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象眼ファイナルコミュの050#小林よしのり論

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今さら・・・であるが、記憶の片隅かすかに残っている小林よしのりについて、
一度、考察、というか、思い出話しwをする。
小林よしのり最大の謎「何故、突如、女系論に転向したのか」
その理由も個人の想像だが推論してみよう。

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<ボンズたちのギャグ・エッセンス>

きっかけは勿論、ボンズの頃のマンガ「東大一直線」だ。全巻読んでいる。
通っていたソロバン塾(※)の後ろに床屋のように大量のマンガ棚があって、
天才バカボンやトイレット博士など当時流行したギャグ・マンガの単行本が
ズラリ並んでいた。
小生のクラスは最後の時間帯だが、1時間近く早く行って、前のクラスが
チャカチャカやってる後ろでマンガを読みまくっていた。東大一直線はボンズ
の眼にも「ヘタクソな絵」だったw。キャラも笑える、というより、少し異様な
ヘンな感じで他のギャグマンガとは異なっていた。その後、小林マンガと疎遠に
なり、長い時間を経てサピオ(ゴー宣)で再会する。

  ※、ソロバン塾
    当家は放任主義で習い事など皆無だったが、実家から200m近くに
    開校し、近所のボンズらが通い出すと、近所のオバさんから「習い事の
    ひとつくらいやらせないとダメよ」と母が洗脳wされ、通わされた。
    月謝も1万以下の廉価だった。
    塾など行きたくなかったが独身先生と実母が2人で経営/教えていて、
    塾という堅苦しさはなく、子供らの遊び場を提供している感じだった。
    今でいう学童、近所のボンズらが交流している、そのついでにソロバン
    も教える、という感じで居心地がよく3年くらい通って2級まで上達した。
    暗算も強くなった(町内会の野球練習が繁忙になって辞めた)。

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<大きな足跡を残したゴー宣>

小林よしのりを語る上でハズせないのがマンガ・ゴーマニズム宣言だろう。
政治/世相/国家観をマンガで語るというスタイルを確立したパイオニア
と言ってよい(その前からマンガで歴史を語る的な作品は多々あったが、
ゴー宣ほど大きな話題になったモノはない)。小生のように影響された者は
多くいたハズで「ゴー宣がネトウヨを増産した」という批判もあった。

初見はサピオ連載開始から(※)。サピオを愛読してたらゴー宣の連載が
始まり「東大一直線の小林が今はこんなの描いてるのか」という感だったが、
すぐにファンになり、以後はゴー宣が読みたくてサピオを購入していた。
(ちなみにゴー宣自体はサピオ掲載前から他紙で連載が始まっていた)

 ※、後述のように先に朝生でゴー宣カットを観ており厳密に言うとソチラが
   初見だが、まだゴー宣は知らず、その後のサピオ掲載で「あのときの
   朝生でのカットが、このマンガだったのか」と後追いで知った。

当時は気にしなかったが、今にして思えば、通勤時、駅の売店でサピオ購入、
車内で読んでいた己の姿は、解っている周囲からは「にわか右翼のアホ」に
見えていたのだろう(当時からサピオは左派から嫌われていた)。そのうち、
単行本も全巻購入、サピオ掲載前の分も後追いですべて読んだ。

=========
ゴー宣からテレビへ
=========
ゴー宣の大成功で左右思想の重鎮/言論人への取材/対談を重ねた関係性から
地上波出演もイッキに増え、主にテレ朝深夜の討論番組に出まくっていた。
  (当時は小沢の自民離党、新野党政党乱立、そして民主党政権交代へと
   政治の離合集散が激しく、それを受けて朝生も最盛期だった。退屈な
   政治番組からシフトした討論番組がブームになっていた。田原が司会の
   深夜討論番組に故西部、若き宮崎哲弥や宮台真司など出ていた)

小林は朝生にも多く出演してきたが、おそらく初出演は(何度も引用するが)
筒井康隆出演の回だと思う。

「1993年79回/激論! 表現の自由と差別」

ゴー宣は連載開始直後で一般知名度は低く、過去の東大一直線など知らない者に
とって小林は、ほぼ無名のマンガ家、西部ら言論人と同席で討論している意味が
解らなかっただろう。
(ググったらゴー宣スタートはSPA1992年1月で79回朝生の前年。
 サピオ連載前で、小生はまだゴー宣とは出会っていない。番組内でゴー宣の
 自主規制を描いたカットが紹介されていたのを見て「今、小林はこんなマンガ
 描いてるのか」と知った程度)

