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ブラックバード A-12/SR-71コミュのМиГ-25РБ

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ASLさんより、二代目管理人を拝命致しました。引き続き当コミュニティを宜しくご愛顧のほどお願い致します。

さて、A(F)-12/SR-71について語る時、ライバル機MiG-25Rについても語らなければ片手落ちというもの。試作機Ye-266(M)として、数多の速度・高度・上昇力記録を樹立。高々度戦略偵察機としても、シナイ半島上空で作戦行動中にM=3.2を実際に出してみせ、SR-71に勝るとも劣らぬ高性能で、西側同盟国を始め、就中イスラエルを恐怖のどん底に叩き込みました。

来2006年は、ベレンコ中尉による函館空港への衝撃的な強行着陸から30周年になります。そんなMiG-25への熱い思いを語って下さい!

コメント(34)

ベレンコ中尉事件は記憶にあります.ベト戦も終わり'70安保もたいした波乱なく通り過ぎてなんか政治がマッタリしだした頃のことだったと思います.

事件後ソ連がすぐに機体の返還要求をしたのに無視してたちまちバラしてしまったのは在日アメリカ軍でしたっけ.

当時最先端の機体と思っていたら,ノーズコーンの素材が鉄だったとか,電子機器にまだ真空管が使われていたとかいった報道がされていたのを覚えています.
「MiG-25には、真空管と鉄が使われていた!」というのは、非常にdisinformativeな軍事的宣伝だった思っています。実際、当時の報道には「クローム鋼」という表現も見られ、現物は恐らくstainless steelだったものを、不勉強か、或いは悪意によって、単にsteel=鉄と誤訳した可能性が非常に高いようです。

外気温が摂氏-30度程度の高度80000ft.でM=3.2で飛行する時、SR-71, MiG-25(XB-70もお忘れなく!)の機体表皮は、摩擦によって平均摂氏240度、特に高温の箇所320度にまで達します。これは、敢えて我々の感覚に馴染む表現を用いれば、ハンダが解ける温度ですあり、通常航空機に用いられるアルミ〜ジュラルミンは、この環境下では強度が著しく低下するため、当初から使用不能でした。

即ち、M=3級の高速航空機の開発は、耐熱材と熱マネジメントプロセスの開発と殆ど同義であった訳ですが、RockheedはA-12/SR-71においてチタン押出し成形材を、Rockwell(旧North American)はXB-70においてステンレスハニカム材を、各々全面的に採用し、その製造加工技術からの研究開発を余儀なくされました。某航空専門誌に「SR-71プロジェクトは、戦艦大和に匹敵する国家的大事業だった」とありましたが、正にその通りなのです。

一方、ミコヤン・グレビッチ設計局は、予想されたXB-70の来襲を迎撃するために、非常な短期間で局地戦闘機を実用化する、不可能に近い国家的命題に従わざるを得ませんでした。このため、既存・既知技術をフル活用し、多用性はばっさり切り捨てて、単一ミッションに特化した航空機の開発を行ったのです。

各種資料からの推測ですが、MiG-25のインテークダクト〜両エンジン間は、ステンレス鋼鈑熔接構造による燃料タンク兼のボックスセクション(=モノコック)になっており、これがバックボーンフレームを形成しているようです。機体表皮も、超高温環境に晒される翼前縁、空気取入口、エキゾースト周辺にはちゃんと削り出しチタン材が用いられているものの、その他の多くは薄肉ステンレス材の熔接構造を割り当て、他素材同様の高温耐性を確保しています。【続く】
軽量を至上とする飛行機に、鋼材は全く用いられるべき物ではないのか?というと、

・2千馬力超級の、大出力の空冷星型エンジン。各国が開発に軟渋する中、米だけは太平洋戦争開戦前に完成し、F4Uを飛ばしているが、これはクランクケースに敢えて鍛造鋼を用い、軽合金では得られぬ高強度をもってしたからであった

・XB-70、ステンレス鋼のハニカムサンドイッチ構造。鋼材や熔接の教科書に頻出するほどの周辺技術開発が敢行された

・現在のベクトルスラスト機。特殊鋼製の噴流偏向板は消耗品扱いで、短時間で交換される

等の例外が思い当たります。余談はさておき、函館の MiG-25P の本体内タンクには熔接修理の跡があったそうですから、これが応力を受ける構造、即ちバックボーンフレームとして機能していたのでは?と考えた訳です。勿論、A-12/SR-71 と同様に燃料タンクも高熱に晒され、かつ膨張伸縮サイクルの影響を受けるため、通常のターボポンプは用いられず、防爆の意味も含めて不活性の窒素によって空隙は充填され、圧送されるシステムが採用されていました。

