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皇紀(神武天皇即位紀元)使用者コミュの皇紀且つ旧暦

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 明治の国賊たちが皇紀を破棄してイエス・キリスト誕生紀元(西暦)にすると同時にやったことは日本暦(俗に言う旧暦)を破棄してキリスト教暦(新暦)にすることでした。せっかく皇紀を使っても現行のキリスト教暦を使っていては、私達は日本の風土から切断されたままではないのでしょうか?
 日本暦を使えば閏年もイエス・キリスト紀(西暦)の算数と全く無縁に自然の法則にのっとって決まってきます。世界一精密な暦だけに少々複雑ですが、日本の風土を正確に記述した日本暦(旧暦)を見直していこうではありませんか?

コメント(8)

皇紀使用者各位,こんにちは.少々やっかいな話なのでちょっと調べてみました.

日本で太陰太陽暦から太陽暦に改されたのが皇紀2532(明治5,西暦1872)年で,それと同時に「皇紀(神武天皇即位紀元)」が法制化された紀元となりました.ちなみに,西欧で一般的に使われている太陽暦の一種「グレゴリオ暦」に則っているとはいえ,日本の太陽暦は厳密なグレゴリオ暦ではないようです.

明治初頭といえば西欧文化の波に乗っている時代で,そういう意味では太陽暦も(明治以降の話では)「日本の風土」と言っても良いかもしれないと思います…それが良いことかどうかは別にして.

それでも,節分は旧暦に則った行事ですし,今でも旧暦に則って行われている行事が地方で行われているようです.いくら政府が旧暦を破棄したくても,まだまだ私たちは(微少ながら)旧暦を忘れていないようです.

と書いたところで,こんなコミュニティを見つけました.

・旧暦と暮らす
http://mixi.jp/view_community.pl?id=101142

話はまとまっていませんが,全文読んでくれたら幸いです.
日本がグレゴリオ暦になったのは1898年からでは。
ちなみにユリウス暦とグレゴリオ暦は
閏日の入れ方がやや異なるだけでほとんど同じものですね。
ユリウス暦の1582年以後の分の補正版というようなもの
なので、新暦旧暦の換算でも1582年以前ではユリウス暦
で換算しないとおなしなことになります。ですので
ユリウス暦とグレゴリオ暦は、まったく異なる暦と考える
よりも、同じ暦の前半と後半と考える方がわかりやすいかと。
「旧暦」という言葉がちょっと混乱を生んでしまったみたいですね。

 たしかに、グレゴリオ暦に対してユリウス暦のことも確かに「旧暦」といいます。が、日本で一般に「旧暦」というと明治の改暦まで公式な暦として用いられてきた太陰太陽暦(俗に陰暦)のことを指すんじゃないでしょうか? 中国の農暦を受け継ぎ、それに改良を重ねた天保暦をベースに現代的に解釈した暦です。新月から次の新月までの期間(一朔望月)が一ヶ月。春分を含む月が二月。だから一〜三月が春。そしてこの三ヶ月は太陽黄径が立春から立夏にかけての90度の範囲とほぼ重なる。という、太陽と月の二つの動きに即した季節本位の暦です。陰と陽の思想などは入っていますが、キリストやカエサルみたいな宗教や権力のルールは暦のシステムには入っていません。天体の動きと日本の四季との関係を表現する農山漁村のための暦です。だから日本暦と私はよびます。
 この「旧暦」日本暦はグレゴリオ暦やユリウス暦などとは全く互換性はなく、したがって閏の設定の方法も全く違います。ご存知のようにグレゴリオ暦やユリウス暦の閏は古代ローマ暦において一年の最後の月だった二月の最後に閏日を補います(ユリウス暦は4年に1回、グレゴリオ暦では400年に97回)。しかし、日本暦では19年に235ヶ月を設定します。なぜなら19年間に235回の新月がめぐってくるからです。この19年を235ヶ月とする方法をギリシャでは「メトン周期」、中国では「章法」とよびます。一年は12ヶ月ではありません。少し余りが出ます。だから12ヶ月と13ヶ月とを19年の中に適切に配置することになります。そして、13ヶ月を設定した年のことを閏年とよびます。また、4ヶ月になった季節のうちのひと月を閏月とよびます。この閏の設定の方法は国によって異なるのですが、日本の設定方法は特に精緻だと認識されています。例えばユダヤ暦では数列を用いて閏の設定を決定するようです。しかし日本暦では季節本位に閏を設定するルールに従います。つまり四季のはっきりした日本ならではの暦だともいえます。グレゴリオ暦やユリウス暦のような閏日というのはありません。グレゴリオ暦やユリウス暦などの太陽暦というのはそもそも四季のない国で発明されて、四季に関係ない教皇、皇帝が支配するための道具として使った暦です。現に西洋近代的な資本主義、貨幣経済社会の支配下にある国々ではグレゴリオ暦を使っていると言えるんじゃないでしょうか? そのような支配に従わず日本の自然や土着の風土を大切に思うのであれば、「旧暦」日本暦は不可欠だと私は思います。ちなみにmixi内にも「旧暦」を見直そうというコミュニティーがあります。http://mixi.jp/view_community.pl?id=101142

