荘子コミュの１、天の籟(ふえ)

壮大なテーマを背景に説かれる荘子の思想…その言葉の奥をかいまみる時、不思議と人を魅了する何かがあるように感じます。しかし、難解な個所もいくつもあります。また、意味が通じても「おや？」と思えるところもあります。

そうしたところから、独自に「字源」に基づき原文を長年研究してきて、まったく新しい翻訳をし直すことにより、一つずつその謎が紐解かれ、その不透明なところが明らかになってきました。それをこれから少しずつ解説しながら、投稿していこうと思っています。

なぜ「字源」なのかと言いますと、荘子の時代の漢字の意味するところと、その後の年代の意味とは異なっている事があるからです。そして、これは私の想像によるものですが、荘子自体が新たに造語した漢字も含まれているように思うのですが、それを最初に解釈したした人が理解に及ばず(あるいは曲解して)意味付けしたものが、そのまま通説となってしまったものもあるのではないかと思っています。そのため、辞書にはない推測も含めて解釈したところもあります。

『荘子』は紀元前280年ごろ、老子の思想を継いだ荘子が道家思想を完成させた書と言われていますが、実際の成立年代等の詳細は不明で、当初の荘子自身が記した純粋なものに、後の荘子学派の者たちによる説明や解説などが加筆、追加されたものも混入されているのだろうと言われています。『荘子』の書として現在残されているものは、４世紀の晋の郭象(かくしょう)によって定められた10巻33篇で、内篇７篇・外篇15篇・雑編11篇に分かれて構成されている多大なものです。この中でも、荘子自身が書いたものとして特に重要視されているのは内篇です。その内篇の中に、斉物論(せいぶつろん)篇がありますが、これが最も荘子の思想の真髄を展開しているものだと認められているものなのです。
よって、私もその斉物論篇を特に中心にして、荘子が描いていたものをできるだけ忠実に再現することに努めたいと思っています。

さて、本文中の「字源」としているそのほとんどは『漢字源ＥＰＷＩＮＧ版』から抜粋（要約）したものです。それにない字は『漢和大字典』から抜粋(要約)しました。その他の辞書は必要に応じて参照していきました。また、「通説」として引用、要約しているそのほとんどは『荘子』第一冊(金谷治訳注)からです(異論を唱えているところがありますが、金谷氏の尽力があってこそそこに触れることができたと感謝しております)。また時々、『中国の思想　第12巻　荘子』(岸陽子訳)の文章も引用させていただきましたが、この訳は意訳がほとんどのため、あまり本文中には多くは使うことはできませんでした。その他の本は、斉物論篇のすべてを訳しているのではないため、部分的に参考にして引用させていただきました。

以下の辞書を参照しました。
『漢字源ＥＰＷＩＮＧ版』藤堂明保　松本昭　竹田晃　編(学習研究社)
『漢和大字典』藤堂明保　編(学習研究社)
『字統』白川静　著(平凡社)
『字源辞典』加藤常賢　山田勝美　新藤英幸　著(角川書店)
『漢和中辞典』貝塚茂樹　藤野岩友　小野忍　編(角川書店)
『大漢和辞典』諸橋轍次　著(大修館書店)

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まず、今回は「天の籟(ふえ)」を取りあげてみようと思います。
(読下し文も通説のものとは違います)

南郭子綦　　　　　　　　　　南郭子綦(なんかくしき)、
隠几而坐　　　　　　　　　几(き)に隠れて坐し、
仰天而嘘　　　　　　　　　天を仰いで嘘(ふ)く。
嗒焉似喪其耦　　　　　　　嗒焉(とうえん)として其の耦(ぐう)を喪(うしな)うに似たり。
顔成子游　立侍乎前　　　顔成子游(がんせいしゆう)、前に立侍(りつじ)して
曰　何居乎　　　　　　　　曰く、「何ぞ居るや、
形固可使如槁木　　　　　形は固(もと)より槁木(こうぼく)の如くならしむべく、
而心固可使死灰乎　　　心は固より死灰の如くならしむべきか。
今之隠几者　　　　　　　今の几に隠れる者は、
非昔之隠几者也　　　　　昔の几に隠れる者にあらざるなり。」
子綦曰　　　　　　　　　子綦(しき)曰く、
偃不亦善乎　　　　　　　　「偃(えん)、亦た善からずや、
而問之也　　　　　　　　而(しか)もこれを問うことや。
今者吾喪我　　　　　　　今者(いま)、吾は我を喪う。
汝知之乎　　　　　　　　汝これを知るか。
汝聞人籟而未聞地籟　　汝は人籟(らい)を聞くも未だ地籟を聞かず。
汝聞地籟而未聞天籟夫汝は地籟を聞くも未だ天籟を聞かざるかな。」
子游曰　敢問其方　　　　　子游曰く、「敢えて其の方を問う。」
子綦曰　　　　　　　　　　　子綦曰く、
夫大塊噫気　　　　　　　　　「それ大塊(たいかい)の噫(あい)気(き)、
其名為風　　　　　　　　　　其の名を風と為す。
是唯無作　　　　　　　　　　是れただ作するはなし。
作則万竅怒[ロ＋号] 　　　作すればすなわち万竅(ばんきょう)怒号す。
而独不聞之翏翏乎　　　　　而も独りこの翏翏(りゅうりゅう)たるを聞かざるや。
山林之畏佳　　　　　　　　　山林の畏佳(いか)たる。
大木百囲之竅穴　　　　　　大木百囲の竅(きょう)穴(けつ)は、
似鼻　似口　似耳　　　　　　鼻に似、ロに似、耳に似、
似枅　似圏　似臼　　　　　　枅(けん)に似、圏に似、臼に似たり。
似洼者　似汚者　　　　　　　洼(え)に似る者、汚(お)に似る者あり。
激者　謞者　　　　　　　　　激する者、謞(こう)する者、
叱者　吸者　　　　　　　　　叱(しっ)する者、吸う者、
叫者　譹者　　　　　　　　　叫ぶ者、譹(ごう)する者、
宎者　咬者　　　　　　　　　宎(よう)する者、咬(こう)する者あり。
前者唱于　　　　　　　　　　前なる者は于(う)と唱え、
而随者唱喁　　　　　　　　　随(したが)う者は喁(ぐ)と唱う。
泠風則小和　　　　　　　　　泠(れい)風は則ち小和し、
飄風則大和　　　　　　　　　飄(ひょう)風は則ち大和す。
厲風済　　　　　　　　　　　厲(れい)風済めば、
則衆竅為虚　　　　　　　　　則ち衆竅(きょう)虚と為る。
而独不見之調調　　　　　　而も独りにしてこの調調たると、
之刁刁乎　　　　　　　　　　この刁刁(ちょうちょう)たるとは見ざるや。」
子游曰　　　　　　　　　　　子游曰く、
地籟則衆竅是已　　　　　「地籟(らい)則ち衆竅是のみ。
人籟則比竹是已　　　　　人籟則ち比竹是のみ。
敢問天籟　　　　　　　　　　敢えて天籟を問う。」
子綦曰　　　　　　　　　　　子綦曰く、
夫吹萬不同　　　　　　　　それ万(よろず)の同じからざるを吹く。
而使其自己也　　　　　　　而して其の自ら己をせしむなり。
咸其自取　　　　　　　　　　咸(ことごと)く其の自ら取るも、
怒者其誰邪　　　　　　　　怒(はげ)ます者は其れ誰ぞや。」
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(訳)
南郭子綦(なんかくしき)は、
几(き)（二脚の台≒肌≠机）に隠れたところに座し、
天を仰いで静かに息を吐き出した。
それは、莢(さや)のように合わさるものとしてある、その相方を喪うことに似ていた。
顔成子游(がんせいしゆう)は、その前に立ち控えていたが、つぶやいた。
「何者が居るというのだろう。肉体は、本来の枯れ木のようにさせることができ、
心は、本来の燃えきった灰のようにさせることができるということだろうか。
今まさに几に隠れている者は、それまでの几に隠れていた者ではない」と。
子綦は言った。
「偃(えん)(低姿勢)にして、なかなかよいではないか。しかもその問いも。
今まさに、＜吾(わたし)＞は＜我＞を喪っていたのだ。
お前に、これが分かるだろうか。
お前は、人の籟(ふえ)を聞いたとしても、まだ地の籟は聞いてはおらず、
お前は、地の籟を聞いたとしても、まだ天の籟を聞いていないということが…。」
子游は言った。「ぜひとも、それについてうかがいたいものです」と。
子綦は言った。「そもそも、
大地に溜められていた（無音の）気がこぼれ出ると、それを名づけて風と言うが、
ただこれ(風)だけでは何も作り出すことはない。
作るとは、つまり、あらゆる穴という穴がどよめき、音を発するということで、
それで、風単独で＜翏翏(りゅうりゅう)＞という音を聞いたことはないだろう。
山林はおそろしくも、又、美しい（音がある）。
（それは）百囲(かか)えもある大木の(ぶつかる)穴に、
鼻に似たもの、ロに似たもの、耳に似たもの、
また、枡（□）、丸い輪（○）、臼（∪）に似たようなものがある（からだ）。
澄んだ水に似たもの（音）もあれば、よどんだ水に似たもの（音）もある。
ぶつかる激音、かぶせかかる高音、発散的な叱音、受け入れる吸音、
絞り出す叫音、太く強い豪音、か細くこもる夭音、かみしめる咬音(などがある)。
前者（風）が（ぶつかり曲り）于(う)と唱(うた)い始めると、
それに身を任せている随者（竅穴）も（そっくりに）喁(ぐ)と唱い始める。
清涼さ(水気)を帯びた風ならば小さく和してゆき、
熱気(火気)を帯びた旋風ならば大きく和してゆく。
激しい（万物に突き当たる）風が済(や)むと、
つまりは、もろもろの竅(うろ)はただの虚(からっぽ)となる。
けれども、風単独でこの＜調調＞としてあまねくゆき渡るさまや、、
この＜刁刁(ちょうちょう)＞として鈴の舌のゆらめきのようなさまを見ることはないだろう。」
子游は言った。
「地の籟(ふえ)とは、つまり多くの竅(うろ)だと、こう言えるのですね。
人の籟とは、つまり竹のたぐいだと、こう言えるのですね。
では、天の籟とは何か、ぜひうかがいたいのです」と。
子綦は言った。
「それ（天）は、同じものは二つとない万(よろず)を（籟として）吹いている。
だが、それら自身からおのれに（風が）吹くようにとさせているのだ。
ことごとくみな（とじたものとして）、それらを自らの音としてしまうものだが、
はて、いったい誰が勢いよく息を吹いているのだろう」と。

コメント(31)

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[1] mixiユーザー 05月09日 01:18

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┃▼　南郭子綦　隠几而坐　仰天而嘘┃
┗━━━━━━━━━━━━━━━┛
南郭子綦(なんかくしき)は、几（二脚の台≒肌≠机）に隠れたところに座し、
天を仰いで静かに息を吐き出した。
………………………………………………………………………………………………………………

◆【南郭子綦】は「城郭の南に住む子綦ですが、それ自体が名とされています。
　金谷氏は少し呼ばれ方が違っていますが、他篇にも登場している「楚の国の哲人」だとしています。

＊【綦】は「糸＋其（音符）」の形声文字で、
　「もえぎ色（の布）」「きわまる・きわみ」などの意があります。

△ 【綦】の「其」は「あるものを基盤にしての設営（四角）」といった意ですが、
　この字においての通説では、意味をもたない音符とみなされています。
　しかし、「糸を基にして築くもの」として考えるなら、その名からの味わいも深くなりそうです。
　（「糸」のつく字の中には、「連綿と続くもの」→「命をつなぐもの」を象徴、示唆するものもある
　と考えるなら、一層の深みを感じ、「きわみ」の意を派生したことも想像がつくというものですが）
　
◇私は他篇で出てくる「南伯子綦」はともかく、「南伯子葵」では (字だけではなく、その内容から)
　全くの別人だと思っています。私見ですが、荘子が「綦」の字にある含みをもって意図して使った
　架空の人物ではないかと想像しています。