時系列で言うと、この79回朝生放送のわずか前、小林はゴー宣で解放同盟の
小森との対談を連載しており、筒井の断筆宣言騒動が1993年。ゴー宣での
部落問題連載、筒井断筆宣言、続いて朝生79回が来る。朝生側が筒井/小林ら
話題性に着目、メディア自主規制のテーマに「いわゆる人権圧力団体」として、
てんかん協会、解同、ミスコン反対団体、などを揃えて言論界のタブーを激論
するという流れになったのだろう。
小林は、それら人権圧力団体と自主規制するメディアの間にいる書き手として
現場の自主規制の実態を暴露する役割りを期待されていたようだ。

ほぼ人前に出ない筒井が長時間の討論番組に出ること、ゴー宣を知る者には
絶好調の若き小林が、どんな爆弾発言をブっ込んでくれるか?という期待から、
長い朝生の歴史でも「(麻原出演)オウムvs幸福の科学」に並ぶ歴史的な放送
である。討論もかみあって内容は濃い。自由言論の核心と問題点のほぼすべては、
この討論で明らかになっている。本内容を観れば、今現在の「自由言論・論」が
芯を食っておらず、雑な論であることが理解できる。

  要約すると
  ・自由言論とは何を言っても自由でタブーはない
  ・しかし、言論と呼べない、どうしようもないゲスで卑しいモノもある
  ・それでも規制せず言わせる、言わせた上で言論で批判する
  ・そうして「アイツは卑しい言論者だと世論形成して批判すること」で
   叩くしかない=規制など権威を介入させてはならない
  そして筒井が解同小森に対し、
  ・士農工商という表現を書くことを許してもらえないか、と請う
  これに野坂が続き、
  ・物書きは自由に書きたいことを書く、それが表現の自由だ!誰かにコレを
   書かせてくれ!などと死んでも言わないし、許可を得ないと書けない世に
   なったら言論人としての死だ!今、番組を観ているメディア関係者すべて
   筒井氏の発言を真剣に考えて欲しい!
  筒井が解同に向かって士農工商を書かせてほしい!というくだりが、放送の
  クライマックスである。

話しを戻す

====================
信者かも知れないが、陰謀論者ではなかった
教祖(小林)はマトモだった
====================
当時、小生は完全な小林信者と言ってよい。只、当時はネットも無く、表では
語られないタブーが、まだまだ多くある時代で「そんな現実があるのか!」と
驚いたということである。
この心理は、今でいう「陰謀論にハマる情弱」と基本同じだが、違っていたのは
中身が陰謀論ではなくホントにタブーの事実だったことでソレは弁解しておくw。
小林はウソやデマの陰謀論は語らず、タブー視され表に出てこない社会の真実を
掘り起こしていた。教祖がマトモだったので小生も陰謀論者にならずに済んだw。
  (その点で言えば、後述「女系天皇への転向」は事実を意図的に捏造しており
   小林の劣化は返す返す残念である)

もしも、当時の世間知らずの己が現代でDS論を語られたら、或いは盲信したかも
知れず、現代の健全な諸兄へのアドバイスとして、

★★★ 「真実はコレだったのか!」というときが危険である ★★★

浮世の現実はジェームスボンドやイーサンハントが活躍するド派手アクション
映画のような陰謀などない。真のスパイ=諜報活動は、身元を隠して地味に
コツコツと情報を集めている、それが現実だ。プロパガンダだって人類有史の
大昔からずっとある。

