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バングラデシュコミュのバングラデシュ日本語案内

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取材のため1997年と2008年、2009年にバングラデシュに行きました。
2週間、2週間、3週間の日程でしたが、適切な案内人に出会わないと大変だという事を痛感しました。基本英語は通じないし、単独行動ではリキシャ、CNGは外国人価格ってぼったくられるし… 案内なしで歩き回ると結構高くつきます。ホテルも通常価格
$80が$50(ダッカ)とかにまけてもらったりできます。地方に行けばとりあえずって感じのホテルで$15くらいとか… ただ、日本語の案内は高いです。しかも片言の日本語しかわからない人で$80/1日だったりします。良い案内人に出会えればバングラデシュは結構面白いんですけど、水分補給を含め、食事、病気時など地獄です。こまめに安全な水を勧めてくれる人でないときなどは熱中症状態で大変な思いをしました。僕は取材でバングラデシュに行きスラムや売春宿などちょっと危ないところにも行きますが多くの案内人は危ないからと言ってついて来てくれません。そんな中1人のバングラデシュ人に出会いました。彼は20年日本に居た経験が有り、日本人の事を良く理解しています。時間約束などはまじめなバングラ人でもルーズですが、彼はしっかりしています。案内料も安いし、その他、ホテル代、食事、交通手段を含め1日にかなりの金額が節約できました。下記は1997と2008(2009はまだ未掲載です)の写真を掲載していま
す。 良かったら見てください。
http://www.ne.jp/asahi/masaaki/morita/Gallery/bangladesh/1997/index.html
希望があれば彼を紹介します。観光もビジネスもOKです。とにかく良い案内人に出会えれば目的に合ったバングラデシュの旅が快適に出来ます。

コメント(20)

いい写真撮られてますね・・

でも、服を着ていない女の子の写真だけは、ちょっとひきました。個人差あると思いますが、いくら子供と言えど、同じ女性としては微妙です。本人は載せられてるの知らないわけですから。

コメントありがとうございます。服を来ていない女の子はどれの事かわかりませんが、そう感じる方もあるのでしょうね。とにかく見ていただいてありがとうございました。
売春宿やスラムに行かない普通の観光旅行ならガイド必須だと
までは思えません。

