ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

意味不明小説(ショートショート)コミュの鳩、台風、壁時計。

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
 突然、両腕に抱えた壁時計の真ん中がぱかりと開いて、親指ほどの作り物のハトが中から出てきた。
 ハトが言った。

「悩む必要なんてどこにあるんだよ。恐ろしく簡単なことじゃないか」

 時計の中に戻っていくハトを見ながら僕は、どうして時計にはハトなのだろう、と意味のないことを思った。


 そんなわけのわからない夢で目が覚めると、僕を取り囲むちっぽけな世界は、史上最大の台風23号に浮き足立っていた。

 学校は暴風警報のおかげで休みになった。
 昨日夕方に見たワイドショーでは、多発している台風と異常気象に野菜の値上がりがどうのとか、飛行機の欠航に困る乗客の様子だとか、やれ水害だ、やれ土砂崩れだと騒いでいたが、正直なところ大して興味はもてなかった。

 ベッドから出るのが憂鬱で、薄墨色の部屋の中、深い眠りに入るわけでもなくだらだらとまどろみをむさぼった。
 昼を過ぎたころになって、何も入れていない胃がきりきりと空腹を訴えだした。

 僕が起き出した時、窓の外は予想外に静かで、雨さえも降っていなかった。
 もう台風は、通り過ぎてしまったのだろうか。

 仕方なしにベッドから這い出して重い足を引きずりながら冷蔵庫をのぞきにいくと、仕事を休んだのか、リビングで父さんがテレビを見ていた。

 それは少し奇妙な光景だった。

 父さんはソファーに浅く腰をかけ、組んだ腕をひざに乗せて前かがみ気味の姿勢で、ひどく真剣な顔をテレビに向けていた。
 テレビは音が消されていた。
 父さんは真剣な面持ちで、音のない映像だけのテレビを見ていた。

 テレビではどこかでの台風の様子がやっていた。
 細い街路樹が大きくうねり、看板やら何やらが人のいない水浸しのアスファルトの上を踊り狂っていた。
 画面が変わったかと思うと今度は崩壊した木造建築の民家が映し出された。

「父さん?」

 父さんから返事は帰ってこなかった。

「ねえ、父さん」

 何度呼んでも彼の真剣なまなざしは音のない映像にだけ向けられて、まるで僕など存在しないかのようだった。

「……このあたり、台風はもう過ぎたの?」
「いや、これからだ」

 そこでようやく返事が返ってきたが、父さんは口元以外ぴくりとも動かすことはしなかった。

「何時ごろ来るの?」
「もうすぐだ」

 もうすぐだ。

 父さんのその声は、まるで世界の終わりを告げるかのように重たく響いた。
 冷蔵庫を開けるとプリンが二つ入っていた。

「プリン、父さんも食べる?」

 返事はなかった。

「父さん」
「・・・・・・・」
「ねえ、父さんってば」

 いくら待ったところで、父さんから返事が返ってくることはもうなかった。
 僕はたったままキッチンでプリンを二口ほど食べると、残りを冷蔵庫に戻してリビングを黙って出た。
 口の中に残るバニラの甘い匂いが不快で、プリンを食べたことを後悔した。
 もう一度眠ろうかとベッドにもぐりこんだが、結局眠ることは出来なかった。

 仕方なく起き出して熱いシャワーを浴び、歯を磨いた。少しだけ不快感が抜けた。
 髪を乱雑に拭きながらリビングをそっと覗くと、父さんは先ほどと1ミリも変わらない姿勢で音のないテレビ画面を食い入るように見つめていた。
 薄暗い部屋の中でテレビの青白い光に照らし出される、置物のように動かないその姿は、ひどく冷たく、まったく見知らぬ他人のように見えた。


 突然、両腕に抱えた壁時計の真ん中がぱかりと開いて、親指ほどの作り物のハトが中から出てきた。
 ハトが言った。

「悩む必要なんてどこにあるんだよ。恐ろしく簡単なことじゃないか」

 時計の中に戻っていくハトを見ながら僕は、

「どこが簡単なんだよ。世界は恐ろしいほど複雑じゃないか」

 と意味の通らないことを叫んだ。
 するともう一度掛け時計の真ん中が開いて、ハトが出てきて言った。

「もうすぐだ」

 それは父さんの声だった。


 かすかな人の声で目が覚めた。気づかないうちに、少しばかり眠っていたようだ。
 声のするほうへいくと、リビングでテレビがついていた。
 小さく派手な画面の中で、見覚えのあるいくつかの顔が司会者のくだらない話に大口を開けて笑っていた。
 寝起きの耳にすこし大きなテレビの音が痛かった。

「起きたのか」

 振り返ると父さんがいた。

「仕事は?」
「休んだ。電車が不安だったからな」

 今度はちゃんと返事が返ってきた。ちゃんと、いつものように。
 父さんは冷蔵庫からビールを持ってくると、テレビに笑い声を上げながらどさりとソファーに座った。

「ねえ、父さん」
「なんだ」
「……台風は?」
「外、見てみろよ。真っ只中だぞ」

 カーテンを開けて言われたとおりに窓を見ると、横降りの大粒の雨に視界が白く煙っていた。
 少し注意すれば、防音ガラス越しにでも轟々とうなるような風の音が聞き取れる。

「今夜には抜けるそうだ。明日は晴れるぞ」

 父さんはさらりと言って手にしたビールの缶を仰いだ。
 騒がしい番組が終了してニュースが始まる。
 テレビが17時の時報を告げたが、うちの壁にはハトが出てくるような時計はなかった。

コメント(21)

