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哲学 思想 精神 コミュのあしたの日記 あなたの日記 

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これは小さな、
遠い世界からのプレゼントで、私たちの
      音
     科学
    画像
   音楽
  考え
 感じ方を表したものです。
 
私たちはあなたたちの中にいるのかもしれません。
 
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9C%E3%82%A4%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%81%AE%E3%82%B4%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%87%E3%83%B3%E3%83%AC%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%89↑
 




マイミクじゃない人の日記も読んでみませんか。
 
あるいはどれか、あなたの日記をここで、私たちに読ませてくれませんか。
 
日記はわりとマメに書いてる人が多いのに、たくさん参加者がいてもコメントが少ないコミュニティ、よく見かけます。
とても内向的な日本人気質な印象も ..。
 
いろんな人の日記を読みふけってて感じるのは、
何気ない日常のスケッチにも、人の心を打つ、ハッとさせられるいい話の多いこと多いこと。
 
日記には深みと個人性、
トピックには広がりと共通性、
それぞれに魅力があります。
どちらにも偏らず、もっとSNSを便利に利用できたらと、公開性のより高い日記の使い方として、
このトピックを提案します。
 

学校・会社・団体・サークル・ゼミ・地域・同年代・音楽・スポーツ・ゲーム・映画・本・マンガ・アート・テレビ番組・芸能人・有名人・お笑い・PC・インターネット・グルメ・お酒・旅行・動物・ペット・車・バイク・ファッション・占い・趣味・ビジネス・経済・学問・研究・アダルト・などなど .. あらゆる物事はつながり、
そして誰もが様々に係わりあってる、
リアルにそう感じませんか?
 





http://m.youtube.com/watch?v=UKgqayC7SUI↑
 
http://mixi.jp/view_community.pl?id=2465365
 

コメント(45)

 
(4/4頁)
 
 
Freedom of expression has been one of our greatest democratic prizes won by Kenyans during the last few years and we cannot afford to go backwards.
We call for animmediate and unconditional lifting of the reporting banso as to ensure that Kenyans are able to keep abreast of what is happening.
We commend the Kenyan press for the work they have done to keep information flowing.
It is precisely in the time of crisis that afree and independent media is essential to ensure a democracy that isbased on information not speculation.
We urge the international media community to support the Kenyan pressduring this time and continue promoting the right for a free and independent press especially during such a period.
We call on all peace loving people to join us in calling for a swiftconclusion to the crisis so that Kenya can return to normality and people can continue their lives without fear and anxiety.
Sincerely, (Signature) The Call for Urgent Resolution of Kenya Electoral Crisis Petition toLeaders of PNU and ODM was created by Wangui wa Goro, Firoze Manji, Mukoma wa Ngugi, Ronald Elly Wanda, King Omoga, Cenya Ciyendi and written by Firoze Manji (firoze@fahamu.org).
This petition is hostedhere at www.PetitionOnline.com as a public service.
There is no endorsement of this petition, express or implied, by Artifice, Inc. or our sponsors.
For technical support please use our simple Petition Helpform.
 
 
【2008 01/07 AFP】
 
大統領選の結果をめぐる混乱から全土で暴動が発生しているケニアについて、国連機関など国際援助団体は6日、「人道的危機が迫っている」 と警告を発した。
全土で治安が悪化し、支援物資が枯渇する中、現地に支援組織を派遣している複数の援助団体は、数十万人に上るとされる国内避難民への援助を試みている。
危機的状態が最も懸念されるのは同国西部だという。
 
■ 清潔な水の不足から、疫病の懸念
 
医療慈善団体メルリン (Merlin) のケニア責任者、Wubeshet Woldermariam氏は 「特に (西部の街) キスム (Kisumu) 周辺で、食糧と清潔な飲料水が危険な度合いで枯渇しつつある。
不衛生な水を飲まざるをえないために下痢や伝染病、脱水症状を起こしかねない。
数日内に平和が回復されなければ、疫病の大発生や深刻な脱水症の脅威が極めて現実的となる」 と訴えた。
 
■ 国内避難民25万人
 
12月27日の大統領選後に広がった暴動での死者は、AFPの集計で少なくとも361人に上っている。
国連 (UN) は、ケニア人25万人が避難を余儀なくされたと推計しており、うち10万人は西部リフトバレー (Rift Valley) で緊急支援を必要としているという。
国連難民高等弁務官事務所 (UNHCR) は援助を約束した。
学校や病院、教会などに設置された仮設避難所は非常に混雑しており、その大半は援助組織自身の安全確保のためいまだ支援が行き届いていないことから、現地入りしている援助活動家たちは疾患の大流行を恐れている。
ケニア赤十字社 (Red Cross Society) によると、首都ナイロビ (Nairobi) でも物資の供給が困難な状況だという。
ナイロビのスラム街では、略奪や放火により住民たちが財産を失っている。
 
■ 難民も5000人以上、ウガンダ、タンザニアへ
 
一方、世界食糧計画 (WFP) は港湾都市モンバサ (Mombasa) で援助用の食糧を積んだトラックが、治安悪化や自警団による道路封鎖の影響で、目的地に到着できていないと報告した。
援助トラックが、高速道路を走行中に襲撃されないよう、ケニア政府は同国軍にトラックの護衛を命じた。
また、国連児童基金 (ユニセフ、UNICEF) によると、危険地域にある多くの病院ではさまざまな負傷者などに対処するため医薬品の供給を必要としている。
さらに、国連緊急援助調整官室 (Office for the Coordination of Humanitarian Affairs、OCHA) は、ケニア人約5000人が隣国ウガンダに逃げ込んだと推計。
タンザニアにも難民が流入しているもようだがその数は確認できていない。
難民たちは学校や教会、親戚の家などに滞在しているという。
赤十字国際委員会 (International Committee of the Red Cross、ICRC) は4日、ケニアを未曾有の危機から救うため1300万ドル (約14億1200万円) の国際援助を要請した。
(c) AFP / Bogonko Bosire
 
(http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=22239459 書きこみ012 〜 015)
 
 
『[国際] 適者生存の掟を受けつぐアフリカ』
 
 
 
 
アンゴラの山へ
 
夏に降る雨が
 
流れる川にかわる
 
okavango delta
 
砂漠をうるおす
 
水がやってくるとき
 
よみがえる草のかおり
 
空を映す鏡のような
 
輝く水
 
 
歌う風が
 
パピルスをゆらし
 
沼地を行くシタトンガ
 
幼い母の背に抱かれ
 
眠る子供たちは聞いている 
 
水の歌を
 
 
めざめる豊かな AFRICA
 
今 失うもののない
 
静かな心の AFRICA
 
美しき黒い瞳
 
 
鳥は太陽の
 
恵みをついばむ
 
それは Sweet golden fruit
 
流れにゆられて行こう
 
カヌーで渡って行こう
 
終わりのない land of water
 
終わりのない sea of land
 
 
 
  雲が湧きたつ
 
  乾いた地平に
 
  光る稲妻
 
  雨がやって来た
 
 
  大地に吠える
 
  夜明けのたてがみ
 
  サバンナの星
 
  めざめる Simba Kubwa
 
 
  水場に集まる
 
  乾いた足音
 
  何かが近づく気配に
 
  遠い記憶を呼びさませ
 
 
  大地を蹴って
 
  力 尽きるまで
 
  走れよ走れ
 
  hatari hatari sana
 
 
  陽炎のなかに
 
  命がゆれてる
 
  名もなく生まれて
 
  野生のおきてを今
 
  受け継ぐ者
 
 
  遥かへ
 
  遥かへ
 
  流れて行こう
 
 
  すべてのものから
 
  姿を隠して
 
  コピエの向こうに
 
  冷たい月がのぼり
 
  忍びよる影
 
 
  夜のしじまに
 
  裸の Simba Kubwa
 
  息を潜める
 
  アカシアの下で
 
 
  hatari hatari sana
 
 
(simba ; lion
 simba kubwa ; dominant lion
 hatari ; dangerous
 hatari sana ; very dangerous
 
 
 
 360万年前、初期人類がタンザニアのラエトリ平原の、雨に濡れた火山灰へ残した足跡。
人類が2足歩行を始めた日。
この遠い祖先 「アウストラロピテクス」 が、猿と人類を繋ぐミッシング_リンク (失われた環) だと推論されています。
その最も有名なのが 「ルーシー」 と呼ばれる、318万年前の 「アウストラロピテクス_アファレンシス」 です。
エチオピアのハダールで発見され、初期人類の完全な化石としては、最古のものとされ、多くの学者はこの 「ルーシー」 を “人類の母” とみなしているそうです。
ヒトは何処から来て、何処へ向かうのでしょう。
そして私たち自身は、今もその道の途上にいるのです。
(T.O.)
 
 
cf1.http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=22239459 ; comment = 012 - 015
 
cf2.http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=16142021
 
cf3.http://mixi.jp/view_item.pl?id=892131
 
 
 
『 <アフリカ開発会議> マータイさんを招待 5月に横浜で開催』
 
 政府は、5月末に横浜市で開く 「第4回アフリカ開発会議」 (TICAD4) にノーベル平和賞受賞者で前ケニア副環境相、ワンガリ_マータイさんを招待することを決めた。
マータイさんのほかにも世界の著名人を集め、親善大使には女優の鶴田真由さんを起用する方針だ。
著名人の招待で関心度を高める考え。
 
(2008/01/14 19:43
毎日新聞 http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=382558&media_id=2)
 
 
『[国内] 自殺はなぜダメ?』
 
 
<なぜ自殺はダメなのか>。 (Q)
 
「もうこれ以上 分解できない、原型のような」 命題に近いと思います。
<なぜ人を殺してはいけないか>。
<なぜ死刑になるのか>。
(cf1.http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=14877895 comment=084,132-134)
<なぜ人命は尊いのか>。
(cf2.http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=15088969 comment=233)
このような疑問も、同様といえるでしょう。
 
 これら命題に観られるのは、タブー (禁忌) です。
「社会的な刷り込みを排除して」 しまうと、ヒトの判断基準 / 行動基準は可不可、可能か不可能かになるでしょう。
食べれるか食べれないか / 信じれるか信じれないか / 殺せるか殺せないか ...。
となれば、自殺 <できる> から自殺という選択肢もありうるわけです。
これは浅い段階ではありながら、1つの回答になります。 (A1)
 
 ところが、仮に善悪など社会的な刷りこみ (マインド_コントロール / 洗脳) から外されてもヒトは尚、何らかの様々な基準に隷属気味です。
状況 / 仕組み / 思考 / 言葉 / 損得 / 恐怖 / 快不快 / 生理 / 遺伝 ...。
 
 僕は宗教の信仰を持ってませんけれど、キリスト教で原罪と呼ぶヒトの課題、に近い感覚を個人的に抱いてます。
(どの生物も遺伝や本能から受けつがれた情報と、それを実用して学習する経験を、生きぬく力に換えてゆきます。
が、) ヒトは極端に発達した文明のお陰で、後天的な学習経験をより多く必要とされ、しかも簡単に自然淘汰されない機構 (搾取) の下にいます。
 
 まさに、ヒトはヒトに生まれるんではなく、ヒトになるのだという気がします。
その道程は、まるで旅のように、不規則に課題が立ちはだかり、単純に年齢や精神疾患有無では、その到達を比較できません。
<自立> するという意味は、努力 / 忍耐 / 根性 / 克己ばかりじゃなく、回避 / 妥協 / 達観 / 冷遇などにも秘訣があるのだと思います。
精神疾患に類する状態には何らかの具体的な問題 (病因) がある場合が多いはずです。
そして彼らは、たぶん生真面目 / 几帳面で、回避 / 妥協 / 達観 / 冷遇などを不得意とするんじゃないでしょうか。
だとしたら、自殺は袋小路での判断なのかもしれません。
しかし、そこはもともと回避 / 妥協 / 達観 / 冷遇という選択肢を自ら(?) 捨てた迷路だったのではないでしょうか。
 
 例えば、人間関係が最大の苦だとしたら、失望や減収や不便が引きかえにあろうとその人間関係を解消し、いくつか他の代替を試しながら最良の選択を繰りかえす。
最大の苦を外すとは、たぶん最大の喜び(の可能性) を捨てる判断で、勇気は要ります。
ただ、こうしたいわば定住民的でない移動民的な気楽さ / 身軽さは重要です。
人生とか世界とは、天候と同じように、穏やかな時間もあれば嵐もあります。
どちらのために生きてきたか、どちらを感じるために生きてゆきたいのか。 (A2)
先述の可不可 (信じれるか / 信じれないか) の判断基準次第ではあります。
 
