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象眼ファイナルコミュの008#エセ保守/類は友を・・・

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公示後だから、特定政党をディスって選挙妨害するのは違法だ。
まあ、小生の投稿が選挙に影響を与える可能性はゼロなので自由に述べる。

 (2024年10月16日)
 百田新党を手伝う?平井宏治
 https://x.com/neko_gacha3/status/1846565534495838418

平井は、あの「陰謀論デマのエセ保守サイト文化人放送局」に常連出場していて
知った(詳細経緯は知らない)。自称保守である。たまにチャンネル桜にも出演
している。有本動画にも何度か出演しており、百田新党の応援団といった感じか。
同党で具体的なポジションを得ているか?などは知らん。あまり極端な陰謀論は
言わない方だったので安心していたが以下のとおりだ。

パリ五輪の開会式「最後の晩餐を揶揄している」と宗教関係から抗議を受けた
その演出について平井は以下批判している。

 (2024/08/03)
 【徹底糾弾】左翼の奇祭と化したパリ五輪
  https://youtu.be/Qt_3mosm_1k?t=529

 >なんなんだ、これは・・・
 >スポーツの開会式に、こんなねえ、ハッキリ言いますよ、
 >★クロンボとかねえ、太っちょとかねえ、★
 >目をおおいたくなるモノが出てて
 >おかしいモンはおかしいんだよ、こんなモン
 >こんな・・・世界中に恥さらしたよね、と
 >悦にいっててバカじゃね、と思いますよ
 >こうやってフランス人の異常さとバカさかさを世界に発信してて
 >オレたちは意識高いんだ!とね、噴飯モノですよ

 >大事なのは今の風潮に洗脳されないこと
 >自分が持って生まれてきた価値観を失わないで
 >その眼から見てオカシイものはオカシイと言わなければいけない
 >それをメディアは「極右が」と言う・・・

「目をおおいたくなるモノ」は、小生の理解で「醜い」という言葉で
代替えできるだろう。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

<差別は極右全体主義の特質>

まず、若い人は「クロンボ」という言葉自体、馴染みがない=初耳の人も
多いだろう。
黒人を侮蔑する言葉で、米国で言えば「二グロ」に類する。只、二グロまで
強い侮蔑語ではなく、(こんな表現はなんだが)ライトな侮蔑語という感じ。
小生が若い頃は、悪意なく黒人を「クロンボ」と言っていたオトナは多い。
その後、多くの言葉(※)が差別語認定され、以後、公的な場から姿を消した。
  ※、差別語認定
    以下などがあり、公の場で言えば大問題となる。
    片輪(かたわ)=障害者を指す
    ビッコ=足をひきずって歩くさま
    土方(どかた)=工事現場の作業員
    キチガイ=精神病疾患
    とこや=理髪店

なので、これら経緯を知る小生世代は、公の場で「クロンボ」発言があれば、
「おいおい、それはさすがにアウトだろ!」とドキっとする。

本題だが、
諸兄はパリ五輪の、この演出をどう受け取ったか?直感(感性)と理解の両面で
内省してほしい。小生は、
・直感=インスピレーションとして第一インプレッションで多少の困惑と
 違和感があった、それは素直に認める。
・そして思索して理解した結果「何ら問題無し」「これもアートで、ひとつの
 表現/主張」だと理解した。
・そして、第一インプレッションで違和感/困惑を覚えた己も、まだまだ
 ガキだな、と自省内省した。

詳細する。

==============
脳内回路の固定化=一丁上がり
==============
小生も式典というモノは、多くの人が素晴らしい=美しいと感じる最大公約数
を意識して構成され、多くの賛同を得るモノだという暗黙の前提があった。
なので、それを裏切る本演出に違和感と困惑を覚えた。それは、誰にでもある
固定概念ということだ。その意味でなら小生も平井も大して変わらない。