さて本題。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

<今も説明できない女系論転向の理由>

今も尚、多くの識者も説明しきれていない「小林よしのり最大の謎」それが
★女系天皇への急な転向、その理由★だ。その理由について推論してみたい。

まず、「男系では皇統が途絶えてしまう、だから女系に」この理由はウソだ。
何故なら、男系悠仁/女系愛子ドチラになっても皇位継承者は1人だけになり、
「担保の無い危険状態」は同じだからだ。子供も悠仁なら男子ゼロで男系断絶、
愛子なら女子ゼロで女系断絶でコチラもリスクは同じ。愛子天皇にして皇統断絶
リスクが軽減されることはないし、これくらいの基礎知識は小林なら解っている
ハズだ。小林が女系を言う真の理由は別にある。
結論から言うと、
・小林は女系天皇など過去の史実に無いと知って、女系継承もあったとあえて
 ウソを言っている。
・小林は男系が正統で女系などデタラメだと知って、ウソを言っている。
・小林はウソを承知であえて女系を主張している。その為に過去に女系継承が
 あった!と史実を捏造している。
・そうしなければならない真の理由があるが、それは公言せず隠している。
・その隠している真の理由について推論してみる。
という流れである。

小林は、
・ゴー宣執筆の為、多くの識者の見識を勉強し、
・皇統原理について詳細に解説できるまでになった
・歴史を元に識者の元で学習した結果だから、簡単にコロコロ変ったりせず、
 ある程度は固まる。それが男系継承という「皇統のキモ」なら尚更、不動に
 なるハズだ。
・現にゴー宣でもずっと男系継承論は続いていた。
・それが突然、過去の己の論=ゴー宣内容を否定し、完全に女系に転向した。
・しかも、その女系論の根拠が史実としてウソだと論破/否定されても尚、
 それに固執している

コレはホントに解らない。小林はガンコではあるが、間違いは率直に訂正する
見識だったし(そこは「マンガ家なので」という逃げを上手に使っていた)、
間違いを訂正せずウソを言うエセ左派を批判し続けてきたのだが・・・。

=============
小林が女系に転向した時系列
=============
経緯
・ほぼ、男子跡継ぎが絶望的となった皇太子(現令和天皇)と雅子。
・当時、小泉内閣の主導で有識者会議を設置、皇位継承問題が議論された。
・人選は、そもそも反天皇/反皇室の左派系有識者が主導、男系論の有識者は、
 オブザーバー的扱いで、最初から愛子天皇ありきの出来レースだった。
・当時、男系派は「もう愛子天皇は止められない」とあきらめムードだった。
 (男系派の八木秀次など複数名が公言していた)そこへ!
・あの!起死回生!奇跡!の「紀子さま懐妊」で、すべてがひっくり返った

このときも当初、小林は男系論で、愛子天皇ありきで進める有識者会議を
「皇統のことも解らぬシロウト学者だ!」とボロクソ批判していた。ゴー宣も
過去1巻から女系転向するまで男系継承でブレはない。
しかし!
(ググったが明らかな記載がなく記憶になるが)
たしか、戦争論は多くの保守派に絶賛されたが、巻末の編集後記みたいな部分に
少し女系容認っぽい記述があり、コレが小林が女系を公言した最初である。
保守派はそれに噛み付いた、というか、ずっと男系論でブレが無かった小林が、
何故、女系容認と受け取れる文章を書いたのか?あまりの唐突さに戸惑っていた。
  (当時チャンネル桜で自分のコーナーを持って出演していたが、
   女系容認っぽい記述をした以後、降板している)
只、この時点では「えっ?これは一体どういうこと?」というレベルで、小林も
男系を否定してまで積極的に女系一筋になっていない。「女系も検討余地がある
のではないか」というニュアンスだった。

1998/ 7)ゴー宣/戦争論1
2001/10)ゴー宣/戦争論2
2003/ 7)ゴー宣/戦争論3/最後でチョロっと女系容認?
2004/12)小泉有識者会議、設置
2005/ 1)第1回会議
2005/ 7)第10回会議、中間報告/女性女系天皇の容認案
2005/10)調整ののち、全会一致で女性女系天皇容認の提言を決定
        同日、小泉首相は皇室典範改正準備に着手と記者会見で公言
2005/11)第17回会議/報告書とりまとめ、女系天皇で法改正着手
        有識者会議はこれで終了
        (いよいよ政治マターとして女系天皇容認が進み出す)

〜翌年の悠仁出産から十月十日で逆算wすると、この頃、紀子は仕込み?〜

   (完全な妄想だが、有識者会議が女系容認で終了、政治が法制度化に
    進むという頃、自然分娩の場合、紀子はこの時、仕込んだことになる。
    単に偶然?絶対違う。あり得ない。