◆【隠几而坐】は、「肘掛け（几）によりかかって、座る」というのが定説です。

＊【隠】は「阜（壁、土べい）＋〔爪（手）＋工印＋ヨ（手）〕＋心」で、
　「上下の手で、〔工〕をおおうように、壁でかくしてみえなくすること」です。
　
＊【几】は「両端に二本の脚のついた台」で、「机」の原字となったものです。
　主に「坐几」を指します。また、「其（基）」とも同系の言葉です。

◇【几】は、例えば、「几」に「木」がついて、はじめて「机」となりますが、
　「肌」は「肉＋几」、「飢」は「食＋几」など、「人間」にも使われます。

◇【几（二脚の台）】≒「肌」→「目に見える人間のからだ」として考えるならば、
　【隠】を「よりかかる」という特別な読み方をしなくても、そのままの文意で「目に見える人間のからだ」
　に「隠れたもの」と受け取ることができ、（姿勢というより）存在として「坐す」・・・となり、
　以降の文意をも、より際立たせる「人間観」がうかがえるようです。

＊【仰】は「人＋右側の字〔上から見おろす人＋下から見あげる人〕」で、
　「↓↑の方向にかみあう動作」を意味します。

＊【嘘】は「口＋虚（音符）」で、「ふぅと静かに息を出すこと」です。
　「うそ」の意味は日本でのみ含んでいるものなのです。

△【嘘】は形声文字とされていますが、「口＋虚（うろ）」とも考えられます。
　後に出てくる「籟（ふえ）」の話とも関連してくるように、
　「天と上下する風」を、「虚」を通して「口」にする…ととらえるなら、
　まさにこれから語られる話のお膳立てにピッタリですが…。

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┃▼　嗒焉似喪其耦 ┃
┗━━━━━━━━┛
それは、莢(さや)のように合わさるものとしてある、その相方を喪うことに似ていた。
………………………………………………………………………………………………………………

◆【嗒焉】（とうえん）は、どの辞典も「われを忘れてうっとりするさま」と載っています。
　（状況としては「恍惚状態」、今でいうなら「トランス状態」でしょうか…）

＊【嗒】は、【荅】と記載されているものもあります。
　【荅】は「艸＋合」で、「さやのあわさった豆」です。
　また、「二つ合わさっているようなさま」から、「こたえる」「あう・あわさる」という意味もあります。

＊【焉】は「状態」を表します。

△辞書の定説とは違い、原義に基づくと「二つが莢のように合わさっている状態」といえそうです。

＊【耦】は「耒（すき）＋禺（似たもの）」で、
　「似た者二人が並んで鋤をとる」⇒「なかま・相方」「向かい合う・二つでペアになる（その一人）」。

＊【喪】は「哭（なく）＋口×２＋亡（ない）」で、「死人を送って口々に泣くこと」ですが、
　「ばらばらに離散する」意を含み、「相（二つに分かれる）」と同系の言葉です。

◇【耦】が、「一個人」の中で「共に働くそっくりなもう一人」だとすれば、
　なおさら【荅】の本来の字義とも合致するというものです。
　（辞書の意味は、一度誰かが定着させるとそのまま使われますから、鵜呑みにはできない場合も…）

[3] mixiユーザー 05月09日 01:31

◆通説では、次のようになっています。

南郭子綦が肘掛けにもたれて坐り、大空を仰いで太い息を吐き出した。
茫然としてまるでその肉体の存在を忘れたかのようである。

◇新解釈では、次のようになります。

南郭子綦は、几（二脚の台≒肌）に隠れたところに坐し、天を仰いで静かに息を吐き出した。
それは、莢(さや)のように合わさるものとしてある、その相方を喪うことに似ていた。

☆荘子は、非常に一つ一つの単語を吟味して、無駄な(無意味な)描写は一切入れていないのではないかと私は思っています。ですから、この数行の話の中にも、今まで考えられてきたような単なる外的な状況説明ではなく、通常の人の持っている感覚とは違う、荘子ならではの「人間観」がうかがえるところではないかと感じました。

【隠几(而坐)】という表現は、ここだけではなく、後でまた二度使われています。
私は、「肘掛けにもたれて(坐っている)」などという、いわばどうでもいいようなことを三度も使うはずはないと思うのです。「几」という概念はもともとは「二本足をもつもの」という広い意味で使われており、「人間の外殻をなす土台」という意味においても通用するものだと推測しています。

つまり、人間を単なる肉体だけだとは考えておらず、その「几≒肌≒肉体」の奥に「隠れている」存在が、厳然としてあるということを冒頭にポンともってきたのではないかと想像しています。そのことが一つのキーワードになるため、三度も繰り返したのだと考えます。

【仰天而嘘】という表現も、単に「大空を仰いで(見る)」といったような外的な姿勢を述べたのではなく、その奥には「仰」の原義のように、天と人との間を交流するかのようにして「気の交換」とでもいうような状態で、いわば「虚心」において「口」を通して「息を静かに吐き出した」といっているのではないかと思っています (その始めには、この「虚」＋「口」という概念が後のふえの話ともからんでくる重要な漢字だったといえるのではないかと推察しています) 。

【嗒焉】という表現も、人間を「二つのもののペアで成り立っている状態」などという概念を持つことができない学者(？)が、自分の知っている知識の範囲内で、「うっとりとしている(茫然としてる)状態」という、これまた外的な状況を想像して定着させてしまったのではないかと私は考えています。けれども、これこそが、荘子の「人間観」だといえるのではないでしょうか。

それだからこそ、次の【似喪其耦】という表現とも、ぴったりイメージが重なるのです。「人間」として活動している「もう一人のそっくりな者の存在」が【耦】といえるのです。つまり、「まるで、生命としてペアを成すものの、その片方が分離した状態に似ている」ということになりそうです。

※この【禺】(似たもの)という字と組み合わさって出てくる漢字が、『荘子』の話の中にはたくさん出てきます。とても重要な意味を秘めている字のようです。そのことについては、後に詳しく説明しようと思っています。

この冒頭の数行の中に、「人間」における壮大な宇宙的な存在の可能性を感じさせるような香りが漂ってきませんか？

[4] mixiユーザー 05月10日 00:07

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┃▼　顔成子游　立侍乎前　曰　何居乎　形固可使如槁木　┃　
┃　　而心固可使死灰乎　今之隠几者　非昔之隠几者也　　┃
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
顔成子游(がんせいしゆう)は、その前に立ち控えていたが、つぶやいた。
「何者が居るというのだろう。肉体は、本来の枯れ木のようにさせることができ、
心は、本来の燃えきった灰のようにさせることができるということだろうか。
今まさに几に隠れている者は、それまでの几に隠れていた者ではない」と。
………………………………………………………………………………………………………………

◆【顔成子游】も子綦の弟子として実在した人の呼び名とされています。
　
＊【游】は、「水のように流れのままに遊ぶ」意です。

◇【顔成子游】はもちろん名前ですが、これも架空の人物ではないかと私は思っています。
　意をくむと、「顔を成す自然の流れ」⇒「表情のもと」の含みがあるのかも‥？と。

＊【居】は「尸（しり）＋古（＝固／固定、すえる）」で「腰を落ち着けること」。

◆【何居乎】の【居】は問詞の助詞と見なし、「どうしたことだ？」くらいにする説が普通です。

◇しかし、ここの【居】は、むしろ「確固とした存在感」を示しているものだと思います。

＊【槁】は、「木＋高（たかくかわいた）」で「かわいた木」のことです。

■【形固可使如槁木　而心固可使死灰乎】は、当時、様々な所で言われていた言葉のようです。
　『荘子』庚桑楚篇には、このようにも出ています。
- - - - -
　兒子（頭蓋骨の上部がまだ合わさらないような子・みどり児）のようにして、
　為す所を知らずして動き、ゆく所を知らずして行く‥
　【身を槁木の枝のようにして、心を死灰のようにしている‥】
　そのような者は、禍も福もなく、人災をどうして受けるようなことがあるだろうか。
- - - - -

◇この話からしても、「朦朧とした(屍然とした)状態」を指しているのではなく、
　明らかに「人間」としての凛とした「存在感」があるにも関わらず、
　形ある肉体や心は通常の活動を停止しているかのように見える「静寂不動の状態」と言えるようです。

┏━━━━━━━━━━━━━━━┓
┃▼　子綦曰　偃不亦善乎　而問之也┃
┗━━━━━━━━━━━━━━━┛
子綦は言った。「偃（えん）(低姿勢)にして、なかなかよいではないか。しかもその問いも‥。
………………………………………………………………………………………………………………

◆【偃】は「顔成（姓）」「子游（あざな）」の「偃（名）」と解釈され定着しています。

＊【偃】は「低く押さえた姿勢」を指し、「ふせる・たおれる」とか、
　「（武器や道具を置いて）ひと休みする」といった意味があります。

◇【偃】は前述にて「立侍（立ち控えて）」とわざわざ書かれているところから、
　「ふせる」では矛盾するものと、その意味は黙殺されたのかも知れません。
　けれども、前述にて、「人には二つの似たからだがあるようだ」と示唆していました。
　そうなると、「立って」いても、「低姿勢」のこともあるのではないでしょうか。

＊【偃不亦善乎　而問之也】の【亦】は、人間が大の字になった全形を描き、
　その両脇の下を「、」印で示した会意文字。同じ物事がもう一つある意を含みます。

◆通説では、この「また」という意味は黙殺されています。
　「而」も「and」の意味ではなく「お前」の意ととらえているようです。
　そのため、ただ単に、次の「問い」が「善い(立派)」だと解釈されています。

◇百歩譲って「偃」が名前だとしても、「名が示すようにその低姿勢もまた、なかなかいいではないか。
　その問いとともに。」といったニュアンスでの、師の応答ではないかと思います。

[5] mixiユーザー 05月10日 00:21

◆通説では、次のような訳になっています。

門人の顔成子游(がんせいしゆう)がその前に立ってひかえていたが、口を開いた。「どうなさったのですか。肉体はもちろん枯れ木のようにすることができるし、心はもちろん冷えた灰のようにすることができる〔というのはこのことな〕のでしょうか。ただいまの肘掛けに倚(よ)られたご様子は、これまでの肘掛けに倚られたご様子とは違います。」子綦は答えた、「偃(えん)よ、いかにも立派だよ、お前のその問いは。」

◇新解釈では、次のようになります。

顔成子游は、その前に立ち控えていたが、つぶやいた。「何者が居るというのだろう。肉体は、本来の枯れ木のようにさせることができ、心は、本来の燃えきった灰のようにさせることができるということだろうか。今まさに几に隠れている者は、それまでの几に隠れていた者ではない」と。子綦は言った。「偃（えん）(低姿勢)にして、なかなかよいではないか。しかもその問いも。」

☆ここでの話の展開は、冒頭の「人間観」を前提にしているからこそ、おもしろいところだと思います。

【顔成子游　立侍乎前】(顔成子游は、その前に立ち控えていた)
──師(子綦)が「坐している」のに対して、弟子(子游)は「その前に立って待っていた(控えていた)」と、わざわざ位置関係を示しているところにも、注目しておく点だと思っています。

【何居乎】(何者が居るというのだろう！)
──顔成子游は、目の前の師を見つめながら、その変化に気付いたのでしょう。単に眠っているのでもなく、気を失っているのでもない・・・同じ肉体を眺めているのに、全く違う「存在」の印象を受けたのではないでしょうか。しっかりとその様子を観ている子游は、「ここに居るもの、それは何者だ!?」と、その眼を凝らしていたに違いありません。かつて感じたことがないほどの、「この現存は何だ！」と…。