 個人的には、涙が多くを示唆してる気がします。
悲しむときには嬉しかった記憶が甦ります。
嬉し涙では、悲しんだ記憶が。
悔し涙では、ひたむきだった記憶。
不思議にも、対極のような記憶が呼びさまされます。
これは、たぶんヒトを支配する様々な基準たちの(両義性というか) 対極それぞれは、実はどちらも必要であって、正負 (+−) の直径を拡げながら螺旋階段を登りつづける、その意義を表わしてるんじゃないかと考えてます。 (A3)
 
(大きな課題は、精神疾患や自殺を回避 / もしくは克服できないような場合、つまり具体的外因 〔生活苦 / 病苦など〕 が見うけれたり / 本人に強い有能を見いだせないときの、関係者や / 行政からの具体的な支援だと。)
 
 
(軽い感想でも / 個人的な思いでも、より開かれた場所に書きこむほうが、多くの人たちに考えてもらう機会を増やします。
よかったらコミュニティへ何か書きこんでくださると嬉しいです、特にマイミクさん方。)
 
 
 
『 <鉄道自殺> 中3女子、自宅に遺書メモ残し ; 愛知・豊川』
 
> 18日午後3時ごろ、愛知県豊川市のJR飯田線で、近くに住む中学3年生の女子生徒(14) が、普通電車にはねられ、死亡した。
> 少女は自宅に遺書めいたメモを残していたといい、愛知県警豊川署が自殺とみて調べている。
> メモには 「今までありがとうございました」 などと書かれていた。
> 少女はこの日、学校を休んでいた。
(『毎日新聞』 2008/01/18 21:03
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=386454&media_id=2)
 
何も意図しておりません。

あなたは、死ぬ事にためらいを持ちますか?

それはなぜですか?
それがなくなれば死ぬ事を恐れませんよね。
それさえなければ、あなたは何も恐れる事はないのです。

逆に、それがあるからあなたは生きる意味があるのです。
それとは、例えどんなことでも構いません。
私は、今この場で自分が死んだら悲しむ人がいる。
ただそれだけで生きている。
その人達を悲しませたくない、その1つの思いだけが生き甲斐です。

人生それほど長くないと思っています。
だから、この時間も大切にしたい。
この気持ちが誰かに届けば良いと、思いながら過ごします。
 
 
 
凍てつくような
 
風がきみの名を吠える
 
 
霧の荒れ地に独り
 
瞬く炎
 
胸にして
 
 
 
ずぶ濡れで
 
何もない空を睨む
 
 
そばにいた奇跡の
 
青い鳥が飛びさった
 
 
哀しくても ここにいて
 
活きてゆけるのさ
 
きみが望んで 決めたこと
 
ぼくも望んで 明日を待つよ
 
 
 
も1度 友を
 
見つけられたとしても
 
我慢ができるかな
 
青い鳥は どこにもいない
 
 
 
 
凍てつくような 風がきみの
 
名を吠える
 
 
孤独な深い霧に
 
飲みこまれた夜
 
 
雨を浴びながら
 
星のない空を睨む
 
 
 
運命を知ってる 青い鳥
 
なぜ飛びさった
 
どこにいるのさ 今
 
もうっ黙ってないで 何か
 
応えて
 
 
 
 
I'm Lost in the night
the icy wind is howlin out your name
and desolation lingers like a fog
the fire is growing dimmer in the wind
I'm out in the rain
the moon has gone behind the cloud again
and I can't stand to live another day
Cause my Bluebird went away
And I'm locked in this room with my sorrow
no escape, no way to get away
And my only connection with tomorrow
is hoping that You might decidenot to stay away
I'm out on a limb
If I could only find sweet love again
to live my life this way is too much to bare
Can't find my Bluebird anywhere anywhere oh...
I'm Lost in the night
the icy wind is howlin out your name
and desolation lingers like a fog
the fire is growing dimmer with the wind
I'm out in the rain
the moon has gone behind the cloud again
I can't stand to live another day
Bluebird why did you, go away, tell me
Bluebird why did you go away
Little Bluebird why did you, go away, tell me
Bluebird why did you go away
 
 
 
 
(お暇なとき、お気に入りの作品を以下へ紹介ください?
マイミク追加もお気軽に。
 
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=14503467)
 
『[政治] 民度 エリート 政治家 活力 希望』
(2008/01/22 07:20)
 
 
 エリートとは <日本社会に影響力のある日本人上位0.1%> くらいの意味じゃないでしょうか。
だとしたら公人 (最高級公務員ほか) に止どまらず、企業人や / あるいは一部の文化人も入るかもしれません。
 
 首相が私人として靖国神社に参拝するということは不可能とは、個人的には考えません。
非常事態を除けば、首相にも職務時間外や休暇という区分があるはずですし、信教の自由もあるだろうからです。
(少し複雑ですが、僕個人としてはA級戦犯を含めて慰霊してよいと考えますが、首相の在任者が靖国神社を参拝するのはやはり相応しくないと考えます。
靖国参拝そのものが具体的に必須ではないはずなのに、一部の犠牲者と縁者の不快をあおる行為だからです。
快不快は印象など軽薄に起こりもしますが、やはり戦争の慰霊については障りなく行なわれたい。
ただ、相応しくなくとも禁じられてはいませんから、この問題の論点は、首相の理想像についてではなく、代議員制の欠点を除くために重要な課題への直接民主制的な投票について、だと考えます。
つまり靖国神社へ参拝する首相を民意が選出するか / しないか、です。
cf1.http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=15015864
cf2.http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=14877895)
 
 
 現在の日本に活力がない理由としてエリートが比較されたとしたら ...高齢化よりはエリートの課題だとは思います。
それと確かに民度低下。
個人的には、経済戦争の劣勢 / あるいは内需自国提供の低迷があるかと思います。
つまり、高齢化 < エリート < 民度低下 < 内需自国提供低迷かと。
 
 いつまでも世界の最重要単位が <国家> なのには異議ありですが、現状をふまえるなら、民意が根本にあり、そのためにもこうして、ネットなどを用いて話し / 読み、民度を高めないことには何も進まないどころか、後退する一方だと案じます。
 
 
 民度を低下させている責任はエリートにも若干あるかとは思いますけど、皇族を除けば彼らとて民衆出身です。
かといって、大衆自身に責任があるというのも少し違うと思います。
責任論で観るとエリートや現役社会人をどうしても問いつめざるをえません。
責任よりも原因を観たてて、対策を練ったほうがよいと考えます。
例えば安保運動や大学紛争 盛んな1960年代よりも現在の民度 (というか政治への関心) が低くなったとするなら、世界対戦の記憶や / 経済成長の現実感から来る活性の差だと感じます。
原因がこれだとしたなら、薄い現実感のなかながら思考を深めるほかないのでしょう。
以前は民度が高く、よって充実した社会だったかといえば、これは違います。
(以前と以後を比較しても、課題として観えてくるのは、やはり資本主義の不備にあるように思えます。
共産主義化すれば解決、なわけはありませんけど、アダム_スミスが発見した仕組みとカール_マルクスが発明した仕組みとを複合して、それぞれの長短を削った仕組みへ軌道修正すべきかと考えます。)
 
 活力の源泉である <希望> をどこに観いだすか。
現実的には、課題学習による民度の自己向上だと考えます。
そして逆説的には、悪化そのものに観いだされるんじゃないでしょうか?
戦後の民衆のように希望がない時点ではそれを渇望して活力をえ、高度成長が終わって世代交代して生死や飢えを知らず現実感の薄い時点では活力が失われる。
希望と活力はシーソーの関係にあるのかもしれません。
そうしたトロッコの動力で、螺旋状の線路を上昇するのが歴史なのかもしれません。
 
 
 
『 <公務員改革> 「政官接触禁止」 を削除 ; 最終報告書で方針』
 
> 「公務員制度の総合的な改革に関する懇談会」 は21日、これまで打ち出していた 「政治家と国家公務員の原則接触禁止」 を、福田首相に月内に提出する報告書から削除する方針を決めた。
> 22日に最終調整し、大筋で合意する見通し。
> 自民党内で批判が相次いだうえ、「表現が誤解を与える」 と修正を求める意見が出ていた。
(『毎日新聞』 2008/01/22 02:43
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=388467&media_id=2)
 
 
(cf.http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=19777568 comment=017,019)

 
 マラソンなんて普段あまり観ないのに、彗星のように先頭を走る選手に眼が止まる。
 
 30km辺りから崩れて、僕より遅い走りにまで落ちたけど、何度も転びながら最後まで脚を運ぶ姿に、同情が頬を伝った。
 
 
 競馬なんかでも、名試合もさることながら、ああいう現実も心理も <独走> な者が劇的な印象を与えますよね。
 
 優勝者マーラ_ヤマウチ選手、観るかぎりは日系じゃなさげでした。
夫が日本人なんじゃないですかねえ。
 
 福士加代子選手はまさに先行逃げバテで、30km以降の実体験すら少なかったみたい、な解説でした。
逆に、身体ってそれほど管理できるものなのかと驚きました。
3000m用に訓練された肉体とか / 30kmまでの肉体とか ...。
 
 彼女は 『走れメロス』 みたいでした。
期待 / 応援してくれた人々への回答みたいな。
檀一雄に対する太宰治とはずいぶん違いました。
 
 誰でしたか以前、オリンピックで最後にゴールした女性。
 
 福士選手、その構想と作戦のバカッぽさは、ヤマウチ選手に抜かれたあと、哀れで、試合まえの優勝宣言やアフリカ合宿の記憶が情けなかった。
でも朦朧としながらも完走を目指す姿から、希望ある哀しみに変わっていた。
 
 込みあげる気持ちは映画 『ロッキー1』 に似てた。
 
(http://mixi.jp/view_diary.pl?&id=696318737&owner_id=1098147)
 
 
 
『 <大阪女子マラソン> マーラ_ヤマウチ優勝 森本友が2位』
 
> 北京五輪代表選考会を兼ねた大阪国際女子マラソンは27日、マーラ_ヤマウチ (英国) が2時間25分10秒で優勝した。
> 森本友が2時間25分34秒で日本人最高の2位。
> 三千メートルなどの日本記録保持者で初マラソンの福士加代子はスタート直後から独走していたが、後半に失速。
> 34.6キロ付近でヤマウチに抜かれた。
(『毎日新聞』 2008/2/27 14:53)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=392832&media_id=2)
 
 
『[国内] ネット議論が民度を占う』
 
 
 死刑制度のようなコミュニティでは、一般にオフ会などが開かれません。
(cf.http://mixi.jp/view_event.pl?id=9178753)
 
 なのになぜ、開きたいのか。
実りある有意義な議論の必要性を広めたいからです。
異論から批判され、弱点に気づき、補強する。
即時的には勝敗を分けて損得を与えますが、議論とは長期的に敵に塩を贈る行為です。
ではなぜ人々は議論するのでしょう?
 