 日本が「旧暦」天保暦からグレゴリオ暦に切り替えたのは私の資料にも明治5年(1872)と出ています。しかし、明治の役人達にはグレゴリオ暦がよく分かってなかったんだと思います。イギリス人にならって太陽暦に時間の枠組みを切り替えたのはいいけど、閏日は4年に1回という理解しか無かったのではないでしょうか? しかし、西暦1900年を目前に控えた25年後の明治31年(1898)に閏日を400年に97回と訂正する公布をしています。これで正確なグレゴリオ暦となったわけですね。太陰太陽暦で生活していた日本人がいきなり太陽暦に切り替えて、1900年を平年と決めたわけだから、明治5年の改暦をもってグレゴリオ暦に改暦したと言ってよいんじゃないでしょうか?
>グレゴリオ暦やユリウス暦などの太陽暦というのはそもそも四季のない国で発明され
>四季に関係ない教皇、皇帝が支配するための道具として使った暦です。

ローマに四季はあるし、日本の旧暦だって中国でできたものですが
中国では(日本でもかなりの期間)暦は天子が支配するための道具でしたよ。

>現に西洋近代的な資本主義、貨幣経済社会の支配下にある国々では
>グレゴリオ暦を使っていると言えるんじゃないでしょうか?

そんな理屈は成り立たないでしょう。グレゴリオ暦は格別に合理的でもないし
「近代的な資本主義、貨幣経済社会」ができる前からそれとは無関係に
ユリウス暦・グレゴリオ暦の歴史はヨーロッパにあります。

