイクの限られた時間ではなく、
長いテイク演技しているところを見て判断したいとスタッフが稽古場に訪問、
実際のレッスンをそのまま見てもらい決まった本番もいくつもあります。
その際も、通常のレッスンの流れと違うことをしたり盛ったりはしていないので、
ボリュームあるシーン演技を見て選んでもらっていることは
僕自身にとっても毎回大きな喜びです。

先週はある映像作品の選考に道場から五名が希望、選考していただき
五名とも出演決定の嬉しい報せがあり、製本台本が五冊届きました。
出版物のように美しく製本された台本の出演者欄に
おそらく、この文章を読まれている方どなたにも名前をお伝えしたら
「ああ!あの・・・」とツーカーで返事していただける有名俳優、ベテラン俳優の方々と
並んで、フルネームの役名の下に道場のメンバー五名の名前が連なっているの、
しみじみ嬉しく眺めていました。

僕は東京に出て来て数年演技を学んだ後、エキストラの仕事からキャリアを始めました。
台本ももらえない、当日の撮影スケジュール表も渡してもらえない現場が多く
(最近はエキストラの方にも進行表等渡す現場が多いです。てかその方がスタッフも
仕事しやすいはずで、なんで昔は渡さなかったんだろう・・・謎)、
夢に見ていた「現場」に来ても、蚊帳の外感が強く、どこか卑屈になりがちな自分がいました。

台本をもらえるようになり撮影スケジュール表ももらえるようになった嬉しさは
いきなり華々しくデビューした方には分からないものかもしれません。
僕は初めて製本台本に自分の名前が印刷されていた時、大感激しました。
役名も「男1」や「警察官B」から、「山本」や「石崎」など苗字の役名になり、
「山本一成」や「石崎義男」など姓名両方揃った役名が印刷されている下に
自分の名前があった台本を手にした時、嬉しくて泣きました。

TVドラマのテロップで、初めて役のフルネームで僕のクレジットが出たのを見た友人が
それを喜んで電話口で涙声になった声を今でもはっきりと思い出すことが出来ます。
その友人は亡くなってしまいましたが、今でも折に触れてその声が聞こえます。
隣りにいるような気がします。

レッスンを始めて間もなく、ましてや現場で長く疎外感を味わったこともなく
フルネームの役名の下に自分の名前がクレジットされている製本台本を受け取るのって
僕は経験しなかった気持ちです。伝わってると良いな。
押しつけがましいことはしたくないけれど、嬉しさを共有出来たらと思っています。


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「勝手に来るのに追いかけると逃げるもの」

先週土曜の「俳優のためのアレクサンダーテクニック」レッスンでの
シーンスタディ時、みんなで自我と役の目的のバランスをいろいろ試している中、
役の台詞の中のある言葉が俳優自身の記憶を喚起させて
ねずみ花火が弾け飛ぶように湧き溢れる感情がコントロール出来なくなったメンバーがいました。
演技後、恥じるように反省するメンバーに倉持講師が
「感情が溢れ、溺れかけてもその中から自分の意思で
台本の内容に、演技の場に戻ろうとしていたことが大事だし、美しいこと。」
とサポートしていましたが、僕も全く同感です。

何があっても、僕が開かれた稽古場で演技探求の時間を持ち続けたいと思うのも、
こういう瞬間に立ち会える喜びがあるからです。
感情って自分でもどうしようもないくらい、思わぬ時に勝手に来るのに、
こちらが求めて追いかけるとスルリと逃げて距離を取ってしまうもの。

役の感情に溺れることイコール充実した演技ではないけれど、
役を生きるのに有効な感情が、自分自身の内から溢れ出て、
自分の体験・記憶から来る感情に突き動かされているというのに
台本の指定通り作家の紡いだ言葉を話し演出の希望通り動けている・・・

話していること動いている動機は役の目的の為なのに
内面は自分自身の感情に突き動かされている状態。
その至福は巨大なもので、僕の場合、それを体験して以降
自分という人間との付き合い方が前よりもずっと楽になった実感があります。
それは微妙なバランスで、次のテイクでは今度は感情を待ってしまったり、
置き換えの作業そのものに没頭してしまったり・・・
何もかも上手くいく本番なんて、どんな名優でも一生に何度あるのだろう。
でも求め続けていれば確実にレベルを高く維持することが出来ます。