なんだかうまく言えないけれど、行ったり来たりのグラグラ感が良かったです。
村野孝二様>初めまして。コメントをありがとうございます。「老い蝉」を始めとする村野様の作品にはいつも楽しませていただいております。ご挨拶も申し上げずに失礼いたしました。
あいまいで投げやりで切羽詰った不安定さを、少しでもお伝えできたならば幸いです。



ティガー様>ご丁寧なコメントをありがとうございます。お恥ずかしいばかりの拙文をお褒めいただいて、心からうれしく思います。
薄墨色の部屋の隅っこで、雨音を聞きながら眠れたら、しあわせだなあ・・・。
寝すぎて夕方ぐらいに起きたときの
頭がぼやぼやする感じが読んでて体験できました、、、
なんだか、よくわかりません。でもそこがとってもGOODでした。
夢と言うのは、意識状態の異なる、もう一つの現実なんですよね。
ディクシー様>コメントありがとうございます。嗚呼、そのぼやぼや感を伝えたかったのです。あの夢と現実の境界線の上に立っているような、あの感じ。
本望を遂げました・゚・(ノД`)・゚・。ウワァァン


ぱらだいす ぱらだ様>コメントありがとうございます。なんとな〜く雰囲気だけ、それだけ感じていただければ、もう十分でございます。
はっきりとした寝言がやたらと多い人は、現実ともうひとつの現実との境界線を、うまく引けない人なのかも知れませんね。
・・・・あ、そりゃ私だけか?
はじめの夢が覚めたあとの描写が少しゆっくりすぎるかなと思っていたのですが、全体を読むとそれが逆に効果的に感じられる不思議な作品でした。
父さんの描写がとても真に迫っていて、やはりよいです。
ふらと絵梨様>コメントありがとうございます。皆があわてているときに眠るとか、学校や会社へ行かなければならないときに休むとか、周りの流れに逆らうことって、なんともいえない幸福を感じませんか?私だけかな。うむむ。


しめじ様>こんにちは。コメントありがとうございます。
いやはや、懲りもせずにまたしても醜態をさらしてしまいました。最近この自虐が快感になりつつあるのが怖いです。
実はひっそり、じめじさんの作品を拝読させていただきました。仮面の話も不気味さがなんとも素敵でしたが、『優れた短冊』、特にこれが大好きです。


ミッチェル様>コメントをありがとうございます。夢を見ながら夢を見ていると自覚をしているときや、夢から覚めたと思っていたらまだ夢の中にいたときなどの、足元がそっと、音も無く崩れていくような感覚。うーむ、怖いですよねえ・・・。


ねぎとろワサビ様> コメントをありがとうございます。この話にしても我々の生活にしても、さてさて、どこからが夢で、どこまでが現実なのでしょうね。
先日寝起きに姉と顔をあわせたとき、なぜだかそれを夢だと思い込んでおりまして、日ごろの鬱積をさんざん言い募りましたところ、殴られました。
それ以来、これは夢か現実かと、常に不安に揺れてます、はい(- -;)
ひゃーー。
不穏な目眩がしますーーー。
暗いもの、日常、明るいもの、得体の知れない感触、う”ーーー目眩。。
現実は、そんなものに実は満ちてるのかも。。。
あーみさん>コメントありがとうございます!!
全然関係の無い話なんですが、眩暈と言えば、あぁ眩暈がする・・・と思ったら地震だった、ってこと、ありませんか??
げ、現実はそんなものに満ちているのかも・・・・?(笑
こんな感覚ずっと昔体験した事あるような気がします。
でも、それも夢だったような気もします。
この空気感好きです。
Y_Pochiさん>コメントありがとうございます。「トッポイ、トッポイ」って・・・・なんか、妙に気の抜ける鳴き方ですね(汗)。そういえば鳩の鳴き声って、どんなんでしたっけ?コケッコッコーなわけはないしな。


聡子さん>コメントをありがとうございます。嵐に閉ざされた薄暗い室内って、なんだかちょっと神秘めいてると思いませんか?いつもと同じ部屋のはずなのに、まるで見知らぬ場所のような・・・。そんな空間が好きだなあ。
shuさん>コメントありがとうございます!台風の目と言えば、わたくし、中学を卒業するころまで「台風の目」は「台風の芽」だと思い込んでおりました。Wordもびっくりの誤字変換です(汗)。


Pochi>なるほど、「カッコウ」に近いのですね。公園でクツクツと文句を言っているところしか目にしないので、彼らがまともに鳴くところってあまり知らないんですよ。

裏山が崩れるとか、鉄砲水が出るなどの警戒・・・これは、一歩現場から離れてしまうと、テレビの中のことでしかなくなってしまうんですよね。なんだかそこに、少しだけ複雑なものを感じます。
でもとりあえずは、この文明に感謝ですm(_ _)m
台風の午後って大好きです☆
おばあちゃんの家、かなりボロなので、夏休みにそこで台風に遭遇すると子供の頃からいろいろな事を想像しては楽しんでました♪
たっぷりたっぷり寝てしまった連休の気怠い午後も大好きです。
聡子さん>いいですねえ、台風の午後!
おばあさまのお家でというところが、またなんとも魅力的。
嵐の前の静けさ、というわけではないけれど、台風って、それだけでなんだか非現実への入り口みたいですよね。

たっぷり眠ったあとの午後。陽だまりの中でぼんやりと目をつぶるその幸福。
なんて素敵。

ログインすると、残り7件のコメントが見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

意味不明小説(ショートショート) 更新情報

意味不明小説(ショートショート)のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング