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象眼ファイナルコミュの019#ボケ防止/ルーティン廃止

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ボケ防止としてルーティンをやめる、という方法論を提唱する。

ルーティンは、例えば野球選手が「スパイクは必ず右からはく」、「負けた日
は違う道で帰る」など、日常生活における自分だけの決めごとで、一般人でも
「帰宅したら、財布は必ず〇〇に置いておく」「カラダを洗うときは必ず、首
から洗う」など意識/無意識的に続けていること、それらを変えると、とても
キモチ悪いこと、などである。誰もが長年続けていることだ。

脳の記憶は以下に大別され、
・例えば漢字を覚える、など、脳内処理だけで定着する記憶
・カラダ=繰り返し行動した結果としての記憶
があると言われている。いずれも「反復」が深く関わっている。
例えば「職人の匠の技」は後者の記憶で、長年、同じ仕事を同じルーティンで
繰り返すことで、意識せずともカラダが繊細な仕事を再生できるようになる。
前者でも漢字を覚えただけでは忘れてしまい、何度も読み書きすることで
記憶は深まる。

ルーティンということに関して言えば、
・意識してやること、
・無意識にやっていることに
に大別され、ルーティンとは後者になる。無意識でやることは脳を使わず、
よって記憶されにくい、よって無意識なルーティンをやめれば、記憶が向上
してボケ防止になるのではないか?これが小生が考えたボケ防止理論である。
そして、早々、実行/実験してみた。

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<奥が深いボケ問題>

ほぼ、毎日、マイカーで奥さんを送り迎えするのだが、車のキーの置き場所に
ついて毎日変えるようにしてみた。
それ以前、キーの置き場所は〇〇に決まっていて、〇〇を見れば常にキーが
置いてあった。そうなると「〇〇に置く」という作業がルーティン化され、
〇〇に置くことは無意識になる。
稀にパンツやジャンパーのポッケの中など、無意識でしまったままの場合、
〇〇にあるハズのキーが無く、かつ、パンツやジャンパーのポッケに入れた
記憶も無いので、ガチで探すということが度々あった。
なので、このルーティンをやめ、キーは毎回、違う場所に置く(しまう)よう
にした。結果はどうか?

これが見事に当たり。昨日、キーをどこにしまったか、鮮明に覚えており、
毎日違う場所に置いても、すべてしまったときの状況つきで思い出せるように
なった。これでボケ防止されるな、独りでご満悦のところ、予想外のことが
起こった。

=========
ボケ防止は鮮度だ!
=========
この「毎日違う場所にキーを置く」を続け、いずれも鮮明な記憶でバッチリ
だったところ、2週間ほどして「鮮明な記憶」が崩れた。
毎日違う場所と言っても、家庭では限界がある。無限に違う場所は無理だ。
7〜8カ所をランダムに繰り返していた。それも毎日、変えるのではなく
2日続けて同じにしてみたり、毎日変えたりとバリエーションをつけていた。
まず、
・「置いたときのことさえ覚えている鮮明な記憶」が薄れ、
 「置いたときのこと」が消え、只、場所は覚えているレベルになり、
・やがて〇〇か△△かで曖昧になり
・そして、意識して思い出さないと置いた場所が曖昧になる、
という状態になってしまった。

ルーティン破壊では防止できないのか、ボケは避けられないのか
実験結果を推論した。

おそらく、この失敗の原因は
・1カ所に置いていた場所を
・7〜8カ所に変えることで、新しい場所という★鮮度★があるうちは
 記憶力も発揮されていたが
・7〜8カ所の中でまわすようになり「7〜8カ所に置く」ということ自体が
 ルーティン化され=鮮度が落ち
・記憶力が下がった

つまり、
記憶にとって重要なのは
「反復」や「無意識な行動を意識的にする」
ということと共に
★鮮度があるか否か★
が重要なのではないだろうか?