自分を使って、同時に自分と闘って、瞬間を選択している演技を見ると
僕は感動するし、この稽古場を共有出来た喜びを大きく感じます。

日曜に道場メンバー二人が舞台公演を終え、今日別の舞台に出演のメンバーも千秋楽。
別のロングラン作品では春からの長い本番期間を乗りきったメンバーが今日神奈川で大楽を迎えます。
稽古と公演で感じたあれこれを記してくれたメールを読みながら、
素敵な楽日を迎えてほしいと心から願っています。


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「自信と謙虚のあいだ 1」

大滝秀治さんの生前の様々な御発言を、
それを聞いた方のエッセイとして集めた本の中に、
役者に必要なこと、として
「自信と謙虚のあいだ」
という言葉がありました。

謙虚の下をいくと卑屈になり、自信の上をいくと自惚れになる。
俳優の自意識のあり方のバランスを取ることの難しさについての言葉です。
大滝さんの舞台は遺作となった「帰還」はもちろん、
降板された「うしろ姿のしぐれていくか」も含め、
可能な限り観続けてきましたが、自分自身が年を取っていくにつれて
「自信と謙虚のあいだ」
この言葉が身に沁みるようになりました。
難しいバランス・・・でも必要な意識だと感じます。

僕が大滝さんと御一緒させていただいたのは
22年前のTVドラマ。
当時、もうリハーサルをやらないTVドラマが多くなっていた中、
この局の連ドラには珍しく(?)ガッツリとリハーサル。
それも大滝さんの達ての御希望だとマネージャーから聞いて
渋谷ビデオスタジオの5階に出かけました。

船で行方不明になった大滝さんを見つけ助けた漁師が僕の役。
自宅に連れ帰ったところを持て成してもらいちょっとした宴になっている場面。
舞台でも映像でも普通、飲食のシーンでもリハーサルはモノがある「つもり」でやったり、
紙コップと紙の皿を並べて、高級レストランの場面を稽古したりするのもよくある事です。
でもその時のリハーサルは、おそらく大滝さんの希望だったのでしょう。
リハーサルなのに、いわゆるパーティー料理、オードブルや
空き瓶ではなく本当に中身が入った酒類が用意され、
本当に「・・・これから打ち上げ飲み会?」状態でした。

大滝さんはキャスト・テーブルに座って、台本を抱きしめていました。
悩んでいるような怒っているような考え込んでいるようなお顔。
握りしめた台本を開くわけでなく、もう覚えきっている台詞たちを
頭の中でそらんじている様子でした。

スタッフが発注したパーティー料理の大皿数々には
テリーヌやスモークサーモン等洋風のおしゃれオードブル。
大滝さんはそれが気になるようで、もっと家庭料理、漁村の漁師料理、
せめて和食を用意出来なかったのかスタッフに確認していました。
場面の演技的には、激しく口論するシーンなので、演技中飲食する
時間的余裕は全くない場面です(つづきます)。


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「ハードとソフトと・・・」

稽古場の大掃除も終わり、今日が仕事納め。
1月は4日から仕事でなんだかあわただしいですが、それでも年末、
今年の感慨があります。

今までの稽古場がビル取り壊しに伴い立ち退きとなり、
4月22日に池袋駅東口徒歩4分の新稽古場に移転しました。
108�屬砲覆蝓▲掘璽鵐好織妊M僂妊▲肇螢┯�演も出来る稽古場と
アフレコやナレーションを本番と同じ流れでレッスン出来る音声ブース稽古場の
二つの専用稽古場が常時自由に利用出来る養成所になりました。

ハードだけでなくソフトももちろん大切。
レッスンしながら自由にプロの芸能案件にも挑戦出来るシステムが整い、
美輪明宏氏演出の「黒蜥蜴」はじめ多くの舞台にレッスン生が出演、
声の仕事や顔出しのTV出演も相次いで嬉しい年になりました。
年末年始はBS五局開局15周年特別番組
「バック・トゥ・ザ・21世紀〜気づけば未来があふれてた〜」。
五つの章に分かれ、それぞれがドラマ仕立ての二時間番組で、
「仕事」、「女性」、「怪物」、「東京」、「時間」というテーマ別の番組の内、
第一章「仕事」に松井聖香さん、
第二章「女性」に清水雅子さん、
第五章「時間」に田染尊章さん、田村哲也さん、森広高さんが出演しています。

