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意味不明小説(ショートショート)コミュの遺品整理

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 日銭を稼ぐため、遺品整理をしてきた。と言っても、予め仕事の内容を聞かされておらず、そうと気づいたのは、現場に入って、しばらくしてからだった。
 昼下がり、都内にある古いマンションの一室で、依頼人は待っていた。染めてからそれなりの日数が経っているのであろう、白髪染めがまだらになった、老婦であった。風呂のついていない、簡素な部屋だった。家具と呼べるものは、ベッドが一つと、箪笥が二棹。ベッドの上には、畳まれた布団の他に、スチールラックや、カラーボックスが積まれていた。
 雇い主から、「部屋の物を全部、可燃ゴミと不燃ゴミに分別してくれ」と言われ、作業に入った。手を動かしながら、雇い主と依頼人とが話しているのを、それとなく聞いていた。
「中にある物は、全て処分で?」
「ええ」
「お通帳も、あったようですが?」
「それも、処分で」
「確認した方が良くないですか?」
「きっと、いくらもないから」
「念のため、とっときます?」
「見だすと、あれもこれもってなるでしょう?だから、見ないって決めたの」
「それは、まあ。ですけど……」
「見ないって、決めたの」

 本棚を見れば、その人が分かる。と言うが、遺品整理をすれば、その人生が分かる。依頼人はすぐ近くにある自宅へと戻り、雇い主は「他のお客さんのとこ行ってくる」と出かけ、現場で一人、そんなことを考えながら、作業していた。
 整理箪笥の上の抽斗には、男物の下着と靴下が、みっちり入っていた。少なくとも、晩年は、独居生活でいたのだろう。どうやら、依頼人と、この部屋の持ち主は、夫婦ではなかったようだ。下の抽斗を開けると、色とりどりのワイシャツが、クリーニングの袋に入ったまま、幾重にもかさなり、それ全体が何かしらの紋様を描いていた。
 洋箪笥からは、仕立ての良さそうなスーツが、三着。スラックスは、片方ずつの裾が、ハンガーを跨ぐように交差した、見たこともないような掛け方で収まっていた。ネクタイは、渋めが好みのようだった。色の種類は豊富だが、どれも黒を基調としていた。他に、蝶ネクタイが四本。いずれも黒色の、フック式のタイプで、それ自体は珍しい物ではないが、同様の物が四本もあるのは珍しい。底板の奥から、ビニールの巾着袋が出てきた。中身は、携帯用のドライヤーが三つ。旅や出張が、多かったのだろう。
 流し台の脇の、小間物机には、今はもう売られていない銘柄のタバコ、オイルの切れたライターが多数、未開封のウイスキーが一瓶。使い古されたセカンドバックからは、大量の喉飴と仁丹、絆創膏に、龍角散が一缶。どれも庶民的なものだが、古めかしさも手伝って、どことなく品があるように思われた。
 机の上に、クッキーの空き缶が無造作に置かれていた。開けてみると、繰り越し済みの通帳が十数冊と実印らしき印鑑、部屋の持ち主の名前が印刷された名刺の束があった。生前は、製紙会社に勤めていたようだ。かなりのご高齢であったそうだから、退職した後も、とっておいたのだろう。通帳と印鑑は、先ほどの会話の後ではあったが、一応、捨てずにおいた。
 流しの上の吊戸棚を開けると、バインダーファイルが、隙間なく詰め込まれていた。背表紙に、「98年6月〜99年10月」のようなステッカーが貼られ、年代を追って、整然と並べられていた。バインダーのカバーがプラスチックでできていたので、ゴミの分別のため、表紙をひらいた。そこは楽譜と、コンサートのチラシが入っていた。楽譜には、所々書き込みがしてあり、チラシには、出演者の欄の一つに、名刺に書かれていたのと同じ名前が印刷されていた。この部屋の持ち主は、アマチュア合唱団に所属していのだ。
 私はページをめくった。楽譜はクラシックから童謡まで、多岐にわたっていた。チラシは、パンフレットは元より、チケット、整理券、スタッフ証、「受付」の札、大入袋、そのほか公演に関わる思いつく限りの印刷物がファイルされていた。コンサート会場も、様々であった。公民館の貸ホール、結婚式の披露宴、下町の小さな演芸場。始めの方こそ細やかな会場ばかりであったが、ページを捲り、ファイルの時代が進むごとに、大規模な物になっていき、終盤に近づくと、ドイツから楽団を招いての、国立ホールでの催しにまでになっていた。最後のページには、「祝!退団」と記された、寄せ書き。足元に、もぬけの殻になったバインダーと、夥しい楽譜とチラシでできた、可燃と不燃に分けられた山が、それぞれできていた。あとは捨てられるのを待つだけのゴミの山だが、そこには、紛れもなく物語があった。「見ないって、決めたの」の理由が、分かった気がした。

「いつまでやってんだ?」雇い主が、玄関に立っていた。後ろには、依頼人も控えていた。
「あ、いや、すみません。思ったよりファイルの分別に時間がかかちゃって……」言いながらカーテンを取り外すと、辺りはすっかり暗くなっていた。
「お客さんもお待ちだから、早く終わらせろ」
「あ、はい。あ、あと、これ、捨てるのもあれかなって、とっといたんですけど」クッキーの空き缶を開け、通帳と印鑑を取り出した。
「だから、全部処分って言っただろ?」苛立ちを隠さずにいる雇い主。
 それを諫める形で、依頼人が言った。
「あれやこれやで、大変だったでしょうに」と、私に手を差し伸べた。そして、通帳と印鑑を受け取り「じゃあ、これだけ預かっておくわね」
 残務を言い渡され、現場で一人、作業を続けた。足元のゴミの山を、無造作に袋に投げ入れた。十分後、雇い主に電話をかけ、作業完了の旨を伝えた。

(終)

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