しかし、平井と小生が決定的に違うのは「そこからあとのこと」である。
平井の脳内では、第一インプレッションが、そのまま無思考で不快回路に直結
されるところ、小生は常に「受容」の作法で同時にフィルタリングしており、
かつ、自省内省も働くことで、不快回路に直結されず「何故、だろう?」との
思考フェーズになる。
「何故、だろう?」とは、
・本演出が何故、こんな風になっているのか?という面(外部=対象)と、 
・何故、己はコレに違和感/困惑を感じたのだろう?という面(内部=己)、
の両面だ。結果、やはり本演出にネガがあり違和感/困惑の理由は不快だった
から、となることもあるし、そうでない場合もある。本件では後者である。
何故そうなったか?簡単だ。本演出がアート=芸術だと理解したからである。

============
固定概念を打ち砕くアート
============
アートとは自由に表現することが大命題だ。そして様々なアートがある。
・風景や人物を写真のように再現する写実絵画は、誰が見ても「キレイだね」
 とポジティブな評価になる。
・或いは、作者の心象風景を表現する印象派は写実という点では現実離れ
 しており、写実派にとっては不愉快である。
・更にキュビズムに至っては「子供の落書き!」と、もはや理解不能である。

アートは受け取る側が心地よいと感じるモノ、不愉快と感じるモノ、様々あり、
そこには固定概念が深く関わっているし、作者は受け手が持つ固定概念を意識
して、それに準じよう、或いは、ブチ壊そうと作品を作ったりもする。
(まあ、多くの芸術家は、そんな思惑などなく、純粋に自由に創作したいまま
 創作するが)

平井は固定概念に縛られ「不快感もアート」が理解できない。アート無知なら
カッコウ付けず素直に「私はこれは解らない」と言っておけばイイのだが、
激怒までするのは完全に作者の思惑通りだ。

本演出はフランスにとって国旗にするまで重要なポリシー自由/平等/友愛を
問う「踏み絵」で、受け手の無意識にある差別感情をキレイに現してしまう、
それに、まんまと引っかかったのが自称保守=エセ保守全体主義の連中だった、
ということである。

この演出作者は完全に成功した。これだけ多くの人が批判/激怒した事実は、
世界にはまだまだ差別意識が多く存在する証拠だ。この闇深い現実をしっかり
確認し、真の平等=差別の無い世界※を希求する必要性をメッセージとして
世界に発信した作者はクレバーだ。
他方、踏み絵を踏まされ、己が差別主義者だということを世間に対して己から
ゲロった平井は哀れである。どれだけ長い年齢/経験を積み重ねても、バカは
死ぬまで治らないという格言を実証した。

若者よ!どうか、この一丁あがりの老害のような哀れな人間で逝く、という
不幸は避けてほしい。平等を実現してほしい。そして差別をなくしてほしい。
「醜いクロンボめ!」などという人間失格にならないでいただきたい。

   ※、差別は無くならない
   故・西部邁は生前、繰り返し言っていた。差別は無くならない、と。
   残念だが、それは事実だ。我々人間の脳回路は、差別をするように
   なっている。差別ゼロは不可能だ。では、不可能だからあきらめる=
   差別の温存もやむなしとするか?そうではない。差別は無くならないが、
    ・差別を問題ないレベルまで低減することはできる
    ・差別した者は、卑しい人間だと批判することはできる
   すべて西部の受け売りだが、我々にできる差別撲滅とは、そうやって
   差別する人間は人として卑しく、どうしようもない人間だと社会が皆で
   共通認識とする、そうすることで差別者を1人でも世の中から減らして
   いく、或いは、差別者が差別する機会を減らしていくことで、実害までに
   至らないところまで差別を小さくしていく、それはできる、と。

===========
差別主義者は全体主義者
===========
これは小生の推論だが(おそらく正しい)、
自覚のない差別主義者は、エセ保守の中に相当数いると思う。それは左も同じで、
要は全体主義である。