MiG-25 の空力学的コンセプト、並びに機体構造は、誰が見ても分かる通り North American A-5 "Vigilante" に範を求めています。A-5 は航空史上に金字塔を打ち立てた大傑作機で、そのコンセプトは以降30余年に亙って超音速機の最適解として君臨し続けたものですから、MiG-25 だけが模倣者なのではなく、アルチョーム・ミコヤンさえ A-5 の呪縛から逃れられなかった、という風に理解すべきでしょう。

むしろ、MiG-25 の双垂直尾翼こそユニークで、これも MiG-25 の出現以降、40年間に亙って航空界を支配し続けていることも評価されるべきです。McDonell F-15 が MiG-25 と空力学的に同一の形状をもって登場した(パクった!)ことからも、その一端が伺えます。【続く】
う〜んっ. あくべんさん 熱いなぁー

>短期間で局地戦闘機を実用化する、

そうそう局地戦闘機なんですよね.当時の記事で印象に残っていることのもう一つがソ連の空軍は単一でなく防空や戦略ミサイルなど組織が5つくらいに分化していてMIG25はその防空に特化したもの.
ベトナムで飛んでた他のミグとはコンセプトが異なる機体だということでした.

イメージとしては紫電改や飛燕,桜花(!)みたいな仕事をする機なんだろうと思っていました.

解説の腰を折ってすみません.とても興味深いです.続きを期待してます. 
あくべんさん、UIAさん、こんばんは。

素晴らしいレポートですね。私もUIAさんと同様に、鉄と真空管の話を信じきっていました:)オーディオ雑誌に「6C33CBが安定化電源用に使われていたらしい」と書いてあったと記憶しています。

SR-71/XB-70 vs. MiG-25Rの空中戦はなかったようですが、実際あったらどうなったのか気になります。やはり戦闘能力となるとMiG-25Rにアドバンテージがあるようにも思えますが。

続編を楽しみに待ってます。

hiroo / 山田 浩大 / ASL
ご感想は有り難く、とても励みになります。

さて、SR-71の参考サイトの一つに「豆腐のように軟らかい飛行機だった」旨の記述が見えますが、この A-12/SR-71 ほど脆弱(軟弱?)ではないにしろ、MiG-25 も事実上「空対空戦闘は絶対禁止の戦闘機」だったのです。ベレンコ中尉機の構造解析から算出された制限Gは、僅か+4〜-2。これは民間旅客機の基準(エマージェンシーモードで+3.5G)と大差なく、定規で引いたように直線的で、厳つく精悍な外観とは裏腹に、MiG-25 も曲げれば崩れる「ビスケットのような飛行機」というのが真相でした。

これでも、A-12/SR-71 の約2倍の機体強度にあたり、SR-71 戦略偵察機計画を内外に隠蔽するため、YF-12 を戦闘機と称して積極的に写真を公開していた嘘を裏づけるに十分な証拠になります。

1950年代中盤の一時「ミサイルキャリア」思想なるものが、米軍関係者の間に蔓延したことがありました。「ガンシップ」とも称されたこれは、初期の空対空誘導ミサイル万能幻想から生まれた怪コンセプトで、簡単に言えば B-66 クラスの積載量・滞空時間の大きい機体に長距離レーダーと ECM 機器を満載し、誘導ミサイルを何発も積んどきゃ、時代遅れの空中戦のための戦闘機なんて、もう要らないでしょうという、冷戦緩和時代ならではの議会主導のリストラ案でしたが、肝腎のレーダーと誘導ミサイルがどうにも未熟でモノにならず、実用化は遠く空想だけに終わりました。あの間抜け過ぎた大艦巨砲主義の亜種と見ることもできます。

MiG-25 前期型の兵装は、この「ミサイルキャリア」程に極端なものではないにしろ、空対空ミサイル4発のみ。軽量化のため機関砲は敢えて装備されず、外翼ハードポイントにも燃料配管がないため増槽の装着も不可能、空中給油装置すらなく、高空での速度、上昇力、加速力だけに割り切って特化した機体、並びにエンジン設計からして、用兵思想上は戦闘機というよりも、むしろ WW II 末期ドイツの Ba349 "Natter"に近い「有人有翼ロケット」とも言うべきもので、A-12/SR-71 が実質的に「成層圏を横っ飛びするロケット」であったのと、正に好対照をなしていました。

しかし、ある意味でこれは、速度の他には目も呉れぬ設計で(明らかに Bf109R の模倣が原点)、戦闘機としての実用性は皆無に近かった MiG-1〜7 の用兵思想への先祖返りとも取ることができましょう。他を俯瞰しても、当時のソ連の戦闘機は MiG-21 など極く小数の例外を除いて、この種の本質的欠陥機ばかりだったので、世界最強のドッグファイターとして君臨し続ける Su-27 系がある現在とは、正しく隔世の感があります。