    天皇皇室は男系女系の是非を1ミリも言わず沈黙を続けているが、
    このタイミングで紀子の仕込みが行われたことは、天皇皇室、勿論
    秋篠宮も女系反対の証拠である。政治がいよいよ女系容認を法制度化
    しようとした時、皇族は男系死守して紀子懐妊のウルトラCを使った
    のは間違いない。他の宮家女性皇族からも「伝統は守るべき」という
    表現で暗に女系変更への反対の声もあった。
    仮に天皇皇室が女系容認なら、小泉政権が女系法改正するのを黙って
    静観しておればよく、紀子があの時期に懐妊する必然性も蓋然性も無い。
     ・佳子誕生から12年後、40歳の紀子が、
     ・あのタイミングで久々にエッチしたら偶然できました!
    そんなアホな話しは無いw。絶対に女系反対の意思表明である)

2005/12)ゴー宣/挑戦的平和論(下)、有識者会議否定/男系肯定?
        (この頃、小林の男系女系論は揺れ続けている)

2006/ 2)超音波検査を受けて紀子懐妊が発表される
        (秋篠宮夫妻の意向で性別の事前検査は行われなかった
         とされるが、裏ではおそらく男子懐妊が解っていたと
         思われる、というか、男女産み分けで最初から男子懐妊の
         前提だったという珍説もある。たしかに紀子の突然の懐妊は
         作為の臭いがあり、自然に懐妊したもので無いことは明らか)

2006/ 9)悠仁誕生

この間、後に発売される「ゴー宣/天皇論」の内容が雑誌で連載されており、
女系容認に転向している。

2009/ 1)ゴー宣/天皇論、女系容認
        (明確に女系論で走り始める)
2009/ 7)民主党政権誕生
2009/11)サピオで男系主張(尚も男系女系がハッキリしない)
2009/12)サピオで有識者会議賞賛/女系容認
2012/12)民主党政権終了

小林が女系容認を漏らした最初が2003/7の戦争論3の巻末記載から。
で、2009/1、天皇論の頃にはガッツリ男系否定の女系論に変わっている。
只、新田(※)が指摘のとおり、その後2009/11サピオでは男系を主張
したり、その翌月は同じサピオで過去に猛烈批判した有識者会議を誉めて女系
容認するなど、女系転向ベースでありつつ、チョロっと男系もあり、ポリシー
の混乱がみえる。

  ※、新田均
    小林の女系論を完全論破し、印籠を突きつけた皇學館大学助教授。
    後述でオマケ動画あり。

あえて民主党政権交代を記したのは、個人的に民主党政権と小林の転向の
タイミングが合致しており、なにか因果関係があるか?と妄想していた為だが、
勿論、それを裏付ける物証はないし、小林が女系を漏らし始めたのは、前述の
とおり民主党政権誕生より、ずっと前のことなのでコレは除外してよさそうだ。

===========
小林はエセ女系論である
===========
以上、時系列にすると小林の女系容認の転向の経緯が明らかになってくる。
小林の女系容認=男系否定の激化は紀子懐妊&悠仁誕生からで間違いない。

仮に紀子懐妊が無く、小泉政権化で女系容認が法制度化されたら、おそらく
小林はあんな急激で過激な女系論は出さなかっただろう。そのことは時系列に
現れている。女系容認の法制度を受け、男系継承は理想だか、女系を認めれば
皇位継承が安定する、というところで終わらせていた。しかし、悠仁誕生に
よって男系否定し、女系継承があったと歴史捏造をしなければならなくなった。

   ★★★★★★★★★★★★★★★★★
   未来の悠仁天皇の道筋が出たところで
   小林の女系論は俄然、強まっている
   ★★★★★★★★★★★★★★★★★

ココが解らない。
・真に純粋に継承の危機を憂う者なら、そして、以前はゴー宣でずっと男系を
 強固に主張していたなら、可能性を広げる為に女系も検討すべきであっても
 男系の悠仁誕生をまずは喜び、ホッとする。
 (ひとりでも継承者が増えたプラスを否定する道理がない)
 しかし、
・逆に、それを打ち消すかのように男系批判と女系主張が激化している、

このことから解るのは、小林は
  ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
  男系が悪いとか女系がイイとか、そういうことではなく
  (だって天皇候補が増えたのに喜ばないのだから)
  とにかく、なにがなんでも愛子に皇位継承させたい!
  (愛子しかダメ!だから悠仁誕生を喜ばない)
  ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

