たとえば今すっごい練習してるけれども
未来になってそれがちゃんとしているのかどうか予測できない自称のとき、
「(いつか)ピアノが弾けるだろう」とかの文章は
Je jourerais du piano( un jour).
( I could play the piano (someday).)
と自分は書きます。そういうことかな??
例文の牛の話の場合、
Oh! On n'est pas des boeufs!
Sinon on chasserait les mouches avec nos queues.
おい!俺たちゃ、牛じゃないんだ!
でなきゃ、しっぽで蠅を追っ払うとこだぜ。
(牛なら払えるけど、現在、牛でないので払えない)
えっと・・・
まず「Ca pourrai etre demain ou la semaine prochaine...」
この文章に関してはいくつもの可能性があると思います。
確かなところから曖昧なところまで
C'est demain
Ce sera demain
Ce serait demain
Ca peut etre demain
Ca pourra etre demain
Ca pourrait etre demain
とpouvoirをかまさないで言うこともできます。
もちろん、条件法にする時はその陰に
'Si on peut' 等の条件が隠れているのです。
でも、文章やシチュエーションによって何がよりナチュラルかは
決まるみたいです。それに日本人は多分条件法っぽい言葉遣いをいつもしているので、気になるところではありますが、未来形でズバッと言っちゃう方が多いかも(多いって言うか日本語じゃないから元が違う?)。
Tu pourras (pourrais) m'appler quand tu seras rentre a la maison.
これに関しては(3カ所綴りをなおしましたが)、
未来形だと
“帰ったら電話くれるって言うことで・・・”
条件法だと
”帰ったら電話くれるかも?”
ぽくなるみたいですよ。
じゃあ、それが丁寧かというとダイレクトにそういうわけでもなくて、“電話くれるもくれないもあなた次第”っぽい。もちろんそれがpoliだと言われれば日本人的にはそうかもしれないけど、向こうの人がそう思うかは不明です。そしてナチュラルかと言えば未来形の方がナチュラルとも言える。