【形固可使如槁木　而心固可使死灰乎】(体は、本来の枯れ木のようにさせることができ、心は、本来の燃えきった灰のようにさせることができるということだろうか。)
──目の前には、「生きている」だろうことには違いない肉体が、まるで「屍」のように映ったのかもしれません。それほどに、深い静寂と不動なるものを感じとったのかもしれません。

【今之隠几者　非昔之隠几者也】(今まさに几に隠れている者は、それまでの几に隠れていた者ではない。)
──同じ肉体を眺めながら、その背後に隠れている全く違う存在感…、超然としていながらの現存…、生命としての「存在」とは何…！？　そんな根源的な疑問が湧き、思わず言葉をついて出てきたのでしょうか。

【子綦曰　偃不亦善乎　而問之也】(子綦は言った。「偃（低姿勢）にして、なかなかよいではないか。しかもその問いも。)
──「問い」に「よいもの」「よくないもの」があるのでしょうか。善し悪しの判断のことではなく、疑問や質問のあり方次第で、「こたえ」が違ってくるのですから、重要なポイントとなるのではないでしょうか。「答え」を求める問いはその「言葉」がキーポイントになるのですが、果たして「生」に対する疑問に、簡単に「答える」ことができるでしょうか。

問いに対して、もうひとつ「応える」というものがあります。これは、互いの感応、反応によってはじめて起こるもので、必ずしも「言葉」に直接対応したものとは限らない「こたえ」です。それが「起こる」ためには、今の状態がどうあるのかという、その焦点の合った、(心の)「状態」や「姿勢」のようなものがキーポイントになるのかもしれません。

「知識」として知りたいのではなく、心底「その真相」を知りたいという気持ちで、弟子の子游は、目の当たりにした実感によって湧き起こる疑問が言葉となり、師はそれに「応えたいと思えるような＜よい＞問いだ」と言ったのかもしれませんね。

そういう意味では、「偃」という言葉によって（それがたとえ名前だとしても）、自身を低くする姿勢を取っている（白紙になった謙虚さ）とイメージすることは、もしかすると、「ものごとを知ろう」とする姿勢として、とても重要なポイントであるのかもしれません。

何がおもしろいかというと、最初に「人間にはよく似た二つの存在があるかのようだ」ということをほのめかせていましたが、「几」の状態は、師は坐していて、弟子は立っているという位置関係を示しています。しかし「几に隠れている存在」は師は、天と交流するばかりに高々とした状態で坐しているのに対し、弟子のもう一つの存在があるとするならば、立っているにもかからわず、坐している師の位置よりも、もっと低姿勢をとっていたと考えられるところです。

[6] mixiユーザー 05月10日 23:58

┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┃▼　今者吾喪我　汝知之乎　汝聞人籟而未聞地籟　汝聞地籟而未聞天籟夫 ┃
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
今まさに、＜吾(わたし)＞は＜我＞を喪っていたのだ。
お前に、これが分かるだろうか。
お前は、人の籟(ふえ)を聞いたとしても、まだ地の籟は聞いてはおらず、
お前は、地の籟を聞いたとしても、まだ天の籟を聞いていないということが…。」
………………………………………………………………………………………………………………

＊【吾】は、「口＋五（交差する）」というもので一人称代名詞にのみ使われます。

＊【我】は、「刃がぎざぎざになった戈(ほこ)」を描いた象形文字です。
　一人称代名詞に用いるようになったのは、「ガ」という音からの仮借です。

＊文法上、古くは【吾】はおもに主格と所有格に、【我】はおもに目的格に用いていたようです。

◇ここの場合、単なる文法上、そうしただけでしょうか。
　私は意図して違った扱いをしているのではないかと思っています。
　人間は「二つのそっくりなものがある」と言っていたこととも関連して、
　違った漢字をあてがったのではないかと思っています。

◇ところで、【吾】という字は、「吾」＋「心」で「悟」、「吾」＋「言」で「語」などが出来上がる、
　そのもととなる字であるというところに、この字の奥深さがうかがえるように思います。
　一方、【我】の方は音の仮借とされていますが、その象形の示唆するところに、何らかの意味をも感じ
　るのですが、「自我」などと使われるとき、人間のもっている「エゴ」を指し示していることから、【喪我】
　(我を喪う)というのは、人間の理想とする状態を示しているようにも思います。

※「一人称の様々な表記」については、いずれ別のところで詳しく述べようと思っています。

＊【籟】は「竹＋賴（音符）」形声文字で、「笙（しょう）などの笛」のことです。
　また、「その調べ・響き・風の吹き抜ける音」なども表わしています。

＊「ふえ」を表わす漢字は、笛、笙、管、簫、籥、龠などがありますが、どれも会意文字か会意兼形声文
　字とされています。

◇その中にあって【籟】の「賴（頼）」だけはただの音符で、「たのむ・たよる」の意味は含まない形声文字
　だとされていることに逆に疑問を抱きます。

◇【籟】は、ひょっとしたら荘子の造語かもしれず、積極的にその意味をもたせていたと考えるなら、
　「人を頼る笛」「地を頼る笛」「天を頼る笛」…となり、今後の展開上深みが増すように私には思えます。

[7] mixiユーザー 05月11日 00:10

◆通説では次のようになっています。

「今のばあいは私は自分の存在を忘れたのだ。お前にはそれが分かるかな。お前は人の吹く簫(ふえ)は聞いているとしても、まだ地の簫を聞いたことはなく、お前は地の簫を聞いたとしても、まだ天の簫を聞いたことはないであろう。」

◇新解釈では次のようになります。

「今まさに＜吾(わたし)＞は＜我＞を喪っていたのだ。お前に、これが分かるだろうか。お前は、人の籟（ふえ）を聞いたとしても、まだ地の籟は聞いてはおらず、お前は、地の籟を聞いたとしても、まだ天の籟を聞いていないということが…。」

☆いよいよ、弟子の子游の質問に対しての師の子綦の話が本格的にはじまります。
しかし、単なる「質問」に対しての直接的な「答え」のようなものではないようですね。

【今者吾喪我】(今まさに＜吾(わたし)＞は＜我＞を喪っていたのだ。)

──「自分の存在を忘れた」ということでしょうか。俗に言う「我を忘れる」「何かに夢中になっている」ということでしょうか。いやいや、「体外離脱」や「幽体離脱」のようなことでしょうか。それとも、もう少し次元が違う「無我」「脱我」のことでしょうか。

私は、「吾」はいるが、共に働く「我(自意識)」が離脱(消滅)していたということではないかと受け取りました。つまり、「我(自分という意識)」がなければ「彼（他の世界）」もなくなるといった、すべて一切の境界線が無くなり、それ故に天とも気の交流ができるほどに、一体化していた…という意味を含んでいたように思えるのです。

【汝知之乎】(お前に、これが分かるだろうか。)

──それが「何」とは言えなくても、、「お前（子游）にも、そこに通常とは違う何かを感じることができたのか」…ならば「応えよう」と、師（子綦）は口を開いたのでしょう。

【汝聞人籟而未聞地籟　汝聞地籟而未聞天籟夫】(お前は、人の籟（ふえ）を聞いたとしても、まだ地の籟は聞いてはおらず、お前は、地の籟を聞いたとしても、まだ天の籟を聞いていないということが‥。)

──弟子の子游は「見て」感じたことを質問したのに対し、師の子綦は「お前の聞いたものは」と応える・・・まさに「答え」ではなく、師ならではの「応え」といえるようです。

人籟（じんらい）・地籟（ちらい）・天籟（てんらい）…ここは同じ「ふえ」でも、「籟」という字以外は使いたくないところですね。特に「天籟」を語るに当たっては、普通の「ふえ」の概念だけではとらえきれないだろうと思うからです。さて、それぞれに「頼るもの」が違う「籟（ふえ）」とするなら、それはいったいどのようなものでしょう。

[8] mixiユーザー 05月12日 00:28

┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┃▼　子游曰　敢問其方　子綦曰　夫大塊噫気　其名為風　┃
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
子游は言った。「ぜひとも、それについてうかがいたいものです」と。
子綦は言った。「そもそも、
大地に溜められていた（無音の）気がこぼれ出ると、それを名づけて風と言うが、
………………………………………………………………………………………………………………

＊【敢】は、古くは「手＋手＋／印（払いのける）＋甘（口の中に含む）」で、
　「封じこまれた状態を、思い切って手で払いのけること」を表わします。

◇【子游曰　敢問其方】は、子游は積極的に「ぜひとも」と、師の返答に興味津々だったことでしょう。

＊【塊】は、「土＋鬼（まるい頭をした亡霊の姿）」で、「まるい形の土くれ」。

◇【大塊】は「大地」でしょうが、「大いなるまるい土のかたまり」‥となると、
足元にある「地」というより、知ってか知らずか「天が丸めた地（地球）」という視点さえ感じます。

＊【噫】は、「口＋意〔音＋心（心中に収まっている音）〕」で、「心から出る声」、
感嘆詞「ああ」などと使われる他、名詞の「嘆き声」「おくび・あくび」の意です。

◇「大塊」を擬人化するようにその「あくび」としているところがおもしろいですが、
　ここは「内部に溜められていた気がこぼれ出る」と訳し、そこに「無音の」と補足を入れました。
　(そのわけは後述しています)
　
◇いきなり「風というものがあるが…」といった表現をせずに、「大塊のあくびを名づけて風と言う」とは、
　やはり荘子ならではの面白い表現だと感じました。

┏━━━━━━━━━━━━━━━┓
┃▼　是唯無作　作則万竅怒[ロ＋号]┃
┗━━━━━━━━━━━━━━━┛
ただこの風だけで（何も）作り出すことはない。
作るとは、つまり、あらゆる穴という穴がどよめき、音を発するということで、
………………………………………………………………………………………………………………

＊【作】は、「人＋乍（素材に切れ目を入れる）」で「人為を加え、動作をすること」。
「つくる」「（変化して）なる」の他、「おきる・おこる」といった意もあります。

＊【竅】は「穴＋下部の字（キョウ）」の形声文字で、「細いあな」のこと。〔下部の字〕は、「激」（白いしぶ
　きをあげてぶつかる）の原字ですが、この場合は、意味は含まないものと見なされています。

＊【怒】は「心＋奴（力を込めて働く奴隷）」で、「強く心が緊張すること」です。
ここでは「はげしい・はげむ」という意味で、「いかり」とは関係ありません。

＊【口＋号】は「口＋号（大きな口を開けて声を上げる）」で、「号」と同じような意味とされています。

◆通説では、【是唯無作】を「いつも（風が）起きるわけではないが」とし、
　【唯】の意味を組み入れた訳ではないようです。また、その続きを、
「（いったん風が）起こると～」といった描写としているようです。

◇しかし、もっと深い洞察眼によって、「風」の本質を貫いているかのようです。
　「噫気」‥内部にある＜無音＞の気（意）がこぼれ出たのが「風」だとしても、
　「唯それだけで＜音＞を作り出すことはない」のだが、
　「穴に＜ぶつかる＞とはじめて、外に勢いよく発する大きな＜音＞を作る」と。

┏━━━━━━━━━━┓　
┃▼　而独不聞之翏翏乎 ┃
┗━━━━━━━━━━┛
風単独で、翏翏(リュウリュウ)という音を聞いたことはないだろう。
………………………………………………………………………………………………………………

＊【翏】は「羽＋下の字（まじる）」で、「離れる」と「もつれる」という両義的な意をもち、
　「鳥のつきつ離れつ飛翔する姿」のイメージがあり、また「風の吹きぬけるさま」や、
　「ピュウピュウ」「ヒューヒュー」に近いような風の音として「リュウリュウ」と表現しているものです。