 目的は大別して2通りあると考えられます。
目的Aは、異論への不快を晴らすためで、当事者個人による (自由な) 快不快という基準に従われています。
目的Aにとって言葉や論理は道具に過ぎず、真剣な情熱ゆえの正義かのような幻想から暴言あるいは暴論を生み、自他どちらかが無視に至るまで書きこまれます。
目的Bは、私見を強化または精査するためで、当事者個人による (不自由な) 正不正という基準に従われています。
目的Bにとって鋭い批判は学べる機会として歓迎され、敗北に気づいた点は認めても、勝利に気づいた点を特に明らかにはする必要もないはずです。
(ただ多くの場合、目的AとBは1個人の中に混在します。)
 
 インターネットでの会話だけで成りたっている人間関係には、実生活上の無利害や / 実際に対面した経験のない非現実感から、つい横柄になり、目的Aが強まる傾向にあるようです。
そして悪貨が良貨を駆逐するように、目的Bはむしろ敬遠されてしまいます。
しかし、コミュニティ参加者も日ごろ死刑制度や1つことばかりを考えているわけではなく、政局を案じ、娯楽に興じ、生活を見つめています。
死刑存廃で対立しても趣味が一致したり / 存廃で一致しても政見で対立したり、いろいろでしょう。
 
 もし、異論者と面識をもったり / マイミクシィを交わしたと仮定するなら、どうなるでしょう。
きっと個人の尊重や / 人格への配慮がなされ、議論はやりづらくなるはずです。
もし異論の立場から同じ課題を考えたことのない人だとしたら、気づかなった自らの暴言や暴論に驚くかもしれません。
(cf.http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=24459558)
 
 一方、議論そのものは選ばれた言葉による丁寧な論理が基調となるでしょう。
(もちろん、実際に出会うまでの時間を大幅に省いての、充実した意見交換をもたらしもします。)
 
 状況を変革しようとする場合、いつも一長一短があります。
この仮定以前、つまり現状と比較してみましょう。
死刑は (凶悪な) 暴力に対する制度であり、犯罪は存廃両派ともに共通する課題です。
しかしながら、何年ものコミュニティ運営期間、いかに目的Aに基づく言葉の暴力が持てはやされてきたか、書きこみ記録は物語っていないでしょうか。
(cf.http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=3897099)
 
 目的Aの説明でふれた通り、言葉も論理も道具に過ぎないと考えています。
よって物理的法則などを除いた、抽象的な事柄には真理は少なく、ほぼないという事実をむしろ明らかにしている、そう思います。
(国家には国家を、個人には個人を、地球には地球を中心とした論理を正確に組みたてると、それぞれに整然とした世界観を創れます。
ところが、何を中心として置くか / または置かないかの根拠を、好き嫌いなど心象で定めては台無しで、やはり論理を用いたほうがより普遍的な正しさを追いかける姿勢といえます。
正しさとは実は幻想 〔想定〕 ですが、ときには未知の結論を導いたり / ときには自身を従わせもします。)
 
 政治についてのネット議論で、実効性ありやなしやを問題にすれば、複数の意見から有効性を比較したら解答や支持を決めやすい。
ただ、さらに議論が深まると総合 (他課題との連関) や詳細 (多岐に渡り有効かの精査) や継続 (将来性) なども議題に上りだすと、一時的局所的正当性だけでは判断しづらくなる、ともいえます。
 
 そこを細かく話しあえる機会を大きく増やしたのがヤフーや2ちゃんねるやミクシィなど、ネットを介したこうした書きこみ頁 (なはず) であって、これ自体は個人や社会にとって歓迎さるべき事態。
ところが、もともと議論に疎い傾向にある日本人気質が、ここ10 〜 20年で急に開かれたネット環境に適応しきれてなく、で感情論や精神論が先行してるのが現状かと感じます。
 
 で、ネットでの話しあいを参加者自身で充実させていく手法って、どうなんでしょうね。
この社会はいまだ、達した総意とはいえない課題に満ちています。
皆さんが日記とかでやりとりするとき、気をつけてることとか、ありますか?
 
 
(『死刑制度』 コミュニティ
『まさかの死刑コミュ・オフ会  Σ(゜□゜ reloaded 』 トピック冒頭文より抜粋 ・ 加筆.
http://mixi.jp/view_event.pl?id=24611155)
 
 
『[政治] 生業化などアルマジロ交尾』
(1/2頁) (2008/2/1 8:44)
 
 
1.和を大切にし、争いを起こさないのを根本としよう。
人は集団を作りたがり、悟った人格者など少ない。
上や父親の指示に従わなかったり、周囲の人たちともうまくいかない。
しかし上の者も下も協調 ・ 親睦を持つなら、自然と理にかない、成就する。
 
3.上の命令を受けたなら、必ず謹んで従おう。
いわば上とは天で、下は地にあたる。
天が地を覆い、地が天を乗せる。
それで四季が正しく巡り、万物の気がかよう。
逆に地が天を覆うとすれば、整った秩序は破壊されてしまう。
だから上の命令を受けたなら、必ず従おう。
謹んで従わなければ、やがて国家社会は自滅していく。
 
4.政府高官や役人たちは、礼の精神を根本に持とう。
民を治める基本は、必ず礼にある。
上が礼法にかなっていないと下の秩序は乱れ、下が礼法にかなわなければ必ず罪を犯す者が出てくる。
役人たちに礼法が保たれているときは社会の秩序も乱れず、庶民たちに礼があれば国全体として自然に治まる。
 
5.役人たちは饗応や財物への欲望を捨て、訴訟を厳正に審査しよう。
庶民の訴えは、日に1000件もある。
1日でもそうなら、年を重ねればどうなるだろうか。
このごろの訴訟に携わる者たちは、賄賂を得ることが常識となり、賄賂を見てから申したてを聞いている。
裕福な者の訴えは石を水中に投げこむようにたやすく受けいれられるのに、貧乏な者の訴えは水を砂利石に投げこむようなもので容易に聞きいれてもらえない。
貧乏な者たちはどうしたらよいかわからずにいる。
これは役人としての道に背く。
 
6.悪を懲らしめて善を勧めるのは、古くからのよいしきたり。
人の善行は隠さず、悪行を見たら必ず正そう。
へつらい欺く者は、国家を覆す力のある武器、民を滅ぼすするどい剣。
媚びへつらう者は、上には好んで下の者の過失を言いつけ、下に向かうと上の者の過失を誹謗する。
これらの人たちは上に忠義心がなく、民に対する仁徳も持っていない。
国家の大きな乱れの元になる。
 
7.人にはそれぞれの任務がある。
職務内容を忠実に履行し、権限を乱用してはいけない。
賢明な人物が任にあるときには褒める声が起こる。
よこしまな者がその任に就けば、災いや戦乱が充満する。
世界には、生まれながらにすべてを知りつくしている人など希で、よくよく心がけて聖人になるもの。
事柄の大小にかかわらず、適任の人を得られれば必ず治まる。
時代の動きの緩急に関係なく、賢者が出れば豊かに伸びやかな世界になる。
国家は長く命脈を保ち、危うくならない。
古代の聖王は官職に適した人を求めるが、人のために官職を設けたりはしなかった。
 
8.役人たちは、早くから登庁し、夕方遅くなってから退出しよう。
公務はうかうかできない。
1日中かけてもすべて終えてしまうのは難しい。
遅く登庁していては緊急の用に間に合わないし、早く退出したのでは必ず仕事を残してしまう。
 
9.真心は人の道の根本。
何事にも真心がなければいけない。
ことの善し悪しや成否は、すべて真心のあるなしにかかっている。
役人たちに真心があるなら、何事も達成できるだろう。
高官に真心がないなら、どれもみな失敗するだろう。
 
10.心の中の憤りをなくし、憤りを表情に出さないようにし、他の人が自分と異なってても怒ってはいけない。
人それぞれに考えがあり、それぞれに自分がこれだと思うことがある。
相手がこれこそといっても自分はよくないと思うし、自分がこれこそと思っても相手はよくない場合がある。
自分は必ず聖人で、相手がかならず愚かだというわけではない。
みな共に凡人。
そもそもこれがよいとかよくないとか、誰が定めうるだろう。
お互い誰も賢くもあり愚かでもある。
耳輪に端がないようなもの。
相手が憤っていたら、むしろ自分に間違いがあるのではないかと恐れよう。
自分ではこれだと思っても、みなの意見に従って行動しよう。
 
11.役人たちの功績 ・ 過失をよく見て、それに見あう賞罰を必ず行なおう。
このごろの褒賞は必ずしも功績によらず、懲罰は罪によらない。
指導的な立場で政務にあたっている高官たちは、賞罰を適正かつ明確に行なおう。
 
12.高官 ・ 役人は勝手に民から税や何かをとってはいけない。
国に2人の上はなく、民にとって2人の代表などいない。
国内のすべての民にとって、元首だけが意を託す者。
役人は任命されて政務にあたっているのであって、みな元首の下。
どうして公的な徴税と一緒に、民から私的な利益を得てよいだろうか。
 

 
『[政治] 生業化などアルマジロ交尾』
(2/2頁) (2008/2/1 8:44)
 
 
13.いろいろな官職に任じられた者たちは、前任者と同じように職掌を熟知しよう。
病気や出張などで職務にいない場合もあるだろう。
しかし政務をとれるときには馴染んで、前々より熟知していたかのように善処しよう。
前のことは自分は知らないなどと言って、公務を停滞させてはいけない。
 
14.役人たちは嫉妬してはいけない。
相手を嫉妬すれば、相手も自分を嫉妬する。
嫉妬の憂いは果てしない。
自分より英知が優れている人がいると喜ばず、才能が勝っていると思えば嫉妬する。
それでは500年たっても賢者に会えず、1000年に1人の聖人を期待することすら困難。
聖人 ・ 賢者といわれる優れた人材がなくては国を治められない。
 
15.私心を捨てて公務に向かうのは、公人の道。
私心があるとき、恨みの心が起きる。
恨みがあれば、必ず不和が生じる。
不和になれば私心で公務をとり、結果として公務の妨げとなる。
恨みの心が起これば、制度を破る者も出てくる。
第1条 「上の者も下も協調 ・ 親睦持つなら、成就する」 とはこうしたこと。
 
17.物事を独りで判断してはいけない。
必ずみなで論議して判断しよう。
些細なことは、必ずしもみなで論議しなくてもよい。
ただ、重大な事柄を論議するときは、判断を誤るかもしれない。
みなで検討すれば、理にかなう結論が得られるだろう。
 
2.仏教の三宝を信奉しよう。
三宝とは仏 ・ 法理 ・ 僧侶。
それは命ある者の最後のよりどころで、国の究極の規範。
どんな世界でも、いかなる人でも、これを尊ばないことがあるだろうか。
人には甚だしく悪い者など少ない。
よく伝えたなら正道に従う。
ただ、仏の教え(など) に依拠しなければ、何から曲がった心を正せるだろうか。
 
16.民を動かすにはその時期をよく考えてする、とは昔の人のよい教え。
冬に暇があるとき、民を動員すればよい。
春から秋までは、仕事に力を尽くすべきとき。
民を動かしてはいけない。
民が農耕をしなければ何を食べていけばよいだろうか。
養蚕がなされなければ、何を着たらよいのだろうか。
 
 
(『十七条の憲法 現代語訳』
http://www.geocities.jp/tetchan_99_99/international/17_kenpou.htm
 
 『十七条憲法』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%81%E4%B8%83%E6%9D%A1%E6%86%B2%E6%B3%95)
 
 
 憲法といっても官僚や貴族に対する道徳的な規範だそうで、諸説あるにしろ西暦604年の 『日本書紀』 に初出、聖徳太子もこのころ生存とのこと。
実に1400年まえから日本の政治状況はあまり変わってないとしたら、民主主義も60年目のお題目に過ぎない1面を覗かせます。
 
(余談ながら、現代の第17条とも内容が重なっているのは、戦後の憲法委員会による何かなのかな、とも思えました。
 
『日本国憲法第17条』
> 何人も、公務員の不法行為により、損害を受けたときは、法律の定めるところにより、国又は公共団体に、その賠償を求めることができる。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%9B%BD%E6%86%B2%E6%B3%95%E7%AC%AC17%E6%9D%A1)
 
 現代において、民主主義を追求しようとしたら、理念と損得、2面から変えていかなきゃ、民主党が政権をとっても同じでしょう。
1大政党よりマシではあるけれど。
以下は改善策。
 
A.汚職防止にはまず罰則の強化で、良識(?) の布教は長期的対策、かと。
内規で免職させるのと社会的制裁、という場合があるようですが、公務なら民間より当然 厳しくしていい。
 
B.政治家や公僕という職業が、他とどう違うか、という教育を小中高の課程へもっと盛りこむ。
これは年に1時限を導入といったまとまったものじゃなく、細かく振りわけるのが望ましい。
例えば歴史にある事実のうち、損得を捨てたような逸話を挙げて現代の政治的な機構に投影させ、折りにふれ思考させる方法など。
 
C.官僚から地方公務員たちの給与を国民的な平均水準まで (数十年かけ) 徐々に引きさげる。
根拠は、収入より高い賃金の使用人を雇えない点 / 民間よりも固い安定性という利点など。
 
 清廉潔白が公人の名誉、といった職業像を作りあげると、もっと公正になっていくだろうし、これでも求職の需要はあるはず。
 
 
 
『 <公務員制度改革> 「政務専門官」 盛る … 懇談会報告書』
 
> 「公務員制度の総合的な改革に関する懇談会」 が福田康夫首相に提出する報告書の全容が30日、明らかになった。
> 国会議員との窓口を 「政務専門官」 に限定する 「接触の集中管理」 を柱とし、専門官が所属する 「内閣人事庁」 の設置法案を09年の通常国会に提出すると明記した。
(毎日新聞 2008/1/31 2:43
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=395861&media_id=2)
 
 
>>誰か知り合いでRHマイナスB型の人知りませんか?
>>私の知人の3歳の子が急性リンパ性白血病になってしまって、昭和医大に入院してるそうです!
>>RHマイナスB型の血液不足にて手術受けれない状態で、誰かRHマイナスB型の方がいませんか!?
>>是非協力お願いします!
>>1人の幼い子の命がかかって、とても危険な状態だそうです!
>>最寄りの献血センターで献血できるよなので、是非是非協力お願いします!
>>わからないことあればいつでも連絡ください!
>>よろしくおねがいします!
 
