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ウルトラセブンコミュの第6話「ダーク・ゾーン」について

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突然のトピ立て、失礼いたします

ペガッサ星人が登場する話ですが、この回は何度観ても違和感が残ります

それは最後のダンとアンヌの会話です
もう一度あいつに会いたいなどと笑って話していますが
あれはおかしいんじゃないでしょうか?

確かにアンヌの部屋で語り合い、親睦を深めたかもしれませんが
あのペガッサ星人にしてみれば、地球人はいわば、同じ星の仲間を全滅させたカタキですよ
そんな地球人と、もう一度仲良く会話したいなど思えるわけありません
それにひょっとしたら、彼らの科学技術からすると、一人でも地球を破壊できるくらいの威力を持った兵器を作れるかもしれないのです
逃がしておいてあんな悠長なことを言ってる場合なのかというのもありますし、
何より、最後の和んだ感じで話している姿は、助かった側の思い上がりにしか見えません

自分の解釈が間違ってるんですかね?
よろしければ皆さんの御意見をお聞かせください

コメント(32)

そうとも言えますね。。。
ただ彼らは地球が軌道を変えられる位の科学力があると信じ込んでいたもありますし。。。
色々な見方が出来る作品だと思います。
多分、ペガッサシティが消滅したんで爆弾はもう作れないのでは?ある意味、友好的な宇宙人だったと思いますが。
全滅させたとか、助かったとか抜きで、またお互いの科学とか話しをしたい。みたいに解釈してみましたよ。
ま、文学っすよ、ブンガク。非合理な世界っすね。
いやぁ…名エピソードだと思うんですが…
トピ主さんの理解が得られなくて、ちと残念です。

こういう話は『寓話(ぐうわ)』的な要素もあるので、あまり重箱の隅をつつかず、【もしも○○だったら?】という想像力を働かせて鑑賞するのが良いと思いますよ♪

ダンとアンヌが出会ったペガッサ星人は少々臆病な性格ですが、国家(ペガッサ市)を愛する実直な青年といった感じがします。
かといって完璧なナショナリストでもありません。
地球との衝突が避けられないと悟り、優しく接してくれた地球人・ダンとアンヌの2人だけは逃がそうとしますから。

これって、現代でもありえる話だと思いませんか?
他国の人間同士が仲良くしていても、国家間の関係によっては戦争になる…
悲しいぐらいリアリティのある寓話だと思います。

また、ダンが
「もう一度会いたい」
と言うのは、助かった側の思い上がりに見えるとは…ワタクシ的にチト残念(-_-;)

ダン&アンヌとペガッサ星人とは、あの短い時間ではありますが、友好関係を作れたんですよ。
ペガッサ市のトラブルさえなければ、共存できたかもしれない。
いや地球への激突が避けられなかったことが発覚しても、地球の科学力を認識して、地球に避難できたかもしれない。
いや、その一方で、先手をうって地球爆破を早めていたかもしれない。

このように視聴者に『たら』『れば』を投げかける演出は、とても秀逸だと思います。
といっても『ノンマルトの使者』のように、突き放した感じではありません。

ダンが「もう一度会いたい」と言うセリフには、救われなかった者(ペガッサ星人)への哀悼、現実のやるせなさが伝わります。
それこそが視聴者にとっての〔救い〕になるんだと思います。

…ま、あくまでワタクシの主観ですがね(^^;)

でも、こういう見方ができる人が増えれば、世の中少しは落ち着くんじゃないかなぁ…


寓話ゆえに、ツッコミどころはあるかもしれませんが、見方を変えてみませんか〜?
あと、日本の昔話やイソップ童話、様々な寓話と照らし合わせて鑑賞するのも一興かと思いますよ♪
僕もたかし。さんの解釈と一緒です。
たかし。さんのように理路整然とした文章力が僕には備わっていないので感謝です。
はじめまして。