A-12/SR-71 と MiG-25。ケリー・ジョンソンとアルチョーム・ミコヤン。スピード機だけに執念を燃やし続けた2人の飛行機屋が、コンピュータの本格導入以前に、天才的な閃きと計算尺を武器にして個人主導で設計した、各々入魂の集大成、最終作なのです。【続く】
こちらではお初です、KAZEです。
ここ読むだけでSRに詳しくなれそうですね(^-^;

しかし強度・材質面でのお話は為になります。制限Gが+4〜-2Gって、アクロフライト用のグライダーの1/3以下ですよ(笑)
これは知らなかった!
材質に関しても、「所詮ソ連機」というステレオタイプがあったのは僕も以前から感じていましたが、超音速域での機体材質にはどこも悩まされたのでしょうね。

それにしても機体形状からの関連付けは考えた事無かったなぁ。
A-5→Mig-25→F-15かぁ〜、確かに!(奇しくも5の付く機体なのは偶然か)
MiG-25R の極端な性格は、パワープラントであるツマンスキー R(D)-31 に負うところが極めて大です。実はこのエンジン、幾つもの名称が伝えられていて、どれが正式なのか分かりかねているのですが(中にはスホーイという物も存在する)、ここでは暫時ベレンコ中尉機のレポートを基準にします。

可変ベーン機構すら持たぬ大径単軸ストレートジェットで、コンプレッサは僅かに5段、圧縮比も異例に低い 6.2(=以上は、超高速・高々度実現にはセミ・ラムジェット的な性格が要求されるため)、計器レッドゾーンに示されたタービン入口温度は最高 1100 Cというスペックから、A/B 使用時最大 12t以上を発揮しますが、空気流量調整は North American A-5 系の二次元型空気取入口でしか行うことができません。

またこのエンジンも、機体同様に極めて短期間で、また敢えて希少な耐熱素材や高度な工作技術を用いずに開発されたため、前期型では本当に最高速を出すと再飛行不能な状態にまで磨滅したらしく(=西側報道による)、これが事実なら使い捨ての使用形態に近かったことになりますが、その構造も極端に単純化され製造コストも安かったと思われ、当初よりこの RD-31 が短時間での修理・交換を前提にしており、局地迎撃と超高速高々度戦略偵察という本来の設計目標にも、矛盾するものではなかったのです。

分かり易い例えをすると、MiG-25 とは「変速器が壊れて、一番高いギア比のままで固定されてしまった自転車」であると想像して頂ければ宜しい。低空では音速突破できず、機動力は極端に劣り、30000ft.以下の加速力・燃費は共に戦闘機として最悪クラスであるため、フライトミッションではこの領域をなるべく早く通過しなければならない、と規定されていたようですが、もっとも、他の超音速巡航機 A-12/SR-71 とコンコルド、或いは MiG-25 と極めて似通った設計思想による、局地防空戦闘機 English Electric『ライトニング』とて、事情は殆ど同じでした。

それ以上の高空域に入るや、MiG-25(RD-31)はやおら本領を発揮して二次曲線的なダッシュに入り、80000ft.での最高速 M=3.2 は A-12/SR-71 に匹敵、更にズーム上昇限度125000ft.(40000M 近い!)という数値は、NASAが宇宙飛行士訓練用に液体ロケットブースターを特装した NF-104 をも凌駕するもので、A-12/SR-71 を始め並みいる他の軍用機は到達不能、MiG-25(Ye-266/M)のパイロットは放物線の頂点で、成層圏の青黒い空から丸く見える地球を鑑賞しながら、1分間以上の無重力状態を味わっていたはずです。

25000M 以下の上昇記録は、威信にかけた米空軍がプロジェクトを組み、超軽量化・大出力化改造された F-15 の1機をぶっ壊し覚悟で酷使、辛うじて奪回したものの、多くはその年の内に発展型 MiG-25(Ye-266M)に再び破り返されました。半ば宇宙航空機とも言えるそれ以上の領域での記録は、未踏のものとして今後も破られることはないでしょう。また、「豆腐のように軟らかい」SR-71 の有する速度記録は、いずれも直線上のものでしかありませんが、腐っても戦闘機である MiG-25(Ye-266/M)は、周回コース、並びにペイロード搭載状態での記録も打ち立てました。