 
 
> インターネットで調べました。
> チェーン_メールと言ういだすらです。
> 昭和医大からも関係ないと声明が出てます。
> 今ものすごーく広まっているいたずらですって。
> 昭和医大にもたくさん電話がかかってきて、「大迷惑してるんだって」 とのことでした。
 
 
 
 許せない。
 
 
 
『 <昭和大病院> チェーン_メール出回り問い合わせ相次ぐ』
 
> 病気の子供のために献血を呼びかけるチェーン_メールが出回り、入院先とされる昭和大学病院 (東京都品川区) に問い合わせの電話やメールが相次いでいる。
> 22日午前までで350件に上った。
> 病院はホームページに 「呼び掛けはしていない」 と、緊急の通知を掲載した。
(『毎日新聞』 2008/2/22 20:22
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=414394&media_id=2)
 


註:自分音楽の精神論の駄文です。
  不適切であれば削除して下さいませ。
  08/02/18「結局の所の自問自答」



I'm sleeping on the way,But thinking in myway....


だから音を作ってもヒトに聴いて貰わなきゃ単なる自慰行為。
昔からそれは持論でもあって、作るだけで満足出来るんならそりゃ
立派な趣味、幅広くコナす表現狂言。



否、自分的には外部にダイブさせるアウトプットがネットワーク、
残念ながら人脈か?って言ったら其れもどうかと、
客寄せパンダの道化三昧、俺の日常なんて泥臭いもんさ。

しかも配信の仕方

このたった1000万人ちょこっとしか居ないmixiとかさ、
たった2億人登録のマイスペースとかさ、
まあ色々在る訳ですがね、
ネットの力舐めんなって判ってるけどさ、
何だか手売りの実感というかライヴ会場でのあのごった煮的な要素、
そう多分だけど、この平面でしかないモニター眺めてても
そこから感じ取れるモノって何だって、もう頭ん中ぐるぐるで、

嗚呼、そうか。昼のくすり飲み忘れてたんか。

服用フクヨウ。飲みました。



何かさ、新しく仲良くなったヒトに名刺代わりか「mixiやってる?」って
もうそういうのが日常なのが嫌で嫌で、会社のコミュニティーまで
見つけちゃって、こんな所で繋がるなって気持ち悪いんだよ馬鹿って独り言。

結局アクティヴにmixi更新してる暇在れば俺ん中の俺でも見つめ直して
頭ん中の俺、ヴァージョンアップしてって、俺は電脳じゃないって
現実もヴァーチャルも無論大事、そんなの判ってる、

考える暇なんか

用意

さ
れ
て
ないのも

判ってる。




生きるって難しい =live= とかいう動詞じゃんか、英語で言うたら

ニホンゴって本当に難しい、アスペルガーのせいで(せいにすんな)
病院でやったIQテスト162ってさだからそれもどうかとも思う訳よ。

無論、こゝろの時代、でもEQテストもなんだっけ、結構高めだったな
何の話だって最後に纏めるならば結局人間死ぬ迄死ねナインス。
早めても良いよ、だってそれも自由の一つっておいおい傍迷惑な俺。

スタイリッシュに死にたいね、センセーショナルに死にたいね
そんな事書いてる暇在ったらギターの弦でも張り替えよっと。

だから何時までも
何時迄も
繰り返す自問自答は辞められない

子どものまんま大人になった。



それも実状で現状。

嗚呼、どうすりゃいいのか脳内電波フルスピード3GBで思案中。
休日に一旦停止。

http://www.myspace.com/madeinyou
http://mixi.jp/view_community.pl?id=2856267
http://ip.tosp.co.jp/i.asp?i=mochikei
 
( 9さん 〔書きこみ017〕、Kさん 〔書きこみ018〕、ありがとうございます。 ^_ )
 
 
 水曜、19時にNHKで 『地球ドラマティック』 という、海外のTV局が制作した科学番組がやってます。
この水曜は、生物の目・鼻・耳が内容でした。
 
 あるフクロウは、耳の大きさが左右で違うせいで、左右だけでなく上下なども正確にとらえるそう。
(? でも人間もできますよね。
ていうか、どうして2つしかないのに前後や上下が知覚できるんでしょうね。)
 
 犬の嗅覚は人間よりもずっと優れてて、空港での麻薬探知だけでなく ・ 癌細胞の有無 ・ 相手の感情などまでわかるそう。
 
 蝿など昆虫は、複眼をもつことで視界としてはモザイク状、紫外線だか何かを視界に重ねることで同種族や植物を見定めれる代わりに色覚はあまり正確でないよう。
複眼は、単純で小さな目が多数にまとまった構造。
この構造による最大の特長は、いわゆる動態視力、視界の動きを <速く> 感知できます。
 
 例えば、人が歩いてたら穴に落ちて、穴から水が吹きあがって人も出てきた、という物語。
a.4コマ漫画。
b.パラパラ漫画。 (本の隅に落書き)
c.アニメーション
d.実写フィルム
このabcdの違いは、コマ (内容) の数。
数が多いほど、より速く事態を知覚できます。
 
 ハエを叩こうとして、逃げられるのは、こうした原理。
ハエには、dの実写フィルムもbのパラパラ漫画に見えてるみたいです。
 
 ヒトは、ヒトが感じとれている世界が最も正確で、基本的だと信じてたり、疑いすらできなかったりします。
例えばハエが視ている <時間> は、明らかに私たち自身よりも密度が高いわけですよね。
それは私たちが呼んでいる、いわゆる客観が、実はすでに余分をかなり含んでいて肥大していることを意味します。
そして客観などを自覚する知性を尊び、人間を優れた存在として歴史的にも尊重してきました。
もちろん、この繁栄の事実をも根拠にして。
 
 果たしてそれは正確なんだろうか?
その番組を観てて、ふと思いました。
僕自身にもかなり固定観念や既成概念 / 思考停止といった過信がたくさんあるみたいです。
 
 
 
 
 泣けるのが1番うれしい。
 
 
 
cf.http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=15790264 comment=059
 
『<日本経団連> 75歳以上の給与 「非課税に」 …提言検討』
(2008/5/31 15:12)
 
 日本経団連は、消費税率の引き上げに合わせて所得税の減免措置も講じる税制改革案を提示する。
子育て世代への税負担軽減に加え、75歳以上の高齢者の給与所得などを非課税とすることを検討し、7月にも提言をまとめる。
後期高齢者医療制度に対して批判が高まる中での提案は、与野党の税制論議にも影響を与えそうだ。
(『毎日新聞』 http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=504387&media_id=2)
 
 
 僕はまだ、この後期高齢者医療制度についての理解に乏しいんですが。
様々に批判があるみたいですね。
実際のところ、締めつけなんでしょうか、保護なんでしょうか、わかりません。
 
「後期高齢」 という表現にも非難があり、「長寿高齢」 に改名する動きがあるみたいですね。
“無神経な文言だ” との指摘があるようで。
この非難はさすがに、言いがかりじゃないですかね。
後期を長寿に替えたら、何だか正確さに欠ける気がします。
でもやっぱり、難癖をつけられない気遣いが必要だったのかな。
 
 
(cf.後期高齢者医療制度
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%8C%E6%9C%9F%E9%AB%98%E9%BD%A2%E8%80%85%E5%8C%BB%E7%99%82%E5%88%B6%E5%BA%A6)

 
 
 萱野さん、おめでとうございます。
 
(『コタンクルカムイ 梟 里山神』
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=6586276 comment=004)



『<アイヌ民族> 「先住民族」 初の国会決議、衆参両院で採択』
(2008/6/6 11:31)
 
 アイヌ民族を先住民族と認定するよう政府に求める初の国会決議が6日の衆参両院本会議で、全会一致で採択された。
これを受け町村官房長官は両院本会議で、政府として初めてアイヌを 「先住民族」 と認識することを表明し、正式な認定に前向きな姿勢を示した。
政府は今後、先住権の内容などを検討する方針。
 
(『毎日新聞』 http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=509972&media_id=2)
 
 
 昨年の国連総会では、先住民族に幅広い権利を認める 「先住民族の権利に関する宣言」 が日本も賛成して採択され、7月の北海道洞爺湖サミットを前に、先住民族と認める国会決議を採択する機運が高まった。
 
(『朝日新聞』 http://www.asahi.com/politics/update/0530/TKY200805300307.html)
 
 
 ニヴフ、ウィルタという近隣の先住民については、他の人のニュース日記を読むまでしらなかった。
その人は学校の先生から教わったようだ。
 
(cf.ニヴフ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%83%B4%E3%83%95)
 
(cf.ウィルタ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%AB%E3%82%BF)
 
 
 
http://mixi.jp/view_diary.pl?&id=829997695&owner_id=1098147
 
『小林薫に独占インタビュー! 死刑囚を受け止める役 「命の重さについて考えてほしい」』
(2008/6/6 12:40 http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=510049&media_id=14)
 
 映画 『休暇』 で “人の命をひきかえにした幸せはありえるのか” という重いテーマに真正面から挑んだ主演の小林薫に、自身が演じた死刑囚の体を受け止める 「支え役」 役について話を聞いた。
「最近シュールに笑いに逃げたり、恋愛映画だったり身近なテーマを題材にした映画が多いなかで、久しぶりに本格的に真っ向勝負の映画だと思った。
しかも1973年生まれの若い門井肇監督があえてこういう映画を作ろうとすることに強く惹きつけられた」 と出演を決めた理由を語った小林。
小林が演じる刑務官・平井は、長年の拘置所勤めを経て喜怒哀楽を表に出さず、余計なことは一切話さないことが体に染み付いてしまった男。
「実際の刑務官は個人的な感情を押し殺して公の刑務官として生きていると思う。
だからもし僕がヘンに感情移入した演技をすると安っぽくなる。
それに平井個人の感情は心の奥にしまっておく方が、彼の葛藤が観客に伝わるかと」 と語り、登場人物が寡黙であるほど、逆にわたしたちの心に雄弁に何かを訴えかけてくるのだと教えてくれた。
圧巻なのは死刑が執行される場面。
カメラは落ちてくる死刑囚を全身で受け止める平井の顔を執拗にとらえて離さない。
小林は 「子どもが投げたボールが胸に当たっただけで、平井が嘔吐するという場面がありますよね。
あれは死刑囚の体のけいれんを受け止めた感覚が、ボールが当たっただけでよみがえってきてしまったわけです。
そのくらい平井の感情には重く沈殿しているものがある。
でも、実際に執行のときにものすごい衝撃を受けているような演技をするのもどうかなというところもあり、その演技のサジ加減は非常に難しいところでもあった」 と振り返った。
このシーンは数カットに割っているがどれも1回のテイクで撮影したそうだ。
「自分に身近な題材を扱った作品を観て楽しむのもいいけれど、こういう命の重さについて考える作品もぜひ観てほしい」 と小林。
本作は、死刑囚を演じる西島秀俊のほか大杉漣、柏原収史ら多くの出演者とスタッフが作品のテーマに共感して集結。
撮影は小池和洋プロデューサーの故郷山梨県で行なわれ、地元の人々と一緒に作り上げた作品だという。
このような作り手の思いをぜひ多くの人に感じてほしい。
映画 『休暇』 は6月7日より有楽町スバル座、お台場シネマメディアージュほかにて、全国公開。
(http://www.eigakyuka.com)
 
 
 
 あんな職務があるとは知らなかった。
いや、本当なんだろうか。
凶悪犯罪 (拡大自殺)、それに自殺をなくす努力、は刑事政策たけでなく。
例えば隣人に気を配る、あるいはネットでの会話を丁寧に受けること1つも、含まれるかもしれない。
 
 
 
『<連続幼女誘拐殺人> 宮崎死刑囚に死刑執行』
(2008/6/17 10:21)
 
 法務省は17日、1988〜89年に東京と埼玉で起きた連続幼女誘拐殺人事件の宮崎勤死刑囚(45)の死刑を執行した。
80年代末の日本社会に衝撃を与えた同事件から丸20年。
宮崎死刑囚は捜査や公判で不可解な供述を繰り返し、詳しい動機や背景を語らないまま、06年2月の判決確定から2年4カ月で死刑が執行された。
 
(『毎日新聞』 http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=520276&media_id=2)
 
 
 
 
1番 大切なのは人の命だよ
 
どうして?
 
