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ヤバイ本コミュの暗渠の宿 / 西村賢太

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ひさかたぶりに文庫を新刊で購入した。芥川受賞作家-西村賢太。先日の受賞インタビューでは平然と、「風俗にいこうかと思っていたやさきに受賞の電話がかかった。」 と煙に巻く。伝えたいメッセージなどなにもない、とも。中卒、親子2代で逮捕歴あり。日中アルバイト、時折執筆。私小説しか書けないと徹底して、味わった悔しさ、侘しさ、慊さ(あきたりなさ)を破滅的な筆致で刻み込む。表現の自由とは、誰のためにあるのか?と、一瞬、ページをその先をめくるのに躊躇さえ憶える。なぜにそこまで追い込み、追い込まれていってしまうのか・・・。


 --- ☆

数日が経ち、少し落ち着きを取り戻した頃、私は近くに住む友人を誘いだして酒を飲んだ。恵里に騙された例の件も、だいぶ客観的に考えられる余裕が生じ、最後の最後に自ら行為へ及ぶ姿勢を見せたのも、あれはあの女なりの贖罪のつもりだったのかな、なぞとも思えるようになり、ここで完全忘却する為にも、是非ともこれを全くの笑い話にしてしまうことで、わずかにまだ残る憤怒や恥辱感の滓を、きれいさっぱり浄化しようとの魂胆であったのだ。

が、年下の友人は笑うどころか大いにむずかしい顔をして聞き、やがて私を見る目にいつか古書店の主人が見せたのと同じ色を浮かべ始める。そしていかにもそんな私と話していると自分の沽券にも傷がつく、と云わんばかりの、厭ったらしい表情と口ぶりで私の間抜けさを必要以上に見下して嘲るので、この話を肴にして楽しく酒を飲むつもりだった私は、もはや哀しいのを通りこし、勘定を済ませると彼を外に引きずり出して、恫喝した上で軽い暴行を加えてしまった。

怪我までさせたわけじゃないし、見栄っぱりな奴でもあり、最近新しい恋人ができたばかりだそうでその手前からも警察に届けられることはあるまい、と帰ろうとすると、彼は背後から口惜しそうな震え声で言ってきた。

「・・・・・・おめえはすぐに暴力だしな」

「・・・・・・」

「だから飲みたくなかったんだよ。本当に最低の奴だよな、おめえは自分で性格破産者とか破綻者とかぬかしていい気になってるけどよ、そんなの褒められることじゃねえんだよ。てめえで自覚があるんなら人に迷惑かけねえうちに入院するか刑務所に入るかしてくれってんだよ。だから恋愛感情を利用して金取られるみてえな、男として最悪の騙されかたもするんだ。はっ、おめえみてえな奴は死ぬまで彼女なんかできねえよ。ざまあみろ」

勝ち誇ったような声になっていた。


(けがれなき酒のへど より)


☆ ---


私小説というからには、おのれの体験が基にあると思われるのだが、その体験の数々は凄惨を極め、想像を絶するものばかり。こんな登場人物にはかかわりたくないと読後に心底おののくしまつ。でも、かぎりなくリアルな感情、衝動的な行為の連続。人間の業は暗くて深い・・・・・・。もし作者が平安で快適な暮らしを人並みの幸せを手に入れてしまったら、もうこのようなおぞましき心の私小説は現れないのではないかと、別の心配を皮肉にも憶えてしまった。


題:「暗渠の宿」 / 箸:西村賢太 / 初出:平成22年 / 新潮社 刊

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