発展型の MiG-31 では、ソ連軍がイラン革命で無傷没収した F-14(TF-40) のコピーであるターボファン型エンジンに換装された結果、低空でも音速を突破できるようになったり、燃料消費率も大幅に改善されたりしましたが、M=3 超級の看板は下ろされ、なお仮想敵機より1割以上優速だったにも関わらず、牙の抜かれた普通のヒコーキになってしまった感は否定できません。【続く】
今回は脱線して。

テレフィーチャー『600万ドルの男』に登場した F-104。NASA 所有機(或いは民間登録)の F-104 が全部 NF-104 なる形式名だったかどうかは把握し切れていませんが、当機はロケットブースター未装着の複座機ながら、主翼面積が拡張されているように見えます。

有名な番組冒頭のクラッシュシーンは X-24A と M2-F2、いずれも"Lifting Body"の合体。
捜せばあるもんで、↑ こいつの素性が割れました。

http://www.netwrx1.com/skunk-works/v05.n190

The three F-104N, purpose built for NASA, were pretty much F-104G standard aircraft, used mainly for high speed chase.

Type Serial c/n Markings, Remarks
- -----------------------------------------------------------------------------
F-104N-LO --- L-683C-4045 "NASA 011", acquired 19/07/1963, to
"NASA 811", registered "N811NA",
mothballed at Edwards AFB

F-104N-LO --- L-683C-4053 "NASA 012", acquired 07/1963, to
"NASA 812", registered "N812NA",
mothballed at Edwards AFB

F-104N-LO --- L-683C-4058 "NASA 013", acquired 09/1963, to
"NASA 813", registered "N813NA" (?),
collided 06/08/1966 with XB-70A
"62-0207", NASA test pilot 'Joe'
Walker was killed

The NF-104A, with additional rocket engine and reaction control system, were F-104As, modified in 1963 by Lockheed for the USAF's Aerospace Research Pilot School at Edwards AFB, to be used for astronaut training. They were never used or owned by NASA.

Type Serial c/n Markings, Remarks
- -----------------------------------------------------------------------------
F-104A-10-LO 56-0756 L-183-1044 "NF-756", disposition ?

F-104A-10-LO 56-0760 L-183-1048 "NF-760", displayed at Edwards AFB
on pole, with "0-60760" on tail

F-104A-10-LO 56-0762 L-183-1050 "NF-762", crashed 12/12/1963, near
Edwards AFB, pilot 'Chuck' Yeager
ejected with minor injuries

…という訳で、リストの一番上がこれ(高速チェイス機)。同僚の3号機が、XB-70Aを「撃墜」したジョニー・ウォーカー機でした。まさか酔っ払い運転でもなかろうに。
最後の有人戦闘機(というキャッチコピー).センチュリーシリーズ中の傑作機ですよね!
小学生の頃空自に配備されて,日本名はたしか「栄光」だったような記憶があります.

空自の最後は標的曳航機かなんかで引退したと思いますけど.軍用機に関心を持ったきっかけの思い出の多い機です.
F−104 スターファイターだったかな・・・
日本名?は栄光だったと思います
エンジン1機でトラブルが多く後家作りとの話も聞いたような
>後家作り

そうそう聞いたことあります.セイバーと比べるとほんの添え物みたいな翼しかないので子供心にも,揚力ナサソーと感じました.
F-104、航空自衛隊の人達は「マルヨン」って言うそうです。

プラモデルメーカーのハセガワ(長谷川製作所)本社の屋上には本物のF-104が展示されているそうですよ。
本社前で部品ごとに組み立てたそうです。
(組み立てたのは航空自衛隊の専門の人らしいです。)
磨いたのはハセガワの人みたいです。
ロッキード高速機つながりですから、大いに歓迎します。

パイロット未亡人から殺人鬼呼ばわりされ、集団訴訟を起こされたのは西独軍の F-104G で、本来用途の防空戦闘機としては全天候能力の欠如、高速時のロール安定性不足、管球式 FCS 時代には機内スペース過少でデータリンクが限定的だったことなどから、余り使いものにならなかったのが実情だったのですが、コンパクト故の投影面積の少なさ、低空での並み外れたダッシュ力などを買われて、低空対地戦術戦闘(核)攻撃機に転用されたためでした。

Lockheed 社自身も F-104 の限界は最初から認識していたようで(その後の U-2, C-130, SR-71 等の開発で忙しかったらしい)、F-104 については大して改良を行っていません。何より、世界一の練度と実戦経験を誇るイスラエル軍の審美眼に叶わず、Dassault Mirage III に敗退した位でしたが、しかし商売上手な Lockheed は同盟国に売りまくり、何だかんだ言って2000機以上も生産された上、JSDF で用廃になり契約上米空軍に返却させられた F-104J さえ、オーバーホール後台湾に再売却され、まだ使われている位ですもの。

さて、NASA NF-104 のページがあります。

http://www.nf104.com/
http://www.batnet.com/mfwright/nf104.html

3番目の写真は、知る人ぞ知る、Darryl Greenamyer と SR-71 。でも、MiG-25 の大上昇力と超高速の前には、補助ロケット装備の NF-104 すら形なしでした。
航空自衛隊のF104ですが、標的を引っ張る飛行機として最近まで硫黄島かどこかにいましたよね?