◆通説では、【而独不聞之翏翏乎】の【而】を「なんじ」という二人称として、
　「お前はそのヒュウヒュウという音を聞いたことはないのか」としています。

◇【独】はその前の【唯】とも同じく、普通はこれといって訳されていません。
けれども、私はこの【独】【唯】こそが、この文においての重要な鍵を握っていると思うのです。
　つまり「風単独では＜無音＞」という意味としてです。

◇よって、【而】も「なんじ」ではなく、接続詞と見なし、「独」の主語は前文から続く「風」として
「だが、風単独で翏翏という音を聞いたことはないだろう」となるわけです。

[10] mixiユーザー 05月12日 00:40

◆通説では次のようになっています。

子游がいった、「ぜひとも、そのことについてお教え下さい。」子綦は答える、「そもそも大地のあくびで吐き出された息、それが風というものだ。これはいつも起こるわけではないが、起こったとなると、すべての穴という穴がどよめき叫ぶ。お前はいったいあのひゅうひゅうと鳴る〔遙かな風〕音を聞いたことがないか。」

◇新解釈では次のようになります。

子游は言った。「ぜひとも、それについてうかがいたいものです」と。子綦は言った。「そもそも、大地に溜められていた（無音の）気がこぼれ出ると、それを名づけて風と言うが、ただこの風だけで（何も）作り出すことはない。作るとは、つまり、あらゆる穴という穴がどよめき、音を発するということで、風単独で、翏翏(リュウリュウ)という音を聞いたことはないだろう。」

☆師(子綦)の話は、通説で解釈されているような単なる「風」の様子の描写をしているのではなく、
「風」についての非常に科学的洞察力をもった理路整然とした説得力のある説明のようです。

【子游曰　敢問其方】(子游は言った。「ぜひとも、それについてうかがいたいものです」と。)

──師の子綦が、「人籟・地籟・天籟」という言葉を持ち出したことに対し、弟子の子游は「ぜひとも、その話をうかがいたい」と願い出ます。すると、「風」の話が始まりますが、ここで忘れてはならないことがあるように思うのです。どうして師が「籟（ふえ）」の話を持ち出してきたか‥ということを。

「我を喪っていた」という師と、その存在感の違いに気付いた弟子・・・この最初の下りは、単にその師たる存在が特別な境地に至っていることや、その師弟関係を明らかにするための、前ぶりに過ぎなかったのでしょうか。

いや・・・そうではないでしょう。師は、あくまでも弟子の問いに「応えよう」とした時、はじめて「籟（ふえ）」の話が生まれた‥と言えるのではないでしょうか。つまり、この話の反応点は、弟子の子游が「知りたい・解きたい」と願っている、まさにそこに焦点が合っていると言えるのかも知れません。

その焦点とは、「我を喪う」とはいったいどういうことなのか‥ということです。
このことを念頭において、籟の話のたとえからその「こたえ」をくみ取りたいと思っています。

【子綦曰　夫大塊噫気　其名為風】(子綦は言った。「そもそも、大地に溜められていた（無音の）気がこぼれ出ると、それを名づけて風というが、)

──「（誰もが知っている）風というものがある」ではなく、「名づけて風という」と表現しているのです。
そこには、「風」を単に一つの実在的な現象とする前に、もっとその奥深いところに、眼差しが向けられているかのようです。

大いなる土の塊（かたまり）には、内在する溜め込まれた「気」があるが、それが「無音」のまま外に吐き出される現象を、私たちは「風」と呼んでいる、と。つまり、人間の中にも「気」があるとして、話を重ね合わせているかのようです。

【是唯無作】(ただこの風だけで（何も）作り出すことはない。)
　
──「唯」という言葉で、その「ただの風だけでは、(音にしても何にしても)作り出すことはない」‥ということを確認しているかのようです。

【作則万竅怒[ロ＋号]】(作るとは、つまり、あらゆる穴という穴がどよめき、音を発することで、)
　
──ところが、この世界では、「風」だけが独立して存在することもありません。そのため、「風」と出会った「万物の竅(穴)」から「力強く発せられる音」となって、そこではじめて、何かが「作られ、生まれ出ずる」ことになる‥と言っているのです。(【竅】という字は、通説では[下の字]の「激しくぶつかる」という意味はないとしていましたが、荘子があえて使っているのは、反対にそこに意味を持たせているからではないかと私は思っています。)

【而独不聞之翏翏乎】(風単独で翏翏(リュウリュウ)という音を聞いたことはないだろう。)

──私たちは、何気なく「風の音」と言ってしまっています。しかし、もともと「風」そのものには「音」は存在していないのです。私たちはこのことに意識的になる必要がありそうです。

日本語ではよく「ヒューヒュー」という言葉を当てたりしますが、私がなぜここで「翏翏」という字を残して「リュウリュウ」のままにしたかといいますと、字源のところで書きませんでしたが、【風】の原字は「鳳(おおとり)」と全く同じで、中国においては、おおとりを風の使い(風師)と考えていたということもあって、風の状況を視覚的にも聴覚的にも反映している【翏】のもっている意味の壮大なイメージがふさわしいと思えたからです。

[11] mixiユーザー 05月13日 00:46

┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┃▼　山林之畏佳　大木百囲之竅穴　似鼻　似口　似耳　似枅　似圏　似臼　┃
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
山林はおそろしくも、又、美しい（音がある）。
（それは）百囲えもある大木の(ぶつかる)穴に、鼻に似たもの、ロに似たもの、
耳に似たもの、枡（□）、丸い輪（○）、臼（∪）に似たようなものがある（からだ）。
………………………………………………………………………………………………………………

＊【畏】は「鬼が手に武器を持っておどすさま」で、「威圧を感じること」です。
　「おそろしい」「気味が悪い」「こわいさま」などの意味があります。

＊【佳】は「人＋圭（はっきりしている）」で「よい」「すっきりと美しい」意です。

◆【山林之畏佳】の【山林】は、通説では「山陵」の誤りではないかとして、その全体の訳は、
　「山の尾根がくねくねとまがっている」などとしていたり、「その風が山林を吹くと見るまに、
　樹々はざわめきたつ」などと【畏佳】をはっきり訳していなかったりしているようです。

◇【山林】とは、まさに「風」の＜ぶつかる＞ところを指しているのではないでしょうか。
　【畏佳】とは、＜音＞の現れ方の違い、「おそろしいものと美しいもの」があるということを
　表現しているものだと言えそうです。

＊【囲】は、物の周囲の長さをはかる単位で、一囲は、五寸(約15cm)または一尺(約30cm)です。

◇【竅】【穴】と同じ意味の字が使われていますが、前述したように【竅】の字を会意文字として
　解釈した場合、「ぶつかる」という意味が隠されていたのかもしれないと思っているため、
　その訳にも「ぶつかる」と補足して入れました。

＊【枅】は「角材」ですが、「升」のように「□」形を表わしています。

＊【圏】は「まるく囲む」ことで、「○」形を表わしています。

＊【臼】は「∪」形を表わしています。

◆通説では、【枡】、【圏】、【臼】は、特徴的な形というより、そのもの自体と解釈しているようです。

◇ 私は、それぞれの特徴的な形で音の違いが生ずる理由を述べているのだと受け取りました。

◇音の「畏佳」の違いが生ずるのは、様々な形や大きさの「竅穴」があるからだ‥ということですね。
　「人の穴（鼻・口・耳）」に喩えをとり、また象徴的な形の表現は、何やら意味ありげです。

┏━━━━━━━━━┓　
┃▼　似洼者　似汚者　┃
┗━━━━━━━━━┛
澄んだ水に似たもの（音）もあれば、よどんだ水に似たもの（音）もある。
………………………………………………………………………………………………………………

＊【洼】は、「窪」の下の部分ですが、「くぼむ・くぼみ」という意から、「深い池」などを示します。
　一説には「清水」とするものもあるようです。
もともと「圭」は土を盛った「∧（∩）」型を表しているものですが‥。

＊【汚】は、「曲がりくぼんだ（∪）形の中の水溜り」を表わし、
そこから、「にごり・よごれる」という意味が派生したものです。

◆一般にここの訳し方も様々で、前文に続く「違う穴の形容」としているものが多いようです。

◇けれども、私は、ここは「穴の形容」ではなく、「音の形容」だと取りました。

◇【洼】は、別の辞書の一説を取り、「盛り上がる湧き水」⇒「澄んだ清水」⇒「永遠の流れ水」、
　【汚】は、「溜められた水」⇒「よどんだ水」⇒「分断された淀み水」として見るならば、
二つの対比する水の性質に似たような音の違いがある…と取れるのではないかと思いました。

[12] mixiユーザー 05月13日 00:49

◆通説では、次のようになっています。

「山の尾根がうねうねと廻っているところ、百囲(かか)えもある大木の穴は、鼻の穴のような、口のような、耳の穴のような、細長い酒壺の口のような、杯(さかずき)のような、臼のような、深い池のような、狭い窪地(くぼち)のような、さまざまな形である〔が、さて風が吹きわたると、それが鳴りひびく〕。」

◇新解釈では、次のようになります。

「山林はおそろしくも、又、美しい（音がある）。（それは）百囲えもある大木の(ぶつかる)穴に、鼻に似たもの、ロに似たもの、耳に似たもの、枡（□）、丸い輪（○）、臼（∪）に似たようなものがある（からだ）。澄んだ水に似たもの（音）もあれば、よどんだ水に似たもの（音）もある。」

☆ここにおいても、通説のような山や木の穴の形容の描写をしているのではなく、「音がどうして生まれるか」「どうして違う音になるか」といった科学的根拠を明晰に説明しているところだと思えます。

【山林之畏佳】(山林はおそろしくも、又、美しい（音がある）。)

──いくら「風」そのものが、そこに存在していたとしても、抵抗したり、衝突したり、摩擦したりするものが存在しない所では、「作られる音」はありません。私たちの目や耳は、その存在にすら、気付かないかも知れません。「山林」という、ともすれば「風」と対立しかねないようなその存在があってこそ、初めてそこで「作られ、生まれる」ものがあると言えるのではないでしょうか。

山林・・・それは、風の存在を確認できる、不気味な音を発する場所となるかもしれません。あるいは、心を癒してくれるような美しい音を発する場所となるかもしれません。

【大木百囲之竅穴　似鼻　似口　似耳　似枅　似圏　似臼】(（それは）百囲えもある大木の(ぶつかる)穴に、鼻に似たもの、ロに似たもの、耳に似たもの、枡（□）、丸い輪（○）、臼（∪）に似たようなものがある（からだ）。)

──けれども、山林に響く音が、「おそろしい」のか「美しい」のか・・・それは「風」の知るところではないでしょう。様々に違う音は、その「穴」の「形」や「大きさ」の違いによって生じるものだと言っているようですね。

「風」は、その腹の中に受け入れてくれるものがあればどこにでも、あまねく往き渡り、訪れてきます。「あそこはいい」「ここはいや」などといった、選り好みはしないものです。そうして、そこかしこで様々な形の「穴」と共に、千差万別の「音」を作っているようです。

とはいえ、「音」そのものは、「風」のものでも「穴」のものでもないのです。確かに、「違い」を生じさせるのは「穴」の大きさや形かも知れません。けれども、「穴」だけでも、「風」だけでも、「音」は生まれません。

二つの異質のもの‥「風」と「穴」がぶつかり出会う瞬間、新たな第三の存在としてはじめて「音」が生まれてくるのだと言っているのです。

【似洼者　似汚者】(澄んだ水に似たもの（音）もあれば、よどんだ水に似たもの（音）もある。)

──その中には、こんこんと湧き出る泉のように、澄んだ音が、次から次へと生まれ出ずることもあるのかもしれません。また、一所のへこんだ地に留めおくような淀み水のように、濁った音が、同じ場所で干渉しあうように生まれることもあるのかもしれません。

