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アルブレヒト・デューラーコミュのオススメ本教えてください。

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はじめまして。
デューラーの絵は好きなのですが、デューラーという人自身を良く知らず、この際、勉強しようと思っています。デューラーに関する書籍でオススメがあったら教えていただけないでしょうか。

コメント(12)

情報ありがとうございます。

中央公論のは図版の印刷も良いみたいですね。
絶版と在庫切れの方は書店・古本屋で探してみようかと思います。

参考になりました。
ありがとうございました。
うわ、一分違いで新情報がw
「いよ」さんもありがとうございます。

お薦めしてくれた画集の方、チェックさせていただきますね。
はじめまして。
Rogner & Bernhardという出版社から出ていた(多分いまは絶版)Albrecht Duerer 1471 bis 1528, Das gesamte graphische Werkという2冊本で総ページ1968ページになりますが、一冊めはHandzeichungenで二冊目はDruckgraphikとなっています。印刷はイマイチですが(紙がよくない)、楽しんでいます。

因みにこの出版社、他にもLudwig Richer, Jacques Callot, Moritz von Schwindなど同様の出版を行っていた模様なのですが、残念ながら入手できませんでした。ううー欲しかった(T_T)。
岩波文庫から『デューラー ネーデルラント旅日記』(前川誠郎訳)が新刊で登場です。

「1520年夏,50歳の画家は途切れた年金の支給を新皇帝カロルス5世に請願すべく,妻と侍女とを伴い,遠くネーデルラント(今のベルギー地方)への長旅に出る.その時綿密に付けた出納簿である本日記にはエラスムスやルッターも登場し,併せて残された見事な画業と相まって稀有の旅行記になっている.」
ちょっと失礼な質問かもしれませんが、、
これはダンボールの筒(?)に入った本の文庫版ということですか?
今は、出張中なので、出版社とかは分からないのですが。
>トーマスさん
岩波文庫版のあとがきには、
「本書は『アルブレヒト・デューラー ネーデルラント旅日記』(1996年、朝日新聞社刊)を底本とし、今回文庫版への収録に当り、三段組を二段組に改め、また能う限り訳文の平明化に心掛けた」
との付記があります。
トーマスさんが仰る「ダンボールの筒(?)に入った本」が、朝日新聞社版であるならば、その文庫版ということになりますね。
ただ、朝日新聞社版は現在絶版のようですし、手頃な価格で購入できる文庫版が登場したので、こちらのトピックで紹介させていただきました。
こんにちは。
もう既に知ってらっしゃる方も多いと思いますが、
岩波文庫から<自伝と書簡>(旅日記と同じく前川誠郎訳)が出たみたいですね。
某オンライン書店の説明によると、
「「デューラーの手紙」(中央公論美術出版 1999年刊)の改題」
ということなので、あの6000円以上してたものが800円ぐらいで気軽に読めるのは嬉しいです。
デューラーの故郷ニュルンベルクにデューラーゆかりの場所があります。
まずはデューラー・ハウスとデューラー・シュトラーセの写真。
他にも写真がありますので、フォトアルバムでご覧下さい。

ニュルンベルク【http://mixi.jp/view_album.pl?id=905488】
 デューラーの「ネーデルラント旅日記」を読みました
(岩波文庫:前川誠郎訳 118p)。


デューラーは1520年7月から1年間、ネーデルラント(現在のオランダ、
ベルギー)に出かけている。
旅の目的は神聖ローマ帝国の皇帝から約束された年金の催促であったが、
途中めでたく支払を得て、各地を訪ねる旅を楽しんだようだ。
当時49歳のデューラー(1471−1528)はすでに芸術家として名声が高く、
各地で歓迎されている。
「ネーデルラント旅日記」という本の題名だが、内容は旅行でのメモであり、
なによりお金の出納記録が半分以上を占めている。持参した版画や
旅先で描いた絵の贈呈・売却記録でもある。

 事務的な記録の間に、メキシコからの「黄金の太陽」や「銀の月」を見て
異国の人々の「精妙な天稟に驚嘆」したり、打ち寄せられた鯨を見に行くが
引き潮で姿を消していたとか、アントワープ大聖堂の塔に登り「全市が
隅々まで見渡され、大そう愉快であった」と、好奇心に富んだ画家の様子が
浮かぶ。
デューラーがファン・アイクやウエイデンの絵を見る場面は(感想は記されて
いないが)美術ファンにはそれだけで興味深い。

アントワープでデューラーはパティニールの結婚式(再婚)に招待された。

「1921年5月5日
十字架週間の前の日曜日に、良き風景画家であるヨアヒム親方(パティニール)は
私を彼の結婚式へ招待し、私にあらゆる敬意を表した。 」

この「良き風景画家」という記述がドイツ語に現れた「風景画」という言葉の
最古の記録だという。

旅の終わりごろに宗教改革者ルター逮捕の知らせが届き、熱心な支持者で
あったデューラーは悲壮な文章を書いている。長い旅を終え帰国を決意したのは
このニュースがきっかけだったのではと、訳者は書いている。
                
           *

 故郷のニュルンベルグを出てフランクフルトからケルンに行く際の
日記にこうある。

「荷物を降ろすのに1ヴァイスペニッヒを払った。
さらに舟子(かこ)に14フランクフルター・ヘラーをやった。
紐に18ペニッヒ。また3グルデンで私と荷物を(ケルンへ)運ぶよう
ケルン籍の船と契約した。マインツでは17ヴァイスペニッヒを使った。」

同じ国のなかでさらに所領が細かく分かれていたせいなのだろう、
日記には(ライン)グルデンを始め18種類もの通貨が出てくる。
あちこちの通関で悩まされ、御者と馬車の手配でトラブルを起こしたりと、
当時の旅行の大変さがうかがえる。

 名誉を重んじる中世の時代にあってデューラーはことのほか
敬意に敏感な人だったのか、市長や土地の富裕層が「敬意を表してくれた」と
細かく記しているが、同時に金銭感覚の鋭い?人で、「私がブリュッセルで
肖像を描いた6名の人たちは私に何の返礼も寄こさなかった。」とか「マル
ガリータ女公は私が贈りまたそのために制作したものに対し何ものも
下さらなかった。」と書いている。 

賭けをした記述が12回出てくるから、よほど賭け事(カード?)が
好きだったのだろう。
残念ながら「儲けた」とあるのは1回だけで、あとはすべて負けを支払っている。
プライドの高いデューラーがどんな顔をして払ったのか。

 事務的なメモの間から、いろいろ想像の湧く、興味深い本でした。


 

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