あれいつまでいたのかな?
さくらなみき様

初めまして。

>『MiG街道』の主であったMiG-15も、似たコンセプトだったことを思い出します。持っている技術を必要最小限の手間で製品にして送り出すのは、かの国のお家芸だったんでしょうか。

そう思います。自慢話になりますが、一昨年ミグ15の複座練習型に搭乗し、上空で上昇下降左右旋回(横文字では4 basicsというのですが)をさせてもらいました。
機体自体の造りは同世代の第二次大戦空の米軍軍用機よりも粗い感じがしましたし、操縦席内部もスカスカ感が漂っていました。
後席搭乗でしたので視界も悪く、人生初ジェット・初ロシア機だったこと、高度1万3千フィートへ無酸素で駆け上がったので少々考えがまとまりづらい状態になりましたが、貴重な経験になりました。
オリジナルのエンジンを使っている関係なのか、ピッチコントロールについて教官から手厳しい指摘があり、上昇するときは昇降舵をゆっくりホンの少しだけ引くように厳命されました。急激なAOA変化はエンジンへの空気流入量を低下させ、エンコのリスクがあるようです。現役時代はどうだったのか知りませんが、技術的に出てきたばっかりのものを実用に供したことによる運用制限というものが有ったように推察されます。
それに、さすが戦闘機ということで、エレベーターの効きは良いようで、凄い勢いで上昇しても、チョイと軽くスティックを押すだけで水平飛行へ移行してくれました。

SKIer様
>航空自衛隊のF104ですが、標的を引っ張る飛行機として最近まで硫黄島かどこかにいましたよね?
>あれいつまでいたのかな?

いつまでいたのかは存じ上げませんが、あれは標的曳航ではなく、無線操縦による標的機に改造され、硫黄島で運用されたと聞いています。
撃墜されなかった1機が、浜松基地に隣接されている航空自衛隊広報館に展示されていますよ。
改めて資料に当っていたところ、今年2005年はアルチョーム・イワノビッチ・ミコヤンの生誕100周年だったんですね。

ユーリ・アレクセイビッチ・ガガーリンが落命したのも、その MiG-15 UTI でしたから、緊張なさいませんでしたか?>たっ!さん

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空力的にもディープストール癖が強く、旋回中や高速時に翼端失速を起して容易にひっくり返ってしまうため、エルロンブースターとピッチアップ抑制装置が bis になって付けられて、初めて本格化したようなモンだ、との記述を散見します。

本格部隊配備以前に複座練習型 MiG-15 UTI を量産して、人間の方を飛行特性に慣らしてしまう手段を採ったとの事や、臨界マッハ数制限を守らせるため、速度計とエアブレーキを連動させ、危険速度に到達すると強制的に減速させてしまう事など、彼我の用兵思想の差が端的にわれています。

下反角を持った主翼を実用化した恐らく初の飛行機でもあり、エルロンリバーサル抑止のため、両主翼端に30kgもの鉄製マスバランスが積まれていたのも、有名だと思います。

敢えて捻り下げをせず、削り出し外板による剛性強化も行わず、フェンス設置だけで済ませたのは、工作容易化目的でしょう。

しかし同級の F-86 より強力な推力重量比を有し、上昇力、加速性、軽快性で常に優位にあった事は確かです。

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遠心式ターボジェットとして、既に機械的限界に近づいていた R.R. Nene ( RD-15〜45, VK-1 ) には、ベアリングの耐荷重能力から厳重なG制限があったようですが、これは同系統のエンジンを搭載する Grumman F9F, Supermarine Attacker, Hawker Sea Hawk, Dassault MD450 らにおいても、基本的な事情は同じだったはずです。

余談ですが、Ouragan の後退翼型 SNCASE Myste're(写真)って、MiG-15 とは空中で識別するのが困難な程、酷似していますね。
アメリカでNナンバーの MiG-15 に乗られたのでしょうか。
格別の体験ですね。
F104ですが、期待が一つ岐阜基地に保存されています。
エンジンはもうないそうです。
F104J!最後の友人戦闘機とか言われた奴ですよねー
浜松で見た奴はエンジンらしきもんが付いてましたよ
ロケットみたいで感動しました
あべくん様

初めまして。

>ユーリ・アレクセイビッチ・ガガーリンが落命したのも、その MiG-15 UTI でしたから、緊張なさいませんでしたか?