今年5月にレッスンを開始するまで全く演技経験がないメンバーもいて、
初めてのTV出演が決まり主人公に延々説教(?)する台詞の多さに
本人は驚いていましたが、台詞がお腹に落ちるまで徹底して稽古場で
リハーサルした甲斐あって、本番ロケは予定より2時間近く巻いて終了。
堂々と演技を披露してくれて大変嬉しかったです。

僕自身が若い頃、どうしたら芸能活動が出来るようになるのか皆目分からなくて
実体の無い話しに騙されたり、お金を取られてしまったり様々な経験をしてきました。
今だったらあの時に自分がどうすべきだったかよく分かります。
ギャランティについても、レッスン生だからという考え方ではなく、
プロダクション所属俳優と同額。ジュニアランクで来た案件で撮影1時間で終わった場合でも
出演者手取りが一万円を優に超える金額を渡せている現状を嬉しく感じています。
過去に別の養成所やプロダクションを経験してきたメンバーから
驚かれるのが秘かな(?)喜びです。

それらセールスポイントをもっと発信していくべきだと思いつつ、
毎回のレッスンにエネルギーが向いてしまいつい後手後手になるのが反省点。
でもそれほど毎回のレッスンが内容・展開とも手応えがあり楽しくて、
メンバーの伸びしろを感じることが毎週何よりの楽しみになっています。
良いレッスンにするため常にあれこれ考えることで
自分自身の伸びしろを実感出来た2015年でした。


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「目標と足かせと」

舞台・映像の芸能案件が毎週入って来る中、
道場を主宰していて公平感を絶えず気にしています。
芸能案件の情報提示は道場生全員に平等に。
以前撮影参加したスタッフから指名でスケジュール確認が来た場合を除き、
基本的に作品のオーディションには誰でも参加出来ます。

ただ実際にレッスンに毎週熱心に参加しているのに
芸能案件に挑戦することに消極的な方について不思議に思っていました。
興味ありやりたいと普段話しに来てくれるのに、いざとなると。
TV出演も舞台公演も強制することではないので無理強いなどしませんが、
「この案件、キャラクターがピッタリだし演技的にもイケるのに・・・」と
思うこともしばしば。
芸能デビューしてもすぐにレギュラーの座を掴んだり、
経済的に安定出来ることはなかなかありません。
だからこそ仕事や学業との両立しやすさも道場の変わらぬテーマとしていて、
芸能案件に挑戦しやすい環境にしているのになぜだろう、と。

そうした生活の都合とは別に、芸能案件に二の足を踏みがちな方の傾向として
「今はまだ・・・」という方が多いです。
僕自身、ずっと演技の道に進みたいけれど、容姿にも実力にも自信がなく、
いつかいつかと思い続けていたから彼らを笑うつもりは毛頭ありません。
それどころか、いざ出演のチャンスが来ると
「自分なんかまだまだだから・・・」と尻込みしてしまう気持ち、よく分かります。
そして、途方もないことに思えた撮影・舞台出演のチャンスを結局、
同じレッスンを受けているメンバーが掴んだのを知ってから
「やっぱり受ければ良かったです。」と言いに来る気持ちも、実によく分かります。

真面目な人ほど、もっと演技が上手くなったら挑戦しよう、
もっとメンタルが強くなったら挑戦しよう、
もっとダイエットに成功してから挑戦しよう、など
今はまだ・・・と自分でルールを作りがちです。

目標として具体的に「これが出来るようになったら」を決めることは
モチベーションアップに繋がり賛成しますが、
目標のつもりで自分で決めたことが、いつの間にか
自身を縛る足かせになってしまっているのは勿体無い。

「いつかきっと」のいつかは自分で決めるしかありません。

ましてやそのマイ・ルールが
もっと演技が上手くなったら
もっとメンタルが強くなったら、と
自分自身なんとも明確な判断がつかないこと基準にしてしまうのは惜しいです。
純粋に表現者でいたいと求める人ほど、いつまでも自分に満足など出来ないもの。
だからこそもっともっとと向上出来る。そのエネルギーを逆噴射してしまい、
自分を押さえ付ける足かせにしてしまうことはありません。

芸能案件に挑戦しやすくするにはどうしたら良いか。
漠然と基準なく自分を責めることのないように、
レッスンでは、今の演技のどこが良かったかと
ここはこうした方が気持ち・意図が伝わるのではを逐一具体的に伝えていくこと。
マネージメントでは、平等なチャンスの提示と、
ギャランティ支払の充実と透明さ、一度言ったことを引っくり返さない対応。
それらの実行を心がけています。