例えば、非常にゲスで不見識な喩えだが、
・日々、エロを妄想し、エロい本で興奮していたボンズの頃、
・どんどん過激な写真でないと興奮できなくなったところ
・突然、露出度も少ない貧乳なアイドルのビキニ写真に大興奮する

といったことは男性なら誰しも経験済みのことだと思う。
(小生だけか?www)
しかし、
・「露出度も少ない貧乳なアイドルのビキニ写真」も早々に飽き、
・また、グラマラスなポルノ女優のドエロい過激を求める

つまり、鮮度が落ちたのである。
  (くだらぬ比喩で申し訳ないが、男性ならこの喩えが最も納得できる
   と思ったのでwww)

鮮度は様々なことに通じ、
・初めて体験したこと
  →初めてではなくとも、初めてに近い、久しぶりなこと
・予測不能な突発的な事柄
  →ビックリした/驚いた

など、広義な経験が含まれる。これらもルーティンを崩す、という意味では
同じで、核心が「鮮度」にあるのか「無意識化したルーティン」にあるのか
或いは「ドチラも記憶回路にとっては同じこと」なのか、は脳科学者ではない
ので解らんが、とにかく、そういうことだろう。
「キーの置き場所を毎回変える」という実験も、もっと多くの置き場所、
例えば100カ所くらいの場所を使って鮮度を保っていれば、効果が持続
していた可能性もある。

「鮮度」を別な視座で考えると
「人間は退屈したとき記憶が低下するように出来ている」
とも言える。これは善し悪しではない。今は記憶力を善きことだという前提で
述べているが、忘れることが善きことだという場合もある。

人間にとって記憶が生きる上で必須で、ボケが命を失うほど致命的なら、
おそらくカラダは最期まで記憶を保持するようになっていただろう。しかし、
老化と共に記憶が失われることが大切だったので、ボケも必要な機能として
カラダが温存したと考えることも、あながち暴論でもないと思う。

なので、アナタが記憶力の維持を善きことだ、とするなら、退屈しない鮮度の
ある生活をすればよい。小生の実験で言えばキーの置き場所を無限に近いほど
に増やし、毎回初めてという状態にしてみる、ということだ。
  (今日から、この実験を開始したwww。結果は近々、報告する)

「老害の一丁上がり」も、これら記憶力の話しに通じている。

同時に!

物理的に人間は老化によって脳細胞が死滅していく。この限界はどうにも
できない。医学が進歩し、将来、老化しても脳細胞が死滅しない、或いは
死滅すると同時に再生もする、という未来が来るまで、脳細胞の死滅は
避けられない。

記憶力にも限界がある=人間は相応に老化で記憶力を無くす生き物である
ということだ。どうして、そうなっているか?は創造主のみぞ知る、だが、
皆がそうなるのだから、それが必要なことなのだろう。

つまり、老人はボケて良いのである。

クソつまらん結果になったwww。

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PS)

「老化のボケは産まれたての赤ん坊に戻る循環運動だ」という見解もある。
(小生の見解www)

記憶の無い、親の顔も認識できない赤ん坊は、凄まじい速度で記憶力を増し、
日々、未知の出来事を記憶していく。そうして何十年も生き、死にむかって
いくフェースで、今度はどんどん記憶を無くして行く、カラダの自由も消え
思うようにカラダを動かせなくなるのも寝返りができない赤ん坊のごとくだ。

赤ん坊は産まれるのに必要なモノだけ持って産まれる。
仮に、産まれるのに記憶や体力が必須なら、赤ん坊は記憶を持ち、チカラを
もって産まれてくるハズだ。
同様に、死にゆく老人は、死に必要なモノだけ持って死にゆく。
ということは死にとって記憶も体力も必要ない、捨て去ってよいモノとなる。

小生はブッダの見識にならって、死後の世界は無いとする(ブッダは無記※
なので正確には死後の世界が有るとも無いとも言明しない態度だったが)。

  ※、ブッダの無記
    形而上的な問いについてブッダは断言を避けている。
    魂の存在、来世(生まれ代わり=輪廻転生)、幽霊、などについて
    「それらは有るとも無いとも答えない」というスタンス、これを
    ブッダの無記と言う。

仮に、死後の世界があるなら、そこは現世記憶が不要な領域ということになる。
・死後、我々の意識はある
・しかし、それが自分や我という個の認識がない意識である
・そして、生前の記憶は勿論ない
  男女の性別も知らない(そもそも男女ということすら知らない)
  どうして死んだのか?も知らない(そもそも死ということすら知らない)