[13] mixiユーザー 05月15日 01:01

┏━━━━━━━━━━━━┓
┃▼　激者　謞者　叱者　吸者 ┃　　
┃　　叫者　譹者　宎者　咬者 ┃　
┗━━━━━━━━━━━━┛
ぶつかる激音、かぶせかかる高音、発散的な叱音、受け入れる吸音、
絞り出す叫音、太く強い豪音、か細くこもる夭音、かみしめる咬音(などがある)。
………………………………………………………………………………………………………………

＊【激】は「水＋右側[白＋放]（ぶつかり白いしぶきを放つ）」で、「はげしい」。

＊【謞】は「言＋高（音符）」で、「ふてぶてしく言い張る」。

＊【叱】は「口（くち）＋七（鋭い刃でさっと切る）」で、「しっと鋭くどなる」。

＊【吸】は「口＋及〔人＋又〕（逃げる人の背に手が届く）」で「口が届きすう」。

＊【叫】は「口＋糾の原字（なわをよじりあわせたさま）」で、「しぼり出す」。

＊【譹】は「言＋〔豕＋高（たかく目だつ）の略体〕で、「太く強くはく」。

＊【宎】は「宀（やね）＋夭（しなやか）」で、「か細くこもる」。

＊【咬】は「口＋交（交差させる）」で、「ぐっとかみしめる」。

◇自然音の表現の違いをこれだけ羅列するには、何らかの意味があってのことだと思います。
　ただ似たような音だというのではなく、ある意味人(の感情など)から発せられる声をイメージさせます。
　最終的に、天の籟のことを理解する上でのヒントのようなものになっているのでしょうか…。

┏━━━━━━━━━━━━┓
┃▼　前者唱于　而随者唱喁　┃
┗━━━━━━━━━━━━┛
前者（風）が（ぶつかり曲り）于（う）と唱（うた）い始めると、
それに身を任せている随者（竅穴）も（そっくりに）喁(ぐ)と唱い始める。
………………………………………………………………………………………………………………

＊【唱】は「口＋昌〔日＋曰（いう）〕で、「口に出して、明らかに言う」こと。
　「となえる・うたう」ですが、「最初に口にする、始める」という意を含みます。
　（「和」の「続く音を合わせること」に対し、【唱】には「合わせる」意はありません）

＊【于】は「直進するものが〔一〕でつかえて曲ること」を示します。また「感嘆の声」。

＊【随】は「しんにょう（すすむ）＋隋の原字（盛り土が、崩れ往くさま）」で、
　「慣性にまかせる」意を含み、「先行者の行くにまかせるて進む」こと。

＊【喁】は形声文字で、「あざとう（魚が水面でバクバクする息音）」。
　ここでは、「呼び合う声」とされています。

◆一般的には、【随者】を「後者」として、「続く音」といった感じに解釈されています。
　また、【于】も【喁】も、単なる擬音語のみとみなされているようです。
　「前のものが＜うぅ＞とうなると、後のものが＜ぐぅ＞と（続いて）声を出す」といったように。

△【喁】の「禺」は、前述した【耦】の「禺（似たもの・そっくりなもの）」と同じ意味を含み、
　「そっくりな音(声)」とみなすことができるのではないかと思っています。

◇【前者】とは、「風」のことであり、それが「穴にぶつかり曲る」瞬間の状態を【于】によって表し、
　それと同時に、その時はじめて「う」という音が発生すると言っているのではないかと思います。

◇【随者】とは、「竅穴」のことであり、自然にまかせると「そっくりな音を発する」状態を【喁】で表し、
　それと同時に、その音を借りて「ぐ」という音を発生すると言っているのではないかと思います。

◇ここの【前者】【随者】のとらえ方は、微妙かつ重要なポイントだと思われます。
　「前者」も「随者」も、時間的には同時に「唱（うた）い始める」と取れます。
　「う」と「ぐ」とでは音が違いますので、同時に発生する音ではないかともとれるかもしれませんが、
　【于】と【喁】は音の表現よりも、その状態の方の意味に重きを置いているのではないかと思います。
　つまり「風」と「穴」の出会う「音の誕生の瞬間」をさらに詳しく物語っているように感じました。

[14] mixiユーザー 05月15日 01:25

◆通説では、次のようになっています。

吼(ほ)えたてるもの、高々と呼ぶもの、低く叱りつけるもの、細々と吸い込むもの、叫ぶもの、号泣するもの、深々とこもったもの、悲しげなもの。前のものが「ううっ」とうなると、後のものは「ごおっ」と声をたてる。

◇新解釈では、次のようになります。

ぶつかる激音、かぶせかかる高音、発散的な叱音、受け入れる吸音、絞り出す叫音、太く強い豪音、か細くこもる夭音、かみしめる咬音(などがある)。前者（風）が（ぶつかり曲り）于(う)と唱(うた)い始めると、それに身を任せている随者（竅穴）も（そっくりに）喁(ぐ)と唱い始める。

☆ここでも、通説のように「自然の状態の描写」ではなく、荘子の鋭い洞察眼で「自然の法則を説き明かしている」ところだと思います。

【激者　謞者　叱者　吸者　叫者　譹者　宎者　咬者】〔ぶつかる激音、かぶせかかる高音、発散的な叱音、受け入れる吸音、絞り出す叫音、太く強い豪音、か細くこもる夭音、かみしめる咬音(などがある)。〕

──様々な形状の竅穴があることによって、それぞれ違う性質をもった音を耳にすることになるでしょう。人間の声の場合を考えたなら、その人の(感情などの)あり方によって、自然と声帯の形状を変えて、様々な性質をもった声を発するということになるのかもしれませんね。

【前者唱于　而随者唱喁】〔前者（風）が（ぶつかり曲り）于（う）と唱（うた）い始めると、それに身を任せている随者（竅穴）も（そっくりに）喁(ぐ)と唱い始める。〕

──私たちは「音の誕生する瞬間に、何がどのようになっているのか、意識したことがあるでしょうか？
「風」が進もうとしているところに、ぶつかるものがあることによって衝撃(振動)を与えながら、その進路は「曲げられてしまう」のです。すると、それまで「無音」だった「風」に「音」が伴うのです。「竅穴」の方もそれまで「無音」ですが、その「風」がぶつかるがままに「随う」がために、「そっくりな音」を発するのです。その「音」はどちらのものでもないはずですが、その出会いの瞬間の出来事を、「風の音の誕生」とも「竅穴(うろ)の音の誕生」とも言えるのかもしれませんね。

私たちのからだの中では、「気」が流れているかもしれません。けれども、見ることも聞くこともできない「風」だけの状態の時、それを意識することができないのと同じように、体の中を流れているかもしれない「気」だけを普通意識することはできないものなのかもしれません。ところが、激しく声を上げたり、叱ったり、叫んだり…といったふうな音になって表現される時、はじめて「気」を感じるということがあるのかもしれません。

子綦は最初に「嘘(静かに息を吐き出した)」と表現されていましたが、果たしてそのからだの中をどのような「気」が巡っていたのでしょうか…。

[15] mixiユーザー 05月17日 00:18

┏━━━━━━━━━━━━┓
┃▼　泠風則小和飄風則大和┃
┗━━━━━━━━━━━━┛
清涼さ(水気)を帯びた風ならば小さく和してゆき、熱気(火気)を帯びた旋風ならば大きく和してゆく。
………………………………………………………………………………………………………………

＊【泠】は「水＋令（△＋跪く人／神意を聞く）」で、「水のようにきよい」の意。
　「すがすがしい・さわやか」の他、「おしえる」「さとる」などの意もあります。(「冷」という字と違います)

＊【飄】は「風＋票（火の粉が高く舞いあがる）」で、「舞い上がるつむじ風」。

◆ふつう【泠風】は「そよ風」、【飄風】は「強風」の意味にだけ訳されています。

＊【和】はここでは「声や音の調子を合わせること」です。

◇「風」と言えば、「横」の流れを想定してしまいそうですが、ここでは、「水」と「火」の質を帯びたような
　「風」の表現によって、「下降」と「上昇」という、「縦」の流れをも想起させるものです。
　極めて科学的な視点でその性質を述べているようです。

◇その「風」の動きによって、生まれ出るその「音」の性質も変わってくるということでしょう。
　「風」に「水気」が加わると鎮静化するように「小さく和して」いき、
　「風」に「火気」が加わると膨張化するように「大きく和して」いく…と言っているのかもしれませんね。

┏━━━━━━━━━━┓
┃▼　厲風済則衆竅為虚 ┃
┗━━━━━━━━━━┛
激しい（万物に突き当たる）風が済(や)むと、つまりは、もろもろの竅(うろ)はただの虚(からっぽ)となる。
………………………………………………………………………………………………………………

＊【厲]】は「厂(がけ)＋萬(さそり／毒をもつ)」で「ひどい」「はげしい」の意。
　（「萬」は「さそり」と関係ないという説もあります）

△「萬」は、「万」の旧字体ですから、「さそり」ではないという説の方が信憑性があるように思います。
　そして、もし「厂」の「がけ」の意味が「障壁」「ぶつかるもの」と考えられるなら、
　【厲】は「万物に突き当たる」という意を含んでいたのではないかと推察しました。

◆ふつう【厲風】は、「激しい風」という訳になっています。

◇「激しい風」とも訳しましたが、実際のところは、「万物に突き当たる風」の意の方に重きを感じます。

＊【済】は「水＋齊（でこぼこをそろえる）」で、「（川の水量を）過不足がなくなるように調整すること」。
　
＊【虚】は「丘の原字（中央にくぼみ）＋虍」で「中が空いているさま」。

◆ふつう【済】はただ「止む」、【虚】は「鳴り止む・黙する」と訳されています。

◇確かに、外に顕れる現象としては「風が止むと、竅は沈黙する」ことには違いないのでしょうが、
　【済】と【虚】という字を使っているからには、もう一歩踏み込んだ含みがあるように思えます。

◇「風」はその気圧の差によって生じます。その差の均衡化を図るように「風は起こる」わけです。
　それが調整されて、均一化した状態が【済む】ということで、結果としては「やむ」ことになります。
　偶発的に「やむ」のではなく、「自然の法則に従い、必然的に消える」と言えるのではないでしょうか。
　荘子は気圧のことは頭になかったかもしれませんが、「自然の理」にかなった事を言っているのです。
　そこで、ここは「済む」という漢字を残し、「やむ」と読むことにしました。

◇「衆竅」(どのウロ)も、風がやむと同時に音も消えるわけですが、もとのただの穴に戻るだけです。
　【虚】は「黙す」という状態ではなく、「中空(からっぽ）」という形態を示しているのだと思います。

◇「中空の竹」という比喩はよく使われますが、その形態と「ふえ」という概念と繋げるためにも、
　「からっぽ」という意味の【虚】という字は重要な役割を果たしているのではないかと思います。
　それは、最初に子綦が「嘘(ふ)いた」ということとも大いに関係してくるとも思います。
　ひいては、「中空の竹」という概念は、「我を喪う」ということにも関連があると思えるのです。
　つまり、「我を喪う」ことは【虚】に通ずるものがあるのではないでしょうか…。

[17] mixiユーザー 05月17日 00:31

◆通説では、次のようになっています。

微風(そよかぜ)のときは軽やかな調和(ハーモニー)、強風のときは壮大な調和(ハーモニー)。
そしてはげしい風が止むと、もろもろの穴はなみひっそり静まりかえる。

◇新解釈では、次のようになります。

清涼さ(水気)を帯びた風ならば小さく和してゆき、熱気(火気)を帯びた旋風ならば大きく和してゆく。
激しい（万物に突き当たる）風が済(や)むと、つまりは、もろもろの竅(うろ)はただの虚(からっぽ)となる。