だって、パパもママも人だし、命があるだろ
 
ポチも?
 
パパとポチ、どっちが好き?
 
ママ
 
ママもお前と同じ、ヒトっていう生き物だからさ
ポチも大切だけど、きっとポチだってポチのママを1番 大切なんじゃないかな
人の体、髪の毛や皮や血にはヒトの印が中に入ってて、すごい望遠鏡で覗くと見えるんだよ、犬には犬の印が見える
人を殺すことは、人にとって1番 悪いことなんだ
 
どうして?
 
だって、ママが殺されたら悲しいだろ?
それにもし、パパが誰かを殺したら、パパとお別れしなくちゃなんない
 
どうして?
 
お巡りさんがパパを捕まえて、連れてっちゃうから
 
連れてかれてどうなるの?
 
パパがもし、ひどい殺し方で何人も殺しちゃってたとしたら、死ぬまで閉じこめられる
 
殺しちゃえばいいのに
 
! どうして?
 
だって、悪い奴はやっつけないと、やっつけられないならやっちゃえって真似する奴が出てくるし、それに閉じこめとくなんてお金がもったいないじゃん
 
そうだね
悪いことを真似しちゃダメだし、お金がもったいないのもダメだよね
 
うん
 
ところでさ、1番 ダメなのは何だったっけ
 
人を殺すこと
 
人ってどんな生き物だったろう?
 
人はヒトの印がついた生き物
 
悪いことをするとどうなる?
 
真似する奴が出てくる
...そっか
 
だから閉じこめておくんだ
お金はかかるけどね、国じゅうの大人が毎年、缶ジュース1本を我慢するくらい
それにね、死ぬまで閉じこめられてるってことは、死なされるの同じくらい苦しいんだよ、試せやしないけど
いつか想いうかべてごらん、やっつけられるのと同じくらい、さみしいから
 
こないだお仕置、閉じこめられて怖かった
怖かったし、それに悪いことしたときのこと、ずっと忘れられなかった
 
そうだね、人を殺すのは1番 悪いこと
 
うん
 
でもね、仕方ないときもあるんだ
 
嘘?
 
本当
 
どんなとき?
 
そう例えばさ、誰かからすぐに殺されそうなとき、どうする?
 
逃げる
 
すぐだから逃げれない、なら?
 
うーん ...叩く
 
もしも思いっきり叩いて、それで殺しちゃったときとかは、それは仕方ないんだ
だって、すぐに殺されそうだったんだからね
でも、これはパパの考えたことで、ママはパパと違うこと考えてるかもしれないけど
 
ふーん ...え、じゃあやっぱり、さっきの閉じこめられたパパも、殺されちゃってよくない?
人を殺したんでしょ
 
すぐに殺されそうなとき、しか、人を叩いちゃダメだし、死なせて仕方ないってことにはならないんだ
どうしてかわかるかい?
 
...!
わかった
 
 
 
 
 
 
 
1番 大切なのは人の命
 
どうして?
 
だって、ママもパパも人だし、命があるでしょう?
 
ポチも?
 
ポチとママと、どっちが好き?
 
ママ
 
ママと同じ、ヒトっていう生き物だからだよ
人の体、髪の毛や皮や血にはヒトの印が中に入ってて、すごい望遠鏡で覗くと見える、犬には犬の印が見える
ポチも大切だけど、きっとポチもポチのママを1番大切なんじゃないかな
ということは人がする1番 悪いことは、人を殺すってこと
 
どうして?
 
だって、ママが殺されたら悲しいでしょう?
それにもし、パパが誰かを殺したら、パパとお別れしなくちゃなんない
 
どうして?
 
お巡りさんがパパを捕まえて、連れてっちゃうから
 
連れてかれてどうなるの?
 
パパがもし、ひどい殺し方でたくさん殺しちゃってたとしたら、死刑になる
 
しけいって?
 
一番 大きな罰
死なされる罰
 
殺されるの?
 
まあそうね
でも、これはママの考えたことで、パパはママと違うことを考えてるかもしれないけれど
 
どうして殺していいの?
 
だから
人を殺したから
それに、死なさないとまた殺すかもしれないでしょう?
 
 
 
 
 
 
 
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=14877895
 
 ハリウッド映画は好きじゃない。
日本のバラエティ番組みたいにくだらない。
 
 なのにハリウッド映画は魅了してやまない。
『マトリックス』
『コンスタンティン』
『ロッキー』
『ゴッドファーザー』 ...。
 
 キャスト、役者たちの魅力か。
破格な予算によるセットやCGの映像か。
シナリオか。
 
 結局、僕はシナリオや絵コンテのなかの想像力だと思う。
そこでの淘汰が激しく、で優れてゆくのだと思う。
画像の想像力と、台詞が味噌かと確信する。
驚くべきことに、着想や仕掛けじゃなくて、視覚演出や語り口こそ。
 
 十数年前、フランシス・コッポラが映画 『タッカー』 の発表時に言ってたこと。
当たり前だと聞きながしてた。
 
「創造力が商品になる」。
 
 
『ランチ_タイム_ジプシー』
 
 
 ランチ_タイムは無用、合間に放りこんじゃいやいいって慣習だったのに。
近ごろ1時間半くらい空くハメになりました、ちょくちょく。
出先なので、エアコンで冷やした車内で眠る ...というのも環境によくないと思い、どこか公園の木陰を見つけ、横になってみました。
 
 あ ...暑い。
こりゃダメ。
他にいいとこないかな?
ありました。
図書館。
 
 その市立図書館は、建って10年くらいかなという、小さいながら快適な設計でした。
各書棚の両脇に椅子がすえられてて、窓際は3方がソファかデスク。
ソファのデザインが数種あるとこなど心憎い。
閲覧用のホールも2ヶ所、いい図書館。
 
 休もうと来たつもりでも、つい蔵書に目が向いてしまい。
僕は積ん読書家で、未読本をたくさん所有してるから、借りるような立場じゃない。
でも、あれこれ好奇心が湧いてきてしまう。
コンピュータ検索を利用すると、開架と閉架とがあり、奥から取ってきてもらえる本もかなりあるみたい。
個人的に死刑制度へ興味があって、法律や刑法関連の棚へ。
うわー40冊くらい、もっとかな、ありました。
たくさん置くものだと驚きました。
 
 哲学の間へ。
ここはたくさん、棚いくつもに渡ってます、こんなに要るかしかし。
クリステヴァやソーカル、それにサルトルらが何冊も並び、思わず手が伸びて空席を探してしまう。
図解ものの哲学参考書も何冊とあったのが気になった。
図書館に必要な種類なんだろうかと。
いろいろ考えたら、あってもいいと思えた。
実際、個々の哲学書って読まなくていいとすら、もともと思ってた。
歴史的な流れを把握して、個々の概要を知って、さらに興味の湧く人物の主著 (これも解説書が優しい) や人物伝を探ると、人々が何をどう思考してきたか垣間観える気がする。
 
 ...人類史や心理学の辺りへ移って覧てたら、ケイタイのアラームが震えた。
やいやい寝逃したっ。
でも図書館って好きだな。
知識の宝庫で、みな息をひそめてて、適温で。
 
 
 
(あなたは好きですか?)
 
 
『[政治] もう分権を先んじさせて現状に変化を?』
(2008/8/17)
 
 
> 毎日新聞の知事アンケートでは、現在の都道府県に代えてより広域な自治体を作る 「道州制」 には約6割の28人が賛成した。
> 明確な反対は福井県の西川一誠、兵庫県の井戸敏三、奈良県の荒井正吾の3知事だけだった。
> 道州制に賛成した28人のうち 「賛成であり、議論を進めるべきだ」 と答えた 「道州制推進派」 は19人。
> 残りの9人は 「どちらかというと賛成だが、地方分権改革を先行すべきだ」 と答え、 「どちらかというと慎重で、地方分権改革を優先すべきだ」 (11人) と合わせた 「地方分権優先派」 が20人に上った。
 
> 福田康夫首相の地方分権改革への取り組み姿勢に関しては 「評価する」 が過半数の26人で、「評価しない」は5人。
> 16人は回答を留保した。
> ただし、「評価する」 と答えた知事のうち24人は 「地方の負担増に対する配慮がより必要」 と条件を付け、負担増に警戒感が強いことも浮かび上がった。
 
> 自治体の財源を充実させるために消費税を増税することについては21人が 「賛成」 と答えたが、「いちがいに言えない」 も21人おり、判断が分かれた。
> 「反対」はゼロで、5人は回答を留保した。
 
> 小泉政権が進めた国と地方自治体の税財政を見直す 「三位一体の改革」 については 「評価できない」 が38人と8割を占めた。
> 「評価できる」は1人で、8人が回答を留保した。
 
> 【石川貴教】
〔『知事アンケート:道州制「賛成」6割』 『毎日jp(毎日新聞)』 (2008/8/17)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=579655&media_id=2
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20080817k0000m010095000c.html〕
 
 
 
 前提はこんな感じだろうか、どうもよくわからない。
「道州制推進」 を 「地方分権改革」 から先行させる、「地方の負担増」 と招くらしいことからして、道州制自体には分権が明示されないようだ。
「小泉政権が進めた国と地方自治体の税財政を見直す 「三位一体の改革」」 は地方負担から観て損だったと判断されているようで評価されていないけど、より不明確な 「福田康夫首相の地方分権改革への取り組み姿勢」 が評価されるのは、“長いものに負かれろ” か敬遠かがあるかのよう。
 
> 日本において国と地方公共団体に関する行財政システムに関する3つの改革、すなわち
>(1)国庫補助負担金の廃止・縮減、
>(2)税財源の移譲、
>(3)地方交付税
> の一体的な見直し、をいう。
(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E4%BD%8D%E4%B8%80%E4%BD%93%E3%81%AE%E6%94%B9%E9%9D%A9)
 
(地方財政の現状
http://www.soumu.go.jp/iken/zaisei/genjyo.html)
 
 体制が先か財政が先か、という押し問答なら、もう体制を先んじさせて現状を変化させ、財政について引きださすほうが速い。
地方へ分権されていてこそ発言力も増して、より具体的な討議になるはずかと。
 
「道州制」というのは何かのTVで聞いた事があります。財政に関する事でそうなるなら何かそれを言われたら仕方がない、という印象があります。
でも、それをしてそんなに変わるものなのかしら?分権して相当強くなってしまった地方同士が全体に対して無責任になっていく懸念もありますね。全体が部分に対して責任感を持っているかと言われたら、有るとは思えませんが。ビジネス的な問題を感じます。もしそうなら、改革が解決になるのかどうか‥。

図書館は好きですね。図書館はいつも人が大勢いる感じがしますが、皆何の本を読んでいるんでしょうね?一番多い読書が小説とは思えないし、それぞれの勉強事でしょうか。僕は大体は勉強事です。
 
『民主主義の系譜』
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=8018069
 
あのトピックでは今 (2008/8)、いささか討論気味になってて、もし不快でしたらすみません。
平行線を辿る意見交換よりも議論を重んじる傾向が僕にはあります。
あそこでもついああした感じになりますが、僕自身は特に不快感を持ってなく、いつもの調子なのです。
マイミク承認、ありがとうございました。 ^_
 
道州制については、地方自治体に自立性が欠けてると思い、改革の利害以前に責任分割して権益をそれぞれに生産するよう挑ませないうちは欠如も改善されない、現在の綱引きだって互いに深刻さが足りない、なんて感じてます。
 
 図書館。
読みものはやはり小説や、いずれにしろ学術的じゃないものが多いんじゃないでしょうかね。
蔵書からしてもそう感じますね、市民図書館なら。
僕なんか眠ってますけど。 ^_
 