コレを裏付ける事実として、小林は眞子(結婚前)/佳子が女系天皇になる
可能性には1ミリも触れず、今も愛子天皇しか言っていない。女系に賛成
するなら、同じ女系継承ができる眞子/佳子も含めた、3人の女系候補を
推すしか道理はないが、何故か眞子/佳子の女系天皇に言及せず「愛子だけ
を推す」ことによって、暗に眞子/佳子の女系天皇に反対しているのである。

  ★★★ 実は小林は女系論者ではない ★★★

単なる女系論者なら愛子と共に眞子/佳子の女系天皇も必ず賛成しかあり得ず
しかし、小林は眞子/佳子の女系天皇にノーなのだ。つまり、小林は男系でも
女系でもなく、あえて命名すれば

  ★愛子継承の一択・論★

これが小林の女系論の奥に隠れた「真の意図」である。
因果律は、
・男系女系はどうでもよく、とにかく愛子に継承させる!
・その為、まずは女系を認めるしかなく、よって女系論を言い出した
・しかし、眞子佳子が女系天皇になることには触れない=反対している
・何故なら愛子しか皇位継承させたくないから

これが小林の「エセ女系論」の因果律である

  ※、父が天皇でなくても天皇皇位継承資格はある。
    ココで整理しておくが、皇位継承資格は父が天皇で無くてもOKだ。
    天皇の実子でないと継承できないと誤解している者がいる。

==============
「愛子継承の一択論」の真意は
「秋篠宮血統拒否」である
==============
これに加え小林は
・「男系の旧宮家復活」も否定している。
・今の宮家(三笠宮/高円宮)には男系男子ゼロで現宮家にも男系継承者はいない。
  (但し、三笠宮/高円宮の女性皇族の亡き実父はいずれも男系継承資格者で
   男系の女性天皇にはなれる、その意味では愛子/眞子佳子と同じである)
そうなると残るのは
・現令和天皇と秋篠宮だけである
・しかし、女系と言いながら眞子佳子の女系継承は反対で悠仁も同じ。
つまり、現令和天皇の愛子ひとりだけである。

どうして愛子天皇だけに固執するのか?

★★★ ひとつだけ可能性がある。「秋篠宮血統拒否」である ★★★

小林は「愛子以外は正当な天皇系統ではない」と思っている。これなら悠仁男系
も眞子佳子女系も旧宮家男系も反対し、愛子だけを推すことになる。

小林は愛子以外は男系天皇の血統を持っていないと信じ込んでいる。

「えっ?平成天皇の次男である秋篠宮、その子として平成天皇(祖父)の血統を
持つ男系悠仁と男系女子の眞子佳子がいるのに男系天皇血統を持っていない?」
皆は驚くだろうが、この疑問に登場してくるのが、

  ★★★★ 「秋篠宮の父は他人」陰謀論 ★★★★

である。これで小林の「愛子継承の一択論、の真意」が完全に説明できる。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

<皇室最大の陰謀論デマ>

秋篠宮が幼少期、反天皇勢力から盛んに言われたこととして、
・秋篠宮は両親(平成天皇皇后)にも兄(令和天皇)にも妹にも顔が似ていない
 (両親と兄と妹は似ているが秋篠宮だけひとり違う)
・秋篠宮は父か母が違うのではないか

若い諸兄は知らないだろうが、当時これが女性週刊誌などで広く流布されたし、
今も反天皇勢力らが言い続けている。
根拠は「秋篠宮だけ顔が違う」コレだけだw。たしかに、兄(令和天皇)と妹は
切れ長の目をして雅(みやび)なテイストだが秋篠宮はそうではない。これに、
幼少期の秋篠宮のワンパクぶりが、他の兄弟と言動が少し異なる「素行の違い」
も加えられた。

顔つきが両親と違う実子など、この世に数えきれないほど存在する
まったく根拠のない、完全な陰謀論デマである

秋篠宮が青年になる頃(幼少期の顔からオトナに変わる頃)今度は「秋篠宮の
顔にソックリな近親者がいる!」とコレまた顔が似ているだけで秋篠宮異父説が
再登場、この頃から異母説は消えた。そして現在まで秋篠宮異父説は続いており
「秋篠宮 安西孝之」でググれば(出自の怪しい説が)色々と出てくる。

