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昭和歌謡コミュのレコード大賞、日本歌謡大賞を語るトピ

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類似トピがないようなので、僭越ながら立てさせていただきます。
昭和期のレコード大賞、日本歌謡大賞について、思い出話をしたいと思います。
感激した受賞シーン、印象に残ったシーン、あの受賞はオカシイ、あの人が大賞を取ると思った、など書き込んで下さい。

私は、レコ大がテレビ放送された昭和44年、日本歌謡は、同じく46年から58年頃までは、毎年、楽しみに見ていました。どちらかといえば、何かと忙しかったり、外出してた大晦日のレコ大よりも、日本歌謡のほうを落ち着いて見ていました。でも、やはり権威はレコ大ですね!

印象に残っているのは、昭和47年、新人賞レースで、
日本歌謡新人賞、受賞の森昌子さんが感激で泣いて、受賞曲がうたえないシーン。これは、その後も新人女性歌手に継承されました。
そして、同年、日本歌謡で敗れた麻丘めぐみさんが、レコ大賞新人賞を取ったことです。そのことは、先日日記にも書きました。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=852142269&owner_id=4597260&org_id=851578736

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=845021406&owner_id=4597260

大賞を取って、一番嬉しかったのは。昭和52年の沢田研二(受賞曲、「勝手にしやがれ」)ですね。

それと、これは純粋に質問ですが、昭和47年、天地真理さんが「レコード大賞新人賞」をもらえなかったのは、ただ単に「前年46年10月1日のデビュー」で47年度の新人にはあたらない、ってことですよね。
一部では「47年新人対象者だが、人気がありすぎて、「大衆賞」に回された」という説も、聞いたので。

コメント(23)

昭和45年のレコ大。

最優秀新人賞は、野村真樹とにしきのあきらのマッチレース。
受賞したのは、にしきのあきら。

ステージで泣くにしきのあきらのところに、野村真樹が確か花束を渡しに客席からステージに上がったと思うのですが、その後、野村真樹が客席に戻る際に、足をふみはずして転落するのが一瞬映りました。

このシーン、おぼえておられる方、います?
昭和47年のレコ大。

これは有名なシーンですが、最優秀歌唱賞を受賞した和田アキ子が、ステージに上がる時に、沢田研二の手を引いて無理矢理一緒にステージまで連れて行ったこと。
私が、未だに納得がいかないのは…
 昭和49年のレコ大新人賞の浅野ゆう子さん と
 昭和51年のレコ大新人賞の芦川よしみさんです。

ヒット曲もないのに…なんで???とゆう感じです。

 逆バージョンでは…昭和49年のレコ大新人賞に、なんで、あいざき進也さんがもれたのでしょう?しかも、渡辺プロだったのに…
昭和52年の沢田研二『勝手にしやがれ』は、間違いなくレコード大賞史上最高のシーンでしたね。

私が不思議だったのは、五木ひろし『夜空』の受賞でした。

当時私自身あまり歌番組を見ていなかったからかも知れませんが、実は『夜空』はレコード大賞のステージで初めて耳にしました。

レコ大の前に、本当にヒットしていたのでしょうか?
naokichiさん
>昭和45年のレコ大最優秀新人賞

覚えています!
あのときはライバル野村真樹が花束を贈り、にしきのが、「ううっ」と涙ぐんだ程度で、歌唱不能にまでは陥っていなかったと記憶しています。男の子だから、そんなに派手に泣くわけにもいかないし。
やはり、あれは森昌子ちゃんからではないかと。
昭和45年、レコード大賞は、菅原洋一の「今日でおわかれ」で、受賞が決まった瞬間、由紀さおりさんと抱き合って喜んでいました。