そもそも、左派リベラル思想から出てきたLGBTだが、左派リベラルのエセは、
エセ保守同様、己の固定概念=手段である思想を目的化、実は差別主義的である。
世の差別は左右のエセ=全体主義が保持している、と極論してもよい。
己が善悪を決め、従わない者の存在/人間性を蹂躙する全体主義は独善的志向と
して個々の人間の特質にもなっている。簡単に言えば「他人に従わない身勝手」
ということだ。強固な固定概念も独善的として、全体主義の仲間だ。そして、
これらは一丁上がりの老害にも通じる。
ということは「一丁上がりの老害は全体主義者」と言えるか?実は言えるのだ。
オモシロイだろう?勿論、若者にも独善的志向の差別主義者はいる。

だから、誰かをエセ保守だと思ったら、考える必要なく、彼は差別主義者だと
理解してよい。左右は関係ない。そして非寛容だ。

真正保守は、
・まず、手段(保守思想)を目的化しない
・常に、どんなときも、個の自由=個の尊厳を認める
・己と異なる意見/考えを認める
・ということから、己の価値を他人様に押し付けることはしない
・これら帰結として価値観の違う者同士の共生を認める

だから、真正保守には差別という行為が、したくてもできない。

==============
LGBTを認めない=エセ保守
==============
以前にも少々述べたが、小生は自称保守がLGBT法に反対する道理=理屈が
サッパリ解らない。あらゆる性的志向(嗜好)で「己と価値観の異なる他人様」
をどうして認めないのか?自分が寿司が好きなように、他人様は自分がキライな
パクチーが大好物、それだけのことだ。小生は死んでもパクチーは食わん=食え
ないがw、他人様が好きなら、それでよい。LGBTとは、その程度のことで、
それが社会的に認知されず、生活に支障をきたすまでになるのは意味不明だが、
それを法によって是正しようという理念の何が問題なのか?
勿論、自称保守がLGBT法に反対する理由は知っているが、小生的にそれは
理由になっていないイチャモンのレベルで、マジメに論じるのは時間の無駄だ。

己と違う他人様の自由/尊厳を認める、せめて悩みや話しを聞く、ということは
保守のイロハのイである。LGBT法に反対している者は、その事実だけでエセ
保守認定してよい。だから、「LGBT法成立に我慢できずに結党した」という
百田新党はエセ保守だと易々と断言できるのである。

「LGBT法反対=異なる価値を認めない=全体主義=エセ保守」

どうして、こんな簡単な方程式が理解できないのか?が理解できないw。
「否!異なる価値は認めている!」ってか?ウソだ。だってパリ五輪の開会式で
自称保守のほぼすべてが激怒しているではないか?己の固定概念以外の価値に
怒っているではないか?簡単にバレるウソはやめた方がよい。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

<類は友を呼ぶ>

しっかし・・・

「クロンボとかねえ、太っちょとかねえ、目をおおいたくなる」

人間とは恐ろしく、一丁上がりの老害がいかに凄まじいか。
己が何を言っているか解っていない。若い諸兄はどうだろう?SNSで世界に
発信できる場で、同じ差別的に言うにしても、こんな表現を使うか?

平井は心の奥底で、黒人やデブを醜(みにく)い存在だと思っている、そういう
美的感覚を持っている。

格好付けでなく正直に言うが、小生は黒人を醜いと思ったことは生まれてから
1度もない。他方、デブについては、単にスマートではないのでカッコ悪いな、
とは思ったことはある。それは小学生が思うレベルのものだ。逆に相撲力士の
体型はカッコイイと思うし、高齢者になったら、痩せているのは貧相、太って
いる方が見栄えがイイというか、おさまりがイイというか、そんな理由で現在、
肥満ぎみな体型を温存させているくらいだ。

単に、どうして黒人が醜いのか?サッパリ解らない。が、得心することもある。
・前時代の欧州では白人たちが、
・己と肌の色が違うというだけで黒人や黄色人(日本人)を差別、物扱いして
 奴隷化した。
・平井はその白人と同じ感性を持っていて黒人を本能的に嫌っている
のだろう。