その上で、別に撮影や舞台への参加はあくまで自由参加。
書類選考のみでもオーディション有りでも、キャスティングされれば
全力で表現者でいなければならない責任があるからです。
マイ・ルールに縛られず安心して飛んでほしいです。

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最初に勇気を出して「演技する」戸を叩いてくれたことにどう責任を取れるか、
自分が誰にも相談出来ず震えていた頃を忘れません。
少人数制だからこそ出来ることを書き出しました。
この内容を求める方に向き合っていきたいです。
ヴォイス&アクターズ道場HP
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に書き込んでくれたレッスン生の日記をご紹介します。


「1ヶ月が経って」(奥山由貴)

おはようございます。
はじめて道場日誌を書かせていただきます、奥山です。
こちらに通い始めて1ヶ月が経ちました。
いつも緊張しっぱなしですが、道場の方々が優しくて楽しい方ばかりで毎週通うのが楽しいです。

通い始めてびっくりしたのは、シーンスタディで前に立つと覚えたはずのセリフが出てこなかったり、
指摘してもらったことをやろうとすると前はできていたはずのことができなくなることです。
ひとつのことをやろうとすると他がうまくいかなくて、難しいなぁと思います。

ああいうふうにできたらと考える理想はたくさんあり、
新しいことを知るたびに増えていくように感じます。
その理想に少しでも近づけるようもっとたくさんのことを知りたい、
自分を磨きたいと思えた1ヶ月でした。
これからもよろしくお願いします。


【祐一からひとこと】

初日記をありがとう。1ヶ月経ちましたね、緊張のひと月だったと思います。
誰でもはじめは初心者。知らない世界の新しいドアを開けるのはさぞ勇気が要ったと思います。
思いきって飛び込んでくれた方に期待以上のものをお返ししたい、それはいつも感じていることですが、
扉を開く、それだけはご本人にしか出来ないことなので、
自分が演技の世界に飛び込んだ時の怖さをいつまでも忘れないでいたいと切に思います。

道場ではその方の進行状況に合わせて、もうちょっと、もうちょっとと出来る無理をさせるようにしています。
手からこぼれてしまったら、持てる量を調整してやり直し。
各人に合わせた対応が出来るのが少人数制レッスンの最大のメリットだからです。

覚えたはずの台詞が出てこない、演技を改善しても意に反してまた戻ってしまう・・・
書いてくれたそれらはもちろんですし、毎回の音声ブースでのアフレコ実習でも
手に台本を持ってアフレコをしているのに、こんなに緊張するとは
実際ご自分がやってみるまでは実感出来なかったでしょう?
(当たり前の話しだけど)人は経験ないことを人前で上手くは普通出来ません。
アフレコ一つ取っても、こうしたい理想はあるのに、自分がイメージに追いつけない・・・
その悔しさを毎回何度も体験してください。
その都度、僕からここがこういう理由で上手くいかなかったのでは、
これが原因でタイミングがずれて感情の高ぶりが逃げたのではと言語化していきます。

自分の理想(こういう自分でいたい、こういう演技がしたい)が
悔しさに隠されて分からなくなったらその時も、由貴さん自身が上手く言えない
「なんか上手くいかない。」の「なんか」の部分を具体化していく手助けを
レッスンで沢山していきたいです。
相手役のいる個人レッスン。
僕が自分のレッスンをそう名付けたく感じている、それが理由だからです。
ヴォイス&アクターズ道場HPより
演技レッスンを始めて初めての夏を越えたメンバーの日記を紹介します。

演技中の腑に落ちなさ、気持ち悪さを言葉にして、今度はここを次はここをと
具体的な変化を体感していくうち、絡まった糸が一気にほどけるように感情表現が
開放される瞬間がやってきます。それに立ち会えるのは演技コーチ冥利です。



「大人な演技」(和気龍太郎)

はじめまして
夢組 和気龍太郎です。

入門して初めての秋という時期になりました。
入門当初と入門後、なにか少しでも変化があったのだろうかと自己を見つめなおしております。

そこでまず最初に
「あっ、意識が変わったな」
と思い至りました。
今まで、大きな声でとにかく観客に伝える、大きな身振りで伝える
どちらかと言えば「子供な演技」をしておりました。