安西は上皇后(平成皇后)美智子の実妹と結婚、現令和天皇とは姻戚関係にある。
美智子の義弟が安西(安西の義姉が美智子)となる。
つまり、
・安西夫婦の子を極秘で皇太子(のちの平成天皇)の子とした
或いは
・安西と美智子の不倫で身籠った子を極秘で皇太子(のちの平成天皇)の子とした

というものである。この説に従えば、
・母はさておき、秋篠宮の父は民間人の安西で、男系皇位継承資格は当然ない
・よって秋篠宮の子はすべて男女とも皇位継承できない

となって、現在、皇位継承できる血統を持っているのは愛子ひとりとなる。
小林の唐突で急な女系転向と、眞子佳子の継承を認めないエセ女系論の真意は、
「小林が秋篠宮実父別人説を事実だと信じ込んでいる」で完全に説明できる。
只、旧宮家までも反対しているのが解らんが、ひょっとすると旧宮家すべても
皇位継承資格を持たない血筋だと思っているのだろう。

小林に、これらデマを吹き込み、信じさせたのは誰か?は解らないが、
可能性としては、ずっと小林に皇室/皇位継承の基礎知識を与え続けた
高森明勅しかいない。
  ↓

コメント(2)

  ↓
==================
当時の皇太子の状況
別父の子を極秘に実子とする蓋然性ゼロ
==================
さて、秋篠宮の父別人説についてだが・・・完全なデマである。

・まず、似ている!とされる安西孝之だが、実は似ていないwww。
 似ている角度の写真を選んで言っているだけで、昔の動画や多くの写真で
 ほとんどは似ていない。この事実で既に陰謀論の根拠は消えている。
・蓋然性も根拠にならない。
 秋篠宮誕生時、先に生まれた兄=令和天皇は5歳、最も多忙=育児に手の
 かかる時期である。待望の男児が順調に育っており、男系が存続することで
 皇族全体に安堵もあっただろう。
 そういう時期に、
  ・妹夫婦の子を極秘に将来の天皇の子とする蓋然性はまったくない
   (子が必要でも、まだまだ、自分で産める)
 また
  ・家庭としても順風満帆、義弟と美智子が不倫する蓋然性もまったくなく
   ヒマもないwww
   (次期天皇である皇太子夫婦の動静は日々把握されており、美智子皇后は
    皇室初の民間女性として宮内庁など周囲の指導、というか監視も厳しく
    隠れて不倫できるような時間も場所もない)
 更には
  ・いずれにせよ仮に産まれた子供を極秘に天皇の次男として育てるという
   選択があり得ない。
    将来の天皇の子だとウソをついて育てるリスク
    別の誰だか解らない民間人の子として育てるリスク
    (子供には可哀想だが)身寄りのない子として孤児院に入れるリスク
   前者はバレた場合、皇位継承に大混乱を招く。ヘタをすれば天皇制度まで
   吹っ飛ぶ。
   後者はバレた場合、隠し子として大スキャンダルにはなるが、皇位継承に
   影響はしない。
   天皇の子として育てる選択は、バレたとき最もリスクの高い方法で、
   必ず他のリスクの低い方法を選択するに決まっている。

 など、
 長男が産まれ順調に育っているという背景、不始末の処理として天皇家の子と
 するのが如何にバカげているか、を考えれば「秋篠宮の父別人説」はまったく
 可能性のない完全なデマである。

==============
変説する女系→長子優先→双系
==============
そして、
小林が、なんとか愛子に継承させようと出してきたのが女系(エセ女系)。
只、眞子佳子の女系継承は阻止しなければならない。次の段階で女系に制限
をかけ、小林が言い出したのが★長子優先★である。
  (長子つまり長男長女が優先だ、と。令和天皇には愛子しかいないので
   令和天皇の長子となれば、おのずと女性女系の愛子になる)

更に愛子一択をより強化する為、★双系論(男系も女系もあり)★まで言い出し
当初の女系論を都合よく変えている(実は双系論はとある某学者の論で、これを
権威主義で出してきたが、これも後述動画で新田均によって「某学者の論文を
詳細に読めば傍系継承の原理で、男系の女性天皇を勝手に体系化して双系という
造語を作っている、学術的に双系など存在しないと喝破されている)。