平井は黒人やデブを己より劣った人間=物扱いしてイイ人間だと思っている。
だから黒人、デブに続いて「目をおおいたくなる=醜い」という表現がすんなり
出てくるのだ。それを証明する喩えとして、
・この演出のままで、
・演者が仮に黒人がトム・クルーズで
・太っちょがソフィアローレンだったら
・平井からは絶対に目をおおいたくなるという言葉は出てこないだろう。
・つまり「目をおおいたくなる」とは演出に対してのネガではなく
・明らかに黒人と肥満系の演者に対するものである
という喩えで明らかである。

「クロンボとかねえ、太っちょとかねえ、目をおおいたくなる」

ホントにこの言葉はヒドイ。目をおおいたくなるのはコチラの方だ。

平井は、今どきの世界の趨勢くらいは雑学として知っているハズだ。
黒人奴隷の歴史とキング牧師の抵抗運動などを知っている。
米国で二グロと公言すれば、どうなるか?も知っている。
運が良ければ秒殺で仕事を失い、運が悪ければ殺される。
黒人をクロンボとわざわざ置き換えて言うことは、二グロと言うに等しい。
黒人と言わず、わざわざクロンボに置き換えていることに平井の差別意識が
込められている。

こういう輩が百田新党の選挙活動を手伝っている。
小生の常識、というか、感性には「クロンボとかねえ、太っちょとかねえ、
目をおおいたくなる」と公言する差別者が応援する政党を代議士にするという
論理は無い。まったく無い。逆に、どんなに有能であっても、こういう者が
応援する政党を絶対に当選させてはいけないと思う。

・黒人/肥満体型の差別主義者の平井
・以前の投稿で酷評した同性愛差別主義者の小坂

因果律=因果応報=類は友を呼ぶ、まったく見事に法則は具現化している。
当然である。それが森羅万象の働きだからだ。なので、この法則は崩れない。

百田新党がエセ保守である事実は百田が居る限り、絶対に崩れない。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

PS)

武士の情け(同郷の横浜出身ゆえ)、SAYAは酷評しなかったが。

彼女はチャンネル桜で長く(今も)出演している。生業はジャズシンガー。
そこでは、特に妙な様子は無かったが、ここ1〜2年、文化人放送局に出演
してから、オカシクなってきた(周囲の悪影響だろう)。

平井の暴論に同意しており、同じ芸術家としてアートへの不理解は、彼女の
アーティストとしての資質にも疑念が生じる。
また、
歌手の点で、世界でトップ級の歌唱力を駆使するオペラ歌手のデブ性について、
平井の「デブへの誹謗中傷」を一体、どういう感情で聞いているのだろう?

オペラ歌手は、歌劇=舞台から劇場全体まで通る大きな声量が求められ、
己のカラダを共鳴させて大音量を実現する。その為、わざと肥満体にカラダを
作り上げ、それを維持する。そういう歌手にとって肥満体の重要性は歌手生命
に関わる大きなことで、SAYAがそれを知らないハズがない。知った上で
平井が肥満は醜い!と言うことに、同じ歌手として憤り、怒りは無いのか?
というか、無い様子だ=肥満は醜い!に同意してしまっている。

己の職業仲間が醜いと言われても笑って同意しているSAYAには無残しか
感じない。彼女もエセ保守の道に行ってしまったようだ。

とにもかくにも、エセ保守の輩は揃って無残/哀れである。それを当人は
まったく自覚せず、己は天下国家の為に善きことをしていると完全に錯覚
していることが、より無残/哀れを深める。

合掌!

コメント(1)

>大事なのは今の風潮に洗脳されないこと
  今の風潮に洗脳されないでいると黒人や肥満に目をおおいたくなるのか?
  恐ろしいことだw。

>自分が持って生まれてきた価値観を失わないで
  あのねえ、価値観は後天的に作られるモノなんですけどw。
  持って生まれてこれるのは本能だけですがw。
  価値観について誤認しているので、価値観がどういうモノか?も
  ひょっとしたら理解してないかも知れんな。

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