どれが正しいということではなくて、いろいろな見方ができますね。

たかし。さんの「こういう見方ができる人が増えれば、世の中少しは落ち着くんじゃないかなぁ」というところには強く賛成です。

昔はそういう見方で、何の疑問も持たなかったような気がします。でも、今どきのドラマはそうはいかないんじゃないかと。

モッティさんの意見も一理あると思ったのです。痛む頭の古傷を押さえながら悶々としているペガッサくんを思い浮かべました。「何であいつ(セブン)は、地球人でもないのに地球の味方をしたんだ?われわれのほうがずっと文明が進んでいたのに」とひたすら何十年とセブンを恨み続けている姿・・・。

あー、嫌だ嫌だ!寓話をほのぼのと楽しめる心を取り戻したいと思いました。
スージーQさま→
ありがとうございます。大好きなエピソードのひとつなので、じっくり書いてみました(^-^*)
物語の奥深さを、皆様にもっと知っていただきたかったのです♪

ところで意外なことに、今回のセブンは中立の立場をとっているんですよね〜。いや中立というより、不干渉という言葉のほうが似合うかもしれませんが。

ペガッサ市への攻撃が決定したときも、あくまで地球人として避難の呼びかけを行います。それが徒労に終わっても…

もしセブンが完全無欠のヒーローなら、変身してペガッサ市まで飛んで、動力部を直して正常な軌道に乗せることができたかもしれませんしね。

故に、自責の念もあった…と思うと、爆破阻止のため、やむなく変身するシーンが、大変重くるしいものに思えてなりません。

宇宙都市ペガッサが滅んだあと、セブンにしてみれば
(同時に二つの文明が滅亡するのは忍びない)
という心境だったのかもしれません。ペガッサが消滅した以上、地球を爆破するのは無意味な行為ですし。

ということを考えると…
セブンの立場・存在意義が、どんどん揺らいでいきますね。

これも寓話的に捉えれば、多国間の揉め事に干渉することの危うさを提示している…ともいえます。

深く、重く、切ないストーリー。
これが『ダークゾーン』の魅力ではないでしょうか?
たしかにあのラストは今見ると能天気すぎる気もしてしまいます。でも、それってシリーズ後半の「ノンマルト」や「第四惑星」みたいなシリアスで重い話を基準にして考えてしまうからなんですよね。

初期作品を見る限り、シリーズ当初の「セブン」はそこまで深く深刻な問題提起をする予定じゃなかったんだと思うんです。あの時点では子供向けということでああいうハッピーな印象を持たせたラストでないとダメだったんじゃないか、と。

それでもあの作品の持つテーマは変わらないと思うし、僕は下手したら一番好きな回です。
あえてこじつけるなら、シリアスで重い話に必ずしも暗いラストをつける必要はないんです。そういう理詰めの展開は誰でも予想しますし。

シリアスなテーマを出しても受け手を追いつめない、あの軽い終わり方が「ダークゾーン」の魅力にもなっていると思います。
皆さんのコメント拝読しまして一つの作品にもいろいろ見方があるというのを改めて感じました。

トピ主さんの違和感も言われてみれば確かにあると思いましたが、作品全体の流れからすると私はあれが会ってたと思います。
実際アンヌはペガッサ星人を2度にわたって助けてかくまっており、ペガッサ星人もその恩を忘れずアンヌに脱出するよう言ってます。
 親睦程度ではない心の交流が地球人と宇宙人にあったわけです。 その後のペガッサ星人の行為は故郷の壊滅を聞いたショックでの逆上によるものなので、その場の事態が収まればダン(セブン)がペガッサ星人を逃がしたのも納得できると思いますし、ペガッサ星人の本質の性格を知ってるダンとアンヌならああいうラストシーンになるかと私は思います。