   (何度も述べたが、天皇存続のキモは傍系継承にある。男系も女系も
    長子優先も双系も側室もすべて「天皇が子供を持つ前に早逝する」
    という最大リスク担保ができない。それを担保できる唯一の方法が
    男系資格を持つ傍系継承である。悠仁男系即位と一緒にやるべきは
    旧宮家の男系資格者・・・でなく、その男子=ワンクッションおいて
    宮家当主として傍系継承を可能にすることである。
    ワンクッションおくのは「昨日まで一般人だったのに今日から皇族か!」
    という世論感情に配慮、まだ小さい子供を次の候補とするものである)

小林の女系論が紀子懐妊報道と悠仁出産で勢いを増した理由も納得である。
デマを信じる小林は紀子懐妊で驚き焦った。これはヤバい、ヤバいとは男系
によって悠仁継承は確実、一般人の子が天皇になってしまう!と。そして、
慌てて、デマを承知で女系論を出した。その急な女系転向が女系論の理論武装
を雑にし、そもそも女系継承など歴史的に無い事実を否定できず、新田均など
専門家から学術的に総否定されることになる。

以上、あくまで小生の想像だが、これ以外、小林の急激な転向の真意を説明
できる理由が無い。

小林は「秋篠宮の異父説」について過去、「デマ!」とも「事実!」とも、
一切、言及していない。「コメントするまでもないデマだから」なのか?
「真実だと思っているから」なのか?それは小林自身に語ってもらうしかない。
PS)

オマケ

以下はチャンネル桜のサイトに残っておらず、有志がアップしているモノ。
新田均によって小林の女系論がコッパ微塵に粉砕されている。

動画リスト
https://www.youtube.com/playlist?list=PLPxPYqUINjc7nI1Kk3OfnFlKzXkSrqusK

長いので多忙なら、まず、以下途中から先に

(24”10まで10分ほど)
小林が引用著者(井上)の論旨を隠した捏造がバレたくだり
https://youtu.be/CFvAx8QphYI?list=PLPxPYqUINjc7nI1Kk3OfnFlKzXkSrqusK&t=858

「学者がこんな捏造をしたら間違いなく学者生命を失う」
ずっとユーモアをまじえて批判してきた新田は、本件については真剣な表情で
笑顔はない。マジで憤っている。それほどヒドい捏造をしているということだ。

続いて
(30”00まで5分ほど)
小林の「男系男子の同義反復は女系を含む」が枢密院議事録で完全論破される
https://youtu.be/CFvAx8QphYI?list=PLPxPYqUINjc7nI1Kk3OfnFlKzXkSrqusK&t=1514

新田均は、元々、ゴー宣を全話欠かさず読んできた小林ファンである。なので、
小林の著書にある矛盾をすべて洗い出して批判している。コレに対し、小林は
当初、反論らしきコメントもしていたが、新田の批判が続き、完全スルーで
逃亡した。これら指摘についても再反論はない。

=============
小林も高森も秋篠宮防止の為
デマを承知でやってる
=============
これら古い資料を小林が独自に調べ上げたワケではない。多忙な小林にそんな
ヒマはない。ご意見番である高森勅明が小林に書かせるネタを提供している。
高森の知識なら新田均が指摘するようなことは必ず承知している。つまり、
切り取りしたデマを「ココは男尊女卑の根拠なる」や「同義反復だから女系も
含まれる」と小林にウソを教えて書かせている。
しかし・・・解らないのは、そうであれば、新田均にデマと指摘され、高森に
ダマされてガセを描かされた!と高森を批判し決裂すべきところ、そうなって
いない。今もゴー宣道場として2人は共闘している。このことから高森も小林も
女系の例はなく男系で続いてきたが、秋篠宮(悠仁)に皇位継承しないよう、
愛子継承一択で、なんでもいいので愛子天皇に有利な論を立てたい、それがウソ
でも捏造でもかまわない、これしかない。

以上を理解せず、小林の女系論はウソだ!と、ソコばかり批判しても無意味だし
小林当人にも響かない。女系がウソなことは知ってやっているのだから。

「小林は秋篠宮別父説なのだろう?愛子継承一択論なのだろう?」
と指摘したとき、小林は狼狽する。

おしまい。

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