ベンガル人はとても親切ですし地球の歩き方もとうとう発行され
ましたので更に旅行しやすくなるでしょうね。

あと二番目の写真わたくし(男性)も不快感を持ちましたボケーっとした顔
トピの最初に載せてある2枚めの写真、男性であるあなたがどういう状況で撮られたものかわかりませんが、着替え中の女性が写真を不特定多数の人に公開して欲しいと思っているとは考えにくいので、他の写真にしていただけませんか?
 イスラムの国バングラデシュに売春は無いと聞かされていました。しかし、バングラデシュの元らしきものが出来た頃、500年前には既に売春島があったそうです。パキスタン・イスラム共和国からバングラデシュになってからも売春の島は取り壊される事は無く、現在もたくさんの売春島が存在しています。そこに生まれた事により差別され、社会から排除されているのです。彼女達のほとんどはここで生まれ、外での仕事をもらえるはずも無く娼婦になります。バングラデシュでは売春は認められませんが、政府は彼女達にライセンスを与え、場所代、税金を徴収します。政府は彼女達にメディカルチェック義務を課すが、彼女達の診察をしてくれる医者はいません。こうした売春関係の仕事をする人たちや、その子供は人間としての扱いを受ける事は出来ないのです。こうした状況が解決するにはその現状を他国の人たちが知る事から始まるのだと思います。
売春の村
ダッカと河を挟んだ隣の県、フォリプール県はダッカの街から港まで車で2時間半、港ではカーフェリーと小型船が頻繁に往来している。フォリプール県まで船で20分。港からバスで30分さらに乗り換えて50分。そこにその村はある。列車の終着にもなっているがダッカ方面からは走っていない。村は1キロメートル×1キロメートル程もある広さで約5000人が住む。内、仕事する女性は1500人。置屋は257件ある。置屋のボスは何部屋かを持ち、抱えている女性たちに使わせる。月の家賃は3300TK(4700円)、1日あたり110TK(157円)だ。村には1337部屋(2009.8現在)あり、置屋と合わせ1600部屋近くになる。村の通路には小さな食料雑貨店が並び、時間をつぶしながら客を待つ女性たちがたむろする。通路を入っていくと、客が女たちを見るというより客が女たちに見られてる感じです。通路を進むと目配りで合図する女性がいた。妙に人なつこく、女性の家に誘われチャイ(甘いミルク紅茶)を振る舞われる。その女性はボスで、3人の女の子を抱えていた。現役を引退後の年上のボスが多い中、このボスはまだ30
歳くらい、現役だ。写真①自分を売り込むとともに部屋の女の子を紹介し、仲良くさせようとする。値段交渉することもあるんだろうが、基本的にはチップの払い方に近い。価格はおおよそ400TK(570円)から10000TK(14300円)と幅がある。バングラデシュでの最低賃金100TKを考えるとべらぼうに高い。そもそもここはバングラデシュが産まれる500年前から存在している。港から1km程に位置し、船乗りや当時の権力者の遊び場だったらしい。バングラデシュで最も古かったこの手の遊び場はダッカにあった。しかし住民の反対運動もあり15年ほど前に消滅し、いまではこのゴーランドの村が最古となる。売春婦の子供を受け入れる学校はないが、NGOによりこの村に学校が造られた(生徒数150人)。
問題の写真(顔は写っていません) 身長145センチに満たないこの女性はアスマ。2年前親と喧嘩して家出してしまった。遠距離バスに乗り、自分でもどこにいるのか判らなくなりバスの運転手にこのゴーランドに売られてしまった。彼女には行くとこもなく、それ以来ここで売春婦をしている。アスマ本人は18歳というが、ボスは16〜17歳と言う。アスマのように売られてくる女性もいるが、大半はここで産まれた代々続く売春婦だ。この国で売春は許されない。当然のように不可蝕賤民として扱われる。ここで産まれた子供は村を出る事は出来ないのだ。
> marmoさん

気持ちと本音が伝わる人には伝わりますが、やはりバングラのディープな部分を知らないと理解して貰えない事もあるかもしれません。

以前、欧米諸国の薬品の実験場だった事を噂には聞いていましたが、ある時…今までに見たこともない姿の人が物乞いをしていたのを見て目のやり場に困りました。

それは明らかに先天性のものでは無く何らかの影響により、その様な姿になった男性でした。ひょっとしたら女性だったかもしれませんが、その姿を写真に撮る事すら出来ませんでした。

あまりにも衝撃的でWebで公開されたら多分社会問題になりかねないと思われます。(ジャーナリストなら一度訪ねるべきかと…。)
人なのに人として扱われない、本当に悪意は無い場合でも騙し騙されが多い場所ですね。

そんな中でも 子供は日本の子供達より辛いながらも純粋に子供らしい生活を送っているかもしれません。

まだ純粋なんで大人の無用なプライドも悪意も無いですから。
『神の棄てた裸体―イスラームの夜を歩く』という本にもバングラデシュの娼婦を取材した話が出てきます。
日本の写真家さんも何人か取材に行っており、昨年と今年と、新宿のコニカミノルタプラザなどで取材時の
写真を見ることが出来ました。

探せば情報源は色々あると思いますよ。

ちろあえず上記の本はこんな感じです。
最近は文庫本でも出ています。
amazon:http://www.amazon.co.jp/dp/4103054514
変わりゆくバングラデシュ
バングラデシュのお金持ちは本当に裕福です。
貧しいのは下層の人たちでかなりの数の上層部の人たちは
うらやましいほどの暮らしをしています。
大型ショッピングモールもあります。結構なビル群もあります。
日本人でも、「売春婦のもとに生まれました」と言うと世間の扱いはよくないでしょう。

バングラデシュでは、「売春は人として良くないこと」という意識が男女問わずかなり強いです。

日本のように風俗店が数え切れない程あちらにもこちらにも有る国(それだけ需要があるという事)と、
バングラデシュのように、売春宿が極めて稀な存在な国とでは意識の差が明確です。