図書館。

何か皆真剣な面持ちで読まれているから勉強かな?と思っていました。
僕が図書館に行く時によくやるのですが、何かについて調べようとしていて、それについて適切な事が書かれてありそうな本をその場で立ち読みし、書かれてありそうだったら閲覧室へ持って行きます。一冊を丸々読むのではないし、どの本にあるかタイトルだけでは解らないから、ちょっと貸りるのは…。けっこう立ち読みしている内に探しものと関係ない所に気になるものを見付けて読み耽ったりしますね。で、閉館30分前位になって焦って本来の目的に戻ったりします。
皆、貸りてまで読むのはちょっと…、と思ってそこで読んでいるのかと思いましたが、図書館の空気が好きでそこで読むのかもしれませんね。
図書館の空気は声を出さずに何かがお喋りをしている、そんな感じがします。そこへあの後ろ姿は憎いですね。CDのジャケットか何かでしょうか?
はじめまして

図書館って好きです

大学図書館が一番蔵書が揃ってて のんびりとした憩いの空間に思いました

市の図書館ももう少し蔵書揃えてあって会社帰りによれるような図書館がいいですね
 
政令指定都市や大学くらいの規模だと、地域の図書館よりも蔵書もしっかりとしてて、調べものとか目的あって立ちよってもついつい他ごとにときを忘れてしまいますよね。
 
書きこみ026の画像は雑誌の表紙です。 ^_
 
みーわんサンはじめまして。
ようこそ。
どうぞ気軽に書きこみくださると嬉しいです。
 
 
『男児死亡:
パチンコで車内に放置 ..
容疑の母親を逮捕;秋田』
毎日新聞 2009/08/27 21:24
 
秋田県由利本荘市のパチンコ店駐車場で生後11カ月の乳児が車内に放置され死亡した事件で、県警由利本荘署は28日、
母親の同県にかほ市象潟町浜山、主婦、堀淳子容疑者(31)を保護責任者遺棄致死の疑いで逮捕した。
 
逮捕容疑は27日午前10時すぎから約3時間、車内に長男龍成(りゅうせい)ちゃんを放置して死亡させたとしている。
龍成ちゃんは脱水症状を起こしたとみられる。
 
秋田地方気象台によると、27日の現場付近の天候は曇りがちだが日が差すこともあり、気温は29.3度まで上がった。
 
【小林洋子】
http://mainichi.jp/select/today/news/20090828k0000m040079000c.html?link_id=RSH02↑
 

http://www.aab-tv.co.jp/news/annnews_190828003.html
 

http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=942937&media_id=4






 
『母親に罪はない。』
 
こういう発想をしないと、
この手の事件はなくならないのではないか。
 
僕は今から10年ほど前、パチンコ屋の店員で食っていた。
かつ最近、ごく身近に依存症の人間が出た。
依存症だった僕の友人は、いま、パチンコから足抜けし、釣り三昧の日々を送っている。
(僕が教えた。)
彼を救ったのは、
「悪いのはお前じゃない。
パチンコだ」 という周囲の言葉だった。
 
実際そうなのだ。
依存症に苦しんでいる方がもしおられたら、参考にして欲しい。
自己責任など、糞でもくらえだ。
 
思うに、パチンコとは、強烈な洗脳である。
「ああ、こいつは洗脳されたな」
そういう人をおおぜい見た。
そういう人は、マジで心の底から、決定的に、絶対的に、
「パチンコがすべて」 になってしまう。
したがって、僕はこの母親も不憫でならない。
 
「子供より、パチンコ。
ある種の人にとってはいやでもそうなってしまう。
それが、パチンコなんだ。
だから、毎年毎年こういう事件が起きるんだ」
 
諸君、
頼むからそう考えてくれ。
来年、命を落とす子供が1人もでないように、
僕は、したいのだ!
だが、パチンコ屋にパチンコ営業をやめろ、
と僕はいわない。
しょうもないやつらに、正しいことを期待しても仕方がない。
しかし、真心を込めて皆にいう。
気高き人間の諸君。
パチンコはやるな。
パチンコはやるな。
今日の母親は、
未来のあなたかも知れないのだ。
だから、パチンコはやるな。
 
いっておく。
パチンコの最も恐ろしいところは、
「大勝ちした瞬間、底なし沼にはまる」 その麻薬性だ。
そういうふうに、作られている点だ。
そして、まじめな人ほど、正直で素直な人ほどその沼に陥りやすい点だ。
母親には罪はない。むしろ、
「罪がないから」 そうなるのだ。
それがパチンコなんだ。
詳しくは以前の僕の日記を。
(http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1132245036&owner_id=8413528)
 
以下、依存症の友人とともにかみしめた、
「禁パチに効く7つの質問」 を掲載する。
 
1.パチンコ屋は儲ける為に営業しており、お客に楽しく負けてもらうのが商売だと、十分わかっていますか?
 
2.相手はマインドコントロールのプロだという事を知っていますか?
 
3.たまに貴方が儲かる時もあるのは、儲けさせた以上に回収できる事を、相手は十分わかっているからだと知っていますか?
 
4.貴方が負けてくれる事を、とても期待している人がいる事を知っていますか?
 
5.負けず嫌いで真面目な貴方の性格が、相手に利用されている事を知っていますか?
 
6.その3000円で、美味しいものでも食べませんか?
 
7.パチンコした後の貴方を好きになれてますか?
 
元ネタはこちら。
これで観た方がぐっとくる。

(http://www.youtube.com/watch?v=wLVboxIt6_s)
 
パチンコ屋の、かろやかな自動扉をくぐるその前に。
少しでも多くの人が、この質問を心に投げかけることを、
伏して願う。祈る。
 
2009/08/28 09:59
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1267526095&owner_id=8413528↑ (転載了承受)






 
http://www.shinchosha.co.jp/shinkan/nami/shoseki/603543.html
 
http://mixi.jp/view_community.pl?id=663915
 
http://mixi.jp/view_community.pl?id=1473250
 









http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=31252065
 
構造主義(構造言語)は破壊の剣だと思う。脱構築にはその威力がある。でも僕が今追いたいのは再構築の方です。

人類学者レビストロース氏死去=構造主義の父−100歳
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1009541&media_id=4

レヴィ ストロース死去のmixiニュースです。



まずレヴィ ストロースがまだ生きている人だとは思っていませんでした。そこに驚いた。
構造主義者の100年の人生。どうだったんだろう、人間を客観的に肯定できたのだろうか。なんとなく空しさを感じてしまうが、それはレヴィ ストロースの問題であって他人である僕の問題ではないともも言える。

レヴィ ストロースのmixiニュースでコメントがけっこう上がっている事も驚きでした。僕はその著書を読んだ事はないけど、ちゃんと構造主義を知る人達が沢山居る。

皆は構造主義の視点を持ちながら、どう再構築や人間の肯定、価値や意味の確立について探究していますか?

僕はジル ドゥールズの『スピノザと表現の問題』という著書から、構造主義の視点を基盤にスピノザの認識論である平行論に再構築の確立を夢見ています。

観念はその対象である事物に対応している。諸物を支配する物理的法則と対応する観念の産出の秩序。

観念の産出の秩序を客観的事実として確立させたい。そういう動機で今、構造言語の原点であるソシュールを読んでいます。


皆がどうしているのか興味があります。良ければ意見交換をしたいなw



という日記を書いてみました。
構造言語・哲学は意味や価値の先天性を否定する。
それでも実際にこの現実の日々の中で意味や価値は大事だと感じられる。
皆はどうしているのでしょうか?
 


最近過去をよく振り返るもうやだ〜(悲しい顔)

唐突で瞬時に色々と。
その中の1つ、忘れられない想い出

小学校1年生だったか…

ほんの数ヵ月間だけクラスにいた外国人の女の子。

何処の国の子かもどの時期にいたのかも、もぅ覚えてなぃんだけど、小柄で肌の色は黒めのアフリカ系の子だった。(気がする)

外国人を物珍しく思う幼かった私達は、言葉も通じないその子にあまり近寄らなかった気がするあせあせ(飛び散る汗)

ある日の授業で、私は図書室に返却しなければいけなぃ本を自宅に忘れてしまい、泣いてたあせあせ(飛び散る汗)

それだけで?(白)って今考えるとバカバカしぃけどその時は重大なミスあせあせ(飛び散る汗)

クラスのみんながちゃんと返却していく中どぅしよぅかとただただ泣いていると、彼女がそっと私の肩をたたいた。

そして、自分の持っていた本を差し出し、私に返却するよぅに促した。

私は驚いたダッシュ(走り出す様)

言葉が通じなくても、私が何故泣いているのか、何をしたぃのかを解ってくれていたから。

あの子の事が未だに忘れられないわーい(嬉しい顔)


言葉なんて関係無い!
と気付かされた瞬間だった泣き顔ぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)

人の感じ方、表現は言語に関係無く共通だ

と幼いながらも実感したあの一瞬だった。

それからすぐ女の子は母国に帰ったんだけど、今何してるんだろ〜とか、覚えてるかなとか、働き出した今でもふと思い出すほっとした顔
会えるものなら会ってみたいなぁぴかぴか(新しい)
 






(『 『ありがとう』と言いたい』
 
 ある人の日記。
 承諾を得て転載しました。
 w a r m a r t :)
 

http://www.youtube.com/watch?v=Gu8XNnGp2gk&fmt=18↑)
 
 

夕食のあと、ベッドに寝転びながらラジオを聴くのが日課になっている。

美味しいお料理をいただき、満腹になり、満足し切ったおなかでほくほくと部屋へ向かう。

ベッドとは反対側にある灯りをともし、ごろんとベッドに寝転びおもむろにラジオのスイッチをぽちっとひねる。

このラジオは数年前、近所の量販店の家電コーナーで購入したものだ。

白いのでほこりが目立ちやすいのが難点だが、なかなか重宝している。

われながら役に立つものを購入した、と悦に入っている。

ラジオとCDとカセットが聴ける簡素な作りのもので、最低限の機能しかついていないが、機械に疎い私にはこれで充分である。

そのラジオから外国のテンポの良い音楽や、DJのいささかわざとらしいほど陽気な声が流れてくる。

顔が見えないのに、いや、顔が見えないからなのか、声の持ち主に何となく親しみを感じる。

DJの提供する陽気な話題とは逆に、ぼんやりと灯りのひとつだけついた部屋で私はしだいに落ち着きを取り戻してくる。

いかにも満足気にベッドから腕をだらんと垂らしてみたり、横向けになってみたり、仰向けになって思い切りのびをしてみたりを繰り返す。

体と心と、外界を取り巻く自然のリズムが調和してきて、とくとくと時を刻み始める。

この時間を愛している。
 






聴覚以外の感覚が自由に使え、想像力に委ねているせいか、ラジオはテレビより自由になれる気がする。

居間からはゴールデンタイムのテレビの、けたたましい笑い声が聴こえてくる。

テレビは時に疲れる。

もちろん観ていて楽しいものや感動するもの、ためになるものも多いが往々にしてそう感じる。

朝から晩までこちらが必要ともしていない情報を流し続ける。

少し前、「サザエさん症候群」という言葉がはやっていたが、日々暮らしていてその時間の特性や雰囲気を、時間ごとに区切られたテレビの番組によって決めつけられてしまうことが多いような気がする。

そして「この番組の時はこれをしなければならない」と、時に憂鬱になったり、慌しく過ぎ去ってしまう。

テレビを消して、時そのものをゆっくり味わってみると、自分が今この瞬間に本当にしたいこと、しなければならないことというのが、心の奥深くから自然と聴こえてくるような気がする。

時を味わい、人間の心と体と自然界との調和、リズムを一致させることによって、最高に心地良い状態が生まれ本来の時のリズムのなかに溶け込んでゆけるように思う。

如月、十六夜、水無月、夏至、立秋、寒露、立待月、霜降…

昔、テレビもラジオもまだ存在しなかった時代、人々は惑星の運行や時に美しい名前をつけた。

自然の時のリズムと人間本来のもつ体内時計のリズムが分断されず、美しく調和されていた時代。

人間は惑星の運行や季節の移り変わりの中に存在し、決してそれらのリズムから切り離されてはいけない。

テレビやラジオ、パソコン…、文明の利器の恩恵を十二分に享受しながら、時折それらの存在しなかった時代に想いを馳せてみる。

研ぎ澄まされた五感の自由な遊びと、それらで聴く宇宙のリズムはとても心地良さそうだ。
 






(『ラジオの時間 その1・その2』
 
 ある人の日記。
 承諾を得て転載しました。
 w a r m a r t :)
 

http://www.youtube.com/watch?v=YwxsWIYJI2A&fmt=18)
 