その話、知りませんでした。なので、極度の緊張はありませんでした。
NナンバーとはいえExperimental登録の機体で、操縦席内にはデカデカと「EXPERIMENTAL」と乗り込む際に容易に認識できるよう書かれていました。Experimental機のお約束のようです。
なので、ミグに限らず、Experimental機に乗り込むときは、そうではない機とは搭乗時の心持ちが少しばかり違うのは確かですね。
上掲 #15 で ↑ ご紹介させて頂いた Darryl Greenamyer 氏ですが、元ロッキード社テストパイロットにして、F-104, U-2, A-12 / SR-71 とも縁が深く、Experimental 界においても歴史的ビッグネームなのですが、実は、反応がなくて少しへこんでおります。

さて、『射出座席』コミュニティにて以前書かせて頂いたのですが、

http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=293125&comm_id=51550&page=all

フライアブルな MiG-17 が8,000ポンド位で買えましたので、MiG-15 UTI も同程度かと思います。シリーズで1万機以上の生産実績があり、直近の現用機でもありましたから、何せタマ数は豊富。腐っても射出座席が付いているだけ、下手なホビー機よりも、いざという時の安心度もあるのではないでしょうか。

アブガスより精製度の低い JP-4 の方が廉価だとは思いますが、大食いでは維持費も大変でしょうね。

遠心式ターボジェットの常で、制御パラメータが少なく、自動化もされていないために、空気密度、流量等に関してはシビアに反応するようです。MiG-15 bis の海面上昇力は最大 200 ft./sec.、実用上昇限度は 55,000 ft. ですから、骨董品とはいえ戦闘機と民間機では格が違います。

−−−−−−−−−−−−−

左右分割のダクト式インテイクを採用した P80 / T-33 においても、急な引き起しや片滑り挙動は、不整からフレームアウトを誘発するとして厳禁されていたと聞いています。

胴体直径太くなるから遠心式は廃れたという、航空雑誌であり勝ちな説明にも一理あるのですが、1枚板で作る圧縮器がデカくなると無欠陥で鋳鍛造する事が難しくなり、また 10,000 r.p.m.超でぶん回る端部の周速および遠心力がアルミ合金の耐力限界に達してしまうため、アフターバーナー無しの単体推力 6,500 lb ( 3 ton ) 以上のものは作ることができなかった、というのが妥当でしょう。

制御にしても可変ベーンを附加する位で、基本は燃料流量のみ、軸流では可能な多軸式への発展は不可能でした。

しかし現在、ミニチュアの遠心式ターボジェットをアマチュアが自作する例が増えていて、小規模コジェネレーションシステムや消防ポンプ等の動力源としても大いに注目されているので、面白いものです。

個人的な思い出としては、T-33 の耳をつん裂く金切り声と、後から追い掛けて来るブラストの低音との重奏が懐かしく、MiG-15 UTI でも存分にご堪能なさったのではないでしょうか。
『三菱鉛筆』こと F-104J ですが、複座練習機型の DJ 20機は国産化されず、ロッキード製でした。

三島由紀夫が百里でこの F-104DJ に体験搭乗し、感想文を残しているのですが、正に

東郷健さん http://mixi.jp/view_community.pl?id=180472
の政見放送 http://mixi.jp/view_community.pl?id=43786

が如き内容で、ノンケの拙管理人にはとても読み辛いものでした。

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硫黄島の無人機運用隊に運ばれた UF-104J(A) のリストは、↓ にありますが、

http://aswoc-at.hp.infoseek.co.jp/UF104ja.htm

何故1機だけ生き残って浜松で余生を送っているのか、浅学で存じません。

また ex.JASDF の F-104J/ DJ うち30〜40機が、台湾空軍の前線で再利用された事は、結構有名です。

『阿里山計画(計畫)』で検索すると情報がぞろぞろご覧頂けますが、『星式戦闘機』という名称は、台湾のサイトを見ても全然出て来ないので、F-104 の写真集を出した台湾の出版社が勝手に付けたんじゃないかと思っています。