入門してから「こうした方がリアルじゃない?」などと色々指導をもらい実践をしていってみると相手役の気持ちを受け止められていると思える様になってきました。
今までやってきた芝居だと相手と合わない気持ち悪さがあり、悶々とすることがあったのですが、それが払拭された気がします。

リアルさがないと独りよがりな演技が「子供な演技」
周りの人間と共存してリアルな世界観を創り上げていくのが「大人な演技」
ここが違うんだと自分なりにですが意識が変わった気がします。

ただ、まだまだ未熟なので私の考えがあっているかはわかりませんが今後も精進してまいります。



【祐一からひとこと】

初日記をありがとう。
こんがらがった糸の束が一気にほどけるように、演技の質感が変わったこと大変嬉しく感じています。
論理優先で分かったつもりになってもらうよりは、とにかく演技を何度も繰り返して、
どうして今の自分の演技がもどかしいのか、お互い言葉にし合って、
今の演技の相手役をもっと自分の意識に取り入れるにはこうしたら、
台詞の一部を一の輪で言うとしたらどこにしたいと思うか、
など毎回問いかけて龍太郎さんの感覚を立体化していくレッスンは僕自身にとってもとても楽しい時間でした。
演技中のエネルギーはそのままに、今まで拡散放出していたパワーを
その時々の相手役にぶつけていくフォーカスが身体や声に定まるようになると
逆に不特定多数が納得出来る演技の説得力を持つことが出来るようになっていきます。
レッスンの次のステップも、論理ではなく体感重視で、
演じては感じ考え、アイディアを出してはまた演じを繰り返していきます。


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ヴォイス&アクターズ道場HPからレッスン生の日記をご紹介します。
演技レッスン講師をしていて強く幸福を感じた時間でした。
全くの未経験からデビュー出来たのは本人の努力に他なりませんが、その為に
技術面とメンタル面両方で、今の自分に伝えられるものに食いつき吸収してくれた手応えの喜びです。


「初舞台」(高橋岳則)


こんなに緊張と集中を継続するのは、いつぶりだろうか?
おそらく部活動以来の感覚だろう。
こういう一生懸命生きてる感覚が味わいたくて上京を決めたんだ。
と納得してしまった稽古の日々。
そして、そこはまさに演技を学ぶ者にとって経験と知識の塊でした。
もちろん沢山のダメ出しも頂きました。
それら全てを含め僕にとって初舞台は「夢の国」でした。
しかし、歩み始めたに過ぎない演者の道。
再び共演する時には「いい演技をするようになった。」と
言って頂けるように今回の経験を活かして日々励んで行きたいと思います。


【講師からひとこと】

初舞台おめでとう!おつかれさまでした。
何も経験がない状態でレッスンを開始して、みるみる変化を感じさせてくれて
これなら大丈夫と思ったとおり、実際のレッスンでの演技をスタッフに見てもらって
ぜひ出演をと話しが決まり嬉しかったです。

アドバイスはしましたが、プロの現場、創作過程に丸ごと飛び込んでもらいたかったので
おせっかいは避けて、顔合わせからリハーサルが始まってからはあえて遠巻きに見ていました。
共演者やスタッフから、ひたむきに取り組んでいる様子を聞く度嬉しく感じていました。
初日、堂々と演技して見える姿に、一年前の初レッスンで初演技に目を白黒させていた様子を思い出し感慨無量でした。
僕自身、こういう感覚が味わいたくて演技レッスンをしているのだと感じる時間でした。
出演中に次回作も決まり、新たな課題と遣り甲斐を見つけて前進してほしいと思っています。

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「口を大きく開けることと口を大きく使うことの違い」

全くの初心者にも既にプロダクションや劇団に所属してプロとして活動している方にも
毎週レッスンしていて感じるのは、刷り込みの怖さです。

以前受けたレッスンで云われた抽象的なダメ出し(←この言葉自体僕は嫌いです。
外国の演出家の現場のように「アドバイス」や「お願い」の方がずっと好影響が出やすい)や
テクニックの差異を具体的に指摘出来ない担当者の、精神論のせいにする押し付けを
「自分が駄目なせい」の理由に真摯に受け止め過ぎてしまって、
出口のない袋小路に自分で自分を追い詰めてしまう・・・
演技中思うように表現出来ないと「ごめんなさい。」を連発してしまう・・・
僕の稽古場では演技が上手くいかなくても「ごめんなさい。」は言わないでほしいと伝えています。
誰に頼まれたわけでもない、演技表現の上達の為に
一生懸命やっているのは確かなことなのですから、
貴方は謝らなければならないようなことは何もやっていない。
レッスン中の「ごめんなさい」癖は付けないでほしいと思っています。