 

東京で作品を作っていた時の事を思い出した時、その時に出会った人の記憶が甦ってきた。
 
とある年、彼女が受け取った、とある年賀状の差出人が分からず少しの時間悩んだそうだ。
 
文面は以下。
 
「未来の私へ。
こんにちは。
ちゃんと生きていますか?
元気で生きていますか?
私は過去からあなたを見守っています。
元気でいますように。
幸せでありますように。」
 



それは、1985年の筑波科学万博の企画「ポストカプセル2001」で
2001年の元旦に届けるというものがあって
過去の自分が未来の自分に送った年賀状だった。
 
当時、彼女はまだ小学生ではあったが
未来の自分について考えた時、
病気でもう生きてはいないだろう・・・・と思いながらも
未来を心配しながら書いたという。
 
「まだ子供なのに随分未来を悲観してたんだなあ。
でも、それでも子供心に“幸せになって欲しい”と
強く願っていたんだなあ」と感じたという。
 
とは言え、その年賀状を見た時、子供の頃に悩んでいた事を思い出したという。
テストの点が悪かった。
お母さんに怒られた。
運動会でビリになった。
 
今となってはそんな事で人生が終わるわけではないのに
あの頃は真剣に悩んでいたよね・・・・。
と数人で言いあった。
 
きっと今、私達が真剣に悩んでいる事も
あと10年、20年すれば
「なぜこんな事で悩んでいたんだろう・・・」と
思う時が来るんだろうね・・・・。
いつか笑って「それがどうした」ってくらい
悩みをどんどん突き抜けて生きていくのかもね?
と言って我々は別れた。
 
彼女は編集者としてまだ頑張っているだろうか?
 

東京、私はその地へ行くたびに、その記憶が忘れられず
「何がなんでも生きなくちゃ!」と
思うのです。
 




(『過去からの手紙』
2010/08/14 19:22↑
 
added sentence & picture: w a r m a r t ;ID1098147↓ 
 
 ある人の日記。
 承諾を得て転載しました。
 

http://www.youtube.com/watch?v=h-KTsUMEoNM&fmt=18↑
http://www.youtube.com/watch?v=hAoyWYcNcIA&fmt=18
http://www.youtube.com/watch?v=I-03LjcEnqU&fmt=18)
 
 

“あいちトリエンナーレ2010”に先日、行ってきました。
各会場で展覧会が行なわれていたり・街頭に単体でオブジェが設置されたり・しています。
「トリエンナーレ」は3年祭みたいな意味で、3年に1度で繰り返し催される大規模な(この場合は)芸術祭のことです。
内外の著名な芸術家が招待されたり・新鋭の作家が紹介されたる場であったりします。
こうした芸術祭はもともと、欧米の芸術が盛んな街の美術館で開かれていたんだと思います。
しかし施設規模に作品数が収まらなかったり・作品規模としてインスタレーション(機材を使用する作品)など大規模化した空間作品が増えたり・などにより、有志で市内の倉庫や空店舗などを借りて同期間に展覧会を開いたりしてゆきました。
そうしたなかで開催地が美術館から街全体という規模に膨らみ、今あるような形式が作られたよう。
美術にあまり興味がない人には、例えば賑やかな祭りと・こうした芸術祭と・を比べると芸術祭が大規模化するのは難しいと感じるかもしれません。
しかし芸術祭はただの祭りだけでなく、骨董市とかモーターショウなどの「市場」ともいえる、新人発掘などの場でもあるのでしょう。
ただ、名古屋など日本の地方都市で開かれる場合は趣が少し違い、80〜90年代に流行った地方博のような、国際的な発信というよりは街興し公共事業といった風情なのかなと感じます。
「2年祭」のビエンナーレというものも。
cf.http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%83%AC
 
ということで名古屋駅に降りたつと、久しぶりに来たせいで街並みはかなり変わってました。
まず高層ビルがニョキニョキ増えていて、思わず見あげてしまった。
駅自体が巨大な総合ビルとして数年前に建てかえられ、このビルの高島屋に展覧会場があると聞いてたけれど、そこは8月末までの限定でした。
 
並んだりする混んだランチが嫌で、11時と少し早いけど店へ。
いわゆる飲食店街を避け、高島屋の各階に1つずつある飲食店から ハンバーガー レストランを選んで入ってみる。
といっても、そんなにお腹は空いていなく、サンドイッチとバドワイザーを頼むことに。
窓越しには「大名古屋ビルヂング」のビル ボードとビア ガーデンの眺め。
一昨年だったか、あそこでオフ会を開こうとしたら予約満席で入れなかった出来事が思いかえされました。
 
あいちトリエンナーレは芸術祭とはいえ、油絵・絵画などいわゆる古典的な美術は少なく、時間芸術(オペラやパフォーマンス)や現代美術(オブジェやインスタレーション)が中心で、そうした作品と次々に対面していると、何だかここがここではないような、..特別な時空や存在感が横たわっている気がしました。

 
comment=4
PC:http://mixi.jp/view_event.pl?&page=1&id=52807230
CP:http://mixi.jp/view_event.pl?&page=1&id=52807230&readmode=start
 
僕の管理するコミュニティに参加してくれている、あるマイミクさんから昨夜、このトリエンナーレを観に愛知へ来るので一緒に、という連絡がありました。
10/9(土)・10(日)にトリエンナーレを回りたいそうで、これには友人の女性も同行するそう。
また別のマイミクも来るかもしれないとのこと。
まあ現時点で最大4人ならオフ会として参加者を募集したらいいな、と。
 
来たる10/9(土)の昼・夜それぞれでこのトリエンナーレのオフ会を開きたいと思います。
昼は作品巡り・夜は夕食(酒宴)が主です。
詳しい時刻・場所は未定ですが、昼なり夜なりもし参加されたい方は、上記のトピックに登録するか・僕までメッセージをください。^_
 



http://www.youtube.com/watch?v=_TPevRb_SNk&fmt=18↑
 
 


恩師という言葉を

想い浮かべ

恩 感謝 を伝えたい人を
思い出していました。

私はいまでこそ、人前で講義したり、誰とでも話すことができるようになりましたが、小さな頃は、極端な引込思案で内弁慶な子供でした。
だから、宿題をやってきた人! と言われても、やっているのに手をあげなかったり、言いたいことも言えずに、一人ぼっちでいることが多い暗い子供でした。
劣等感の固まりでした。
小学一年の時の女性の担任には、はっきりと、私はこういう融通がきかない、何を考えているかわからない子供は嫌いなんです! と言われたくらい涙
これ今の時代ならかなりの問題発言ですよね。
 
ところが、学年が変わって、大橋先生という男の先生になった時、はじめて、今までにないくらい褒めてもらえました。
みんながやり残した掃除を黙ってしていたりすると、
やあ、すごいな。気遣いが素晴らしいよ。
と言ってくださったり、具合が悪い子が嘔吐したとき、背中をさすっていたら、
ナイチンゲールになれるよ。
とにこやかに言ってくれたり、なによりも、大橋先生に教えられたことは、言葉の素晴らしさと文章を書く喜びです。
私は頭も悪かったし、全てにおいて劣等感だらけだったのに、ある日、作文を選んでくださり、
着目点が人と違うことを誇りに想いなさい、
と文章を書くときの文章の組み立てかた、言葉の選び方など本当に丁寧に放課後に教えてくださいました。
みんな、笑っちゃうかな?
そのとき書いた野毛山動物園の作文は神奈川県で優秀賞を取りました。
これが私のたったひとつの勲章かな(笑)
大橋先生はいつも変わらぬ態度に笑顔でした。
その後私は転校し、大橋先生とも連絡は取れなくなってしまいましたが、私にはじめて自信と笑顔の素晴らしさを教えてくださった恩師です。
探しだせるならば探して、心からお礼をいいたい気持ちです。
 
大橋先生に教えて頂いた文章を書く喜びや表現する喜びは今も心の支えです。
褒めて育てる。
笑顔で見守る。
個性を伸ばす。
教師として一番に大切なことを実行なさった先生でした。
今もお元気かな。
浦島小学校、私の大切な思い出の詰まった学校です。

プリザーブドフラワーは、次の講座でリースに香りをつけるというテーマで見本に作ってみました。
私が教えているのは、大人の生徒さんですが、大橋先生のように個性を大切に心を汲めるような、そんな人間関係を作っていけるように目標にしたいです。
 




(『大橋先生』
2010/09/08 23:54↑
 
added sentence & picture: w a r m a r t ;ID1098147↓
 
 ある人の日記。
 承諾を得て転載しました。
 

http://www.youtube.com/watch?v=4QpNrSvHA_w&fmt=18↑)
 
 


 はずかしながら。

 わたくしが、作詞・作曲をした歌が、この世に存在していたりします。

 存在しているだけです、流通はしていません。

 そんなこと言ったら、おれにだって、わたしにだってと仰るかたがいるでしょうか?

 一応、my song は、自分以外にその存在を知っている人がいちゃったりします。

 そういう意味で、この世に “存在して” います。“認識されて” いる、と言い換えてもいいかもしれません。

 なんとなく、こはずかしいものですね。いわゆる『真夜中に書いた手紙』でも読まれているようで...。

 存在するって、こっぱずかしいものなのでしょうか。認識されるって...。 生きるって...。(以下略)



 さて、先日、友人のライヴを観賞しに行きました。その友人のライヴを観るのは、かなり、ひさしぶりでした。

 なんとなく、なんにも言わないでいきなりライヴを観に訪ねて行って驚かせてみようと思ったのですが。

 わたしのほうが逆に驚かされました。

 その、わたしが作った歌をいきなりうたいはじめたからです。
 最初は、なんの曲か分かりませんでした。なぜなら、旋律が違っていたからです。
 けれど、詞は、わたしが書いた(存在させた・認識させた)そのままの、一字一句変わらないものでした。
 人は、予測もできないことが起こると言葉を失うものなのでしょうか。

 それまでノリノリでライヴを観ていたわたくしでしたが、思わず顔をそむけ、黙り込んでしまいました。
 で、そのまま何事もなく、次の曲へ行ってくれれば良いのに。友人ときたら、その歌の成り立ちを説明しはじめてしまいました。
「さっきの曲は、今そこにいる○○○○(私の名前)さんが書いた曲……の詞だけを頂戴して、勝手におれなりのメロディーをつけました。べつに○○さんの曲がだめってことじゃないんだけど。自分でうたう歌は、自分のメロディーでうたいたかったのでそうしました」
 とかなんとか。
 いやあ、あせりますね。なんの予告もなく、心の準備もなく、自分の隠された過去を暴かれたようで、ひさしぶりに冷や汗をかきました。しかも、びっくりさせようと思った相手に 100倍にして返されたようで。やられたという気持ちでいっぱいでございます...。
 ところで、一緒にそのライヴを観に行っていた女性の友人から、
「勝手に曲を変えられたりして。いいの?」
 と聞かれました。
 ふむ。たしかに、ちょっと考えると、失礼な ...ということなのですかね?
 でも、なんとも思いませんでした、いえ、むしろうれしく思いました。
 よく、メロディーだけもらって、詞は自分のオリジナルでうたう、というのは聞いたことがあるような気がします。が、その逆、というのは、めずらしいような気がします。
 曲じゃなくて、詞なんだ、というのが意外でもあり、また、だからこそうれしかったのかもしれません。
 わたくしの場合、特にその歌に関しては、一番伝えたいところは、詞です。その詞をうたいたいが為に曲をつけました。ええ、若かりしころ。ああ、はずかし。
 ですから、その歌に関しては、詞を伝える為に、メロディーが、あります。
 もし、詞が大切な荷物だとしたら、メロディーは、それを載せて運ぶ乗り物のようなものなのです。
(で、歌い手は、その乗り物を運転する運転手?)
 まあ、ですから、乗り物がなんであろうと、わたしの伝えたかったこと(=詞)が運ばれてゆけば、それで十分だ、と思うのです。
 伝達方法は違えども、詞は、運ばれてゆくのです。
 そして、日々は続いてゆくのです。
 そんな、秋晴れのある日の出来事でございました。
 # ほんとはね、詞と旋律とが一体となった、もう、それ以外の組み合わせも、それ以上の組み合わせも考えられない楽曲 ...というのが理想形なんでしょうか?
 