各国から寄せ集めたセコハン機の共食い状態で、いい加減な整備状況もあって事故率も高く、流石にもう退役したようです。ライバル機の MiG-21 や Mirage III が、結構な数がまだ活躍中であるのにつけ、F-104 の末路には若干寂しいものがあります。
グリーネマイヤもちろんビッグネームですね。
ブラックバードのお尻の長い奴は彼の専用機のようですし。
RB104(スポンサーのレッドバロンを冠した F-104)で
速度記録を達成後、高度記録を作るためのテスト中に
脚出しのランプが点灯せず、脚を確認してもらうために
別な飛行場への飛行中に燃料が尽きベイルアウト。
その時RB104にはNF104から借用していたRCS(反動操舵装置)
がついていたのでそれもアボーンで今保存されているNF104
にはRCSが付いていない。
P51 ムスタングにグリフォンと2重反転プロペラを付けた、
レッドバロンでリノエアレースで連勝、パイロンを
回る時、彼だけが4輪ドリフトのように操縦するので機体の
姿勢が全然違うそうです。
>MiG-15 UTI シリーズで1万機以上の生産実績があり、直近の現用機でもありましたから、何せタマ数は豊富。
なので、探せば機体やエンジン、部品には困らないみたいです。

>腐っても射出座席が付いているだけ、下手なホビー機よりも、いざという時の安心度もあるのではないでしょうか。
それはどうかと。
ジェット機は絶対的にスピードが高いので、ベイルアウトするにも失速するにもプロペラ機に比べ高速域で行わなくてはなりません。ミグに比較すると圧倒的に低速なホビー機の主力であるプロペラ機の方が、安心感は得られやすいような気がしてなりません。

>アブガスより精製度の低い JP-4 の方が廉価だとは思いますが、大食いでは維持費も大変でしょうね。

他にも払い下げのジェット練習機があったのですが、価格設定は機体の価値に関係なく、ほぼ燃費で決まっているとのことでした。

>MiG-15 bis の海面上昇力は最大 200 ft./sec.、

ミグでのフライト時、速度も400ノットまでと言い渡された上、実際には320ノット越えようとすると
教官にエアブレーキ引かれてしまいました。
機体が設計当時持っていた性能
Performance Specifications:
Power loading: 1.5lbs per pound of thrust
Loop entry speed: 380 knots
Rate of climb, sea level: 7,500 ft/min +8/-4 G
Maximum level speed: 580 knots
Cruise speed: 450 knots
の半分も体験しませんでした。
ミグ15UTIの離陸時のオンボードカメラによる動画観たい方いらっしゃいますか?
>msft さん

アイダホの芋屋に$を出させて自作した RB-104 (N104RB) ですが、空前絶後の低空速度記録を樹立したので、以って瞑すべきでしょうか。

以下、完全な妄想譚ですが、グラウンドレベルで超音速を達成した F-104 以外に当記録を破る可能性を秘めた機体を捜すと、同様に前面投影面積が小さく、モアパワーの E.E. Lightning が筆頭に挙げられるでしょう。

Lightning T.5 (サイドバイサイドの練習型)には、幾ら払うのか存じませんが、南アに行けば乗せて貰えるとの事。

また、NASA で使われた後、モスボールされているはずの Vought F8U-3

http://www.vought.com/heritage/products/html/f8u-3.html

もイケるんじゃないかと。↑ を見ると、「出そうと思えば Mach = 2.9 出せた」みたいな事を書いてありますが、メーカーの弁がこの通り事実だとすると、最初に M = 3 の扉を叩いたのは、A-11 でも MiG-25 でもなく、F8U-3 だった事になりそうです。

数々の速度・高度記録を樹立した Ye-66〜166 は、MiG-21 改造型とは名ばかりの、相似形の別物だったようです。

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グリーネマイヤは、数あるジェット戦闘機の中でも、F-104 は胴体着陸が事実上不可能である事を、同社テストパイロットとして熟知していたため、脚出しトラブルからのリカバリーが失敗に終わるや、即、機体放棄を決意したと聞きます。

「ダリルだけラインが違う」の件。AVRO Shackleton 哨戒機から外した R.R.Gryphin +コントラペラが重いので、RB51 がドリフト状態で飛ぶのかと思っていたのですが、近年フォーミュラー・クラスで復活したグリーネマイヤは、相変わらず最も低く、機体を滑らせながらパイロンを攻めて飛んでいるようですので、やはりご本人の操縦技術の賜物なのでしょう。
>たっ! さん、貴重なレポートを有り難うございます。

空撮映像もお持ちとの由、ビデオから静止画像の切り出し可能でしたら、是非お見せ下さい。どうぞ宜しくお願い致します。

射出座席が取り外されていた件、了解です。別の免許(火薬取扱等)が必要になるのかも知れませんし、古い、しかもソ連製となれば信頼性の面でも心配ですね。

MiG-15 のように高い位置に水平尾翼のある飛行機は、ベイルアウト時に人体が機体と接触する危険性も増すようで、『アフリカの星』ハンス・ヨアヒム・マルセイユが Bf109 で殉職したのも、エンジントラブルで脱出した際に水平尾翼と接触した事が原因だったと目されています。