例外はもちろんありますが(笑)、演技者を志す人は基本的に真面目な人が多いと感じています。
真面目な人ほど、刷り込みをいつの間にかトラウマ化にしてしまい、
演技が思うようにいかない悪循環を生み出しがちです。
それを避けたくて、レッスンでは精神論よりも具体的なテクニックを優先して伝えるようにしています。
メンタルも大事。でも気持ちだけあっても、プラス技術も伴う表現者には敵うわけがないと思います。

台詞回しのウイークポイント改善の為に、
「口を大きく開けて台詞を言うこと。」を刷り込まれている人の多さには驚きます。
短時間で大勢の受講者をベルトコンベアー式に扱う演技レッスンでは
一人ひとりの癖や傾向に寄り添うことが出来ず、こうしたザックリした指導になりがちです。
顔面体操のようにとにかく口を大きく動かすことをきっかけに、いつしか自分に合った
滑舌克服法を見つけられる人もいますが、口を大きく開け続ける非日常的行為は
演技的にはマイナスに働くことの方が多いです。不自然だからです。

口を大きく開けることと、口を大きく使うことは違います。
発声、滑舌が良く、声に感情が乗りやすくなることを目指しているのに
日常的な表情、リアルな感情の表出から遠ざかってしまうのは遠回りだし、勿体無いです。

以前他所で演技レッスンを受けた経験者の方が、
口を大きく使う簡単な練習法を、実際にやってみせると驚く方が多いことに驚かされます。
口を大きく使うことが滑舌を良くする基礎。
その実際さえも伝えてない演技講師が多いのは罪作りです。


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「感想レッスンの百害」1

ヴォイス&アクターズ道場では、既にプロダクションや劇団に所属して、
この作品のこの役をゲットしたい、という目標が限定している方のレッスンや、
このプロダクションに入るには付属養成所に入るしかないから通っているが、
そこのレッスン内容の質と量に疑問を感じるので実質的な演技磨きは道場でやりたいという方のレッスンなど
各人の目的に合わせたレッスンも請け負っています。
志望校合格や希望するプロダクション所属の夢を叶えた報告を聞くのはレッスンを担当している人間として大きな大きな喜びです。

レッスンの質や量というのは比較対象がないと人は判断しづらいもので、
世の中には見学不可の演技レッスンも多く、飛び込まなければ分からないことが多いです。
道場のレッスンは「相手役のいる個人指導」、具体的に演技の改善点を提示していくというのがどんなレッスンなのか
それこそ具体的に見学してもらわなければ分からないので始める前に無料体験をお願いしています。

演技レッスンをビジネスと割り切って、その為には大人数少時間でベルトコンベアー式に次から次へと
一人ひとりにはほんの少ししか演技させず、アドバイスも最低限にするのが一番儲かる商法なのは想像出来ます。
それにしてもこれはないんじゃないかなと思う話しを大手養成所のレッスンでよく聞きます。

「やる気なさそう。つまらなそう。」
ある養成所で3ヶ月間ひとつの課題に取り組んだ声優志望者に3か月分のアドバイスとして講師から渡された言葉がたったこれだけだったそうです。彼女の同期生から聞きました。
これのみ。これが全文。成績表として渡され、口頭などでの他の言葉のフォローも全く無し。
僕がこの生徒だったら、「自分のメンタルが悪いから自分は演技が上手くならないんだ。」と思ってしまうでしょう。
講師が感想しか言わない、印象しか伝えないレッスンだと、受講生で真面目な人ほど自分を責めてしまう傾向があります。
正確に言えばこれは
「(貴方の演技は)やる気なさそうに見える。つまらなそうに見えてしまっている。」
であり、これでもまだまだ言葉が足らず、
なぜやる気がなさそうに見えるのか。それは大抵の場合、役や場面が求めるテンションの高さや感情の強さが表出出来ず、
台詞が相手役にかからず演技が不発に終わってしまっている、ということで、
なぜそうなってしまうのか、
役の人物の気持ちがどこで変わっているか、台本に書かれた気持ちの折れが読めているか、
読めていてもその流れの分岐点で演技(台詞と動き)が変化出来ているかを分析し、
その変化が乏しいから「つまらなそう」な演技になってしまっているのだとしたら、どうしたら
動きにメリハリを付けて、台詞にテンポを出し、かつ言いたい思いを声で伝えるにはどうしたら良いか、
つまり台詞術のテクニックを伝えていくべきです。

