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ササイのことで思い出したコミュのThe Strange Girls──裸足でピアノを弾く女【5】

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 S美が行こうと言ったのは、早稲田通りから路地を折れたところにある、小さくて汚いホルモン焼の店だった。
 おごると言った俺のふところを慮ってのことだったかもしれないが、本心からその店に行きたいようにも見えた。
 S美は俺の肘に腕をからめ、スキップをするような足どりでその店へと案内してくれたんだった。

 煙が立ちこめる店内──白木というより生地がむきだしのテーブルには、焼け焦げやしみがたくさんついていた。
 アルミの灰皿に、ビール会社のロゴが入ったコップ、ドーナツ型の椅子に、年季の入った七輪──そんな店だ。
 S美は店主とも顔なじみと思われ、手っ取り早く何品かを注文した。
 ホルモン、ミノ、タン、ハツ──モツばかりだった。
 カンカンに熾った炭火の上で、モツはねじくれ返り、白煙を上げた。
 S美はたくましい食欲でモツに食らいつきはじめる。
 モツは洗い方がさほど丁寧ではないのか、俺には少し獣臭すぎる味だったが、S美がどんどん平らげていくさまは小気味よかった。

 ビールの大瓶をシェアした後は、焼酎をやった。
 店の親父が奥の方で、宝焼酎の一斗缶から、漏斗を使って小瓶に分けるのが見えた。
 昨今の乙類焼酎ブームとは違い、荒っぽいものだった。
 水でも割らず、氷も入れないコップ酒の焼酎を、俺たちは飲んだ。

 俺にとっては意外なことに、その店はやがて混んできて、満員になった。
 俺たちは四人がけのテーブルを占領していたので、相席に応じることにして、S美が俺の隣に移動した。
 テーブルの上には七輪が二つ並べられ、すごい有様だ。
 それをしおにS美が追加したいくつかの品──その中に、豚足があった。
 俺はそれまで、その食べ物を、聞いたことはあっても、じかに見たことがなかった。

 運ばれてきたそれは、その後に俺が見たどんな豚足よりも、ワイルドな一品だった。
 紡錘状の蹄も露わに、皮にはまだところどころ、毛がついていた。
 添えられた小皿には、味噌のようなペーストが山盛りになっている。
 S美は両手で豚足の一本をつかむと、味噌をたっぷりとつけ、皮の上からかぶりついた。
「美味しいわよ。食べないの?」
 促され、俺も一切れを手に取った。
 ゼラチンのところを食うということを知らなかったので、肉身をむしり、味噌につけて口に入れた。
 味噌は酢と辛子が効いていた。
「そこを食べるんじゃないのよ。骨と爪いがいをぜんぶかじるの」
 言われたとおりにしてみたが、味があるとは思われなかった。
 S美は大皿に山盛りになった豚足を、次から次へと平らげていった。
 口の周りは、辛子味噌と、豚足から出る脂だろうか──独特の光沢を帯びていた。 
 俺はその横顔をじっと見ていた。
 ほぼ半開きになっている瞼の、長い睫毛。
 すっと通った鼻筋。
 豚足にまつわりつく、脂に濡れた唇。
 白く健康そうな歯並。
 激しく動く顎と、喉。

「やあね、何を見てるの?」
 S美は俺に向き直った。
 俺はS美にセクシーさを見ていたんだろうと思うが、言葉にはできなかった。

「いい食いっぷりだなと思ってさ」
 S美は、あれはどういう意味なのか、豚足をつかんだ手の肘で、俺を突いた。
 いやな気はしなかった。

 満腹し、焼酎でしたたかに酔った俺たちは、店を出ることにした。
 勘定がとにかく安かったことは覚えている。
 煙の充満した店から出てみると、外の空気がやけに清冽に感じたのを覚えている。
 俺はなんとなく、そのまま『ゆず』へ向かうのだろうと独り決めしていたのだったが、S美は高橋商店という酒屋に滑り込んだ。
 俺に相談するともなく、しないともなく、かごいっぱいに、ビールやその他の酒と、そして氷を買い込んだ。
「どうするつもり?」とは一応聞いてみた。
「お酒飲むのよ」
「『ゆず』じゃなく?」
「うちの方が落ち着くわ。好きな音楽も聴けるし」
「でも俺はヘビースモーカーだよ」
「大きな灰皿なら、あるから大丈夫」

 俺たちは『ゆず』の前から横断歩道を渡り、路地を抜け、S美の家にたどり着いた。
 もう迷わずに来られるだろうと思った。

 S美の部屋は、華美でも広くもなかったが、秩序だって整頓されていた。
 書棚の中身をざっと見るにつけても、彼女が文学少女趣味ではなく、マスコミの中で働く人だということが見てとれた。
 ボサノバだったか、フレンチポップスだったか、記憶はあまり判然としないが、耳に心地よい音楽がかけられた。
 俺はビールをかたわらに、バーボンのソーダ割りを飲み、満腹だというのにサラミソーセージをかじった。
 どれもたったいま、S美が仕入れてきた代物だ。
 
 俺はあることに気がついた。
 店で何度も顔を合わせ、アルバイトをさせてもらっている身でありながら、S美のことを何も知らなかったことに、だ。
 鳥取県出身で、二十八歳で、エディターあるいはエディトリアルの仕事をしている、ということの他には何もしらない。
 S美に、身の上をもっと詳しく教えてくれるようにとせがんだ。

コメント(2)

「せがんだ」って、なんか印象的ですね。
次が待ち遠しくなる感じ。
有さんもおっしゃってましたが、じらし上手です(笑)
6歳の差がスゴク大きく感じます。
ホルモン焼きの店、お酒の買い込み、ナゾのアルバイト…俺からはS美がスゴク大人に見えちゃったんでしょうね。
自分だったら「脂に濡れた唇。激しく動く顎と、喉」を見て勃起しちゃいそうです。

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