あとこの作品の本質論ですが、ノンマルトに比べシリアスな重さがないのは、滅び行く一つの文明の悲愁よりも、地球人と宇宙人との心の交流を描く点に重点が置かれてからだと思います。
またペガッサシティの沈黙の理由が不明だったり、ペガッサ星人の「広い宇宙の中で我々と地球人が一緒に住める星がないなんて・・・・」といった真意不明のセリフがあったりと、この作品のストーリーは見てる側にいろいろと想像させます。
トピ主さんが違和感として感じるのなら、なぜあんなラストシーンになったのか?もう一度作品を見直して探ってみてはいかがでしょうか? 何か発見があるかもしれませんよ。
参考までに、本題とは関係ないですけど。
平成セブンでは「ダークサイド」って続編があります。ペガッサ市の破壊後、一部生き残ったペガッサ星人が人間の姿になって地球に来ていたって設定。爆破は仕方なかったって考える穏健派と地球人に恨みを持ち復讐しようとする過激派のペガッサ星人同士が闘うみたいなストーリーだったと。結局、あの桜井浩子さん演ずる穏健派ペガッサ星人が自己を犠牲にして危機を救ったのですが。
ちなみに、モロボシダンも、セブンすらも登場しないとゆう異色の作品です。

MK43さん、面白いですね!!平成はみてないけど、どんな中にも穏健派と過激派がいるってのが面白い!!しかも同じペガッサ同士で争ってしまう!!
どうも、トピ主です
一人よがりの疑問にこんなにたくさんのコメントを寄せていただいたことに感謝しております

正直、未だに最後のダンのセリフは無神経だという印象は拭えませんが
今回皆さんのご意見を聞かせていただき、自分の考えがいかに浅薄なものか痛感させられました

弁解のようになってしまいますが
僕はこの作品のことを嫌ってるわけでも、批判してるわけでもありません
むしろ大好きなエピソードであるからこそ
最後のシーンで「あれ?」となってしまったわけで
なんとか自分の中で納得できる解釈はないものだろうかと苦悩していたのです

皆さんのご意見を踏まえた上で、もう一度観直せば
違った印象が得られるかもしれません

貴重なご意見、ありがとうございました
1967年(昭和42年)当時リアルタイムで放映を観ていた小学3年生の私は「ダークゾーン」以降、夜道の電柱の影や、陽の当たらない建物の影に “アイツ” がひそんでいるような気がしたものです。
会って話がしてみたい…なんて思っていたわけですが、あれはやはりダンのあのセリフがあったからなんだろうなぁ、なんて思います。
ぶいさん、

ん〜〜、ナショナリズムを超える知恵か、、、いつまでも新しい発見が尽きないですね、セブンは、、、。

それはやっぱり、演出、演技が優れているからだと思いますよ。特撮のリアリティがドラマを演じる人間によって裏打ちされている、というのが、最近の小生のセブン論骨子です。カラーテレビの黎明期、演技に子ども向けと大人向けの別が未だ無かった時代だからこそ生まれた名作がウルトラセブンだったのかも知れません。

個人的にはこの作品の一番のヤマ場は、ダークゾーンに潜む弱い者がアンヌとダンにペガッサ市について語り聞かせる部分だと思います。そこでは宇宙都市での生活が映像的に語られることはないが、それについて見るものが思いを馳せることができるのは、恍惚としてその話に聞き入るアンヌの表情があるからです。

全てが人工である世界へのぼんやりとした憧れと不安、そしてその先に我々を待つ悪夢が、アンヌの表情に暗示されているのです。
ライバルと少しの間でも心の交流が出来た

戦い終わって
また会いたいな...会えたらいいな

私なら思うかもしれません
セブン・ペガッサ君・地球人誰がヒューマニストかな?

日米独英の撃墜王の交流

坂井三郎さんと彼を撃墜しかけた銃手との握手

鉄脚(両足義足)の撃墜王ダグラス・バーダーとナチスのガーランド将軍の友情

敵味方を越えた、強敵と書いて“とも”と呼ぶそんな感じであります。

ペガッサ君は破壊工作ではなく、和平交渉に来たわけで、政治的には敵だけど決して地球から見たら悪人(アンチ地球という意)では無い

むしろペガッサ星に対する愛星心に敬意を抱いているのではないですか、戦後の日本人が忘れた愛国心を描いているのでは…と考えます。

半ばは自分の幸せを、半ばは他人の幸せを、少林寺拳法開祖の宗道臣の言葉を思い出します。
ちなみに我が輩は少林寺拳法弐段です。

ペガッサ君は己の使命に殉じたことに敬意を抱いているのではないですか、そう考えます。

この話は視聴後、不思議な余韻が残るからとても好きです。

どんな解釈をしても、作品を観た人の自由だと思います。
僕自身、あの話を観て「ペガッサ星人に会ってみたいなあ」と思いました・・
私もダークゾーンはかなり好きです。
初期の傑作の一つだと思います。