バングラデシュでは、貧しい家に生まれた人も、環境のよくない所の出身でも、自らの努力で人生を幸せに変えている人も居ます。

結局、売春をするか、他の仕事をするかも自分次第。

健康なのに物乞いをするだけか、掃除、縫製、牛飼いなど、自分の出来る仕事を一生懸命探して働き、ステップアップしていくかも自分次第。


2〜3週間の滞在で、その国の事をよく知るはずもありません。
何を伝えたいのか分からない写真や文章を載せる人が居ますが、面白半分で載せてるのかな?という感じを受けるだけです。
バングラデシュ人と深い関わりをしていましたので、ダッカや地方の村などにもいろいろ行きました。

帰国後にバングラデシュに関する本を読み漁りました。書名は覚えていませんが、ダッカ市に近いナラヤンゴンジも売春宿があることで有名だそうです。親しいバングラデシュ人も、幼いころに道を間違えて売春宿街に迷い込み売春婦に声をかけられて逃げたことを笑って話してくれました。

実際にダッカ市内をリキシャで散歩していたら、白昼の公園で寝ころんでいちゃついてる男女がいたのですが、現地の人の話では売春婦と客だそうです。

また、ある日にはダッカの繁華街で、パゴール(気の狂った人)かもしれませんが、若い女性が上半身裸で歩いていたのを目撃してショックを受けました。

地方に行った時には、口以外、顔の部品がないのっぺらぼうの女性を見かけて、これにもすごく衝撃を受けました。

私が初めてバングラデシュに行ったのは1994年(一年半滞在)ですが、町には物乞いやポリオなのか、怪我で手足を失ったのかはわかりませんが、体に障害のある人たちが溢れていて、胸が痛くなりました。

朝ご飯やお昼ご飯の時間になれば、残り物を食べさせてくれと物乞いが毎日来ます。幼稚園児くらいの幼い子供さえ、貧しさゆえにたくさんのフラット(アパートメント)を訪ねて、雑用をこなしてわずかな施しを受ける姿に涙が出ました。

朝のダッカの町での散歩では、路上生活をしている人々の生活を見ることになります。

バングラデシュに最初にいった当時は、ショックが大きくて胸が痛む事が多いかったですが、バングラデシュ人のおおらかさや親切に感動しました。今は大好きな国です。

2回目は2004年に一年ほど滞在しましたが、かなり街が豊かになっているのを感じました。でもやはり発展や豊かさから取り残されている貧しい人々がいるもの現実です。2回目の滞在の時に、バングラデシュではかなり大規模のショッピングモールのビル(前庭に噴水があって夜には虹色のようなライティングが輝く)に幾度か行きましたが、そのビルの道路を挟んだ反対側は、貧しい人たちの住むスラム。ビルへの出入りには警備員がボディーチェックするほどでしたが、物乞いたちは警備員の目の届かない場所で、小銭をねだるために手を差し出します。

バングラデシュの光と闇を私なりに見てきました。

でも、もっとも感動したのは、ダッカの街角で、盲目の12歳か13歳くらいの埃にまみれた少年が素晴らしい歌声で人々を魅了していた光景に出合った時でした。もしかしたらバウルかもしれません。

豊かさが当たり前の日本に生まれ育った私にとって、バングラデシュは本当に多くの事を学ばせてもらった感謝すべき国です。

物やお金が無くても心豊かにたくましく生きる姿に、心の奥深い部分で感動しました。

主さんの写真はバングラデシュの闇を映してはいますが、でjきれば簡単なベンガル語を覚えて、地方の素朴な村人たちとも交流したほうが、本当のバングラデシュの姿が見えてくるのではないかと思います。

バングラデシュの写真集で有名な吉村繁氏の写真をぜひ一度ご覧になってください。
タイトルは「水と大地の詩」 http://www.amazon.co.jp/%E6%B0%B4%E3%81%A8%E5%A4%A7%E5%9C%B0%E3%81%AE%E8%A9%A9-%E3%83%90%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%87%E3%82%B7%E3%83%A5%E2%80%95%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%83%AC%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%88-%E7%99%BD%E7%9F%B3-%E3%81%8B%E3%81%9A%E3%81%93/dp/4000098446/ref=sr_1_2?s=books&ie=UTF8&qid=1292757715&sr=1-2