(『I'm Your Vehicle, Baby』
2010/10/01 19:51↑
 
 


彼女のことをよく考える。
どんな気持ちだろうと思ってみるけど、想像しきれない。

飛んでいきたい
違法トンネルをくぐってでも行きたい
ただ、会いたい・・。

そんな、言葉にも もうできないほどの切望、
そして毎日突きつけられる現実に絶望、
それでも家族との対話を欠かさず・・

ガザと日本とのギャップ。
日本社会にあって一人だけこころがガザにある孤独。
ガザの家族とともに生きているのに一人だけ日本にいる孤独。
日々は過ぎていく。葛藤、希望、絶望の繰り返し。


一度お会いしたことがある。おっとりとしているのにお茶目、とても可愛らしい声の人だった。側にいるだけで癒されるようで、もっとたくさん話が聞きたかった。

その後起こったあの2008年から9年にかけての「ガザ紛争」のとき
離れたままでいる家族の身に、いつ何が起こるか分からない状態で・・

いや、その時の話はいまは止めておこう。
私がいまここで話すべきではないような気がする。


それより、私がお伝えしたかったこと、いや彼女から下のニュースを通して受け取ったメッセージは、人生は続くということ。

どんな状況にあっても、どんな経験をしても、命のある限り人生は続く。

人生の続く限り人は生きる。

彼女が元気でいる姿を見ることができて嬉しかったのと、
着実に何かをやっていく実行力に感心感動感銘感服・・・なんて言ったらいいんだろう?

早速飛んでいってすごいねーがんばってるねーよかったねーえらいねーごめんねー

って言いたい。


http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/201865


彼女は例え一人の力でもパレスチナを占領から開放させようと努力するだろう。
ガザの封鎖を解けと一人でも訴え続けるだろう。

パレスチナに関する講演会や報告会がもっと手軽に開けるような場所が必要で、それを自分で作っちゃったんだろうと思う。

イベントのない時でもみんなが集まれるような、少しずつでも、一人ずつにでも何かを伝えられるような、そういう場所にしたいんだろう。
とっても彼女らしい。

カフェは彼女が仕事の休みの日にだけオープンするようだ。

前もって電話をするようになっているらしい。

彼女の健康と家族との再会と、パレスチナの解放、すべてうまく行きますように、祈るばかり。
 




(『飛んでいきたい』
2010/10/07 18:35↑
 
added sentence & picture: w a r m a r t ;ID1098147↓
 
エルサレム在住、ある友人の日記。
承諾を得て転載しました。
 
2010/10/06 西日本新聞朝刊
『パレスチナのブックカフェ開店へ 早良区の藤永さん』
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/201865↓
 
> 中東のパレスチナに関する書籍を中心にそろえたブックカフェ「ヤスミン・ライブラリー」が24日、福岡市早良区西新にオープンする。店を開くのは、パレスチナ人の夫(38)を持つ同区の会社員、藤永香織さん(39)。夫ら家族8人はパレスチナにいるが、イスラエルによる封鎖で会えない日々が続く。藤永さんは「パレスチナを幅広い視点で知ってほしい」と、個人で集めた約200冊を同店で公開する。
> 藤永さんは大学時代にイスラエルやパレスチナを訪問。卒業後の1997年から2年間、パレスチナ自治区のガザ地区にある障害者施設でボランティアをした。2001年に結婚したが、イスラエルから配偶者ビザが発給されず、観光ビザでガザに滞在していた。
> 反イスラエル闘争が激しくなるにつれ、イスラエルはガザ封鎖を強化。藤永さんはエジプトで夫と面会していたが、06年を最後に会えていない。家族と暮らしたのは通算でも8カ月ほどという。
> 藤永さんは、パレスチナの取材経験があるジャーナリストを福岡に招いて講演会を開催している。だが、「継続的にパレスチナのことを伝えることが必要」と考え、同店の開設を決めた。
> 店は西新4丁目のマンションの一室。店名は、パレスチナでの藤永さんの愛称で、アラビア語で「ジャスミン」の意味。
> 書籍はパレスチナだけでなく、イスラエルやイスラム教に関する専門書、滞在記など幅広い。また、現地のオリーブオイルやハーブを販売し、アラビア語教室も開く。
> 1日1回、夫と電話で話す藤永さん。夫はアラビア語教室の開講を喜んでくれたという。藤永さんは「気軽に店に立ち寄ってほしい。そして、パレスチナに行きたいと考える人が一人でも増えてくれたら」と期待する。
> 開店時間は土曜・日曜・祝日の午後1‐9時。
 

http://m.youtube.com/watch?v=XeoKpuc6WwI)
 
明日はもういないかもしれない私よ。

蜉蝣眩く、廻る廻るよ この世界は、
魑魅魍魎が跋扈する仮初めの世だ。

(以下過去から救済)

【4月10日 Humidity 45%?】


 さくらのいろは なにいろか

 そんなことを しりたくて

 ふらっとでかけた


 ふみこんだら じんわり

 なつかしいにおいが はなをくすぐった

 つちのかおりか みどりのかおりか あるいはみずのかおりか


 いちめん いちめん いちめんのさくら

 すごいすごいとおしゃべりなくちも 

 だんだん しいんとなった 



 いちめん いちめん いちめんのさくら

 はなびらが ひっしりと つどいあい

 もくもくの

 くも くも まそうくも

 はっぱは いないの しってるかい



 いちめん いちめん いちめんのさくら

 みなもにきらめいて きらきらきら

 きらめいていた

 みずのなかから さくようすは

 くらげ くらげ にじいろくらげ

 ふうわり ゆうっくり ただよっていた

 くらんむぼんも にっこりしていた



 いちめん いちめん いちめんのさくら

 はしのおわりの こけむしたいわ

 そうっと せなかをくっつけて

 かげろうのうたを くちずさみながら

 いきをすって みていた

 いきをはいて みとれていた



 いちめん いちめん いちめんのさくら

 いちめん いちめん いちめんのさくら

 いちめん いちめん いちめんのさくら

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 だれか かたをたたくものがいる。

 さがしていたんだよという。


 あれ、わたしは ひとりじゃなかったんだっけ。




 
明日はもういないかもしれない私よ。

蜉蝣眩く、廻る廻るよ この世界は、
魑魅魍魎が跋扈する仮初めの世だ。

(以下過去から救済)


【4月10日 Humidity 45%?】


 その日はお天道様が妙にぎらぎら眩しくて

 私の影をいっそう濃く深くしていた。


 出発は、黄昏時。

 どうやら【花見】に行くらしい。

 大勢の人に、踏みにじられる花弁を想い、募る寂寥感。


 車の中で、聴いていたのは‘鐘’

 なんでも、ラフマニノフは19才でコレ創ったとか。

 19才にして、世界に警鐘を鳴らすか。

 見事なもんだな。


 着いたら着いたで、そうれ、みたことか。

 人、人、人。

 人だらけ。

 なんだっけ?

 人を見に来たんだっけかな?


 なんだかな〜。

 ぱしゃぱしゃぱしゃぱしゃ

 ケータイだとかデジカメだとか、

 人工的な光が、やけに不快だった。

 眼が見えるんだろう?

 記憶できるんだろう?

 記録したところで、今日の日の驚嘆とか感激とか蘇る訳ないのにあ。


 だが、まあ、しかし

 さくら、サクラ、桜、櫻、Cherry Blossom・・・

 なんでもいいけど。



 「コイツ スゴイ」・・・・・・



 だれが、この木を、華をば、

 こう名付けたか。



 ?「咲く」に複数を意味する「ら」を加えたものとされ、
元来は花の密生する植物全体を指す。

 ?春に里にやってくる稲(サ)の神が憑依する座(クラ)だからサクラ。



 諸説諸々・・・

 ?のほうが、なんかそれっぽい。

 神様なんか信じてないけど、

 なんかかんか‘憑いて’るような。

 それじゃないと、説明できない。


 一瞬にして ‘心奪われる’なんて。


 さっきまで、大勢だった人々も

 みんながのっぺらぼうだ。


 なあるほどね。

 これは「桜の森の満開の下」だね。

 あれは、男と酷く美しい女の話だけども。


 生命力の逞しさよ、こんなにも咲いているのに

 まだ蕾があって

 こんなもんじゃまた咲き足りないらしい。




 あらゆる感覚が交感した。

 視覚が、聴覚と交感した。

 視覚が、触覚と交感した。

 視覚が、嗅覚と交感した。

 視覚が、聴覚と交感した。



 今まで、

 見ていたようで観てなかった。

 聞いていたようで、聴いてなかった。

 触れることや嗅ぐことは、

 しようとすら思えなかった。


 よほど繁忙だったか、或いは、退屈だったか・・・



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 あんなに‘スバラシイトキ’とか

 凡庸に言ってしまうと‘ウツクシイモノ’とか。

 ついぞ体験した事も観た事もなかったので。


 きっと、幻想とか、白昼夢とか

 そんなものだったに違いない。


 相当さくらに 酔いしれたらしい。

 この日、はじめて 親父が煙草を吸うのを見た。

 紫煙が街の隅っこで漂った。


 店の外から流れ出すJAZZに痺れた。




 ーー帰還は、真夜中。

 雨が降っていた。

 アスファルトの匂いがした。

 【帰ってきた】感じがした。




 「ああ、残念。これは、櫻も散ってしまうわね。」

 と、母親はいったけれど

 これくらいじゃ、あの薄紅色たちは

 揺れもしないんじゃないかと思った。

 確信に近かった。



 


数年前、まだ体と心が調子良く元気だった頃は私もフルタイムで働いていた。

普通にお金ももらっていたので、毎日のように色々なものを購入していた。

洋服、化粧品、食べ物、雑貨、雑誌類…。そのどれもが私にはなくてはならないもので、なくなると急に不安を覚え常に絶やさないようにしていた。

今年に入って病状が悪くなり、今までのように働けなくなってしまった。

当然お給料も激減した。

当初私は途方に暮れ、これから一体どうやって生活していこうか悩みあぐねた。

不安で仕方なかった。しかし現状は変わらない。

何とか今できる簡単な仕事を見つけ、その中ですべてやりくりしていくしかなかった。

それから約7ヶ月が経ったが、当初感じていた不安はなくなりなかなか満足のいく生活をしている。

もし私の人生でこれだけは必要なものは何かと聞かれたら、お茶と本だと答えるだろう。

お茶を飲みながら本を読んでいる時、不思議と充足感で満たされ「私の人生、これさえあれば満足に過ごしてゆける」と思えるのである。

そしてお金があった時私は一体なぜあんなにたくさんの物を欲し、それがないと生きていけないとまで思い込み、なぜ目の色変えてそれらを保持しようとしていたのだろうと愕然とした。

私は一体何がしたかったのだろう。何にとらわれていたのだろう。

何もかも削ぎ落とす心地良さというものがある。

以前必要としていてそれがないと生きていけないとまで思い込んでいたものが、実は本当は必要でなかったということがある。

本当はたいして必要としていなかったものに対して、目の色を変えてそれらを死守していた私の心は、それに対する執着がびっしりとこびりついていた。

そしてそれがないと自分はだめになってしまうのではないかと、自分の存在価値が失われてしまうのではないかと思い詰めるまでに、自分自身に対して自信がなかった。

それらへの執着を放し、大量のものから心を自由にすることで、執着でがんじがらめになっていた心が自由になった。

「真我」と呼ばれるように、私が私を織り成す最も元の部分、私という存在の中核の部分、私が私たる所以の部分が剥き出しになって現れ、その素のままの自分でこの世に立たされている清々しさ、晴れやかさに驚いた。

何も持たない私を、周囲の人は前と全く変わらず受け入れてくれた。

ありのままの自分が他人から認められたようで心から嬉しかった。

心の健やかな発展を押さえ込んでしまう重い装飾、自分を飾り立てようとする我も執着とともに降ろすことができた気がした。




 
(『シンプル 〜その1』
2010/10/20 14:07↑
 
added sentence & picture: w a r m a r t ;ID1098147↓
 
ある人(8120264)の日記。
承諾を得て転載。
 

http://m.youtube.com/watch?v=u_3dYnTtO6Y↑)
 

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