>日本の自然や土着の風土を大切に思うのであれば、「旧暦」日本暦は不可欠

「日本の四季や自然や風土」に旧暦(太陰暦)は合ってるけど
新暦(太陽暦)は合ってない、という理屈はよく聞きますが、どこがどのように
「合ってる」のか「合ってない」のか、どうにも理解できませんねー
伝統行事や土着の風俗習慣に合ってない、というならそれは日取りの問題だから
暦が違う以上あたりまえですが、伝統行事や風俗習慣は文化的な行事であって
自然現象ではないですね。「日本の自然や風土」ってのは純粋に自然現象なわけ
ですが、さて、これが「旧暦(太陰暦)は合ってるけど新暦(太陽暦)は合ってない」
という理屈は如何?
明治に新暦が導入される時の政府の宣伝としては「旧暦だと同じ月でも歳によって
季節がずれることがあり不合理だ」という点があったはず。
確かに天体としての月の満ち欠けは季節とは無関係であり、季節の気候に規制される
昔の年中行事にとってむしろ旧暦は不利な条件だったはずなんですが。
要するに旧暦の行事を新暦の行事に移し替える際に、季節を勘案した移し方をせず
名目上の日付にスライドさせたことが季節とのズレを生んだ原因であって、(たとえば
旧暦の一月一日の行事を新暦2月4日とせず単純に新暦1月1日にした例)
新暦だろうが旧暦だろいうが暦そのものには風土性はなく、それどころか
むしろ新暦の方が季節との整合性があります。
 むらさぎさんがもしクリスチャンの方であったり、あるいは大きな組織などに属する方でしたらグレゴリオ暦は大切なものですね。キリスト教徒でもなく特に組織にも属してない私はそれを傷つけるような発言をしてしまいました。ごめんなさい。おわび申し上げます。私はグレゴリオ暦を大切に思っている人にまで旧暦を押し付けようとする者ではありません。日本は政党も宗教も自由ですね。同様に日本の暦を使おうがキリスト教の暦を使おうが自由であっていいと思っています。
 それとも、むらさぎさんは議論がお好きな方なんですか。もしむらさぎさんが旧暦支持者にからんで議論したいだけなのでしたら、そういう時間と手間はお互いに無駄なものだと思いますのでやめましょう。水掛け論のディベートなんか無意味だからです。そうじゃなくて、暦のこと旧暦のことに関心があってもっと話がしたい、というのであれば人の発言に難癖つけるみたいな行為は改めたほうがよろしいかと存じます。暦のこと旧暦のことでもっと話を続けることをお望みでしたらそういう議論はこのコミュからは逸脱してしまいますので別な場所に移りましょう。
はて?
私は天皇陛下と天照大御神と神道の神々以外は一切信じてませんが?

私のどこが「難癖」だというんですか?具体的にここだ、と取り上げて指摘してください。どうぞよろしくm(__)m

不愉快ならスルーしてもらって結構です。ギャラリーの皆さんが我々のやりとりを読み比べて判断するでしょう。
 失礼しました。てっきり民族思想叩きマニアの方かと思ってしまいました。なぜなら、人の発言の端々に水をかけるような反論ばかりが目立っていらしたからです。

 さて、むらさぎさんの意見を読ませてもらっておりますとどうも日本暦よりも西洋暦のほうを支持されているように思われます。それはちょうど天皇様を利用しながら西洋文明を礼賛した明治政府のイデオロギーにも通じていることでもあると思うのですが…。むらさぎさんは、伝統を重んじた二人の天皇様を殺してまで伝統破壊を推し進めた明治政府の言い分を信じるのですか?
>「旧暦だと同じ月でも歳によって季節がずれることがあり不合理だ」
という見解は旧暦を非難するための詭弁です。明治時代には、古来からの日本文化を非難するその手の詭弁が異常なほど激しく吹き荒れていますが、そのような非難が必ずしも的をえているわけではありません。

>確かに、天体としての月の満ち欠けは季節と無関係であり

と、むらさぎさんはおっしゃいますが、その発言にどのくらいの自信がございますか?
ちょうどそれと正反対の事実を報告している興味深い本(*)があります。気温の平均的な変化というのはもちろん地球の公転位置(太陽黄径)で決まりますが、歳による季節推移のブレには月の運行が関係しているということがこの本では統計的に検証が行われています。それを読むと、季節を太陽黄径だけで一元的に捉えるよりも、太陽と月の両方の運行を考慮して季節を捉えるほうが現実の四季に則するということが分かってきます。日本の季節の到来は節気(太陽暦)通りというよりも、旧暦で翌季節の最初の月へ移り変わるタイミング(太陰暦)にかなり一致するようです。
 「気候という自然現象」と暦という天文学的成果の関連性を疑われるのであれば、その本など読まれてみてはいかがでしょうか? (*)小林弦彦著『旧暦は暮らしの羅針盤』(NHK出版生活人新書)。ほかには、月と星座の動きをもとに農業を行うことを提唱したルドルフ・シュタイナーのバイオダイナミック農法あたりを調べていただくのも良いかもしれません。
 地球上の全ての存在は多かれ少なかれ月の影響のもとにあります。潮汐はもちろん、あらゆる生物のバイオリズムの基礎でもあると思います。満月の出産が多いというのもその一例です。高気圧とか低気圧なども月の影響を受けているでしょうから、月が天気に影響しているとしても何ら不思議はないでしょう。