>昭和47年のレコ大。
これも、よく流されるシーンですね。
その前、和田さんは、事務所の後輩で、最優秀新人賞候補の森昌子ちゃんに「最優秀をもらっても、なくんじゃないよ」と言い聞かせたそうです。その前の日本歌謡大賞で、泣きじゃくった経緯があり、結局、その年の最優秀は麻丘めぐみさんが取りましたが、
で、後輩に言い聞かせながら、自分ではビービー泣いていました。司会の高橋 圭三が見かねて、ハンカチを貸してあげましたが、その20年後くらいのレコ大特別番組で、高橋さん、「あの時、貸したハンカチ、いまだに返ってこない」と言っていました(苦笑)

つづけてウエケンさんと、ハリーさんにもレス行きます!
ウエケンさん
浅野ゆう子さんは、曲はともかく顔と名前は売れていたと思います。なにしろデビュー時14才で、あの長身、脚線美。
デビュー曲の「とびだせ!初恋」は、まずまずだったと感じました。ただ二曲目で新人賞受賞曲の「恋はダンダン」はちょっと単調という感は否めなかった。
でも、浅野さんの代わりに、あいざき進也? う〜ん、私としてはそう優劣は感じませんな。
昭和49年、レコード大賞新人賞5人は、最優秀の麻生よう子、城みちる、テレサ・テン、西川峰子、と浅野ですが、
最優秀新人賞の麻生よう子(逃避行)もどうかな?、ちょっと最優秀としては弱いと思いました。

ちなみに日本歌謡大賞新人賞の方は、西川と「うそ」の中条きよしでした。
売上は中条がトップだったんじゃないかな?でもレコ大の規定で、中条は前に別名でレコードを出していたので「新人扱い」にならなかったと思います。
あと、この年デビューした歌手は、林寛子さん、リンリンランラン、そして「ひまわり娘」伊藤咲子さん、彼女は歌唱力としては抜群と思いました。

51年は、大本命が内藤やす子(レコ大最優秀、日本歌謡新人賞)と新沼謙治(日本歌謡新人賞)、ピンクレディもこの年デビューでしたが、やや出遅れ、あとはドングリの背比べって感じで、確かに、なぜ芦川よしみが、っていう気もしますね。

ハリーさん
>私が不思議だったのは、五木ひろし『夜空』の受賞でした。
>実は『夜空』はレコード大賞のステージで初めて耳にしました。
>レコ大の前に、本当にヒットしていたのでしょうか

ごもっともです。
「夜空」の売上は44万枚だそうです。大賞曲としては大きな売り上げではないし、この数字もレコード大賞受賞後に伸びた数も含んでいるんでしょう。
それに、発売が10月の終わりで、まだ世間に浸透しておらず、私もいささか意外でした。
http://www7a.biglobe.ne.jp/~yamag/single/ituki.html

この昭和48年は、ジュリーが「危険なふたり」で日本歌謡大賞を取りました。
ちなみに、この曲の売上は65万枚、当然レコード大賞の方でも有力候補と見られていましたが、レコ大の方の部門賞では、「まさかの大衆賞」!
もうこの時点で、レコード大賞は落選と同じでした。
当時、レコード大賞は歌唱賞(5名)と大衆賞(3〜5名)の各受賞者から選ばれますが、実際は歌唱賞受賞者からで、大衆賞からはでていません。
今から思えば、「危険なふたり」はレコード大賞としては、ちょっと軽すぎる感はありますね。
五木さんは無論、歌唱賞で、他の受賞者はガロ、西城秀樹(デビュー2年目)、八代亜紀(実質、この年デビュー)、由紀さおり(最優秀歌唱賞で大賞受賞の権利消滅)、そしてデビュー3年目のチェリッシュですから、五木ひろしの受賞は順当といえば、順当といっても良いんでしょう。

あと、最近?のところでは、昭和57年のレコ大新人賞の中森明菜&小泉今日子の落選が信じられなかった!!小泉今日子なんか、会場入りする前、インタビューシーンなんかも流れたりして、完全にさらし者状態だった。
昭和58年のThe Good Byeも、びっくりした…だって、ヤッチンには昭和50年に「デビュー過去」があり、レコ大の規程で、グループの場合、ひとりでも「デビュー過去」がある場合は、新人賞の対象外のハズだったもの…
はじめまして☆