☆ここにおいても、荘子は知識からではなく、自然に対しての極めてするどい科学的な洞察眼をもってしての感性から、その「理」を説いているようです。

【泠風則小和　飄風則大和】〔清涼さ(水気)を帯びた風ならば小さく和してゆき、熱気(火気)を帯びた旋風ならば大きく和してゆく。〕

──まったく違う音をつなぐものは何でしょう。それは、まさに「風」という「見えない糸」なのかもしれません。その「風」が水気を帯びていたら、下降気流をなしながら様々な音を作りつつ、次第に小さくなるようにと和していき、火気を帯びていたら、上昇気流をなしながら様々な音を作りつつ、次第に大きくなるようにと和していくことになるでしょう。

それを人と重ね合わせて考えてみると、このように言えるかもしれません。
清々しい風が、冷静さを誘うようにその竅をなでたなら、声を合わせたウロたちの＜落ち着こう＞のハーモニーに浸されるのかもしれません。熱気ある烈風が、力強くその竅を叩いたなら、声を合わせたウロたちの＜頑張ろう＞のハーモニーが沸き立つのかもしれません。

「風」で紡がれ和した音たち‥それは、単音の足し算ではありえないハーモニーとなって響きあうに違いありません。それは「風」の性質や強弱の違いによって違うハーモニーになることでしょうが、忘れてはならないのは、そこにはそれぞれに違う音を生み出すウロたちがあるからこそ、豊かなメロディも生まれ出るものだということです。

【厲風済】〔激しい（万物に突き当たる）風が済(や)むと、〕

──「風」は、そこに違いがある隙間があるならば、どんなところにでも「自ずと起こり」、流れていくことでしょう。その違いの程度によって、「風」の強弱も自ずと決まることでしょう。「風」は流れるべくして、流れる方へと、流れてゆき、次々と「万の竅」に突き当たっては、様々な「音」を生み出し、和音や旋律を醸し出すのです。

しかし、いつまでも同じわけではありません。いつしか違うものたちの間にも、絶妙の均衡が保たれる瞬間が訪れるからです。その時、「風」の役目も「済む」のです。一仕事したかのように…。流れは止まるべくして止まり「凪」となり、「風」の存在は消えてしまうものです。

人と重ね合わせてみた時にも同じことが言えるかもしれません。＜落ち着こう＞となだめていた「気」も、相手が冷静になった時、もうそこには流れる「気」は存在しなくなってしまいます。＜いいかげんにしろ＞と熱気のこもっていたた「気」も、相手にそれが伝わった時、もうそこには流れる「気」は存在しなくなってしまいます。

【則衆竅為虚】〔つまりは、もろもろの竅(うろ)はただの虚(からっぽ)となる。〕

──「風」が姿を消すやいなや、「竅たち」にも「静寂」が訪れるばかりとなります。そこにあるのは、ただの「からっぽの器」とでも言うような、単なる穴に戻ってしまうのです。どんなに響きあっていた存在感があったといっても、それがウソのように、ただの「虚」になるのです。これが「自然」なのですから…。

人と重ね合わせてみた時に、その「気」がなくなったその瞬間には、何一つ言葉や声が消えてしまうことだってあるのです。そんな「虚」の感覚を味わったことがある人はいるのではないでしょうか？

ところが、ふつうの人の場合は「虚」に徹することはできずに、次の言葉や声を探して惰性で無理に「気」を吐いていることの方が多いかもしれません。凪どころか、きっとその時には乱気流でしょうが…。

それでも「自然の理」に則っている人は…、「虚」を自らに認める人は…、「中空の竹」と化すことができる人は…、次の「風」が起こるまで、その「気」が巡ってくるまで、沈黙を守ることでしょう。

[18] mixiユーザー 05月18日 01:35

┏━━━━━━━━━━━━━┓
┃▼ 而独不見之調調之刁刁乎　┃
┗━━━━━━━━━━━━━┛
けれども、風単独でこの＜調調＞としてあまねくゆき渡るさまや、
この＜刁刁(ちょうちょう)＞として鈴の舌のゆらめきのようなさまを見ることはないだろう。」
………………………………………………………………………………………………………………

◆【而】を「なんじ」と解し、【独】を無視して訳しています。

◇私は前と同じく、【而】は接続詞であって、【独】は「風単独では」という意味だと解釈しました。

＊【調】は「言＋周」で、「全体にまんべんなく行き渡らせること」です。

△【調】に「言」が付いていますが、どの辞書にもその意味を含んだ解釈をしているものがありません。
　多くは「調和」的な意味を筆頭に挙げているようですが、その始めには意味があったのでしょうか(？)
　もしそうならば、「調子」をそろえて音声を合わせるとでもいう意味を含んでいた可能性もあり、荘子が
　この漢字を選んだのには、状態だけではなく「ハーモニー」のようなイメージがあってのことでしょうか。

◆【調調】は「木々の葉のゆれるさま」とされています。

◇今度は「不聞」ではなく、「不見」ですので【調】の意味を組み入れるのは難しく、単純に風景だと解釈
　したのでしょうが、ここはもっと深い意味がこめられているところだと思います。「ちょうちょう」という
　「音」もさることながら、この字の本来の意味の「あまねくゆき渡るさま」を、(風単独だと)「見ることはな
　いだろう」と言っているのだと思います。

＊【刁】は「舌の揺れる鈴」を描いた象形文字です。

◆【刀刀（とうとう）】としている説もあり、「ざわざわと動く」としています。

◇あくまで【刁刁(ちょうちょう)】で、日本語には訳しにくいのですが、「鈴の舌のゆらめきのようなさま」で
　視覚的に、その振動(揺れるさま)によって音の発生の仕組みを表現していて、これまた(風単独だと)
　「見ることはないだろう」と言っているのだと思います。

[21] mixiユーザー 05月18日 01:52

◆通説では、次のようになっています。

お前はいったいあの〔風の中の樹々が〕ざわざわと動きゆらゆらと揺れるさまを見たことがないか。」

◇新解釈では、次のようになります。

けれども、風単独でこの＜調調＞としてあまねくゆき渡るさまや、この＜刁刁(ちょうちょう)＞として鈴の舌のゆらめきのようなさまを見ることはないだろう。」

☆ここでも、単なる風景的な状況を「おまえは見たことがないのか」と言っているのではなく、「風」本来の性質とも言えるようなものの説明をきわめて論理的に語っているところだと思います。

【之調調】〔この＜調調＞としてあまねくゆき渡るさま〕

──「風」…それは「大気の流れ」です。大地(地球)の引力によって「大気」は、私たちをとりまくそこここに、あまねく存在しているものです。そして、様々な意味でその恩恵をこうむっているわけですが、ふつうの生活の中で、私たちはそのことをほとんど意識していません。常にいろんなところで大気圧の違いが生じ、「風」がその変化に応じて調整しているのでしょうが、ほとんど気づかずにいます。

「風」というものは、様々なものと「ハーモニー」を醸しながら、「大気」のあるところすべてに「流れ」を起こすという潜在的な性質をもっているといえるかもしれません。

【之刁刁】〔この＜刁刁(ちょうちょう)＞として鈴の舌のゆらめきのようなさま〕

──「風」…それは「揺れ(振動)」をもたらします。するとそれは「音」を生み出します。

「風」というものは、自然の力の作用点であり、「ぶつかる」ことによって「鈴の舌のゆらめき」のような状態を、見えないところでも、見えるところでも起こすという潜在的な性質をもっているといえるかもしれません。

【而独不見之調調之刁刁乎】〔けれども、風単独でこの＜調調＞としてあまねくゆき渡るさまや、この＜刁刁(ちょうちょう)＞として鈴の舌のゆらめきのようなさまを見ることはないだろう。」〕

──「風」単独で＜調調＞とするさまや、＜刁刁＞とするさまをまざまざと見ることはできません。つまり、私たちは風だけの中に、その潜在能力…あまねく行き渡っているものだとか、振動によって音を生み出すものだとかといったこと…を見抜くことはできず、木々(ぶつかるもの)とのコラボレーションがあってこそはじめてその存在に気づくことができるものなのかもしれませんね。

「風」の話をしつつも、人のなかをめぐる「気」のことにも思いを馳せながら、荘子は子綦を通してこの「自然の理」を説いているかのようです。これらは、「地籟・人籟・天籟」というものに欠かせない「風」であり、「息」であり、「気」であるのかもしれないからです。

[22] mixiユーザー 05月20日 00:36

┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┃▼　子游曰　地籟則衆竅是已　人籟則比竹是已　敢問天籟 ┃
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
子游は言った。
「地の籟(ふえ)とは、つまり多くの竅(うろ)だと、こう言えるのですね。
人の籟とは、つまり竹のたぐいだと、こう言えるのですね。
では、天の籟とは何か、ぜひうかがいたいです」と。
………………………………………………………………………………………………………………

◆【比竹】は「ひちく」として、これで「竹管・竹笛」とされています。

＊【比】は「たぐい」という意味です。

◇【比竹】で「竹のたぐい」となります。

◇「地が吹く籟＝衆竅」これのみ・「人が吹く籟＝比竹」これのみ・・・ならば、
「これのみ」と言える「天が吹く籟＝？」はあるのか‥という問いのようです。

┏━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┃▼　子綦曰　夫吹萬不同　而使其自己也┃
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
子綦は言った。
「それ（天）は、同じものは二つとない万(よろず)を（籟として）吹いている。
だが、それら自身からおのれに（風が）吹くようにとさせているのだ。
………………………………………………………………………………………………………………

◆通説では【夫吹萬不同】は「そもそも吹き方は同じでない」「鳴るものは千差万別」などと訳され、
　「天」ではなく、「地・人」の「吹き方」は「万（さまざま）」だ‥と解釈しているようです。

◇通説の解釈がそうであるなら、「天籟とは何か」という問いにこたえていないように思えます。
　私は、【夫吹萬不同】は、「天が吹く籟＝？」という質問に直接こたえているものと考えます。
　【夫】は「天」を受けている指示の助詞で、【吹】は「吹き方」ではなく「吹くもの（籟）」を示し、
　その「吹く」対象は【不同】なる【万】だ・・・と言っているのではないかと解釈しました。
　つまり、「天が吹く籟＝同じものは二つとない万物だ」とこたえたものだと受け取りました。

＊【自】は「人の鼻」を描いた象形。（「私が」というとき、鼻を指さすことから）
　⇒「…からおこる、…から始まる」という起点をあらわすことばとなったものです。

＊【己】は、もと「目立つ目印の形」の象形文字で、反対語は「他人」です。
　「起（はっとおきる）」「紀（注意を呼び起こす糸口）」と同系の言葉で、
　「外からの刺激にはっとして自覚するもの」⇒「おのれ」となったようです。

◆通説では【使其自己也】は「自分で音を出しているのだ」とか「それぞれおのずからなる音を生じる」
　などと訳されて、(使役の意と思われる)【使】は、無視されているようです。

◇【使】の隠れている主語は、やはり「天」だと考えられ、「天」が、「それら自身」を起点に「おのれ」に
　「(風が)吹くように＜させている＞」と、使役の意がこめられていると、私は受け取りました。
　【使其自己也】は「自分で(おのずからなる)音を出している(生じる)」というより、こここそ、どのような
　「(風の)吹き方をしているか」と解釈する方がいいのではないかと思います。

◇「天」は【万(よろず)】を籟としているとするなら、人自体もそれ(籟)に当てはまるわけで、その場合の
　「風」はある意味「(生)気」とも言えるかもしれず、自分から起こり【己(自分)】に流れているようにさせて
　いる…と言えるのかもしれません。