ガガーリンの場合は、同乗していた空軍のお偉いさんが心臓発作か何かで失神、操縦桿を抱えたまま突っ伏し、急な機首下げ姿勢になったためとの公式発表ですが、鉄のカーテン時代の話ですから、どの程度の信憑性があるのか分かりません。

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朝鮮動乱時 MiG-15 の出現は B-29 (と、直線翼の初期ジェット戦闘機群)をほぼ完全に無力化させ、米軍の戦略を根底から覆しました。

正しくゼロファイター・ショックの再来だった訳ですが、交戦中に不時着水機の回収や亡命機拿捕により、米軍側は3機の MiG-15 を確保し徹底研究、不意自転癖を弱点として指摘しつつも、高評価を与えています。

対 F-86 で優位な上昇力と高空性能を利して、F-86 が到達不可能な上空から舞い降りて来る作戦を主に採ったとの事。W.W.II 時には殆ど下からしか攻められなかった B-29 にとっては、初めて上から攻められる経験だったのでしょう。

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10:1 と喧伝された F-86 vs MiG-15 の対戦スコアですが、ソ連崩壊後に入手された資料との突き合わせが鋭意進められ、通期で実際は 6〜7:1 程度だったのではないか、というコンセンサスに落ち着きつつあるようです。

MiG-15 には耐Gスーツもなく、低練度の新米パイロットが多勢だったであろう事からも、旧来の過少評価は改められるべきでしょう。また建国時の東南アジア諸国と同様に、中共空軍の育成には大陸に残った旧日本軍関係者が関与していたと言われており、実際に交戦にまで至ったかどうかは不明ですが、当時 MiG-15 を駆っていたが居てもおかしくはありません。

もっとも、進駐米軍に協力していた元日本軍飛行士も相当数おられたようで、少なくとも P80 の時代には、大戦中に夢見て叶わなかったジェット機で、半島や大陸深部への道案内や偵察も敢行していたと聞きます。

MiG-15 は、鳥養鶴雄氏が絶賛しておられるのですが、F-86 同様に(元)ドイツ人の設計でしょうね。

※写真出典 http://www.aeronautics.ru/
こんにちは、

RB-104に抜かれると直ぐに軍はセージバーナで
使用後スミソニアン入りしていた機体の再整備
を命じた...とかならないですかね。

アンリミテッドクラスのビデオを見ましたがも
うほとんど垂直旋回のままで、サーカスで樽の
中を走るオートバイのようですね。

MIG15 で射出座席となると、イェーガは那覇基
地で北朝鮮から亡命してきた MIG15 のキャノ
ピーを吹き飛ばす火薬を自分で作業して取りつ
けた。
高速でウィングドロップする悪癖を防ぐために
背面ダイブで高速テストをし、その速度はソ連
のテストパイロットミコヤンも出したことのな
い速度だった。

シャックルトンから取り外すのはプロペラもで
すべてのグリフォンムスタング(+スピットファイア)
がそのままのプロペラのようですね、変えれば
性能があがりそうですけど。
北朝鮮空軍の MiG-15 UTI の写真がありましたので、貼って置きます。

http://www.airliners.net/open.file/743606/L/

F-86 は試作機時代から、急降下で安定して音速を突破できる性能(機体強度)を具備していましたが、MiG-15 は高速領域でのウィングドロップやフラッターが激しく、蛮勇を誇ると言うより、むしろ脳味噌まで筋肉で出来ている、只のバカ男に近かったらしいイェーガーが、命がけの背面ダイブで果して音速に迫れたのか、誠に面白い話題です。

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リノ・レーサーの件。高過給化のノウハウは自動車、就中ドラッグレーサーから移転されたものが少なからずあるそうですね。

空冷では、F8F "Bearcat" に、C-121 か P-2 用の R3350 ターボコンパウンドを載せて、A-1 "Skyraider" の直径4Mの巨大4翅ペラをぶん回す、基本パッケージが確立されてしまっていますが、これ以上に馬力を上げてもロスが大きくなるばかりなので、今後は P-3 の「羽子板」ペラを持って来るしかない、という話になっているようです。

いや、二重反転なら Tu-95/-142 から頂くのが安上がりかも知れません。

元々燃焼が余り良くなかったと言われるマーリンよりも、グリフォンは更にナーバスらしく、また同じマーリンでも本家RR製よりパッカード製の方が、プレーンメタルでクランクが頑丈に出来ていたり、材質が良かったり、オイルラインが改設計されていたりで、チューンナップ代(しろ、余地)も大きく、現場では好まれているとの事です。
レアベアは、4枚→3枚と進化した後、2003年あたりは
首無しになっていたのですが、2004,2005 は4枚羽で
復活、優勝しているようですね。

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