ここまでやって初めて「レッスン」と言うべきです。
演技に限らず具体的方法を教えてくれないレッスンはレッスンとは呼べない。
講師の感想を伝えているだけです。(つづきます)
「感想レッスンの百害」2

(つづきです)自分の演技が上手くいかない。活き活き演技出来ない。から
レッスンに来た人に「やる気なさそう。つまらなそう。」
感想だけ伝えてどうする・・・
レッスン料払って自主的にレッスンに来ているのだからやる気はあるに決まっています。
こんな「印象だけレッスン、感想だけレッスン」だと
受講者は出口を見つけられません。自分を責めて落ち込んで、演技の改善点にフォーカスした自主練の仕方も教わらないまま
また次のレッスンでも伸び伸びと演技出来ず・・・の繰り返し。

具体的なことを伝えれば、大抵、人はそれを試し、試せば実感出来、繰り返せば自分のモノにしていけます。

「やる気なさそう。つまらなそう。」は、ご本人の「演技がどうしたら上手くなるか分からない。」を
ただ言葉を変えて言っただけ。その方のメンタルが演技に問題があるようにも聞こえてしまう分、
言葉の言い換え方にも百害あるばかりです。
こんな言葉足らずのレッスンだけ受けて、自分には可能性がないんだと思い込んでしまって夢をあきらめ傷ついてしまう人がいるのは悲しいです。

演技が上手くいかないのは演技が上手くいかないだけの問題です。メンタルなんて関係ありません。
元々やる気はあるのですから。
気持ちが乗った方が演技が良くなることが多いのは確かですが、それだって技術の裏打ちがあってこそです。
演技の技術は
・気持ちの持っていき方の技術
・動きや台詞表現に活用出来る具体的なテクニック
の両方を指します。両方必要です。あった方が有利。

気持ちの持っていき方については特効薬はありません。
自分でもなかなか思うように付き合えないのが心ですから。
ただ、気持ちをその役の演技に有効なラインに持っていくエクササイズはあります。
それと、多くのケースや傾向を紹介することで、自分に響く「気持ちの持っていき方」を人は選べるようになっていきます。

そして動きや台詞を活き活きと見せる聞かせるテクニック。
これは力のある講師なら、その方の傾向や段階に合わせて具体的技術を伝えていくことが出来ます。
抽象的な「こんな感じで言って。」というリクエストではありません。
「貴方はこういう人物を描こうとしているけれど、動きのこの点、話し方のこのポイントがこうなっていることが成果の邪魔をしている。」
無意識に出てくるその方のクセ(クセも演技に利用出来るものとそうでないものがあります)の情報を共有し選別、
今の話し方のポイントをこう変えるとこう内面が変化しているように聞こえる具体的特長を多く紹介し、
その中でその方に響くテクニックを伝え、試していく。
何度も試して身体と心に馴染ませていく。

それは1回2回で終わるような簡単な道ではありませんが、人は漠然と自分をどうにかしたいと思うよりも
「貴方はあそこに行きたいのではないですか?」と具体的目標を提示した方が努力が継続しやすいです。
何か違うよ。ではなく、今の演技のここをこうするとこう印象が変わるよ。です。
その中で、段々と自分がこれからする演技が
・周りの人にどういう印象を与えるかを自分で選べる。
・選んだ表現を何度でも出来る。
ここに「新鮮に」というニュアンスが加われば鬼に金棒です。

一生懸命演技したのに
「やる気なさそう。つまらなそう。」しか言葉をもらえなかった彼女が
自分を責めていないことを祈ります。
やり方を教えず、印象・感想しか伝えないレッスンで成果が挙がらないのは受講生のせいではありません。


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「活字になって」

何も経験の無い状態で演技レッスンを始めたメンバーが
昨年踏んだ初舞台が演劇雑誌「テアトロ」12月号と「悲劇喜劇」1月号に取り上げられ、
舞台写真と共に名前が活字になりました。

本人曰く、ほんの一年前は、雑誌に取り上げられることはおろか
プロの舞台公演に出演すること自体、予想もしていなかったそうです。
それが実現したのは本人のやる気と努力に他なりませんが、
毎週のレッスンで見る見る変化していったその成長のサポートを
自分のレッスンが出来たのだと思うと、喜びもひとしおです。