[23] mixiユーザー 05月20日 00:45

◆通説では、次のようになっています。

子游がいった、「地の簫(ふえ)はつまりもろもろの穴がそれですね、人の簫はつまり竹管がそれですね。どうか天の簫のことをお教えください。」子綦は答えた、「〔地の簫も人の簫も、〕そもそも吹きかたはさまざまで同じではないが、〔それらは、すべての穴や竹管〕みなそれぞれに自分で音を出しているのだ。

◇新解釈では、次のようになります。

子游は言った。「地の籟(ふえ)とは、つまり多くの竅(うろ)だと、こう言えるのですね。人の籟とは、つまり竹のたぐいだと、こう言えるのですね。では、天の籟とは何か、ぜひうかがいたいです」と。子綦は言った。「それ（天）は、同じものは二つとない万(よろず)を（籟として）吹いている。だが、それら自身からおのれに（風が）吹くようにとさせているのだ。

☆ここの解釈は、非常に微妙なニュアンスを含んでいて難しいところです。しかし、弟子(子游)の質問に対して、師(子綦)の応じ方は、ちゃんと的を射たものになっていると私は思います。あたかも、師と弟子の間にも、「気流」とでもいうような「風」が起きて流れているかのようで、そこではじめて「天籟」という「話(音)」が誕生したと言えるように感じます。

【子游曰　地籟則衆竅是已　人籟則比竹是已】〔子游は言った。「地の籟(ふえ)とは、つまり多くの竅
(うろ)だと、こう言えるのですね。人の籟とは、つまり竹のたぐいだと、こう言えるのですね。〕

──子游の声(確認)は、師の音(説明)とコラボレーションした響きをもっていると言えるかもしれません。

【敢問天籟】〔では、天の籟とは何か、ぜひうかがいたいです」〕

──子游は、「天の籟とはこれだ」と言えるものを、期待していたのでしょうか。「衆（多くを一かたまりとする）」なら「竅」と言えるようなものや、「比（比較や分類する）」なら「竹」と言えるような、自分なりに想像できる範疇に入るような何かを…。

【子綦曰　夫吹萬不同】〔子綦は言った。「それ（天）は、同じものは二つとない万(よろず)を（籟として）吹いている。〕

──子綦は、単刀直入に、「天の籟とは万(よろず)だ」と言いつつも、「衆」とも「比」とも言えない「同じものは二つとないものだが…」と子游の質問に、うまくかみ合うようにこたえているのではないでしょうか。ところが、その説明は端的であるにもかかわらず、簡単に子游や普通の人には「理解」できないかもしれない含みをもっているかのようです。

「万(よろず)」とするからには、「人間」を「籟」としている場合もあるわけで、どのような境地に立てば、「自分」をも「天のふえ」にすることができるかが問題になってくるかもしれません。それこそ「嘘(ふ)くこと」と関係があるかもしれません。いわゆる「天の風(気)」が吹き巡っている時、自らを「ふえ」と化すためには、「虚であること」「我を喪うこと」が重要なカギを握っているかもしれません。

【而使其自己也】〔だが、それら自身からおのれに（風が）吹くようにとさせているのだ。〕

──さて、この下りが難解と言えそうです。「風」や「息」ならその概念をつかむことができますが、(人間を籟にしている場合、)仮にそれを「気」だという言葉を今まであてがってきましたが、その概念を正確につかむのは非常に難しいかもしれません。「風」の起点は「地」にあり、「息」の起点は「人」にあるところまでは誰にでも理解できます。「気」の起点は「天」にある…と言っているかのようであって、「天」という特別な外部の何かではなく、内部の「自身」を起点に(己に風が吹くように)するように「させている」と子綦は表現しているのです。

この「させている」という感覚は、人間は自分自身で(生を営み)生きていることには違いなくても、ある意味「天に生かされている」という感覚に似ていると言えるかもしれません。ところが、そのほとんどは「天」といった意識をもっていないかもしれません。それ故、子綦は子游に対して語りつつ、その実は私たちに対して「おまえは天の籟は聞いたことがないだろう」と言っているかのようです。ひいては「天」というものを「理解」できるだろうか…と、荘子は私たちに問いかけているのかもしれませんね。

[24] mixiユーザー 05月22日 02:47

┏━━━━━━┓
┃▼　咸其自取 ┃
┗━━━━━━┛
ことごとくみな（とじたものとして）、それらを自らの音としてしまうものだが、
………………………………………………………………………………………………………………

＊【咸】は、もと「ロ＋戌（ほこをもつ）」で、「刃物で強いショックを加えて口を封じること」です。
　「合わせて封じこめること」⇒「みな一緒に封じる」⇒「おしなべて・みな」となったものです。

＊【取】は、「耳＋又（て）」で、「しっかりと手にもつ・自分のものにする」。
　「手の筋肉を引き締めて物を離さない」という意も含みます。

◆【咸其自取】は、「ことごとく、（自分から音を出し）自分なりの音を選ぶものだ」などと、
　前文に続くものと解釈するのが一般的なようです。

◇【咸其自取】は、最も重要なガキを握る言葉としてあるように思えます。
　「緘（とじる）」の字を作る、ここの【咸】は原義の「封じる」という意味に重みがありそうです。
　万物が一体となることの反対で、ばらけた「みな」となるのは、各々が「封じる(とじる)」からでしょう。
　ここは、【己】(はっと自覚する)→【咸】(我≒自意識が働き封じる)→【取】(自分のものだとする)…
　としてみれば、一連の流れと意味に触れられるのではないでしょうか。

◇「封じる(とじる)」というのは、他のもの(外界)と一線を引く、＜我＞の世界を創ることになります。
　「風(気)」がどうして起こるのかはわからなくても、自分自身の中から「吹く(流れる)」状態となった時、
　そこに認識できる「音(表現)」が生まれますが、それを＜我＞という自意識は、これぞ「自己表現」と
　いうような自負をいだいてしまうものなのだと、ここでは言っているのではないでしょうか。

┏━━━━━━━┓
┃▼　怒者其誰邪 ┃
┗━━━━━━━┛
はて、いったい誰が勢いよく息を吹いているのだろう」と。
………………………………………………………………………………………………………………

＊【怒】は「はげしい」「力を込めて」という意味が含まれた「吐き出す」です。

◆【怒者其誰邪】は、疑問のままにとらえているものと、反語にとらえて「音を出させる者はいったい誰
　だろう(そんな者はありはしない)」と訳しているものもあります。

◇私はけっしてここは反語ではない思っています。あえて疑問形のままに残して、他人を通して「天」の
　業を断定形で述べることはできないものとしているかのようです。つまり、それに対してこたえを出す
　のは、この話を聞いた(読んだ)者に一任しているのではないでしょうか。

[25] mixiユーザー 05月22日 02:49

◆通説では、次のようになっています。

すべてそれ自身で音が選ばれている。音を出させる者はいったい何者であろう〔そんなものはありはしない〕。」

◇新解釈では、次のようになります。

ことごとくみな（とじたものとして）、それらを自らの音としてしまうものだが、はて、いったい誰が勢いよく息を吹いているのだろう」と。

☆子綦の「天籟」についてのしめの言葉です。今まで、「風」と「籟(ふえ)」と「音」との「自然の道理」を鋭い洞察眼をもってして、説得力のある説明をしてきました。子游の「天籟とは何か？」という問いに、子綦は端的に答えながらも断定形を使わず、人々の心の中に響くような余韻のある言葉を投げかけるという形をとって最後を結んでいます。「自然の道(タオ)の理」といった感覚をさらに超えたような壮大な「天の道理」…すなわち「宇宙にも通じる道(タオ)の理」を、私たちは本当に「理解」できるでしょうか…。

【咸其自取】〔ことごとくみな（とじたものとして）、それらを自らの音としてしまうが〕

──もし「風」が吹き、「気」が流れているならば、そこには、その人にしかない「音(表現)」が生まれてきます。それは、まぎれもない＜自己＞の実在感を意識できる瞬間かもしれません。その時の私たちは＜自己＞を感じているのです。

「存在感」「感じる」…この【感】という字も【緘(とじる)】という字とともに、【咸】という字が含まれています。これは、＜自分＞という内部の心が反応することなのです。つまり、外界と一線を画して「封じる」がゆえに、そこには＜我＞の世界ができあがっているとも言えるのです。

だから、私たちはこう感じるのです。この＜我＞をして、この「音(表現)」は誕生した！…と。この音は＜我＞のものだ…と。

けれども、「音」は、「風」のものでも「籟」のものでもないと、子綦を通して荘子は語っていました。もし、人(自分)が「籟」と化し、そして起こる「音(表現)」があったとしたら、それでもそれを＜我(自分)＞のものだと主張できるでしょうか…？

【怒者其誰邪】〔はて、いったい誰が勢いよく息を吹いているのだろう〕

──子綦は説明をしながら最後に意味深長な疑問を投げかけているのです。「生」における「答え」は、断定形で「こうだ」といったような形で簡単に導き出すことはできないものかもしれません。けれども、子綦はきちんと「応え」てはいるのです。

「天」という言葉が登場しましたが、それは「宇宙における道(タオ)の理」だと力強く語っているようでいて、一方ではある意味、神秘のベールに包まれているかのような印象を漂わせています。「天」という言葉は使っていても、西洋における「神」のような概念をもちだしてはきません。それゆえ、断定形は用いないのでしょう。

子綦は「自然」や「天」といったものの道理を説き、ただその摂理に想いを馳せながら、最後の言葉の背景にあるものは「天を頼りにしている籟があるのだが、それが理解できるだろうか」と子游に質問返しをするかのようにして、それは自ら解くしかないものだと、人間の本来の生の根底に関わる問題を、私たちにも投げかけているのではないでしょうか。

「音」・・・それは「風」のものでも、「籟(ふえ)」のものでもないというのに、
「風」と「籟」との出会いによって、はじめて誕生する、刹那のきらめきのようなもの・・・！？

「籟」になれるものとは、「穴」や「中空」という「うろ(虚)」の形態をもてるものだけ・・・！？
それは「風」にぶつかるものでありつつも、その通り道を「封じることがない」もののこと・・・！？

人が「天籟」と化すには、あたかも「形は槁木(こうぼく)、心は死灰の如く」なった時・・・！？
それは「＜我＞を喪い」そして「嘘(ふ)く」声を紡ぐことができる時・・・！？

「風」は「天」と「人」との間のみならず、「人」と「人」との間にも吹くようなもの・・・！？
まさに、子綦の話こそ、子游に向って流れてゆく「風」に随い、奏でられた「天籟」のメロディで、
子游は子綦の最後の言葉にも、もうそれ以上問いかけることはしなかったとするなら・・・
「風」は自ずと済(や)んで凪となり、子綦もそれ以上、黙して語ることはなくなった・・・！？

それというのも、子游ははじめて子綦を通して、「天籟」を目の当たりに聞いたから・・・！？
「はて、いったい誰が勢いよく息を吹いているのだろう」という問いにも、
きっと、もう子綦に頼らずとも、子游自身の中でその「こたえ」を見出したから・・・！？

さて、私たちは同じく、その「天籟」を聞くことができたでしょうか・・・？？

[27] mixiユーザー 05月24日 01:23

[４]において、【形固可使如槁木　而心固可使死灰乎】の説明を少し省略しましたが、
やはりもう少し説明しておこうと思います。

【槁木・死灰】は、当時様々なところで語られていた言葉のようだと言いましたが、以下の説明は、
『荘子』より後の時代のものですが、『太乙金華宗旨（黄金の花の秘密）』での呂祖師の話の要約です。