つまり、死後の世界があるなら、我々は意識だけとなり、それ以外、何も
認識できない、つまり、幽霊には絶対になれない、ということである。
だって現世記憶が無く、男女すら知らず、個の認識すら消えるのだから・・・。

また、死後の世界があると仮定しても、記憶もなにもなく個の認識もない
只の純粋な意識としてあるだけなら、それは「死後の世界という認識すら無い」
ということになり、どのみち「死後の世界はない」と同じ結果になる。
あれこれ悩む問題ではない。時間の問題で皆、経験できるのだから・・・。

コメント(2)

ルーティーン回避が新しいルーティーンを生む、は面白いですね。
だいたいパターン化してきてしまうものですし、わかる気がします。

>「老化のボケは産まれたての赤ん坊に戻る循環運動だ」
これは、完全にボケてた祖父の死ぬ間際を見てて思いましたよ。
「何歳?」って聞かれて「18歳」って答えて看護婦ナンパしようとしてたし。

行動もそうなんですけど、色々「すっ飛ぶ」なぁと思うことが本当に加速度的に増えてまして、
「単語が思い出せない」「やろうとしたこと忘れる」の頻度がめっちゃ多いっすわ。
ある意味では「記憶せずに生きていけるようにする」みたいなことが必要なのかなーと思ったりしますもん。仕事なんか特に。

いっときは、「繰り返し反芻することで記憶は定着し続ける」みたいに思っていましたけれど、
ルーティーン忘れるの性質からすると、そうでもないんですかね。
「覚えていたことを忘れる」だったり、
「忘れたことさえ覚えていない」だったり、
そういうゾーンに突入してきたのかな〜とかも思ったり。

それと同時に、それこそガンダムの機体名だったり、
アニメの主題歌だったり、ブルーハーツの歌詞だったり、
そういうのはいつまで経っても忘れない。
「意識的、無意識的な反復/反芻の結果」なのかな〜と思ったりもします。

そういう意味では大学受験期の英語がめっちゃ反芻系だったので、
アレ少しやり直したら呼び起こせるのかな〜とか思わないでもないですが、
結局、人生で英語に対するモチベがないまま終わりそうであり、
まだ「マリノスのブラジル人のインタビューを耳で聞きたい」という理由で、
ポルトガル語の方が興味が持てそうなので、やらなそうな気がしますね。

衰えを感じるのは、記憶力のみならず、
「集中力」が本当にヤバいっすね。
未だに18歳がピークだったと思っていますが、
これも、ここ3-4年で一気に落ちている気がします。
持続性もそうだけど、瞬発的な集中力さえどうなんだ、的な。

何をどうしたらそのあたり、取り戻すまでいかなくても、
「衰えを食い止める」ことができるんだろうな〜とか考えたりしますね。
考えるだけで、特にどうもしないから、衰える一方なのが今ですが。
>「何歳?」って聞かれて「18歳」って答えて看護婦ナンパしようと
 それは、逆にボケてない!ということだろ。笑える。

>加速度的に増えて
 その因果の因は「加速度的に思考していた」の裏返しだろうな。

>反芻することで記憶は定着し続ける」みたいに思って
 それは正しいと思うけどね。ルーティン化の鮮度減を反復で補って
 いるのかも知れない。となると、やはり意識的か無意識か、が
 関わってくるかな、と。複合的なモノだ。

>ガンダムの機体名だったり
 小生もイントロ・クイズ的なモノは健在だ。
 只、誰のなんという曲名か?が出てこないwww。

>「集中力」が本当にヤバい。未だに18歳がピークだった
 小生は逆で、高校生の頃は虚無感で暮らしていたw。悪童からも「ウツ」
 とアダ名されるくらいヤル気の無い、生きてんだか解らないガキだった。
 普段は集中力とは無縁で暮らしているので、集中力はバイト/仕事上で
 しかない。只、ソフト屋廃業、自宅で夜な夜なDTMしてた頃の集中力が
 最大だったかな。

逆に、例えば、味覚を忘れるなら、初めて食ったハンバーグやグラタンや
中トロ寿司やカツ丼や焼き肉や・・・そういう初めて感動が毎日毎回体験
できるボケなら、素晴らしいだろうな。だって、初めて食ったウマさが
毎日、続くのだぞ?味覚鮮度も落ちてるって?それもあるかw。

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