バングラデシュの地方にもあちこち行った私も、吉村氏の写真には深く感動しました。他のバングラデシュ関係の書籍にも吉村氏の写真が使われていましたが、吉村氏は村人たちと生活を共にして親しくなってから、素の村人たちの生活の様子を素晴らしいカメラアイで捕えています。(読んだ文章の記憶です)素朴で心に深く染み入る写真がたくさんありました。一枚の写真にすぎないなずなのに被写体の村人たちの感情や心の動きが見て取れる感覚になりました。

負の(闇の)部分は好奇心をそそられますが、吉村氏の写真を見るとバングラデシュの生活が、負や闇ばかりではないことが理解できるかと思います。

偉そうなことを言ってしまい失礼しました。
おなじみのタンガイルの先住民族ガロ族です。
生活の空気感が日本に共通な物を感じます。
もっとも中国に近い生活なんでしょうけど…
今年(2011)も夏にバングラデシュに行きます。7月の最終週から1か月くらい行ってきます。ガロ族以外の先住民族やパキスタン難民キャンプ、線路沿いの生活者、他など負や闇を撮影して来ます。カーストは無いと言うものの職業カーストにすら感じられる上下関係。転職が許されない靴職人や汲み取り屋、売春婦の生活にも密着するつもりです。このサイトで情報交換できる人がいたら嬉しいんですけど… 現地でお会いできそうな方も連絡ください。
バングラデシュのガロ族の家に勝手に泊まりにいったり、手探りで色々と探っていくうちにバングラデシュの暗い社会を垣間みる事が出来ました。

実際に、ガロの人々から聞いた話や売春宿の現状、パキスタン難民などに取材をしましたが、富裕層や知識人、政府関係者の考えとは遥かに違う問題がそこにはありました。また深く知られていないのが現実であり、「貧困国のバングラデシュ」というイメージは勝手に先進国というポジションにいる国が決めてしまっている事が、今のバングラデシュのイメージを作ってしまっていると実感しました。

確かに貧しいです。

しかし、バングラデシュ人の「生きる事に対する執着心」は、自殺が多い国々は見習わなくてはいけないと思います。

バングラデシュを本当に深く知ろうとすればする程「魅力ある国」だと認識してくるはずです。

売春や人身売買という事に対して非常に嫌悪感を抱くと思いますが、「なぜそうなったのか?」と言う事を突き止めていく事をしなくてはバングラデシュやインド、ネパールでの問題は解決されないと思います。

ダッカにいた時に日本語を流暢に話すバングラデシュ人と若い日本人男性との話を耳にしてしまいましたが、そこでも日本人男性の売春意識に対し斡旋していたのは通訳をしていた人でした。

正直愕然としてしまいました。
しかし、これからますます日本企業がバングラデシュに進出していくと上記の様な問題が今以上に深刻化していくのではないでしょうか?

その前にしっかりとした情報を把握していく事が重要であると思います。

いまだに天然痘の人がたくさんいます。

バングラデシュに行くまで恥ずかしながら天然痘を知りませんでした。

そんな中、手探りで色々な事を追い求めていったのは何かしらこの国に対する思いがあったからだと思います。

そして、ここにある写真は非常に深い意味があると感じました。
また、一番最初にあった後ろ姿の女性の写真は普通では撮れないのがバングラデシュの社会です。なので専門家かジャーナリストしかこのような写真は撮れないと思うと言う事を付け加えておきたいと思います。
marmoさま

はじめまして、写真拝見しました。
ありがとうございました。
私も2000年以来4回バングラデシュに行っています。
実は明日から5回目の訪バです。

何回訪れても新しい発見のある不思議な国です。
ベンガル語が出来れば更に楽しめるのにと思っています。
DAI3さん・まさやんさん、ありがとうございます。日本ではバンコクまでの往復チケットを買い、バンコクでダッカ往復を買ってみようか(手配は日本で)と思います。
7月26日にダッカ入りし。8月20日に名古屋に戻ります。バングラデシュには3週間+α滞在予定です。バンコク経由でバンコクーダッカ間をオープンチケットにしました。
初めまして。ログを拝見いたしました。だいぶ時間的に遅くなっての質問ですが、もし可能でしたら現地の案内人をご紹介いただけないでしょうか?来年(2020/02月)にバングラディシュに行こうと思っております。治安の事も含めて現地の方を雇えればと思っております。よろしくお願いいたします。

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