■断崖を目前にも【枯木】のように打坐する境地に至るには、多くの錯誤を犯す可能性がある。
　・・・（中略）・・・また、それを蘊（うん）の領域の認識概念に陥らせることのないように。蘊界とは、
　五陰（＝五蘊／物質や心の作用が現象として表れる世界）の誘惑的幻想（魔）へ投影するというような
　ことだ。一般の静寂不動の境地とは、往々にして【槁木死灰】を連想することが多く、大地が明るい春
　を迎える（躍動、昂揚）状態を思い描くことが少ない。これでは、陰の世界に落ちることになる。その気
　は冷たく、その息は沈むだけだ。さらに寒々とした衰退のイメージを多々許すことになる。
　これが長く続くと、つまりは、木や石といった世界に陥ってしまう。・・・

◇「静寂不動の境地」は、一般人から見たならば【槁木死灰】を連想することが多いかもしれないが、
　本当にその境地に至っている当人の内部でのイメージでは、大地が明るい春を迎える(躍動、昂揚)
　状態なのだ…と言っているのではないでしょうか。

◇なぜ「肉体は、本来の枯れ木のようにさせることができ、心は、本来の燃えきった灰のようにさせるこ
　とができるということだろうか」という疑問(問い)を、子綦は「よいではないか。その問いも」と言ったの
　でしょうか？　それは、子游が知りたがっていることが「静寂不動の境地」であるなら、そのことの更な
　る奥の真相を、子綦が語るにちょうどいい意識のフォーカスの仕方だったからかもしれません。

◇つまり、子綦は「お前はまだ天籟を聞いたことはないだろう」と、「静寂不動」である「虚」であることと、
　躍動感あふれる「風」とによって誕生する、静寂とはまるで反対のバラエティに富む「音」の話を始める
　ことによって、子游のもつイメージを払拭しつつ、「天籟」という「宇宙の道理」を説いて聞かせるのに、
　ちょうどいい疑問(問い)だったということなのかもしれませんね。

[28] mixiユーザー 05月24日 21:29

通説としてきたのは、『荘子』(金谷治訳注　岩波書店)からの文章でしたが、ここにもう一度まとめ、天籟についての解説文も載せておきます。

南郭子綦が肘掛けにもたれて坐り、大空を仰いで太い息をはいた。茫然としてまるでその肉体の存在を忘れたかのようである。門人の顔成子游がその前に立ってひかえていたが、口を開いた。「どうなさったのですか。肉体はもちろん枯れ木のようにすることができるし、心はもちろん冷えた灰のようにすることができる〔というのはことことな〕のでしょうか。ただいまの肘掛けに倚られたご様子は、これまでの肘掛けに倚られたご様子とは違っています。」
子綦は答えた、「偃よ、いかにも立派だよ、お前の問いは。今のばあいは私は自分の存在を忘れたのだ。お前にはそれが分かるかな。お前は人の吹く簫は聞いたとしても、まだ地の簫を聞いたことはなく、お前は地の簫を聞いたとしても、まだ天の簫を聞いたことはないだろう。」
子游がいった、「ぜひとも、そのことについてお教え下さい。」
子綦は答える、「そもそも大地のあくびで吐き出された息、それが風というものだ。これはいつも起こるわけではないが、起こったとなると、すべての穴という穴はどよめき叫ぶ。お前はいったいあのヒュウヒュウとなる〔遙かな風〕音を聞いたことがないか。山の尾根がうねうねと廻っているところ、百囲えもある大木の穴は、鼻の穴のような、口のような、耳の穴のような、細長い酒壺の口のような、杯のような、臼のような、深い池のような、狭い窪地のような、様々な形がある〔が、さて風が吹きわたると、それが鳴りひびく〕。吼えたてるもの、高々と叫ぶもの、低く叱りつけるもの、細々と吸い込むもの、叫ぶもの、号泣するもの、深々とこもったもの、悲しげなもの。前のものが「ううっ」とうなると、後のものは「ごおっ」と声をたてる。微風のときは軽やかな調和(ハーモニー)、強風のときは壮大な調和(ハーモニー)。そしてはげしい風が止むと、もろもろの穴はなみひっそり静まりかえる。お前はいったいあの〔風の中の樹々が〕ざわざわと動きゆらゆらと揺れるさまを見たことがないのか。」
子游がいった、「地の簫はつまりもろもろの穴がそれですね、人の簫はつまり竹管がそれですね。どうか天の簫のことをお教えください。」
子綦は答えた、「〔地の簫も人の簫も、〕そもそも吹きかたはさまざまで同じでないが、〔それらは、すべての穴や竹管〕みなそれぞれに自分で音を出しているのだ。すべてそれ自身で音が選ばれている。音を出す者はいったい何者であろう〔そんな者はありはしない〕。」

(解説)
音の出る原因を追求するのは世俗の立場である。そうした因果の世界を超え出て、音の出る当体それ自らで鳴ると悟るとき、そこに天籟の世界が開ける。天籟は、人籟地籟の外に別にあるのではなく、それら現象の万籟の中に鳴りひびいているのであり、それに耳を澄ます境地が坐忘の世界である。

[29] mixiユーザー 05月24日 21:30

次に、かなり意訳されていますが、『中国の思想　第12巻　荘子』(岸陽子訳　徳間書店)の訳と、天籟の解説文を載せておきます。

南郭子綦は、机に身を寄せかけた。空を仰いで静かに呼吸を整えているうちに、全身から生気が消え去り、魂のぬけがらのような姿に変わっていった。傍に控えていた弟子の顔成子游が、誰にともなくつぶやいた。
「どうしたことだ？　生身の人間が、枯木のような体、灰のような心になるとは！　先ほどの先生とはなんという変わりようだろう」
「偃か？」子綦は意識をよびさまされた。
「よくぞ気がついた。今、わたしは、自分が自分でなくなっていたのだが、おまえにもわかったのかな？　いや、まだまだ。おまえは人籟は知っていても、地籟は聞いたことはなかろう。かりに地籟を聞く耳を持っているにしても、天籟を聞く境地には達しておるまいからな」
「とおっしゃいますと？」
「大地の吐く息、それをわれわれは風と呼ぶ。ひとたび大地が息づくとき、地上のありとあらゆる＜うろ＞はいっせいに音を発する。たちそめた風のかすかなうなりは、おまえも耳にしたことがあるだろう。その風が山林を吹くと見るまに、樹々はざわめきたつ。巨木の幹のさまざまな＜うろ＞、鼻のような、口のような、耳のような、ますがたのような、さかずきのような、うすのような、井戸のような、池のような、形も深さもとりどりの＜うろ＞が、とりどりに異なる音をたてはじめる。滝の響き、かぶら矢のうねり、舌うちの音、息吸う音、叫び声、泣き声、くぐもり声、かなきり声──＜ひゅう＞と鳴れば＜ごう＞と受け、風の力に応じて時には弱く時には強く、自然のシンフォニーを奏でるのだ。
やがて大風一過、すべての＜うろ＞はぴたりと鳴りやむ。だが揺れ残る樹々の枝葉に、先刻の風の名残りを見ることができるだろう」
「地籟とは、地上の＜うろ＞が風を受けて鳴る響きなのですね。すべてうつろなものが音の根元だとすると、人籟は人間が吹奏する楽器の音、それにしても天籟とは何でしょう？」
「地籟にせよ、人籟にせよ、鳴るものは千差万別だが、それぞれおのずからなる音を生じ、おのれの音色に鳴り響くのは、うつろなるが故にこそだ。でなければ、いったい何者がそうさせているというのか？」

(解説)
天籟とは、人籟・地籟を超えた宇宙の音楽である。万物があるがままに調和しているすがた、それが天籟にほかならない。そして「天籟を聞く」とは、いっさいの思惟を去り、自他の区別を忘れて虚心(うつろ)になりきった状態を指す。その時、人ははじめてこの限りない調和の世界に入ることができるというのである。

[30] mixiユーザー 05月24日 21:38

そして、私の新解釈を再度、多少書き加えて(変えて)載せておきます。

南郭子綦は、几(人間の外殻≒肌）に隠れたところに坐し、天を仰いで(気を行き交うようにして)静かに息を嘘(ふ)いた。それは、(人間として)ペアのように合わさるものとしてある、その相方を喪うことに似ていた。
顔成子游は、その前に立ち控えていたが、つぶやいた。「何者が居るというのだろう。肉体は、本来の枯れ木のようにさせることができ、心は、本来の燃えきった灰のようにさせることができるということだろうか。今まさに几に隠れている者は、それまでの几に隠れていた者ではない」と。
子綦は言った。「偃 (低姿勢)にして、なかなかよいではないか。しかもその問いも。今まさに、＜吾(わたし)＞は＜我＞を喪っていたのだ。お前に、これが分かるだろうか。お前は、人の籟(ふえ)を聞いたとしても、まだ地の籟は聞いてはおらず、お前は、地の籟を聞いたとしても、まだ天の籟を聞いていないということが…。」
子游は言った。「ぜひとも、それについてうかがいたいものです」と。
子綦は言った。「そもそも、大地に溜められていた（無音の）気がこぼれ出ると、それを名づけて風と言うが、ただこれ(風)だけでは何も作り出すことはない。作るとは、つまり、あらゆる穴という穴がどよめき、音を発するということで、それで、風単独で＜翏翏(りゅうりゅう)＞という音を聞いたことはないだろう。山林はおそろしくも、又、美しい（音がある）。（それは）百囲(かか)えもある大木の(ぶつかる)穴に、鼻に似たもの、ロに似たもの、耳に似たもの、また、枡（□）に似たもの、丸い輪（○）に似たもの、臼（∪）に似たものがある（からだ）。(こんこんと湧き出る)澄んだ水に似た音もあれば、(せき止められ)よどんだ水に似た音もある。ぶつかる激しい音、かぶせかかる高い音、発散的な叱る音、受け入れる吸う音、絞り出す叫ぶ音、太く強い豪音、か細くこもる夭音、かみしめる咬音(などがある)。前者（風）が（ぶつかり曲り）于(う)と唱(うた)い始めると、それに身を任せている随者（竅穴）も（そっくりに）喁(ぐ)と唱い始める。清涼さ(水気)を帯びた風ならば小さく和してゆき、熱気(火気)を帯びた旋風ならば大きく和してゆく。万物に突き当たる風が(大気が均一になって)済(や)むと、つまりは、もろもろの竅(うろ)はただの虚(からっぽ)となる。けれども、風単独でこの＜調調＞としてあまねくゆき渡るさまや、この＜刁刁(ちょうちょう)＞として鈴の舌のゆらめきのようなさまを見ることはないだろう。」
子游は言った。「地の籟(ふえ)とは、つまり多くの竅(うろ)だと、こう言えるのですね。人の籟とは、つまり竹のたぐいだと、こう言えるのですね。では、天の籟とは何か、ぜひうかがいたいです」と。
子綦は言った。「それ（天）は、同じものは二つとない万(よろず)を（籟として）吹いている。だが、それら自身からおのれに（風が）吹くようにとさせているのだ。ことごとくみな（とじたものとして）、それらを自らの音としてしまうものだが、はて、いったい誰が勢いよく息を吹いているのだろう。」

☆既存の学説でも随分と違いがありますが、さらにまったく解釈が違う部分があります。そして、全体としてもまったく違うニュアンスでの訳となりました。

この訳や解説に対しての異論、意見、疑問、感想など、あるいは感じたこと、考えたこと、思ったことなどありましたら、どんなことでも構いませんのでコメントいただけるなら幸いです。

[31] mixiユーザー 05月20日 10:40

>>[29]

＞天籟とは、人籟・地籟を超えた宇宙の音楽である。万物があるがままに調和しているすがた、それが天籟にほかならない。そして「天籟を聞く」とは、いっさいの思惟を去り、自他の区別を忘れて虚心(うつろ)になりきった状態を指す。その時、人ははじめてこの限りない調和の世界に入ることができるというのである。

この中国の思想は、一つ一つの使われている言葉こそ違えども、インドのヨガあるいは禅定がかなえんとするものと全く同じことを見据えているように思いました。

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