私は小学生の時、同級生の子のお父さんの会社が芸能関係だったツテで、日本歌謡大賞(多分)を関係者席で見た事が一度だけあります♪

【魅せられて】のジュディオングさんがキレイだったのを憶えています☆

前の席に金髪の変なオッサンがいると思ったら、友達のお母さんが
『あの人は樹木希林のダンナさんよ』
と教えてくれました。

大人になってからそれは内田裕也さんだったと判明しました☆

トピズレだったらすみませ〜ん。

(^o^;)
ウエケンさん
>昭和57年のレコ大新人賞の中森明菜&小泉今日子の落選が信じられなかった!!

「花の82年組」ですね!?
その年のレコード大賞新人賞受賞者は、最優秀のシブがき隊、これも強烈に売り出されていた松本伊代、石川秀美、堀ちえみ、早見優ですが、私はこの年くらいに就職をして、芸能界に疎くなったんです。それでも秋頃、「少女A」で、彗星のごとく現れた中森明菜は知っていました。確か「ザ・ベスト・テン」にも登場しました。逆に、堀、早見、小泉は顔と名前が辛うじて一致するくらいで、石川秀美は、名前も覚えていたかなぁ、という程度でした。
やはり、明菜の新人賞落選は、ツッパリイメージと、「少女A」という題名が、犯罪を彷彿とさせるのが、ネックになっていたのかな?
昭和48年、際どい歌詞で、話題になった山口百恵が、新人賞に引っ掛からなかったことを、思い出しました。

>昭和58年のThe Good Byeも、びっくりした…だって、ヤッチンには昭和50年に「デビュー過去」があり

それは初めて聞きました。貴重なお話をどうも。
55年は田原俊彦、56年は近藤真彦、57年シブがき隊、そして58年が「たのきん」の最後、野村義男とThe Good−byeでしたね。私としては、ジャニーズ事務所が毎年取っていたので、いささか引いていました(苦笑)
★ピーター★さん

>【魅せられて】のジュディオングさんがキレイだったのを憶えています
といえば、西城秀樹と大賞争いをした昭和54年ですね?
日本歌謡の方は、西城の「ヤングマン」が大賞を取りました。この時、同じ事務所で応援に駆け付けた岩崎宏美が、舞台で感激のあまり涙ぐんで、西城との関係を噂されました。
レコード大賞のほうは「ヤングマン」が、外国人作曲ということで除外され、「勇気があれば」のエントリーでしたが、これは弱かった。結局ジュディオングの大賞が発表されたとき、敗れた西城は潔く、彼女を舞台までエントリーしたのが印象的でした。
昭和47年のレコ大
大本命と言われていた小柳ルミ子の「瀬戸の花嫁」ではなくてちあきなおみの「喝采」が受賞が、当時小学2年生だった自分には信じられない出来事でした。

後に歴史に残る名逆転と言われました。

あれから30年以上経った今では、「喝采」は名曲だし、受賞は当然だったと思うようになりました。
大介さん
72年のレコード大賞「喝采」も、物議を呼びましたね。
その年、一番売れた曲は、ぴんからトリオの「女のみち」で325万枚、ただし売上と賞は必ずしも一致しなくて、両賞からノミネートもされませんでした。
小柳さんの「瀬戸の花嫁」が74・1万枚、でも、そう爆発的にヒットしたという印象もないんですね。私がそう彼女のファンでもない、という側面もありますが。
それと、やはりデビュー2年目くらいでは、実績の点でレコード大賞は取らせない、という暗黙の了解があったように感じます。どういってもレコード大賞、日本歌謡大賞、両方を制するパワーはなかったような。まぁ結果論ですが。
この年は、なんと言っても、天地真理ちゃんでしたよ。3曲くらいオリコン1位で、異常な人気、彼女も「大衆賞」受賞で一応は「大賞受賞」の候補にはなっていましたが、彼女も、まだ「大賞」には、ほど遠かったでしょう。
そこで、浮上したのが、ちあきなおみさんの「喝采」でした。確かに名曲で、ちあきさんの歌唱力も抜群でした。しかし、これも巷でヒットする前に受賞した感が強いですね。