演劇評論家に取り上げられる、雑誌に写真、活字で残る
それが評価のすべてだなんて言いませんが、
応援してくれる家族や友人に喜んでもらえる素敵なことだと感じます。
僕自身は初舞台後、新聞の劇評に取り上げられたり雑誌に載ったりするまで
何年もかかり、またじっくり指導してくれる場に恵まれず遠回りしたことを考えると
初舞台が活字になった彼の今回のケースが、なかなかあり得ないことである覚えが強く、
本人以上に?興奮してしまいました(笑)。

よく喰らい付いてきてくれたと感じます。
昨日見学にいらした方もおっしゃっていましたが、
様々な演技活動をしてきた方からも、
こんなに細かいところまでアドバイスして何度も演じさせるレッスンは見た事がない
とよく云われます。
演技コーチと演出家の違い。
演出家は結果「こうしてほしい。」を伝える仕事。
それを実現するにはどうしたら良いかを一緒に考え、スキルを持っていない方には
具体的なテクニックをいくつも提示し、試し、そのケースに合うものを選べるよう吟味していく・・・
それが演技コーチです。
演出家による演技レッスンでは得られない、
各人のテーマを細かく掘り下げる、寄り添うレッスン。
印象や希望を伝えるのではなく、具体的なテクニックを教えていく、
言いっ放しではなく、テクニックが定着したか何度も演技して対応策を試していく。
僕自身、若い頃ここまでレッスンしてもらっていればもっと伸びたのにと、
振り返り感じるからこのスタイルを選択しています。

大人数・短時間や、固定マニュアルに受講生を当てはめていくベルトコンベアー式システムでは
決して出来ないことをしたい。そうでなければ僕がやる意味がないと考えています。
池袋駅から4分に108�屬寮賤儼慮転譴鮖�ち、ビックリされるような少人数で長時間つきっきりでのレッスンは
経済とのバランスを取るのは大変ですが、講師の遣り甲斐も大きい。
時に凹むこともありますが、今回の活字を見てこのスタイルを継続していきたい気持ちを新たにしました。

今週も前夜、今月の舞台公演を控えたメンバーからの相談があり、本来レッスンのない日に21時に稽古場で待ち合わせ、
時間外補講として言いづらい台詞がなぜ言いづらいのかを一緒に探して、メンタルと話術両方から
気持ち良く言えるには、の改善策を1時間40分1対1でレッスンしていました。月謝制なのでこうした個人レッスンは無料です。
便の良い場所に専用稽古場がある利点を演技の遣り甲斐に還元していきたいです。


ヴォイス&アクターズ道場
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今週初日のシアターΧ名作劇場公演に道場メンバーが3名出演します。
同日スチールモデルとしての初仕事に挑むメンバーもいます。
先週初めての映像仕事メンバーの現場は僕も馴染みのスタジオでした。
嬉しいです。
シアターΧ
http://www.theaterx.jp/17/170315-170319t.php

俳優・声優養成所
ヴォイス&アクターズ道場
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CM撮影に続きスチール撮影も経験したメンバーが
表情や動きの準備の大切さ、要素の自覚を深めてくれました。
電車内や本屋の店頭だって大事で有効な稽古場です。
誰でもはじめは初心者。勇気を出して手を挙げてくれたことが嬉しいです。

道場生日記「スチール撮影」(森広高)
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夏の特別レッスンとして、今年度の毎日芸術賞(千田是也賞)受賞の
演出家・藤井ごう氏のレッスンを全10回開催します。
自分でも開け方の分からない心の扉が不意に開放されるような
アプローチの数々を少人数で受けられる贅沢な場を提供出来ること。
こういう場を開いていて嬉しく感じています。

ヴォイス&アクターズ道場
「藤井ごう氏特別レッスン」
http://yuichisato.com/
作文と短冊の違い、自己紹介の詳細は各人違うので(当たり前)、実際のレッスンでは個別指導、1ケースずつがレアケースです。
それを日記で書こうとするとどうしても最大公約数的文章になるのがもどかしい。伝わらないのではの不安があります。
1つずつのケースに当てはめた個別指導が出来るのが少人数制レッスンの最大のメリットです。

佐藤祐一の日記「自己紹介の作戦 3」
ヴォイス&アクターズ道場HP
http://yuichisato.com/

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『バックステージ』 更新情報

『バックステージ』のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。