 旧暦では月で季節を定義できます。一・二・三月は春、という具合に平年であれば三ヶ月ごとに「その年の四季」が定義できます。もちろん、「例年の四季」の目安となる二十四の節気(太陽暦)も同時に兼ね備えています。
 ところがグレゴリオ暦上ではどうやって季節を定義できるのでしょう? 立春とか立夏といった節気はグレゴリオ暦の要素ではなくて旧暦の要素です。私にはグレゴリオ暦とは一年をでたらめに12分割したいびつな直定木に思えてなりません。季節の指標はなく、ただ7日毎の目盛りだけが整然と並ぶ単なるモノサシです。
>むしろグレゴリオ暦の方が季節との整合性があります。
とおっしゃる意味が私には分かりません。それから
>「日本の四季や自然や風土」に旧暦(太陰暦)は合ってるけど新暦(太陽暦)は合ってない、という理屈はよく聞きますが、どこがどのように 「合ってる」のか「合ってない」のか、どうにも理解できませんねー
 という発言は、碁盤の目に区画整理された都市に生活する人がその場所の地形図を見て「どこがどのように土地と合っているのか分かりませんねー」と告白しているのと同じように私には聞こえます。
 旧暦の時間を「フラクタル」とたとえると、グレゴリオ暦の時間は「ミニマル」だと思います。単調で規則的な生活に適した暦だと思います。私の意見は、時間を単純化したシンプルな仕組みの暦というものが季節や月明かりに左右されない工業や労働に役立っているということです。明治の改暦も旧暦が近代社会、工業社会にそぐわないから行ったんじゃないでしょうか? しかし、自然に感謝する暮らしというのは自然へ歩み寄ってこそ得られるものではないのかと思うわけです。そういう自然の営みをより理解したり、それに従ったりするにはそのサイクルを記述した旧暦というものがたいへん有効だと思うのです。だから自然相手の農山漁村は改暦後でもグレゴリオ暦よりも太陽太陰暦(旧暦)を大事にしてきたのではないでしょうか?
 お天道様やお月様に目もくれない近代社会や工業社会が天照大神の望む姿でしょうかね…。


余談ですが、神武天皇建国は神武元年元日。もちろん旧暦で。これをもとに皇紀と紀元節(建国記念日)が決められています。皇紀のほうはいいのですが、紀元節は現在のように新暦2月11日に祝っていては元日の意味は失われてしまいます。やはり、旧正月元日を神武天皇即位の日と認識するのが良いのではないでしょうかね?

とここまで書いてきて、旧暦!旧暦!と言っているのに肝心な旧暦カレンダーの現物は現在あまり出回っていないという実情を思い出しました。旧暦の日付が書き添えてある新暦のカレンダーなら多いのですが…。でもネットで探したら見つかるはずだからmixiやっている人だったら入手できると思います。そういう私は旧暦カレンダーを自分で作って使っている次第です。

※長文、失礼しました。
いきなり論点をあれこれ広げられても、どこまでフォローすべきか難渋しますが。派生的なテーマについてはごく一部のみ賛同はしますよ。しかし本題に直接かかわる部分では、おっしゃってることは一ヶ所を除いて、反論できる部分・私への反論になってない部分・私の論旨を誤解なさっている部分だけです。

一ヶ所というのは「月の満ち欠けが季節に影響する」というところ。小林弦彦という人の『旧暦は暮らしの羅針盤』という本は知らないので何ともいえませんがにわかには信じがたい話ですね。あくまで多少の影響があるという程度で副次的な要因とすらいえないのではないかと思いますが、とりあえず読んでみるまでは保留ですね。

具体的な議論の続きははがさんおすすめのその本を私が読んでからってことでよろしく。

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