私的には、中後期に比べ、初期は比較的勧善懲悪の傾向が強い中、セブンシリーズにおいて地球人の平和主義に対して最初の問題提起をした作品と捉えております。

その次に、地球人の平和主義に対する「明確な」アンチテーゼはシリーズ中半の第26話「超兵器R1号」を待つことになると思うのですが、ウルトラセブンの世界観を作品全体を通じて俯瞰すれば「ダークゾーン」の果たした役割と、その先進性は高く評価されるべきだと思います。

もしもですが、後期にこの作品が制作されたらさらに後期独特の重さが加味されてさらに凄い作品になり得たかもと思うことはありますが、初期を支えた傑作であることは間違いないと思います。
トピ主のモッティさんのご意見は、鋭い見方だと思いますし、こうした感想は不適切でもなんでもありません。また、こうした解釈もできること自体が、この作品の奥の深さの証左でもあると思います。

ダンとアンヌの笑う意味は全然違うと思います。

アンヌの笑いは単純に事件が解決して安心したことによるものと思います。地球人は自分たちが助かるためにペガッサを滅ぼしてしまったのだから、もう少し滅んだ側の喪に服すというか、神妙な気持ちがあってもよかったかも知れません。その点はモッティさんの指摘は当を得ているとも言えます。

ただし、生きとし生けるもの、自分たちの生命を守るために最大限の努力をするのは当然で、気にしても仕方がないともいえます。そして、ウルトラ警備隊の人たちは、自分たちを守るためならば他の星の生命体がどうなろうと気にしない、というのは、全編を通じて節々に現れるものでもあります。代表的なのは「超兵器R1号」「ノンマルトの使者」でしょう。

一方ダンは、共存の道を最後まで追求しました。それが不可能であれば、共倒れになるよりは、少なくとも一方を生かすために一方にいなくなってもらうのは仕方のないことでしょう。敢えていうなら、他人の軌道に入り込んできたのはペガッサの方だから、退いてもらうのもやむを得ない。それに、ペガッサを滅ぼしたのは地球人であって自分ではないし、……と、ダンの中では案外あっさり割り切っていたのでは、という気もします。

互いに侵略の意図のない知的生命体が接触し、結果、一方が一方に滅ぼされてしまうという実に高度なテーゼを突きつけ、しかも肝心のウルトラセブンは数秒しか登場せず、怪獣との戦闘シーンもない、こんな異色の作品が、シリーズが始まって間もない回にいきなり放映されてぴたっと収まってしまうのが「ウルトラセブン」のすごいところだと思います。

僕は、最終回を別格として、本作品がシリーズ中の最高傑作と考えています。
僕も好きな作品ですよ。自分たちの世界を守るために苦渋の選択に迫られたときどうするのか。また間に立たされたダンの立場など考えさせられるテーマです。
ラストのセリフは確かに脳天気な言葉を発してますね…。あれはまぁ出来上がりを想定した上での脚本のツメが甘かったんじゃないかなと。
それよりも気になるのは、ホーク1号でペガッサシティを破壊する前に呼び掛けをすると隊長から聞いたダンのリアクション(笑)。「わぁ〜!」ってあまりに無邪気な反応に彼がウルトラセブンという事を忘れてしまいそうです。
スナフキンNO.2さん、初期の森次さんは一部演技が怪しげですよね!

まあ、それもセブンを味わう上での味と言えば味なんですが!
湯のみあした(日)、【TVNHK・BS3】で放送されますね!!!
ぴかぴか(新しい)楽しみます!!!

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