それと、前奏がポール・サイモンの「母と子のきずな」そっくりというのは、頂けません。私は最初、なにげなくテレビを見てて、この前奏がかかり、ちあきが出てきたとき「お!ちあきなおみが「母と子のきずな」を歌うのか!?」と思いました(苦笑)


少し前の阿久悠さん追悼番組で語られていたエピソードなのですが
阿久さんは最初山口百恵を「君はずっと妹役止まりだよ」と言って評価してなかったそうです。
しかし彼女の才能はみるみるうちに開花され、プレイバックpart2は大ヒット。
その年のレコード大賞にノミネートされ、ピンクレディーのUFOと争う形に。
結局阿久さんが作ったUFOが受賞となり、ピンクレディーと共に壇上に上がった阿久さん。
しかしそこで客席からそっと「紅白があるので失礼します」と去っていく彼女の
カリスマとしての気迫は「ステージで受賞されている我々がピエロに見える程だった」と
後に阿久さんが語られたそうです。

番組見てて鳥肌が立ちました(;´Д`)
僕は71年の尾崎紀世彦の「また逢う日まで」です。
小6だったんですが、手(チョキ)サインが印象的でした。
小学校の卒業アルバムを見ると、集合写真でみんな手(チョキ)をしています。
それだけ、インパクトの強い作品&人物だったんだと思います。
82年のレコード大賞が細川たかしの「北酒場」というのが、いまだに納得できません。
確かに細川たかしの久しぶりの大ヒットだったけど、岩崎宏美の「聖母たちのララバイ」の方がふさわしいと思います。
「聖母たちのララバイ」が外国曲だったというのが、大賞候補にノミネートされなかったのが理由だったみたいです。
79年の西城秀樹の「ヤングマン」が外国曲だったことが理由で、大賞候補にノミネートされなかったこともありましたね。
このような保守的な考えが、80年代後半以降、レコード大賞が失速する原因の一つだったと推測してます。
以前から思ってたんですが
グラミー賞とかアカデミー賞みたいに
「音楽の評論家が選んだ、今年最も良い曲」と「音楽の評論家が選んだ、今年最も良いアルバム」に賞をあげようって日本の音楽界の人は誰も思わないのかな・・
映画ができるなら音楽でもできるはず。
曲、歌、演奏、アレンジ、詞、企画部門とかも設けて。

もちろん選考委員の方にはその年に発売された全てのCDを聴いていただきますが。
(んでも最近、アルバムとシングルの境界線がわからない)

なんか偉い人(普段歌謡曲とかJPOPとか聴いてないとしか思えない)がその年のヒット曲から適当に選んでるとしか思えなくてレコード大賞。
司会者がよく「今年はよく頑張った」とか言って受賞者褒めてるけど、頑張ってもヒットしてない人はゴマンといるよ〜
(つーか「レコード大賞」をCDにあげちゃだめですよね。絶対その年発売されたビニール盤だけで選ぶべき)
蟹座さん、みなさん、こんにちはわーい(嬉しい顔)
それにしても蟹座さんは、すごい情報通でいらっしゃるいますね。

私も昭和54年ぐらいまではレコ大を見ていたような気がします。

そうですね、今でも一番印象に残っているのは、大ファンだった
浅田美代子ちゃんが、『赤い風船』で新人賞にノミネートされた時の
レコード大賞かな。

美代ちゃんは確かに歌は上手くないけれど、決して音痴ではないように
思います。ただいつも恥ずかしそうに、自信なさそうに歌うから声に
力がなくて、聞いてる人達を不安にしてしまうだけのような....。

ただ、あんなに下手だ、下手だと言われてはいても、一応あの年の
ノミネートされた新人歌手の歌の中では『赤い風船』の売り上げが
一番だったのと、美代ちゃんがTBS(『時間ですよ』)出身だったの
とで、ひょっとしたら受賞も有りえるかも....なんて、本当、発表の
瞬間は祈っちゃいました。結局は淳子ちゃんに行ってしまいましたがあせあせ


あと、すごく気が抜けたのが、やはり西城秀樹が大賞を取れなかった
あの時かな。歌謡大賞の方での大賞受賞の、あの大歓喜があまりにも
印象的だったので、レコード大賞も絶対いけると子ども心に信じて
いたんです。秀樹も、もう何年も第一線で頑張ってきていましたし、
そろそろ取れたっていいだろうに....なんてね。

それでも後からやはり『ヤングマン/YMCA』が外国作品であった為
云々を聞いた時には、音楽に世界の壁があるんだ....とか、妙に興ざめ
してしまって、あれ以来、”まあその程度のもの”ぐらいにしか思え
なくなって、真剣になって見る気をなくしてしまいました。

由紀さおりの『夜明けのスキャット』や、伊藤咲子の『ひまわり娘』
なんかも色々言われていたのを聞いた覚えがあります。


一番嬉しかったのは、私もジュリーの『勝手にしやがれ』の受賞かな。
あとは当然的に思えたけれど、尾崎紀世彦の『また逢う日まで』も
よかったです。





おお!ここだ!ここだ!
昔、私が立てたレコ大、日本歌謡大賞を語るトピ!

いや、昨夜、自分の日記に「70年〜72年のレコ大、日本歌謡大賞グランプリ」に
ついて、書きました。
上の私のコメントに重複することもありますが、良かったら、覗いて見てください。

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1640862734&owner_id=4597260
引き続き、73年以降も書きます。

そして、また、このトピでもお話できると良いと思います。

どうぞ、よろしく!

トピ主ですあせあせ

一年以上のご無沙汰でした。

70年代のレコ大、日本歌謡大賞は、
’55年度(55年4月〜56年3月の学年)生まれと、
’58年度(58年4月〜59年3月の)生まれ
このふたつの世代が、ほぼ毎年、新人賞を取っている。

清水健太郎って、誕生日が麻丘めぐみさんと一緒なんです。
レコ大最優秀新人で、同じ日に生まれた人は、
この二人くらいではないかな?

などと、70年代の「新人賞」について日記を書いています。

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1808872981&owner_id=4597260


そして、また、新規にコミュに参加された方とも
このトピでもお話できると良いと思います。

どうぞ、よろしく!
そもそもレコ大の創設に関わった作曲家の門下生が賞絡みで優遇されるというケースが初期に存在していたと思われるので、ある意味純粋な選考がなされていた時代というのはほぼ皆無に近いのかもしれませんね。

第4回の昭和37年は村田英雄の『王将』が大ヒットを飛ばしたにも関わらず、大賞は創設に関わった吉田正の門下生である橋幸夫、吉永小百合が『いつでも夢を』で受賞していますし。

第8回の昭和41年も加山雄三の『君といつまでも』が大ヒットしながら大賞はやはり門下生の橋幸夫が『霧氷』で受賞しています。

最も昭和の時代は賞レースに関わる歌手が世間にもそれなりに知れ渡った顔ぶればかりでしたが、今やレコ大でしか見ないような歌手が数多く出てくる有様。しかも大賞受賞者自体どこか胡散臭さがありますから今のレコ大は演出だけ無駄に凝ったペラペラな番組に成り下がってしまいましたね。

これじゃあ視聴率が伸びないのも当然です。
タビロードセブン さん、投稿どうも!
「霧氷」の受賞時、私は小学生でしたが、当時でも、かなり疑問視されたのを
覚えています。実際、子供心にも、ちっとも流行っていないことは気づいていました。
でも加山雄三も、ちょっと歌唱力に難がありましたからね(苦笑)。

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